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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
28th Bout ~A new beginning~
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05 グラップリング・マッチ

 やがて高橋選手が凱旋したならば、多くの人々からお祝いの言葉と拍手が届けられた。

 ひときわ温かい笑顔を送ったのは、小笠原選手である。本日の小笠原選手は他の陣営から距離を取って、遠くのほうからモニターの様子をうかがっていたのだが、高橋選手が戻るなり拍手をしながら近づいていったのだった。


「おめでとう。申し分のない勝ちっぷりだったね。今度はアタシとも、キック・マッチでお相手してもらいたいもんだ」


「MMAでも勝てなかったあたしに、キック・マッチで挑めってんですか? そいつはあまりに、過酷ってもんですよ」


 高橋も屈託なく、小笠原選手に笑顔を返した。

 小笠原選手は童顔なので若く見えるが、高橋選手より二歳ほど年長となる。そして両名はそれぞれ異なる立場から、来栖舞を強く敬愛する身であったのだ。そんな両名が笑顔を見交わす姿を、来栖舞が誰よりも満足げな眼差しで見守っていた。


 今のところ赤コーナー陣営で敗北したのは玄武館のアマ選手のみであるため、控え室の空気はいよいよわきたっている。そして玄武館のアマ選手も決して気落ちすることなく、お祝いの場に加わっていた。バンタム級である彼女にとっては、高橋選手もまた目標にする選手のひとりであるのかもしれなかった。


(青コーナーのほうは、どうだろう。まあユーリさんは、周囲の空気に影響されるタイプじゃないけど……ジルベルトの人たちとベリーニャ選手のことで盛り上がったりしてるといいんだけどな)


 と、瓜子はついそんな思いを馳せてしまう。瓜子とユーリがこれほど長時間にわたって身を離すことは、普段でもそうそうないのだ。それで瓜子の集中に乱れが生じることはなかったものの、ユーリのしょんぼりした姿を想像すると胸が痛んでならなかったのだった。


 しかしまた、瓜子はユーリの格闘技に対する熱情を信じている。試合の時間が近づけば近づくほど、ユーリは元気を取り戻すはずだ。そうして花道に現れる頃には、またあの無垢なる笑顔や透き通った眼差しを見せてくれるはずであった。


「さー、それじゃーお次は魔法老女だね! あたしはウォームアップの時間だから、適当にひやかしてやるか!」


 灰原選手のそんな言葉が合図となって、高橋選手をお祝いする場が締めくくられた。瓜子は再びパイプ椅子に座して、灰原選手の代わりに犬飼京菜がどかりと座り込む。そして小笠原選手は、またセコンド陣だけを引き連れて控え室の片隅に引っ込んだ。


 第五試合はグラップリング・マッチ、鞠山選手の出番である。両者はすでにケ0ジインしており、レフェリーのもとで向かい合っていた。

 相手選手はジルベルト柔術調布支部の門下生、黒帯の実力者だ。背丈は百五十七センチで、すらりと引き締まった体格をしていた。


 いっぽう鞠山選手は百四十八センチの小兵であるが、その分ずんぐりとした肉厚の体格をしている。それも、頭が大きくて手足の短い幼児体型だ。柔術にせよMMAにせよ、あまり利点のない体格なのではないかと思われた。


(いや、手足が太くて短いと、関節技って極めにくいのかな。……あたしはレベルの差がありすぎて、まったく検証できないけど)


 ともあれ、瓜子が鞠山選手の公式のグラップリング・マッチを目にするのは初めてのことだ。その実力は試合や合宿稽古で思い知らされているものの、柔術黒帯の相手にどれだけ通用するかは予想できなかった。


 ちなみに鞠山選手はこの日のために、新たな試合衣装を準備していた。どうやらキックトランクスを改造したスカートのような装飾が、柔術側のコミッショナーに認可されなかったようであるのだ。よって本日は、《アトミック・ガールズ》とスポーツウェアブランドたる《ティガー》のロゴが入ったノースリーブのレオタードにロングスパッツという特注品の試合衣装であった。


 九センチも大きな相手と相対して、鞠山選手は眠たげなカエルのようににんまりと微笑んでいる。

 そして、いざ試合が開始されると――まるで普段の試合と同じように、ぴょんぴょんと飛び跳ねるステップワークを披露したのだった。


 かつてユーリとエキシビションのグラップリング・マッチを行った際には、見せなかった姿である。

 相手選手はいくぶん眉をひそめつつ、とにかくサイドやバックを取られないようにと身体の向きだけを調整していた。なんとなく、プレマッチの二試合目を思い出させる様相だ。


(でもさっきは、ジルベルト柔術の門下生がこういうステップワークを使う立場だったのにな)


 同じ道場の門下生でも、こちらの選手はステップワークを使おうとはしなかった。まあ、グラップリング・マッチで両選手がこのように舞台上を跳ね回っていたら、ますます収拾がつかなくなってしまうことだろう。

 しかしまた、鞠山選手はずっとこのスタイルでMMAの試合に取り組んできたため、どれだけ動き回っても疲れる気配すら見せない。そして、時おり接近してタックルのモーションを見せると、相手も機敏に反応して距離を取っていた。


「……鞠山さんは、ずいぶんユニークな戦法を取ったようだね」


 と、大江山すみれの面倒を見ていた赤星弥生子が、ようやく試合観戦に加わった。大江山すみれはクールダウンののちにシャワーを浴びたらしく、栗色のツインテールが湿っている。そして、その左右に並ぶのはひさびさの六丸と二階堂ルミであった。


「わー、すっごーい! これって、打撃禁止のルールなんですよねー? こんな動き回って、なんかいいことあるんですかー?」


 二階堂ルミの直截的な問いかけに、赤星弥生子は「そうだね」と鷹揚に応じる。


「普通であれば、スタミナを引き換えにするほどのメリットはない。ただし、鞠山さんは普段通りの動きをすることでリズムをつかみやすいだろうし……相手選手も気を抜けないから、それなりのプレッシャーを受けてるだろうね」


「つまりこれは、流れをつかむための前哨戦ですか?」


 大江山すみれも会話に加わると、赤星弥生子は「うん」とうなずく。


「相手も手練れなので、この状態からテイクダウンを取られることはないだろう。きっとこの後に、何らかの攻め手を――」


 そのとき、鞠山選手が思わぬ動きを見せた。

 ステップワークの勢いのままに、足から相手にスライディングしたのだ。

 それをすかされると、すかさず右手で相手の足を引っ掛けようとする。ずいぶんな昔、イリア選手を相手に乱発していた攻撃であった。


 ただし、生粋のストライカーたるイリア選手と異なり、相手は黒帯の柔術家で、しかもこれはグラップリング・マッチだ。

 鞠山選手の右手の先をすかした相手選手は、すかさず鞠山選手の上にのしかかろうとした。グラップリング・マッチで簡単に寝そべってしまったら、これが当然の反応であろう。


 そこで、赤星弥生子と六丸が同時に「ああ」と声をあげた。

 次の瞬間、鞠山選手の上に覆いかぶさった相手の身が、ふわりと浮き上がる。鞠山選手が相手の腕をつかみつつ、その腹を蹴り上げて、巴投げをくらわせたのだ。


「相手はちょっと、焦っちゃったみたいですね」


「ああ。重心が前方に乗りすぎていた。思わぬステップワークで心を乱された結果だろう」


 その真実は知れなかったが、ともあれ鞠山選手の巴投げは成功した。

 空中で一回転した相手は、背中からマットに叩きつけられる。そして、鞠山選手はすぐさま身をねじって、その上に覆いかぶさった。


 サイドポジションで、しかもすでにニーオンザベリーのポジションに移行している。

 相手選手は腰を切ったが、鞠山選手も的確に動いて逃がさない。そのずんぐりとした膝に脇腹を蹂躙されて、相手選手はだいぶん苦しそうだった。

 なおかつ、鞠山選手は両手で相手の右手首をつかんでいる。それで相手は腕をクラッチしているため、いっそう動きが制限されているようであった。


「ニーオンザベリーで相手の手を取りながら、しっかり重心を保持できるんですね。相変わらず、すごい技術です」


 そのように語る大江山すみれも、内心の知れない微笑をたたえつつ真剣な眼差しだ。鞠山選手は赤星弥生子よりも優れた寝技の使い手であるのだから、彼女も小さからぬ関心を寄せているはずであった。


 鞠山選手は同じ体勢のまま、ひたすら相手を抑え込んでいる。しかし、片方の膝を相手の脇腹に乗せた中腰の体勢で、相手の右手首を両手でつかむという、実に不安定な体勢であるのだ。それでも相手は身を起こすこともままならず、いいようにコントロールされてしまっている。地味ながら、鞠山選手の実力がぞんぶんに発揮されていた。


「レバーに圧力をかけられているから、相手の消耗も早いでしょうね。つまり……これも、削りの一手ということですか」


「うん。まるで、蛇のような搦め手だね」


「あはは! カエルみたいな顔して、よくやるねー!」


 と、灰原選手が赤星道場の談義にまぎれこんだとき、また試合が動いた。

 鞠山選手が相手選手の身体の上で、横向きにでんぐり返りをしたのだ。これは、あまりに予想外の行動であった。


 そうして鞠山選手が逆側のマットに着地した頃には、その左腕が相手の首裏を抱え込んでいる。そしてどうやらでんぐり返りの勢いで相手のクラッチを解除したらしく、鞠山選手はは無防備な左腕を捕獲した上で、すぐさま両足ではさみこんだ。


 左腕を両足で固定した状態での、袈裟固めだ。

 その体勢で鞠山選手が相手の首を絞ると、左肩が嫌な方向にねじ曲がり――相手はすぐさま、右手で鞠山選手の背中をタップすることに相成った。


 鞠山選手は何事もなかったかのように身を起こし、貴婦人のように一礼する。

 大歓声の中、勝利者コールが告げられた。三分三十二秒、袈裟固めで鞠山選手の一本勝ちである。


「ジルベルト柔術の黒帯を相手に、貫禄勝ちだね。しかも鞠山さんは、エンターテインメント性をも二の次にしなかったようだ」


 あの赤星弥生子も、感じ入った様子で手を叩いていた。

 きっと鞠山選手も、外部のグラップリングの大会ではあんなステップワークを見せることもないのだろう。そちらはあくまで、柔術家・鞠山花子として参戦しているのである。

 しかしここは《アトミック・ガールズ》の舞台であり、鞠山選手は『まじかる☆まりりん』である。永遠の魔法少女たる彼女は、常に華やかさを追い求めなければならないのかもしれなかった。


「でもさー、ピンク頭とのエキシビションマッチでは、普通に寝技の勝負をしてたじゃん?」


 灰原選手がそんな疑念を呈すると、赤星弥生子はふっと口もとをほころばせた。


「桃園さんが相手なら、小細工なしで素晴らしい試合を見せられると考えたのじゃないかな。……もちろん、本人に聞いてみないことには、真実も知れないけれどね」


「あはは! どーせ魔法老女は素直にしゃべらないだろうから、それで正解ってことにしておこっか!」


 灰原選手もまた、にっと白い歯をこぼした。

 その間も、客席には歓声が吹き荒れている。鞠山選手の思惑はどうあれ、地味になりがちなグラップリング・マッチの一戦もこれまでの試合に劣らず観客たちの心を躍らせていたのだった。


 かくして、本日の興行も前半戦が終了したわけだが――プレマッチまで含めて、時間切れに至る試合はひとつもなかった。そうして最高の熱気の中で、後半戦を迎えることに相成ったのだった。

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