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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
28th Bout ~A new beginning~
712/955

act.1 New Year's party 01 集合

 明けて、翌年――一月の二日目である。

 その日は、懇意にしている女子選手の一行と新年会であった。


 なおかつそこには、大晦日に開催された《ビギニング》の祝勝会も重ねられている。それが残念会に転じなかったのは、何より喜ばしい話であった。


 新年会の前には初詣の計画もあったため、マンションを出るのは昼下がりだ。それまでの時間はメイをこちらの部屋に招き、性懲りもなく屋内トレーニングに励むことになった。

 実は昨日の元日も、数時間ばかりは同じ行いに興じていた。なおかつそれ以外の時間も《ビギニング》の録画映像などを見返して、反省会やディスカッションなどに取り組んでいたのだ。つくづく瓜子たちの生活というものは、格闘技に占められているのだった。


「最近は撮影の仕事も減ってきてるから、いっそう稽古に集中できますよね」


「うみゅ。撮影の仕事がぴたりとなくなったら、いささか物寂しいところでありますけれど……『トライ・アングル』がある限り、そちらの心配もないものねぇ。うり坊ちゃんがどれだけかわゆく撮影されてるか、アルバムもミュージックビデオも楽しみだにゃあ」


「……せっかく前向きな発言をしたんすから、水を差さないでくださいよ」


 そんな会話を交わしながら、瓜子とユーリとメイはマンションのエレベーターに乗り込んだ。瓜子はユーリからプレゼントされたスタジアムジャンパー、ユーリはウェイトアップにともない新調したボアコート、メイは黒いダウンジャケットだ。年が明けて二日目の本日も、それなりの寒さであった。


 そうして表に出てみると、すでに巨大なワゴン車がマンションの入り口に横づけされている。鞠山選手の愛車である。


「約束の時間ちょうどだわね。それじゃあ、出発するだわよ」


 運転席に収まった鞠山選手はメイクもヘアセットもばっちりで、巨大なべっこうぶちのサングラスをかけている。そして助手席の小柴選手が、鞠山選手の毛皮のコートを抱え込んでいた。

 中列のシートは空けられており、後列のシートには灰原選手と多賀崎選手が収まっている。瓜子たちが車内にお邪魔すると、たちまち灰原選手が元気に声をあげてきた。


「三人とも、明けましておめでとー! それに、《ビギニング》の試合もお疲れさん! いやー、あの日の試合もコーフンしちゃったよー!」


「雑談は、車を発進させてからだわよ。ほらほら、ちゃきちゃき動くだわよ」


 そうして瓜子たちがシートに収まり、ワゴン車がなめらかに動き始めると、灰原選手があらためて声をあげた。


「でも、あの日はマジで熱かったねー! うり坊なんかは序盤でちょっぴり手こずってたけど、ラストはいつも通りのイノシシ・ラッシュだったしさー! うり坊って短足なのに、ハイで仕留める試合が多いよねー!」


「短足は余計っすよ。まあ、自覚はしてますけど」


「いえいえ! うり坊ちゃんの肉体は、すべてが黄金比で完成されているのです! それはトシ先生のお墨付きなのです!」


「ユーリさんも、うるさいですってば」


 瓜子が優しくユーリの頭を小突くと、多賀崎選手が「でもさ」と声をあげた。


「あたしとしては、桃園に驚かされたよ。まさか、エイミーを相手にノーダメージの完勝とはね。『アクセル・ロード』で苦戦したのが、嘘みたいじゃん」


「いえいえぇ。すべてはセコンドのみなさまのおかげなのですぅ」


「うん。『アクセル・ロード』ではセコンドの不在が、かなりしんどかったみたいだもんね。それにしても、最後にものを言うのは本人の地力だよ」


「うんうん! でも、他の女連中もノーダメージで一ラウンド決着だったしねー! マコっちゃんなんて、あのハバキってやつの試合に燃えちゃってさー!」


 メインカードは短い試合が多かったので、プレリミナルカードの試合もいくつか放映されることになったのだ。そして、完勝を収めた巾木選手と横嶋選手の試合もそこに含まれていたのだった。


「やっぱり同じ階級だと、刺激を受けますよね。あの巾木選手ってのは、ずいぶん個性的なスタイルでしたし」


「ああ。できれば、お手合わせを願いたいもんだよ。あたしも《ビギニング》にお招きされるぐらいの実績を作らないとな」


「マコっちゃんだって、《フィスト》の王者じゃん! あとはアトミック王者のミミーと《パルテノン》のハバキも含めて、フライ級の三強ってことでしょ!」


 どのような話題になっても、灰原選手は騒がしい。しかし、言葉の内容はまったく間違っていないように思われた。


「そう考えると、やっぱりフライ級は充実してますね。多賀崎選手も大変でしょうけど、どうか頑張ってください」


「もちろん、そのつもりさ。ま、あたしの王座に挑戦を表明してたラウラが沖さんとの試合でコケたから、どうなることやらだね」


「うんうん! マリアとのリベンジマッチはまだ先だろうし、オリビアは階級を上げちゃったから、次は誰をぶつけられるんだろうねー!」


 そうして多賀崎選手の話題が一段落すると、また瓜子に熱っぽい声が届けられてきた。


「ところでさ! うり坊とピンク頭が三万ドルのボーナスをもらったって、ネットニュースで見たんだけど! あれって、マジなのー?」


「あ、はい。自分なんかはけっこう苦戦したのに、何だか恐縮です」


「ふん。ワンサイドゲームだけがベスト・パフォーマンスとは言えないんだわよ。むしろ大接戦のほうが、試合は盛り上がるもんだわよ」


 小さな身体で巨大な車をすいすい運転させながら、鞠山選手はそのようにのたまわった。


「そういう意味では、うり坊の試合が選ばれたのも納得だわね。あの逆転劇は、多くの人間の心を躍らせたに違いないだわよ」


「それに、桃園さんの試合はワンサイドでしたけど、同じぐらい白熱してましたよね。立ち技のコンビネーションはすごい迫力でしたし、豪快なスープレックスも寝技の攻防も、見どころだらけで気を抜けませんでした」


 小柴選手からの温かい言葉に、ユーリは「うにゃあ」と照れ臭そうに頭を抱え込む。

 すると、多賀崎選手が笑いを含んだ声をあげた。


「で、試合の後にはまた眠っちまったみたいだから、ちょっとばかり心配だったけど……元気そうで、安心したよ。《ビギニング》の三月大会も、ちゃんと出場できるんだろ?」


「はいぃ。今のところは、そういうお話になっておりますぅ」


「そっちの試合は日本だと、有料のストリーミング配信でしか観られないみたいなんだよな。でもまあ、金を払ってでも観戦させていただくよ」


「いいなー、海外! ファイトマネーでがっぽがっぽなんだから、おみやげ期待してるよー?」


「つくづく浅ましいウサ公だわね。土産をせがむなら、餞別を渡すのが先だわよ」


 ちょっとひさびさの再会であるためか、車内の騒がしさもひとしおであった。

 その騒がしさが、瓜子には心地好い。瓜子の左右に陣取ったユーリとメイも言葉数は少なかったが、ひさびさの騒がしさを満喫している様子だ。そしてこの先には、さらなる騒がしさが瓜子たちを待ち受けているのだった。


                ◇


 数十分後、瓜子たちは別なる面々と合流した。

 天覇館のワゴン車に拾われた一行と、公共の交通機関でやってきた一行だ。この時間から顔をそろえているのは、愛音、蝉川日和、二階堂ルミ、大江山すみれ、小笠原選手、来栖舞、高橋選手、魅々香選手というメンバーであった。赤星道場の若年コンビも、すっかりこういった催しの常連メンバーに落ち着いたようである。それはひとえに、能動的な二階堂ルミが蝉川日和と大江山すみれの両名に親愛を抱いている結果なのだろうと思われた。


「それに最近は、すみれ殿もすっかりうり坊ちゃんのトリコのようだしねぇ」


 と、ユーリがストールで隠した口でそんな言葉を囁きかけてきた。

 瓜子は一昨年の十一月頃――それこそ、ユーリが宇留間千花との決勝戦を控えて日本を離れていた時分、大江山すみれから真情を打ち明けられることになったのだ。それ以降は大江山すみれも平静を保っていたが、妙なところで感覚の鋭いユーリは彼女の微妙な変化をしっかり感じ取っているようであった。


(だけどまあ、大江山さんとも仲良くなれたのは、嬉しいな)


 その大江山すみれは、若年グループの輪の中でひっそりと微笑んでいる。二階堂ルミは蝉川日和にかまい、蝉川日和はそれをじゃけんにして、そして愛音が先輩風を吹かすという、それがここ最近で定着した若年グループの様相であった。ひとつ上の世代である犬飼京菜はその騒がしさを嫌ってなかなか近づいてこないが、大江山すみれは保護者さながらのたたずまいでそれを見守るのが常であった。


 ちなみにその犬飼京菜は沙羅選手ともども、夕方からの新年会で合流する手はずになっている。サキや理央、赤星弥生子やマリア選手も、また然りだ。赤星弥生子と顔をあわせるのは十二月の《レッド・キング》以来であったので、瓜子は朝から胸を弾ませていた。


(まあそれは、他の赤星道場の面々も同じことだけどさ)


 しかし瓜子はどうしても、赤星弥生子に強い思い入れを抱いてしまっている。それで、ユーリをすねさせてしまうわけであった。


 ともあれ、まずはこのメンバーで初詣だ。

 混雑を避けて小さめの神社を選んだが、それでも都内であることに変わりはないのでそれなり以上の人混みである。ユーリは瓜子と愛音とメイのプレスマン陣営に四方を囲まれて、その難所をくぐりぬけることになった。


「そういえば、今日もオリビアさんはいらっしゃらないんですね」


 と、人混みの中を歩いているさなか、大江山すみれが瓜子ではなくメイに声をかけた。


「うん。オリビア、まだシドニー。一月、あっちで玄武館の大会があるから。……どうして、僕に聞く?」


「同郷のメイさんにうかがうのが適切かなと考えたのですが、ご迷惑でしたか?」


「迷惑ではないけど……ウリコと喋ったほうが、楽しいと思う」


「メイさんだって、魅力的なお人柄だと思いますよ」


 どちらも内心を隠そうとするタイプであるため、何だか奇妙な会話になってしまっている。しかしそれも瓜子にしてみれば、微笑ましくてならなかった。


「それ以外に来られなかった方々も、やはり里帰りのご都合でしょうか?」


 と、今度は瓜子に言葉が向けられたので、「そうっすね」と答えた。


「鬼沢選手は博多のお生まれですし、武中選手は東京のお生まれですけどご家族の集まりがあるみたいです。あと……佐伯さんやリンなんかも、やっぱり里帰りっすね」


 佐伯やリンも、先月の瓜子のバースデーパーティーなどで大江山すみれと面識を得たのだ。残念ながら、そちらの旧友は二人そろって里帰りのさなかであった。


「それでも一月の二日からこれだけの人数が集まるというのは、やっぱり猪狩さんを筆頭とするプレスマンの方々の人徳ですね。こちらの合宿稽古も毎年充実していますし、本当に感謝しています」


「いえいえ、こちらこそ。大江山さんもこういう集まりに参加する機会が増えて、自分も嬉しく思ってますよ」


 瓜子が心からの笑顔を返すと、大江山すみれは内心の知れない微笑を浮かべて目をそらしてしまう。斯様にして、シャイな一面を持つ娘さんなのである。


(出会った頃はちょっと得体が知れなかったけど、それもすっかり気にならなくなったもんな)


 一昨年の十一月、《アトミック・ガールズ》の打ち上げの場において、彼女は瓜子の前で滂沱たる涙を流していたのだ。青田ナナとマリア選手が宇留間千花との対戦で長期欠場に追い込まれてしまい、彼女はその穴を埋めるべく奮起していたのだが――犬飼京菜を相手に三連敗を喫して、ついに心を乱してしまったのである。それで瓜子を呼び出して、自分はどうしてこんなに弱いのかと、表情だけは崩さないまま激情をほとばしらせていたのだった。


 その場で彼女は、赤星弥生子と同じぐらい瓜子やユーリの存在に憧れているのだと打ち明けてくれた。赤星弥生子に負けないぐらい強くて、しかも心から楽しそうに格闘技に取り組んでいる瓜子たちに、どうしようもなく心をひかれてしまうのだ、と――そんな内心をさらけだしてくれたのである。


(一昨日の試合でも、大江山さんをガッカリさせずにすんだかな)


 瓜子はそんな思いを込めて大江山すみれの横顔を見つめ続けたが、彼女はけっきょくこちらを振り返らないまま二階堂ルミのもとに戻ってしまった。

 あまり素直でない子猫のような風情であるが、やっぱり瓜子は微笑ましく感じてしまう。二十二歳になった瓜子は、年少の相手に対してそういう気持ちを抱けるぐらい成長できたのかもしれなかった。


(そういえば、邑崎さんなんかは大江山さんと比較にならないぐらい、とげとげしい態度だったっけ)


 そんな愛音とも、現在はそれなり以上に友好的な関係を築いている。素直でないところは大江山すみれ以上であるが、とても可愛い後輩であるのだ。それにやっぱりユーリが接触嫌悪症の一件を打ち明けたことで、最後の壁が崩れ落ちたような感覚であった。


 あとは――あれほど遠い存在であった来栖舞とも普通に口をきけるようになったし、誰よりも扱いにくかった犬飼京菜もいまや大切な朋友のひとりである。そして、そういう極端な例を除いても、三年ほど前まではおおよその相手が疎遠で気心も知れなかったのだった。


 ユーリやサキたちと出会ってからは間もなく四年、他なる面々と交流を結んでからは間もなく三年。それだけの歳月で、これだけの人々と懇意になれたのだ。瓜子自身、以前は直情的な性格がもっと悪い方向にも発露していたはずなので、このような行く末は決して予見できなかったのだった。


(友達なんて、佐伯さんとリンぐらいしかいなかったもんな。本当に、感謝してもし尽くせないや)


 そんな具合に、瓜子は年の始まりから過去を振り返り、さまざまな思いを噛みしめることに相成ったのだった。

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