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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
30th Bout ~Bustling Spring~
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03 朋友たちの闘い(上)

 プレリミナルカードの第二試合は、フライ級の一戦――巾木選手の出陣である。

 相手選手は、ルタ・リーブリ系の筆頭格、ヴァーモス・ジムのトップファイターだ。巾木選手と横嶋選手は同じヴァーモス・ジムの選手を相手取るため、このたびも同じジムを最終調整の場としてあてがわれたのだという話であった。


「相手選手は、ストライカー寄りのオールラウンダーってところだろうな。巾木選手はストライカーだろうから、立ち技で優位に立てないときついってこった」


 立松がそのように評する中、試合開始のブザーが鳴らされる。

 このたびも、両選手はともに勢いよく前進した。


 客席には、大歓声が吹き荒れている。巾木選手も入場と選手紹介の際には、グヴェンドリン選手と同じだけのブーイングを浴びたのだ。しかし元来からふてぶてしい彼女は、いっかな気にかけている様子もなかった。


 相手選手は、ファーストタッチでいきなり右ミドルを射出する。

 それをブロックした巾木選手はさらに前進しようとしたが、相手選手は距離を取った。いかにもオフェンシブな選手に見えたが、インファイトは避けようという戦略であるようだ。やはりあちらも、巾木選手のファイトスタイルを入念に研究しているのだろうと思われた。


 巾木選手はずかずかと踏み込んで、左右のフックを振り回す。

 相手選手は機敏にステップを踏んで、今度は力強いローを放った。迷いのない、豪快な挙動だ。


 すると巾木選手は、自分の左足を叩いた相手選手の蹴り足に手をのばした。

 危うく足先を取られそうになった相手選手は、たたらを踏んで後ずさる。いきなり蹴り足を狙われるとは予測していなかった様子だ。


 蹴り足をつかみ損ねた巾木選手は、また前進する。

 相手選手は、関節蹴りを放った。

 今度は巾木選手がバックステップを踏んで、それを回避する。

 そして巾木選手はそのまま遠い位置でステップを踏んで、距離を測り直した。


 巾木選手は執拗に前進するファイトスタイルであるため、これもいささか意外な動きだ。

 相手選手は巾木選手の内心を探るように、遠い距離に留まったが――やがて大歓声に背中を押されるようにして、大きく踏み込んだ。


 再びの、右ミドルである。

 巾木選手は、また左腕でそれをガードした。

 それと同時に自らも踏み込んで、相手の鼻先に左ジャブをヒットさせる。ガードした腕でそのまま攻撃に繋げるという、機敏な動きだ。

 それに、巾木選手が左ジャブを使うのは、珍しい。彼女の真骨頂は、軌道とタイミングが不規則なフックの連打であるのだ。


「ふふん。巾木もすいぶん、攻撃の幅が広がったようだわね」


「つーか、今までがワンパターンすぎたんだろ。それじゃー世界に通用しねーと、よーやく思い知ったってところか」


 鞠山選手やサキは、そんな風に言っていた。

 巾木選手は《ビギニング》の日本大会でKO勝利を収めたが、その後のシンガポール大会ではヌール選手に呆気なく敗れ去ったのだ。それからの三ヶ月で、巾木選手は大きな成長を見せていたのだった。


 予想外の左ジャブをくらった相手選手は、また覚束ない足取りで後ずさろうとする。

 それを追いかけて、巾木選手が右フックを繰り出した。

 相手選手は、的確にガードする。

 しかし巾木選手は、すかさず左のショートフックに繋げた。

 それも、右腕でブロックされたが――それでも、相手の身に届いている。相手のバックステップよりも、巾木選手の突進力のほうが上回っているのだ。


 相手選手はしっかりガードを固めたまま、なおも逃げようとする。

 巾木選手はそれを追いかけて、左右のフックを撃ち込んだ。

 まるでロープでも張られているかのように、両者の間合いは一定である。巾木選手は一発でもパンチを当てると、そうして間合いをキープできるのだ。これこそが、巾木選手の真骨頂であった。


 相手がどれだけ足を使っても、間合いは開かない。

 そしてその間に、巾木選手の左右のフックが執拗に振るわれた。

 相手は頭部のガードを固めているため、ボディに散らした分が浅くヒットしている。そうして相手がボディを守ろうとすると、顔面にもヒットした。


 ブラジルの選手の苦境に、歓声がうねりをあげている。

 さっさとその苦境をくつがえせと言わんばかりの、大歓声だ。しかし、巾木選手の動きが止まらないため、相手も手を打てずにいる。この無尽蔵のスタミナが、巾木選手の第二の真骨頂であった。


「ここまでは、薩摩女の勝ちパターンだな。ま、このブラジル女もそう簡単には潰れそうにねーけどよ」


「そうだわね。間合いが半歩分、遠いんだわよ。これじゃあ、さしたるダメージは望めないだわね」


 すると、相手選手がぐっと身を縮めながら、逃げるのをやめた。

 腰を深く屈めつつ、可能な範囲で頭とボディの両方を守っている。何発かくらっても身体の頑丈さで耐えて、組み合いに持ち込もうという覚悟であるのだろう。


 ただ、モニターで見ている瓜子がそう察したのだから、目の前にいる巾木選手も察せたはずだ。

 果たして――巾木選手は、近づくのではなく遠ざかった。


 勢いづいた相手選手は、ガードを固めたまま前進しようとする。

 すると、巾木選手は正面に蹴り足を振り上げた。

 相手の腹を狙った、前蹴りだ。瓜子が観戦した二試合では、見せたことのない攻撃であった。


 相手選手は前進したところであったので、その前蹴りがカウンターとして命中する。

 なおかつ相手選手はボディをも守ろうとしていたが、それはあくまでフックに対する防御であり、真ん中のラインは空いている。その隙間にねじこまれた足先が、みぞおちを撃ち抜いた格好であった。


 相手選手は明らかにダメージを負った様子で、再び後ずさる。

 体格は相手選手のほうがまさっていたが、カウンターでみぞおちを蹴られてはたまらないだろう。これは、好機であった。


 だが――相手も、ブラジルのトップファイターである。

 巾木選手が右フックを繰り出すと、相手選手もそれに合わせて右フックを繰り出した。

 おたがいの右拳が、おたがいのこめかみを撃つ。

 パワーでまさるのは相手選手だが、みぞおちを蹴られた直後であるため、いささか挙動が鈍い。結果、両名は同程度のダメージを負ったようであった。


 巾木選手はいくぶん上体を泳がせつつ、すぐさま左のショートフックを射出する。

 それをブロックされたならば、今度は右のボディフックだ。

 さらにそれもブロックされたならば、左でレバーブローを狙う。


 相手選手はその三発の攻撃を防御してから、逃げようとした。

 それを追いかけた巾木選手が、右腕を振りかぶる。

 相手選手は、身を縮めるようにして頭を守り――その足もとに、巾木選手の両腕がのばされた。


 右フックをフェイントにした、両足タックルである。

 完全に虚を突かれた相手選手は、なすすべもなくテイクダウンを取られた。

 その両足が、巾木選手の右足をからめ取る。

 かろうじて、ハーフガードのポジションである。


 そのポジションのまま、巾木選手は左右のパウンドを繰り出した。

 相手選手は頭を抱え込んでいたが、かまわずに左右の拳を振り回す。

 そのさまに、瓜子は(あっ)と息を呑んだ。


 パウンドでも、巾木選手の特性が発揮されている。

 巾木選手のフックの連打は、一発ずつで微妙に軌道やタイミングが異なっているのだ。それが相手のリズムを崩し、ガードの隙間に侵入し、最後には滅多打ちを完成させるのである。


 このパウンドの連打も、微妙に軌道やタイミングが異なっている。

 意識的にガードの隙間を狙っているのではなく、攻撃をあちこちに散らすことで、相手のガードが開くことを期待しているような――そんな風情であった。


 毎回異なる場所を殴られるためか、相手選手はしきりにブロックの腕を動かしている。時にはそれで防御に成功していたが、半分ぐらいは顔面にヒットしていた。

 そしてここでも恐ろしいのは、やはりスタミナである。

 巾木選手の動きがいっさい止まらないため、オールラウンダーである相手選手も身動きが取れなくなってしまったのだ。


 客席には、狂おしいほどの歓声が渦巻いている。

 すると――相手選手が覚悟を決した様子で、両腕を突き出した。巾木選手の上体を遠ざけて、不利なポジションをくつがえそうというアクションだ。


 ストライカーである巾木選手であれば、サブミッションで腕を狙ってくることもないだろうという算段であろうか。

 すると、巾木選手は両手で相手の右腕を抱え込み、フリーであった左膝を立てた。

 まだハーフガードの体勢であるのに、腕ひしぎ十字固めを狙っているかのような挙動だ。


 相手選手は、慌てた様子で巾木選手の腕を振り払う。

 そうして一瞬、両者の間に空白が生まれると――巾木選手は倒れ込むようにして、相手の顔面に右肘を叩きつけた。


 相手の左の目尻から、鮮血が弾け散る。

 巾木選手は身を起こし、あらためて左右のパウンドを振るい始めた。

 また半分ぐらいの拳が顔面にヒットして、そのたびに赤いしずくが四散する。

 相手選手は狂ったように身をよじったが、そんな力まかせの動きでは巾木選手の圧迫をくつがえすことはできず――巾木選手が左右で十発ずつのパウンドを撃ち込んだところで、レフェリーが試合を止めた。


 また大歓声が、ぷつりと断ち切られる。

 静寂の中で試合終了のブザーが鳴らされて、巾木選手は横合いに倒れ込んだ。


 スタンド状態からグラウンド状態に至るまで、巾木選手は何十発もの拳を振るっていたのだ。その代償を支払うように、巾木選手は激しく胸を上下させていた。


 ともあれ――巾木選手のTKO勝利である。

 控え室では、客席の分まで拍手が打ち鳴らされた。


「巾木さんも、意地を見せたな。これで二勝一敗だから、《ビギニング》からリリースされることはないだろう」


「そうだわね。そもそも前回は、相手が悪かっただわよ。肌を合わせて確信しただわけど、ヌールは王座を目指せる逸材なんだわよ」


 立松や鞠山選手のコメントを聞きながら、瓜子も胸を満たされていた。巾木選手とて、シンガポール大会ではお世話をし合った間柄であったのだ。それがグヴェンドリン選手に続いて勝利をあげてくれたのだから、感慨もひとしおであった。


 そうして第三試合は、エイミー選手の出番である。

 相手は中立系のジムの所属であるという、オールラウンダーだ。そしてこの選手も、九キロをリカバリーしたエイミー選手と同等の体格を有していた。


(エイミー選手やグヴェンドリン選手が大幅なリカバリーをあきらめてたら、体格で負けてたってことだな。あたしの性には合わないけど……やっぱり大幅なリカバリーでパワーを保つっていうのは、大事なことなんだろう)


 そんな思いを噛みしめながら、瓜子はこちらの試合も心して見守った。

 エイミー選手こそ、『アクセル・ロード』で敗退してからめきめきと実力を上げている。長年にわたって追いかけていたイーハン選手や北米生まれの強豪であるロレッタ選手を打ち負かし、ユーリへの挑戦権を奪取したのだ。そんなユーリには連敗を喫したものの、もはや彼女は《ビギニング》バンタム級のトップスリーに入る実力なのではないかと思われた。


 しかしもちろんエイミー選手にも、格上と思しき強豪の選手がぶつけられている。こちらの試合でも、ブックメーカーのオッズは相手選手に傾いているとのことであった。


 相手選手は機敏に動いて、牽制のジャブを振るっている。

 そのステップとパンチの鋭さだけで、相手選手の実力のほどが感じ取れた。七十キロはあろうかという体格でありながら、きわめて俊敏な動作である。


「ブラジルには、こんな選手がゴロゴロしてるんだろうな。……でも、地力だったらエイミー選手も負けてないぞ」


 立松が語る中、エイミー選手はじっと相手選手の挙動をうかがっている。

 そして相手が鋭くステップインすると、抜群のタイミングで右ローを放った。


 ふくらはぎの下部を狙った、カーフキックである。

 エイミー選手は稽古の場でも、カーフキックの錬磨に重点を置いていたのだ。


 その一撃で、相手選手は明らかにダメージを負っていた。

 するとエイミー選手はすかさず間合いを詰めて、相手選手に負けないぐらい鋭い左右のフックを放った。


 相手選手も反撃を試みるが、前足を潰されたために鋭さが半減している。

 そうして、エイミー選手が組み技に持ち込もうとすると――左の膝蹴りが、エイミー選手の腹に叩きつけられた。


 エイミー選手が身を折ると、相手選手は体重を浴びせてテイクダウンを仕掛けた。

 エイミー選手は腹部のダメージが深いらしく、呆気なくマットに倒れ込んでしまう。それでも何とか相手選手の右足を両足ではさみこみ、ハーフガードのポジションを取った。


 相手選手はエイミー選手の右腕に左腕をからめながら、右の肘を連打する。

 ブラジルの選手の勇躍に、客席は大変な盛り上がりになっていた。


「あっという間に形勢逆転だわね。……でも、エイミーの動きもまだ死んでないんだわよ」


 エイミー選手は相手選手の左腕をもぎはなすと、空いた右腕で相手の腰を押し、一瞬の挙動でフルガードに戻した。

 相手選手はそれでもかまわずに、右肘を振り上げようとする。

 すると――エイミー選手が凄まじい勢いで腰を切り、横向きの体勢となって、相手の首の下に右足をねじこんだ。


 いつの間にか、エイミー選手の両腕が相手選手の左腕をつかんでいる。

 狙っているのは、腕ひしぎ十字固めだ。

 相手選手が慌てて両手をクラッチすると、エイミー選手はその腕の輪の中に右足をねじこんだ。

 そしてその右足が相手の左肩の上を通過して、首裏にまで回される。そして、左足でロックされた。


 腕ひしぎ十字固めから三角締めへのコンビネーション――この三週間、エイミー選手がユーリから何度となくタップを奪われていた動きであった。


 相手選手はすぐさま腰を浮かせたが、エイミー選手の両足はすでに深いロックを完成させている。

 それでも相手選手はエイミー選手の上にのしかかって、技の無効化を狙ったようだが――それで余計に頸動脈を圧迫されたらしく、がくりと崩れ落ちてしまった。


 エイミー選手の胸もとに放り出された相手選手の右腕を、レフェリーがつかみ取る。

 その腕の先がぷらぷらと力なく揺れると、レフェリーはすぐさまエイミー選手の肩をタップして、両腕を頭上で交差させた。


 大歓声が消失し、試合終了のブザーが鳴らされる。

 パイプ椅子から身を乗り出していたユーリは、「やったぁ」と無邪気な声をあげた。


「エイミー選手、お見事だったのですぅ。腕ひしぎから三角締めに移行するタイミングもばっちりだったのですぅ」


「ふふん。あんたにさんざん締めあげられて、コンビネーションのリズムをつかんだようだわね」


「はい。いまのは、うつくしかったです」


 プレスマン陣営の寝技巧者三名が、そんな言葉でエイミー選手の勝利を祝福した。

 瓜子もまた、めいっぱいの思いで手を打ち鳴らす。これで《ビギニング》陣営の三連勝となったのだ。相手はいずれも格上と見なされていたのだから、これは快挙であるはずであった。


「これが、ホームの怖さだわね。相手選手は応援の声を意識しすぎて、気が逸ったんだわよ。フルガードに戻された時点で冷静に対処してれば、こうまで短期決着にはならなかっただわね」


「しかし、相手があれだけキレのいい動きを見せていたのは、大歓声の恩恵かもしれないしな。何にせよ、エイミー選手の貫禄勝ちってこった」


 鞠山選手も立松も、声が弾んでいる。

 そして誰よりユーリが嬉しそうに笑っていたので、瓜子の喜びもいや増すばかりであったのだった。

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