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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
28th Bout ~A new beginning~
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04 食卓

 その後もいくつかの試合を観戦したのち、午後の六時半を過ぎたところでディナーをいただくことになった。

 今夜の献立は、定番の鍋物である。大人数の食事の場では、簡単に栄養を摂取できる鍋物が重宝されるのだった。


「いやー、外国人同士の試合ってのも、なかなか新鮮なもんだねー! そろそろあたしも、外国人選手とやりあってみたいなー!」


 灰原選手のそんな言葉にきょとんとしたのは、蝉川日和であった。


「灰原さんだってけっこうなキャリアなのに、外国人選手と対戦したことがないんすか?」


「そーなんだよ! アトミックはビンボーだから、あんまり海外の選手を呼べなくなっちゃったんだよねー!」


「ちょっと前まではラニとかが来てたのに、最近はさっぱりだね。あんたがもうちょい早く活躍してれば、チャンスもあったのかな」


 多賀崎選手の言うハワイのラニ・アカカ選手は、一昨年の春あたりに後藤田選手と対戦して以来、すっかりご無沙汰であった。その前に瓜子が対戦したのは、もう二年半も前の話である。


「そもそもラニ選手は、《アクセル・ファイト》系列のジムに所属しているのです。もともとハワイにお住みなのですから、そちらで《アクセル・ファイト》を目指しているのではないのです?」


「えー! ラニってそっち系列だったのー? 初耳なんだけど!」


「ラニ選手の所属するAFジムは、アクセル・ファイト・ジムの略称なのです。《アクセル・ファイト》で大活躍したハワイのレジェンド選手が設立したのです。……同じ階級の選手なのに、灰原選手はそんなことも知らなかったのです?」


「対戦の予定がなかったら、いちいち所属ジムのことまで考えないし! でも、そっかー! ピンク頭とやりあってたジーナだっていつの間にか《アクセル・ファイト》と契約してたし、やっぱあっちのほうがチャンスは多いのかなー!」


「あんたは最近、そういう話が多いよね。本気で海外進出に目が向いてきたのかい?」


 多賀崎選手が真剣な面持ちで問いかけると、灰原選手は「いやいや!」と手を振った。


「海外の試合とか楽しそうだし、がっぽりファイトマネーをいただけるのは羨ましいなーって思うけど、そのていどだよ! ただ最近、アトミックでも燃える試合がないしさー!」


「ふうん。来月の試合は楽しみだとか言ってなかったけ?」


「そりゃー、キックマッチだもん! 楽しみは楽しみだけど、寄り道の楽しさってところかなー!」


 ついに次の三月大会では、灰原選手にキックマッチの打診があったのだ。相手はもちろん、《トップ・ワン》の実力選手であった。


「次回は自分とユーリさんだけじゃなく、サキさんや邑崎さんも出場できなくなっちゃいましたからね。ちょっと申し訳ない気分っすよ」


「そりゃー前の週にシンガポールなんだから、しかたないっしょ! でも、アトミックにプレスマンの選手がひとりも出ないなんて、数年ぶりじゃない? 運営の連中は、頭を抱えてそう!」


 そんな風に言ってから、灰原選手は多賀崎選手の逞しい腕に抱きついた。


「でも、あんたたちの留守はあたしらが守るからねー! なんせメインは、マコっちゃんのタイトルマッチだし!」


「ふふん。まさか、マリアにやられたあたしにこんな早くチャンスが巡ってくるとは思わなかったよ。今回ばかりは、《フィスト》さまさまだね」


 多賀崎選手は次の大会で、魅々香選手とタイトルマッチである。そしてその後には、《フィスト》の舞台でタイトルマッチが行われることが内定しているのだ。

《アトミック・ガールズ》の王者は魅々香選手であり、《フィスト》の王者は多賀崎選手である。よって、《アトミック・ガールズ》では魅々香選手がベルトを懸け、《フィスト》では多賀崎選手がベルトを懸けるのだ。これは遥かなる昔日、瓜子とラウラ選手が取り組んだ二連戦の再現に他ならなかった。


「噂によると、《フィスト》のほうからアトミックに歩み寄ってきたっぽいんだよね。おたがいの選手を行き来させて、女子選手の試合を盛り上げようって目論見らしいよ」


「あ、そうなんすか。これまでも、アトミックと《フィスト》を行き来してる選手はけっこういたと思いますけど……もっと積極的に絡んでいこうって方針なんすか?」


「うん。《トップ・ワン》もそうだけど、やっぱりあんたと桃園の活躍がじわじわきいてきてるんだよ。それに最近は《パルテノン》も目立ってきたから、それに対抗しようって意識もあるんじゃないのかな」


 多賀崎選手らが在籍する四ッ谷ライオットもフィスト・ジムの系列であるため、そういう情報を耳にしやすいのだろう。何にせよ、団体間の交流が進むのはおめでたい限りであった。


「だったらあたしも、《フィスト》のトップ連中とやりあってみたいなー! どんなやつがいるのか、ぜーんぜん知らないけど!」


「亜藤や山垣は、普通に《フィスト》にも出てるからね。あいつらがあっちでやりあってるのは……やっぱり海外や地方の選手か。そういうアトミックとは縁のなかった選手を呼んでもらえたら、ラッキーだね」


「うんうん! なんなら、ラウラとかでもよかったんだけど! あいつは、フライ級になっちゃったからなー! ここ最近、階級を変えるやつも増えたよね!」


「階級を変えたっていうと、サキ、小柴、オリビア、時任さん、ラウラ……それに、香田も追加されるのか。確かに、トップファイターがこれだけ大移動するってのは、それなりに大ごとなんだろうね。みんなそれだけ、結果を出そうと試行錯誤してるってことだろうさ」


「ふふーん! あたしなんかは、その先駆けだねー! もう階級を上げてから、三年以上は経ってるし!」


 灰原選手は、豊かな胸をえっへんとそらした。


「にしても、サキやコッシーはアトムで、時任とラウラはフライに移っちゃったから、ストローは減るばっかりじゃん! これって、ずるくない?」


「たまたまの巡り合わせなんだから、しかたないだろ。でも、猪狩やメイも抜けちゃうことを考えると……確かに少しばかり、手薄かな。これじゃあコスプレファイターの仲良しコンビがストロー級の双璧になっちゃいそうだ」


「あんな老女とコンビにしないでよ! ……イネ公とか赤鬼娘なんて、そろそろカラダができあがってきたんじゃない? アトムがきつくなったら、いつでもこっちにおいでよねー!」


「その前に、愛音は犬飼さんを打倒しなければならないのです。大江山サンも、きっと同じ心境であるのです」


 きりりと引き締まった面持ちで言いながら、愛音はにわかに眉を下げた。


「でも、年々減量がきつくなっているのは確かであるのです。犬飼さんがあのようにちびっこさんでなければ、三人一緒に階級を上げようと打診したいぐらいなのです」


「そういえば、邑崎さんも大江山さんも身長は灰原選手より高いんですもんね。二十歳を超えたらますます身体もできあがってくるでしょうから、コーチのみなさんと念入りに相談したほうがいいっすよ」


「言われるまでもないのです。でも愛音はこの絶妙なプロポーションを維持したいので、それも悩みどころなのです」


「絶妙って? ひょろひょろ背が高いだけじゃん! ピンク頭を目指してるなら、もっとあちこち肉をつけないとねー!」


 ユーリに次いで色香にあふれている灰原選手はにまにまと笑い、スレンダーな愛音は「ふん!」とそっぽを向いた。幼児体型の瓜子は、黙って鍋をつつくのみである。


「みなさん、大変そうッスねー。あたしは最初っからキツい減量とか無理だったんで、気楽なもんッスよー」


 と、蝉川日和はのほほんとした顔で鍋をつついている。彼女も背丈は愛音と同程度であったが、現時点ですでにひとつ上の階級――瓜子や灰原選手と同じく、ストロー級であるのだ。


「蝉川さんは邑崎さんや大江山さんに比べると、発育が早かったんでしょうね。もうしっかり身体はできあがってるように見えますから、しばらく階級の変更は考えなくていいんじゃないっすかね」


「はい、そのつもりッスよー。次の試合も楽しみッスねー」


 彼女も彼女で、四月に試合を控えているのである。そして、プロデビューしてから数々の格上の選手を蹴散らしてきた彼女は、ついに下位ランカーと対戦するチャンスを得たのだった。


「デビュー一年ちょいでランカーとやりあえるのは、大チャンスっすよ。でも、そんな大切な試合の直前に大変な仕事を頼んじゃって、申し訳ないです」


「いえいえ! 直前って言っても一ヶ月ぐらいは空いてるから、大丈夫ッス! 猪狩さんは、自分の試合に集中してほしいッス!」


「ああ、蝉川もシンガポールまでくっついてくんだっけ。有望な選手が居揃ってるから、プレスマン道場は大忙しだね」


「はいなのです。愛音もユーリ様のセコンドとして、死力を尽くす所存なのです。シンガポールの大会が春休みの期間中だったのは、天のお導きであるのです」


 そうして愛音が闘志をみなぎらせると、しばらく黙って食欲を満たしていたユーリが眉を下げた。


「ムラサキちゃんはユーリのせいで、一月も三月も試合ができなくなっちゃったんだよねぇ。申し訳ない限りなのです」


「いえいえ、とんでもないのです! 愛音のことなど、どうぞ気にしないでほしいのです!」


「でもでもムラサキちゃんは、去年の十一月大会にも出てなかったし……半年以上も試合ができないなんて、ユーリは想像しただけでお胸が痛くなってしまうのです」


 そうしてユーリが眉を下げれば下げるほど、愛音はあたふたしてしまった。


「それも、たまたまの巡り合わせであるのです! きっと格闘技の神々が、今は試合を控えるべしと啓示を下されたのです!」


「神様がどうかはわからないけど、アトム級でもそろそろでかい動きがありそうだよね。新鋭とベテランの対抗戦も、いい加減にネタ切れだろうからさ」


 と、多賀崎選手が雄々しくも優しい笑顔をユーリと愛音の両方に投げかけた。


「そうなったら、邑崎だって嫌でも引っ張り出されるさ。今のアトム級は新鋭の四人がサキを包囲してる格好なんだからね。次のチャレンジャーは誰になるのか、血みどろのサバイバルマッチを期待してりゃいいよ」


「はいなのです! ユーリ様も、乞うご期待なのです!」


「うん。いつかサキたんとムラサキちゃんでタイトルマッチができたら、すごいねぇ」


 ユーリがふにゃんと微笑むと、愛音もほっとしたように息をついた。

 残りわずかになってきた鍋の具材をかき集めながら、灰原選手は横目でユーリをねめつける。


「あんたはそんなことより、自分の試合に集中したら? がっぽがっぽのファイトマネーがかかってるんだからさ!」


「うん。桃園も猪狩も大一番だからね。今日みたいに、じっくり観戦させていただくよ」


「はい。今日のメイさんに負けないような試合をお見せできるように、頑張ります」


 瓜子はそんな自分の言葉で、激しく鼓舞されることになった。

《ビギニング》の三月大会は、今から三週間後――つまり一週間後には、もうシンガポールに出立するのである。


 瓜子にとっては初めての海外の試合であるし、今後の選手生活を大きく左右する一戦であろう。そしてその先にメイが待っているのだと思えば、瓜子の胸は熱くなるいっぽうであった。


(メイさんだって、きっと試合の配信を見てくれるはずだ。……絶対に、メイさんをガッカリさせたりしないぞ)


 そんな風に意気込むのは、いささか不純であるのかもしれない。しかし、不純だろうと何だろうと、それは瓜子にとってかけがえのない原動力であったのだった。

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