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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
28th Bout ~A new beginning~
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02 開会

 無事に初詣を終えたならば、新年会の会場に移動であった。

 会場のダイニングバーは神社から二駅の場所であったため、車に乗り切れなかった面々は電車で移動する。なおかつ都心では、車よりも電車のほうが早いぐらいであった。


 会場は小洒落たダイニングバーであるが、十二月の壮行会とはまた異なる店だ。かえすがえすも、灰原選手のコネクションというのは大したものである。

 こちらの会場でも二階が貸し切りにされたので、到着した人間はそちらに通されていく。そうして上着を脱いでくつろいでいると、初詣に参加しなかった後続メンバーも続々とやってきた。


「あ、サキさんに理央さん、明けましておめでとうございます」


 スカジャン姿のサキと可愛らしいコートを纏った理央がやってきたので、瓜子は笑顔で出迎える。もこもこのニット帽をかぶった理央は幼い子供のように微笑みながら、「あい」とうなずいた。


「あけまして、おめでとうございます。ほんねんもよろしくおねがいします」


 理央はまだちょっと舌足らずな印象であったが、それでも会話にはまったく支障がないぐらい言葉を操れるようになっていた。今日も松葉杖はついておらず、ぱっと見には完全に麻痺が取れたように見えるぐらいであった。

 それに、栗色の髪もセミロングの長さにのばされている。彼女が頭の手術をしてから、もう三年半ぐらいは経過しているのだ。いまだ階段の昇り降りなどはちょっと苦労をしているようであるが、彼女は長年にわたるリハビリを経てここまで回復したのだった。


(そういう意味では、ユーリさんより重傷だったんだもんな)


 ユーリは頭蓋骨を陥没していたが脳にダメージはなく、後遺症はまったく残されていない。現在もなお髪や肌には色素が戻らず、試合の後に意識を失ってしまうという状態にあるが――それらの原因は不明であり、脳には何の異常も見られないという診断であったのだった。


(そういえば……理央さんと出会ったときも、まるで妖精さんみたいだなって思ってたんだっけ)


 しかし現在は、ユーリのほうが何かの精霊めいた存在に成り果ててしまっている。また、容姿に少し似通ったところのある両名であるが、齢を重ねるごとにどんどん印象が掛け離れていくようであった。


(ユーリさんが理央さんと同じように、頭を大怪我して手術することになるなんて……今にして思えば、不思議な偶然だよな)


 瓜子がそんな感慨にひたっていると、コートを脱いだ理央が白い頬を染めながらもじもじとした。


「あの……うりこしゃん、どうかしましたか?」


「え? あ、いえ、何でもありません。ぶしつけに見つめちゃって、どうもすみません」


「へん。イノシシハーレムの補充要員を検分してやがるのか? こいつは最初っから、おめーに発情してただろーがよ」


「し、してないよ」と、理央は真っ赤になってサキの腕を引っ張った。

 そんな二人を客席にエスコートしている間にも、どんどん新たな顔ぶれがやってくる。そして気づけば、会場は大変な賑わいになっていた。


「……猪狩さん。明けましておめでとう。大晦日は、お疲れ様でした」


 と、横合いから凛々しい声をかけられた瓜子は、反射的に口をほころばせてしまった。


「弥生子さん、明けましておめでとうございます。今日は何だか、いつも以上に素敵なお召し物ですね」


「そのようなことは、決してないと思うのだが……まさか、猪狩さんに着ているものを寸評されるとは思わなかったな」


 赤星弥生子もまた、気恥ずかしそうに口もとをほころばせた。いつも彼女はスポーティーな装いであるが、本日はボタンダウンの黒いシャツに細身のボトムという格好であったのだ。まったく飾り気はないものの、彼女は身長百七十二センチですらりとした体格をしており、若武者を思わせる凛々しい面立ちであるため、そんな何気ないファッションでも抜群に格好よく見えた。


「そういえば、弥生子さんが試合の打ち上げ以外のお祝いに駆けつけるって、珍しいですもんね! わたしもご一緒できて、嬉しいです!」


 一緒に来場したマリア選手は、いつも通りの様子でにこにこと笑っている。

 そしてその両名の一歩後方では、仏頂面をした青田ナナがそっぽを向いていた。なんと本日は、赤星道場の女子門下生が勢ぞろいしているのだ。


「ほら、ナナも挨拶をするといい。君は私よりも不愛想なんだからな」


「……うるさいですよ。あたしのことは、放っておいてください」


 赤星弥生子がうながしても、青田ナナの態度に変わりはない。ただその目が、瓜子のかたわらに控えているユーリのことをじろりとにらみつけてきた。


「……あんた、大晦日ではずいぶんな試合を見せつけてたね。まさか、あのエイミーが子供扱いとはね」


「いえいえ、とんでもないですぅ。セコンドのみなさまの的確なアドバイスのおかげでありますよぉ」


 ユーリがよそゆきの笑顔で応じると、青田ナナは「ふん」とまたそっぽを向いてしまう。しかしまあ、自分からユーリに声をかけてきただけ、以前よりはよほど友好的と言えるはずであった。


「さー、それじゃあ全員そろったみたいだねー! お腹も空いてきちゃったし、新年会を始めよっかー!」


 本日の幹事である灰原選手が、奥のほうから元気な声を張り上げた。

 二十名以上に及ぶ参席者が、ざわざわとざわめきながらその言葉を聞いている。理央を除く全員が格闘技の関係者であり、しかも全員が女子選手であるのだ。灰原選手の発案で、本日は女性限定の会であったのだった。


 まあ、最近ではこれだけの顔ぶれが集まることも珍しくなくなってきているが――しかし、一月二日という日取りを考えれば、やはり大したものであろう。里帰りで何名かのメンバーが欠席して、この人数であるのだ。なおかつ、試合の後の打ち上げとは異なり、誰もが自分の意思でプライベートの時間を割いて、この場に参じたわけであった。


「それじゃー、新年一発目の挨拶ね! トッキー、よろしくー!」


「だから、どうして幹事でもないアタシが、そんな役目を負わされるんだろうね」


 苦笑を浮かべながら、小笠原選手はこのたびもその大役を果たしてくれた。

 最後に「乾杯」という言葉が告げられると、二十名からの参席者が「かんぱーい!」と復唱する。たちまち会場は、これまで以上の熱気に包まれた。


「お、プレスマンと赤星の連合軍かいな。なかなか物騒な顔ぶれやね」


 と、犬飼京菜を引き連れた沙羅選手がにやにやと笑いながら近づいてくる。瓜子とユーリの近くには、まだ赤星道場の三名およびサキと理央が留まっていたのだ。


「物騒なのは、そっちだろーがよ。狂犬病の注射は済んでんのかー?」


「うるさいな! いちいちカラまないでよ!」


 と、犬飼京菜はたちまち眉を吊り上げたが、以前ほど物騒な気配は撒き散らしていない。サキとも赤星道場の面々とも、もはや深刻な確執は残されていないのだ。理央も夕食の準備の手伝いでたびたびドッグ・ジムを訪れているため、キャンキャンと吠える犬飼京菜に対しても怯む様子はなかった。


 しかしまあ、試合会場や打ち上げの場でしょっちゅう同席する立場であっても、この三組で輪を作るというのはなかなか珍しい話だ。なおかつ、愛音やメイが不在であるというのも、珍しさに拍車を掛けていた。


(邑崎さんは蝉川さんたちと一緒なんだろうけど、メイさんはどこに行ったんだろう?)


 瓜子がこっそり視線を巡らせると、メイはちょっと離れたところで鞠山選手や天覇館のメンバーと語らっていた。メイが来栖舞や魅々香選手と語らう姿はほとんど目にしたことがなかったが、きっと鞠山選手や高橋選手が架け橋となっているのだろう。何にせよ、メイが独自に交流を広げているさまは、瓜子の胸を温かくしてやまなかった。


「犬飼さんに鴨之橋さん、ちょうどよかった。また川田さんにオファーをかけたい場合は、ドッグ・ジムに連絡を入れるという形で問題ないか、確認しておきたかったんだ」


 赤星弥生子がそのように告げると、沙羅選手は「はん」と鼻を鳴らした。


「なんべんも言うとるけど、ウチやマキねえやんを苗字で呼ぶのはあんたぐらいやで、弥生子はん。で、マキねえやんにオファーやて?」


「うん。二月の終わりに会場を押さえることができたので、今の内に声をかけさせていただこうと思ってね」


「ほーん。十二月から隔月で開催とは、気合が入っとるやないの。去年の鬱憤晴らしかいな?」


「鬱憤は溜まっていないが、興行の数が物足りなかったのは事実なのでね。三月は《ビギニング》に注目が集まるだろうから、その前に年始めの興行を開こうと考えた次第だ」


 赤星弥生子と沙羅選手がこのようによどみなく言葉を交わすさまも、なかなかに新鮮である。

 グラスのビールを飲み干してから、沙羅選手はしなやかな肩をすくめた。


「注目が集まるいうても、三月の《ビギニング》はシンガポール本国の開催やろ? 集客には何の影響もないんとちゃう?」


「それでも、尋常でない注目度であることは確かだ。それに、そちらの試合を観戦するには有料のストリーミング配信しか手段がないらしい。であれば、経済的な事情から集客に影響が出ることもありえるだろう」


「経営者の苦悩やね。ま、マキねえやんもMMAに関してはこっちの所属なんやから、こっちで処理すんのがスジやろ。シトラスのジムに連絡を入れたかて、何やそら言われるのがオチやろうしな」


 そんな風に言ってから、沙羅選手は瓜子たちのほうを見回してきた。


「にしても、新年会の場でいきなり業務連絡とは、無粋なこっちゃね。うり坊なんか、弥生子はんとおしゃべりしたくてうずうずしとるんちゃう?」


「別にうずうずはしてないっすよ。……だから、すねないでくださいってば」


「すねてないですぅ」


「すまない。こういう場での立ち居振る舞いというものが、まったく身についていないのでね」


 赤星弥生子にやわらかな眼差しを向けられて、瓜子は「とんでもないです」と笑顔を返す。するとユーリは、ますますすねてしまうのだった。


「せやけど、青田はんまで出張ってくるのは、珍しいやんな? ついに自分も、プレスマンの連中に懐柔されたんかいな?」


 沙羅選手に皮肉っぽい視線と言葉を向けられて、青田ナナは「誰がだよ」と言い捨てる。すると、マリア選手がすぐさまフォローした。


「わたしたちも、ユーリさんと猪狩さんにお祝いの言葉を届けたかったんですよー! 大晦日の試合は、すごかったですからね!」


「ふふん。一昨年の怪獣大決戦に比べたら、可愛いもんやったけどな。ウチにしてみりゃ、引き立て役あつかいで丸損や」


「引き立て役? ……ああ、もしかして、ユーシー選手のことですか?」


「せやせや。あのハバキいうのが、完勝してたやん? ウチかて完勝やったのに、ウチ以上の完勝やの何やの有象無象が騒いどるんよ」


「なるほどー! 確かに巾木選手も強かったですけど、『アクセル・ロード』とは状況が違いますからねー! わたしは沙羅さんのほうが強いと思いますよー!」


 そんな風に言ってから、マリア選手はにっこり笑った。


「まあ、わたしはその両方を追いかける立場ですけど! 沙羅さんも、もっとアトミックに出てくださいよー! なんなら、《レッド・キング》で対戦してくれませんかー?」


「《ビギニング》ばりのファイトマネーを期待できるんやったら、考えたるわ。……にしても、《パルテノン》は勝ち馬に乗ったわな。これまで《ビギニング》なんざなんも注目されとらんかったのに、生放送の一発で大注目やん。先行投資が大当たりやね」


「ははん。踏ん張りどころは、これからだろーよ。前哨戦は六勝五敗で、その内の二勝は外様のこいつらなんだからよ。三月の本選で惨敗したら、死屍累々だろーぜ」


 我関せずで食事を進めていたサキが口をはさむと、沙羅選手は「へえ?」とそちらに向きなおった。


「せやけど、《ビギニング》かて《パルテノン》を踏み台あつかいはせんやろ。うり坊いわく、《ビギニング》の代表はずいぶんご立派なお人みたいやしな」


「ええ。スチットさんだったら、そんな不義理なことはしないと思いますよ」


「それに、そもそも《ビギニング》は現状でもウハウハなんやから、《パルテノン》を足蹴にする理由もないやろ。金持ち喧嘩せずや」


 瓜子と沙羅選手がそのように言いつのると、サキはまた「ははん」と鼻を鳴らした。


「そりゃースチットとかいうおっさんは、日本をリスペクトしてるんだろうからな。《パルテノン》と提携してんのも、日本の格闘技業界を盛り上げてーって一心だろーぜ。そもそもあいつはシンガポールの出身でもねーし、アジア全体をホームと考えてるんだろーよ」


「せやったら、自分は何を心配しとんねん?」


「心配なんざ、してねーよ。問題は、《パルテノン》の連中がその期待に応えられるかどーかだろ。外様の二匹を除いたら、対抗戦の戦績は四勝五敗なんだからよ。ホームでこれじゃあ、アウェイでどれだけの結果を出せるか心もとねーだろーぜ」


「なるほど。確かに男子のフライ級などは、《ビギニング》陣営の勝利が約束されているようなものだし……日本陣営が勝利した男子バンタム級とライト級は、《ビギニング》のほうでもボリュームゾーンだ。次にあちらの王者が出てきたら、勝利することは難しいように思う」


「へー。弥生子はんも、ずいぶん《ビギニング》の情勢に通じとるんやな」


「《ビギニング》に限らず、男子選手の情勢は気にかけている。私にとっては、そちらこそが対戦相手候補の主体であるからね」


 そう言って、赤星弥生子はまたやわらかい眼差しを瓜子に向けてきた。


「そう考えると、日本陣営の威信は女子選手にかかっているのかもしれない。団体の垣根など越えて、猪狩さんたちが活躍することを祈っているよ」


 瓜子は精一杯の気持ちを込めて、「押忍」と答えてみせる。

 そうしてかたわらを振り返ってみると、やっぱりユーリはすねた眼差しで瓜子を見つめていたのだった。

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