インターバル 四周年記念
瓜子は一月の三日から、新たな生活に足を踏み出すことになった。
メイのいない、新たな生活である。まったく大げさな話ではなく、それは瓜子に身体の一部をもぎ取られたような喪失感を与えてやまなかったのだった。
しかし瓜子は、そんな思いもすべて熱情に転化させてみせた。メイとの別れを、自分の中でマイナスの要因にしてはならない。そんな覚悟で、これまで以上の力を振り絞ってみせたのである。
メイは、もっと強くなるために――そして、いずれ瓜子と世界の舞台で対戦するために、日本を出ていったのだ。
であれば瓜子も、同じ思いで突き進むしかない。メイの覚悟に恥じないように、さらなる強さを追い求めるのだ。メイを失った悲しみで調子を崩してしまうなどというのは、もっとも許されざる裏切り行為であるはずであった。
「それにしたって、メイさんは水臭えよ。ひと言ぐらい、相談してくれたっていいだろうによ」
そんな風に不満をこぼしていたのは、立松である。一月四日の稽古始めで顔をあわせるなり、立松はそんな言葉を瓜子にぶつけてきたのだった。
「でも、ボクもシンゾーもカクしゴトがニガテだからねー。そんなハナシをヒミツにしたまま、ウリコたちにケイコをつけられなかったとオモうよー」
いっぽうジョンは、何かの仏様のように慈愛にあふれた眼差しでそんな風に言っていた。それに対する立松は、すねた子供のような顔になってしまっている。
「だから、猪狩にだって秘密にする必要はねえだろうがよ。出立の直前にそんな話をぶちまけるなんざ、あまりにひどいやり口じゃねえか」
「ウン。シンゾーはジブンがサビしいだけじゃなく、ウリコのことがシンパイなんだねー。でも、ウリコはダイジョウブだとオモうよー」
「押忍。自分は必死に、メイさんを追いかけるだけです。どうかこれからも、ご指導をお願いします」
その場では、そんな風に収まった。
しかししばらくは、誰と顔をあわせてもその話題で持ち切りである。サキも愛音も、サイトーも蝉川日和も、柳原も他なる男子門下生も、出稽古でご一緒する女子選手たちも、誰もが驚きの思いをあらわにするのと同時に、それぞれの気性に見合った形でメイとの別れを惜しみ、そして瓜子の心情を気づかってくれたのだった。
「あたしなんかは周回遅れでグループに入れてもらった身だから、みんなよりはショックが少ないのかもしれないけど……それでもやっぱり、寂しいよ。こんなことなら、もっとあいつと喋っておけばよかったな」
そんな風に言っていたのは、高橋選手である。彼女は一昨年の夏ぐらいから、合宿稽古や出稽古に参加するようになった身であったのだ。
ただ、もともと音楽好きであった彼女は、一昨年の段階から『ジャパンロックフェスティバル』の遠征に参加していた。それに、メイの部屋で『アクセル・ロード』を観戦する集いにもたびたび参加していたし――気さくさと沈着さのバランスが取れている高橋選手は、早い段階からメイとも打ち解けていた印象であった。
ともあれ、メイとの別れを惜しまない人間など、瓜子の周囲にはひとりとして存在しなかった。灰原選手や多賀崎選手や小柴選手などはもちろん、まったく素直でないサキや愛音、それにもっとも新参である鬼沢選手でさえもが、同じ思いを共有してくれているようであった。
「あん嬢ちゃんにはスパーでさんざん可愛がってもろうたけん、まだいっちょんお返しできとらんばい。いつかフロリダに殴り込んでやろうかね」
豪放なる表情はそのままに、鬼沢選手はそのように語っていたものであった。
「でも、一番さびしいのはメイさんッスよね。あたしらはメイさんひとりとお別れするだけッスけど、メイさんはこっちのみなさん全員とお別れなんスから」
もともとアウトローな人生を送っていたという経歴から鬼沢選手と仲がよくなった蝉川日和は、そんな風に言っていた。ユーリが渡米した直後に入門した彼女は、鬼沢選手の次にメイとつきあいの短い立場である。そんな彼女も、とても残念そうな顔をしており――そして何より、瓜子のことを心配してくれていた。
「い、猪狩さんは、本当に大丈夫ッスか? あたしなんかじゃ、何のお役にも立てないでしょうけど……何かあったら、いつでも相談してほしいッス」
「ありがとうございます。でも、自分は大丈夫っすよ。蝉川さんの言う通り、一番しんどいのはメイさんなんすからね。自分なんかが、泣き言を言ってられません」
瓜子がそのように答えると、蝉川日和は感じ入ったように息をついたものであった。
「やっぱ、猪狩さんってタフッスね。すげーッス。心から尊敬するッス」
「へん。どさくさまぎれで好感度を上げようとしてんじゃねーよ。つくづく浅ましいイレズミ女だぜ」
「そ、そんなこと考えてないッスよ! サキさんだって寂しいんでしょうけど、八つ当たりはやめてほしいッス!」
「なんだとコラ。キック部門のぬるま湯で礼儀を忘れちまったみてーだなー」
「手前が礼儀を語るなじゃねえよ。ひさびさにスパーでボコボコにしてやろうか?」
と、サキやサイトーまで入り乱れて、大変な騒ぎである。
しかし、その騒がしさこそが、メイの存在の大きさを示しているのだろう。そんな風に考える瓜子は、あえて仲裁する気持ちにもなれなかった。大々的に送別会などを開けなかった分、誰もが騒いで寂寥感や喪失感を慰める他ないのだ。
(きっとメイさんはこういう光景を見たくなかったから、何も言わずに行っちゃったんだろうな)
メイがこのような騒ぎを目の当たりにしたら、涙をこらえることなど不可能に決まっているのだ。そして、メイはそういう弱った姿を余人にさらすことを、何より嫌っていたのだった。
だから瓜子はメイの分まで、その騒ぎを見守った。そして、みんながメイとの別れを惜しめば惜しむほど、瓜子の胸は深く満たされていったのだった。
◇
そんな騒ぎの中で、一月の日々は瞬く間に過ぎていった。
瓜子とユーリが為すべきは、もちろん道場での稽古と副業の業務である。一月の第三日曜日には《アトミック・ガールズ》の一月大会が、その八日後には『トライ・アングル』の初のアルバムの発売が迫っているのだ。年が明けても、瓜子たちの生活の慌ただしさに変わるところはなかった。
ただし、アルバムの作製に関わる業務は、さすがにすべて完了されている。特典グッズやミュージックビデオの撮影などは十二月までもつれこんでいたものの、すべて昨年の内に片付けることがかなったのだ。そして、アルバムのリリースにともなうライブイベントは、すべて二月に設定されていた。
その代わりに、『トライ・アングル』にはこれまでになかった業務が発生していた。アルバム発売にともなう、プロモーション活動というものである。
『トライ・アングル』がそのような業務に励むのは、それこそユニット結成の当時以来のことであった。あの頃には、ユニットの代表者として西岡桔平と漆原の両名があちこちの音楽番組にコメンテーターとして出演したり音楽雑誌の取材を受けたりもしていたのだ。今回はその規模がさらに拡大されて、メンバー全員で取り組む機会が生じていたのだった。
具体的に言うと、『トライ・アングル』は三種の音楽雑誌で表紙を飾り、四種の音楽番組でスタジオライブを行うことになった。さらに、ユーリを除く演奏陣の面々は各楽器の専門誌から取材を受けることになり、全員がそれぞれ表紙を飾ることになったのだという話であった。
「たぶん、同じパートの人間が二人以上ずついるってのがウケたんだろーな! 俺なんかは西岡と、タツヤは陣内とコンビみたいな扱いで、表紙を飾ることになったんだよ!」
スタジオライブの現場で顔をあわせたダイは、愉快そうに笑いながらそんな風に言っていた。
音楽業界に疎い瓜子にしてみれば、ベースやドラムの専門誌が存在することすら知識になかったわけであるが、想像するだけで胸の弾む話であった。
「すごいっすね。ファン丸出しで恥ずかしいっすけど、そういう雑誌が発売されたら全部買わせていただきます」
「おー! 俺たちが瓜子ちゃんの乗ってるグラビア雑誌を買いあさるのと一緒だな!」
「……ダイさんの写真だけ、黒く塗り潰させていただきますね」
「冗談だよー! こっちは彼女がコンプリートしてくれてるから、俺は最初っから見放題なんだよ!」
「全然フォローになってないじゃないっすか」
そうして瓜子が口をとがらせると、横合いから見守っていたリュウがほっとしたような笑顔で声をかけてきた。
「なんか、瓜子ちゃんが元気そうで安心したよ。メイちゃんがいきなりいなくなっちまって、ずいぶん落ち込んでるんじゃないかって心配してたからさ」
「ありがとうございます。自分は、大丈夫っすよ」
「うん。その言葉を疑わずに済むから、俺も安心だよ」
優しく笑うリュウに、瓜子も笑顔を返してみせた。
メイもフロリダで、篠江会長たちに笑顔を見せているだろうか――そんな風に考えると胸の奥がきゅっと痛んだが、しかし瓜子の笑顔が崩れることはなかった。
そうしてその日の収録も、無事に終了した。『トライ・アングル』は生演奏が許される番組にしか出演しないというスタンスであったが、それでも四件もの依頼を受けることになったのだ。その内の一件は有料のCS放送局で、もう二件は深夜番組であったものの、残る一件は地上波放送のゴールデンタイムであったのだった。
一昨年の生放送番組では秋代拓海の乱入というとんでもないアクシデントが生じていたものであるが、本年は無事にそちらもやりとげることができた。そうして日を重ねるごとに、ファーストアルバムの予約数はぐんぐん上昇しているのだという話であった。
「やっぱ、ユーリちゃんの大晦日の大活躍が起爆剤になったんだろうなぁ。あれこそが、一番のプロモーション活動だったんだと思うぜぇ?」
そんな風に語っていたのは、もっとも格闘技に関心の薄い漆原である。彼がそのように言うからには、きっと真実であるのだろう。言うまでもなく、《ビギニング》の試合が放映されたことにより、ユーリの知名度もまた格段に跳ね上がっていたのだった。
「しかもユーリさんは、エイミー選手を相手に完勝でしたからね。あれは格闘技の素人から見ても、物凄い試合だったと思いますよ」
もっとも格闘技観戦に熱心な西岡桔平は、そのように語っていた。誰が何を語ろうとも好ましい内容ばかりで、瓜子もありがたい限りである。
そんな感じに、一月の日々も瞬く間に過ぎ去って――一月の第三金曜日がやってきた。
《アトミック・ガールズ》一月大会の二日前にして、瓜子とユーリの四周年記念日である。その日も日中に『トライ・アングル』関連の仕事があって、夜は道場で稽古であったため、特別な催しを開くことはできなかった。それで、稽古を終えてマンションに戻ったのち、ひっそりとプレゼント交換を行うことに相成ったのだった。
「今年の自分は、ちょっと変化球っすよ」
「ほうほう。ユーリは直球勝負にてございます」
トレーニング機器だらけのリビングではあまりに趣が欠けるため、プレゼント交換はユーリの寝室で執り行われることになった。ユーリはサイズの合わなくなった衣類を処分したため、以前よりはずいぶん片付いたのだ。
ただ、寝室の壁や天井はさまざまなもので飾られている。
円城リマから贈られたイラストが二枚、鞠山選手から贈られたイラストが四枚――それらはすべてガラス張りの額縁に飾られており、そして天井にはさまざまな女子選手のイラストが描かれた《アトミック・ガールズ》の巨大フラッグが張りつけられていたのだった。
なお、鞠山選手からいただいたイラストの一枚は瓜子のヌードというとんでもない内容であったため、首から下は綺麗な千代紙で隠されている。言うまでもなく、瓜子からの要請である。たとえ他の人間がこちらの寝室に足を踏み入れる機会がなかろうとも、瓜子自身がそのようなものの存在を許容できなかったのだった。
そんな賑やかな寝室で、ベッドに腰をかけたユーリは幸せそうに笑っている。その肢体を包むのは有名ブランドのナイトウェア、その手が抱きすくめるのはイノシシの抱き枕で、どちらも『アクセル・ロード』の壮行会で女子選手一同から贈られたお祝いの品だ。そちらのナイトウェアがぎりぎり着られるウェイトに落ち着いているのは、幸いな話であった。
「それじゃあ、拝見させていただきますね」
同じベッドに並んで座った瓜子は、ユーリから受け取った平べったい包みに手をかける。そちらを開封してみると、その内容は――綺麗なネイビーを基調にしたアウターであった。
襟はなく、前合わせのボタンを留める様式で、正式名称はさっぱりわからない。カーディガンをやや厚めの綿でこしらえたようなデザインだ。カジュアルなアウターであることに間違いはないが、派手な装飾はないので副業の現場でも着回すことができそうだった。
「ありがとうございます。やっぱりユーリさんのファッションセンスは、抜群ですね。これだったら、いつでも気軽に着られそうです」
「にゃはは。試合衣装や水着だと白黒ツートンが定番のうり坊ちゃんでありますけれど、普段着はネイビーがマッチすると思うのだよねぇ」
「水着は大きなお世話っすけど、ネイビーを最初に持ち込んだのもユーリさんなんすよ」
瓜子はユーリと出会って間もない頃、卒業祝いと称して普段着の一式をプレゼントされた。そのときのジップアップのパーカーが、ネイビーであったのだ。そしてその次に贈られたスタジアムジャンパーも同じカラーリングであったことから、『トライ・アングル』のメンバーもそれが瓜子のパーナルカラーだと判じたらしく、成人のお祝いとしてネイビーのカーディガンを準備してくれたのだった。
「何にせよ、ありがとうございます。大事にしながら、めいっぱい着させていただきますね」
「うん。そのアウターだったら春にも秋にも着られると思うから、一秒でも長く着ていただけたら幸せのキョクチであるのです」
白い面に心から幸福そうな微笑みをたたえつつ、ユーリはそんな風に言ってくれた。
「ではでは、ユーリも拝見するのです。確かにこれは、予測の難しいひと品であられるようですにゃあ」
ユーリはうきうきと弾んだ声をあげながら、包装を破らないように開封した。
果たして、そこから現れたのは――ウッド仕立ての、フォトフレームである。さしものユーリも意外そうに、やや垂れ気味の目をきょとんと見開いていた。
「これは、写真立てでありますにゃ?」
「はい。ユーリさんはこうやって絵とかを飾るようになったから、今度は写真も飾ってみたらどうかと思って……お気に入りの一枚を、そこに収めてあげてください」
「うにゃー! いつしか思い出の写真もぱんぱんになってしまったので、どれを選ぶか迷っちゃうにゃあ!」
ユーリはじわじわと幸福そうな笑顔を取り戻し、瀟洒なフォトフレームをひしと胸に押し抱いた。
「ありがとぉ、うり坊ちゃん。とびっきりかわゆいうり坊ちゃんの写真を選び抜き、ユーリの枕もとに飾らせていただくのです」
「できれば、他の人も写ってるやつにしてくださいね。自分の顔なんて、もうイラストだけでおなかいっぱいでしょうから」
「何をおっしゃる、うり坊ちゃん! うり坊ちゃんのかわゆらしさに満腹することなど、物理学的な法則上ありえないのです!」
そんな風に言いたてるなり、ユーリはいそいそと写真の選別に取りかかった。かつては北米の合宿所にまで持ち込んでいた、分厚いフォトアルバムである。退院の後にも合宿稽古やライブの現場などで写真が追加されて、そろそろ二冊目が必要になるはずであった。
「あ……とりあえず、今はこれにしておこうかにゃ」
ユーリは目当ての一枚を抜き取ると、それをフォトフレームに封入した。
そうして、「じゃじゃーん」と瓜子の前にさらされたのは――ユーリと瓜子とメイのスリーショットであった。
これは昨年の、赤星道場の合宿稽古の一枚であろう。三人の姿でいっぱいであるので背景はほとんど写っていないが、時間は夜であり、三人の髪がややしっとりと湿っており、そしてテーブルの皿にはバーベキューの料理が取り分けられていた。
ユーリの髪や肌が純白であるため、昨年の合宿稽古であることに間違いはない。そしてこの頃は、まだ前髪のひとふさもピンクに染められていなかった。
三人ともTシャツの姿で、同じテーブルを囲んでいる。髪がやや湿っているのは、猛稽古の直後でシャワーを浴びたからだ。合宿稽古の夜でバーベキューに興じるのは、最終日の打ち上げに限られていた。
ユーリは今と同じぐらい幸せそうな笑顔で、瓜子もはにかむように笑っている。そしてメイは、むしろぶすっとしているような面持ちであったが――ただその黒い瞳には、とても穏やかな光が灯されていた。
「……それ、いい写真っすね」
「うん。なんとか笑顔をこらえようとするメイちゃまが、またとなくかわゆらしいのです」
ユーリはベッドサイトテーブルにそっとフォトフレームを置いてから、瓜子に向きなおってきた。
「うり坊ちゃん。実はひとつだけ、おうかがいしたいことがあるのですけれども」
「はい。あらたまって、どうしたんすか?」
「うり坊ちゃんはメイちゃまとお別れしても、すごく元気そうだよね。でも何だか、ココロの片隅にほんのちょっぴりだけ心残りを隠しているような……そんな感じがしてならないのです」
ユーリは下界の人間を見守る天使のような優しい面持ちで、そう言った。
「ユーリなんかに、それを解決するすべはないのでしょうけれども……でも、うり坊ちゃんが何を思い悩んでいるのかは、知っておきたいのです。もしよかったら、ユーリにも教えてくれないかなぁ」
「……やだなぁ。ユーリさんは、いつからそんなに人の心を読めるようになったんすか? 人の気持ちなんておかまいなしで突進するのが、ユーリさんの持ち味でしょう?」
「うん。でも、うり坊ちゃんに対しては誠実でありたいユーリなのです」
「……ユーリさんがそばにいてくれるから、自分は平気な顔をしていられるんすよ」
そんな言葉をこぼすなり、瓜子の頬に涙が滴った。
瓜子はまだ、心からの笑みを浮かべているつもりである。しかし、涙を止めることはどうしてもできなかった。
「……ユーリさんがいない間はメイさんに甘えて、メイさんがいなくなったらユーリさんに甘えちゃってるんすよ。本当に自分って、駄目な人間っすね」
「それを言ったら、ユーリは二十四時間フル稼働でうり坊ちゃんに頼りきりなのです。……うり坊ちゃんは、何がそんなに苦しいの?」
瓜子は手の甲で涙をぬぐったが、すぐに新しい涙が倍する勢いで頬を濡らした。
「ユーリさんのおかげで、自分は元気っすよ。でも……どうしても考えちゃうんです。どうしてもっと、メイさんを大事にできなかったんだろうって……一緒にいるのが当たり前になっちゃって、自分はいつもメイさんのことをないがしろにしちゃってたから……こんなに早くお別れするんだったら、もっともっと楽しい思い出を作ってあげたかったなって……そんな風に思っちゃうんすよ」
「そんなことないよ」と、ユーリは瓜子の手を取った。
「うり坊ちゃんは、いつだってメイちゃまのことを大切にしてたよ。うり坊ちゃんが優しくしてあげたから、メイちゃまは他にみんなとも仲良くなれたんだよ。うり坊ちゃんのそばにいるメイちゃまは、すっごく幸せそうだったもん」
「でも……」
「メイちゃまは、すごいよね。あんなにうり坊ちゃんのことが大好きなのに、自分から離れることができるなんて……世界で一番強いのは、きっとメイちゃまだと思うのです」
ユーリは瓜子の身を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
普段とはまったく異なる、やわらかな力加減だ。その優しい温もりが、瓜子に新たな涙をこぼさせた。
「だから、うり坊ちゃんもメイちゃまを見習わないとね。メイちゃまと、世界最強の座を争うのです」
瓜子はユーリの肩に顔をうずめながら、震える声で「はい……」と答えた。
そうして瓜子は三週間ぶりに、また涙に暮れることになり――今度こそ、メイに負けないぐらい強く生きようと誓うことになったのだった。




