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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
27th Bout ~Big up~
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04 プレリミナルカード

 開会セレモニーを終えた後、プレリミナルカードの試合が開始された。

 まずは、男子バンタム級の一戦である。こちらは日本陣営が《パルテノン》の王者であり、シンガポール陣営が王者ならぬトップファイターであるという話であった。


「男子バンタム級は、日本でもボリュームゾーンだ。しかも《パルテノン》の王者だったら、王者でもない相手には死んでも負けられないって心境だろうな」


 柳原の言葉通り、《パルテノン》の王者たる日本人選手は試合の序盤から猛攻を仕掛けて、その勢いのままにKO勝ちを奪取した。

 そして、次なる男子ストロー級はどちらもベルトを所持していなかったが、今度はシンガポール陣営の判定勝利に終わる。瓜子の目には甲乙つけがたいぐらい、両選手の実力は拮抗していたように感じられた。


「やっぱり日本大会だからって、そうまで日本陣営に有利なマッチメイクではないんだろう。次の試合は、どうだかな」


 第三試合は女子フライ級、巾木選手の登場である。

 その相手は――かつて『アクセル・ロード』に出場し、一回戦目で沙羅選手に敗北したユーシー・チェン選手であった。


「ふふん。これで薩摩女の実力は、浮き彫りにされるだろーぜ」


 サキに言われるまでもなく、瓜子はその試合に着目していた。《アトミック・ガールズ》においても群雄割拠である女子フライ級で、《パルテノン》の王者たる巾木選手がどれだけの実力であるかは気になってならなかったのである。


 ちなみにユーシー選手は『アクセル・ロード』の試合が放映された折、サキから「ザコ女」呼ばわりされていた。彼女はシンガポール陣営の中では下位クラスであり、見栄えのいい沙羅選手の当て馬に選ばれたのだろうという見込みであったのだ。

 実際、技術面では沙羅選手が圧倒しているように見受けられた。北米の気候と相性の悪かった沙羅選手は途中でスタミナ切れを起こしかけてしまったものの、それでもノーダメージで初回にKO勝ちを収めることがかなったのだ。それも、カーフキックで両足を潰すという、なかなか印象的な試合模様であった。


(ただ、沙羅選手はフライ級でも指折りのトップファイターだからな。あの試合だけで、ユーシー選手を雑魚呼ばわりはできないはずだ)


 少なくとも、ルーシー選手はフィジカルとスタミナの面において、沙羅選手を上回っていた。それに何より、『アクセル・ロード』やこの日本大会に招聘されている時点で有数のトップファイターであることに間違いはないはずであった。


 そうして巾木選手とユーシー選手がレフェリーのもとで向かい合うと――両名の体格は、ほぼ互角である。身長はルーシー選手のほうが五センチばかり上回っているようだが、手足の太さや胴体の厚みは巾木選手もまったく負けていなかった。


 巾木選手は気合の入った顔で、ユーシー選手はにやにやと笑いながら、それぞれ相手の姿をにらみ返している。どこか多賀崎選手と似た雰囲気を持っている巾木選手であるが、やはり表に出る勇猛さは上回っているようだ。


「こいつらは、どっちもストライカーって評判だったな。でも、どっちも寝技をやりこんでそうな身体つきだ」


 立松がそのようにつぶやく中、ついに試合が開始された。

 巾木選手もユーシー選手も、勢いよくケージの中央に進み出る。そして、ユーシー選手がいきなりの右ミドルを繰り出すと、それを左腕でブロックした巾木選手が豪快な右フックをお返しした。

 ユーシー選手も左腕でブロックしたが、蹴りの直後であったためかバランスを崩してしまう。すると、巾木選手は遠慮なく左右のフックを振り回した。


 その勢いに圧倒されて、ユーシー選手は後ずさっていく。すべての攻撃は両腕でブロックしていたが、巾木選手の勢いにいささか面食らっている様子だ。


「ちょっと強引な仕掛けだな。あちらさんは頑丈だから、あんまり飛ばすと後が怖いぞ」


 立松はそのように評したが、巾木選手はまったく手を緩めようとしなかった。それどころか、どんどん前進してさらに攻撃を振るっていく。その一発ごとに、勢いが増していくほどであった。


 ユーシー選手はしっかりガードを固めながら距離を取ろうと試みるが、巾木選手の猛攻は止まらない。ユーシー選手はサイドにも移動してフェンスに追い込まれる事態だけは回避していたが、両者の距離は常に一定であった。


 日本陣営の優勢に、客席は大いにわきたっている。

 そしてそのまま一分が経過すると、柳原が「おいおい」と声をあげた。


「追い込み練習でもあるまいし、いつまで攻め続けるつもりだよ? 相手はまだ、まったくダメージももらっちゃいないぞ?」


 柳原の言う通り、ルーシー選手のディフェンスは固かった。沙羅選手であれば、もっと的確にディフェンスの穴をついていたはずだ。巾木選手は執拗に頭ばかりを狙っているため、これならいっそうディフェンスも容易いはずであった。


 ただ――何だか、妙な具合である。

 巾木選手の攻撃は単調であるように感じられるのに、何だかリズムがつかみづらいのだ。それでユーシー選手も、反撃できずにいるのかもしれなかった。


(なんだろう。ひたすらフックを連発してるけど、一発ごとにちょっとずつ軌道が違っているような……それに、パンチスピードも一定じゃないんだ)


 巾木選手は頭しか狙っていないが、首から上のせまい範囲で拳の高さや角度が異なっている。なおかつパンチスピードにも緩急がつけられて、おかしな具合に幻惑させられてしまうのだ。


(なんか、目で追ってると酔っちゃいそうだな。あたしだったら、強引に組みつくか……鞠山選手やイリア選手みたいに飛び跳ねてでも逃げたくなりそうだ)


 そうしてルーシー選手は一発の攻撃も返せないまま、一分半が経過してしまう。

 一分半もひたすら攻撃し続けるというのは、口で言うほど簡単な話ではない。しかし巾木選手は疲弊した様子もなく、いっそうの勢いで拳を振るっていた。


「……うまく脱力できてるな。おかしなリズムだが、これがこいつのリズムのようだし……放っておいたら、ラウンド終了までこれを続けそうだ」


 と、立松がいくぶん呆れたような声をあげたとき――ついに、ユーシー選手が動いた。おもいきり頭を振って巾木選手の拳をかわしたのち、胴体に組みつこうと試みたのだ。


 その動きが、途中で停止する。

 ずっとフックを振り続けていた巾木選手の右拳が、いきなりボディアッパーに転じてユーシー選手の腹にめりこんだのだ。

 そして次の瞬間、左フックがユーシー選手のこめかみを撃ち抜いた。


 ユーシー選手は、千鳥足で逃げようとする。

 並の日本人選手であればKOされていそうな当たりであったが、やはりユーシー選手は頑丈であるのだ。それでかつては沙羅選手も、カーフキックに狙いを絞っていたのだった。


 しかし、これまでも距離を取れずにいたのに、千鳥足では逃げられるわけもない。

 巾木選手は変に勢い込むこともなく、これまで通りの力強さで前進し、また左右のフックを振るい始めた。


 ユーシー選手は頭を抱え込み、真っ直ぐ下がってしまう。

 すぐに背中がフェンスにぶつかって、逃げ場が失われた。

 それでも巾木選手は一定のリズムで――いや、一定のリズムが存在しない左右のフックを、同じ勢いのまま振るい続けた。


 ユーシー選手は決死の形相で、自らも右フックを射出する。

 首を振ってそれをかわした巾木選手は、がら空きの右テンプルに左フックを叩きつけた。

 そして、次の右フックもガードをすりぬけて、ユーシー選手の左頬に炸裂する。ユーシー選手が反撃に転じたため、ディフェンスがゆるんだのだ。


 その後は、一方的な展開であった。

 三発に一発は、ガードの隙間からフックがクリーンヒットする。そうしてダメージをもらうたびにガードがゆるんで、次にはいっそう的確な攻撃がヒットした。


 しかしユーシー選手は頑丈であるために、それでも倒れない。

 レフェリーは厳しい表情で、ストップのタイミングをうかがっている様子だ。


 そして、ユーシー選手が再び強引に組みつこうとすると、またボディアッパーがその腹にめりこんだ。

 ユーシー選手は身を折ったが、そこに左フックを叩きつけられて、またフェンスに押し戻される。さらに右フックもクリーンヒットしたところで、ついにレフェリーが割って入った。


 大歓声の中、ユーシー選手はずるずるとマットにへたりこんでしまう。

 巾木選手もいつしか汗だくになっていたが、試合前と変わらぬ勇猛な面持ちのままレフェリーに右腕を上げられた。


 一ラウンド三分二十一秒、レフェリーストップによるTKOで巾木選手の勝利である。

 サキはパイプ椅子にふんぞり返りながら、「ははん」と声をあげた。


「地味だか派手だか、わかんねー試合だったなー。でもまあ、ノーダメージの完勝だ」


「ああ。しかも、左右のフックとボディアッパーしか出してないんだからな。こいつはまだまだ、底が知れねえぞ」


 そんな風に言ってから、立松はおもむろに身を起こした。


「しかしまあ、《ビギニング》で日本陣営がぶつかることはねえし、そもそも階級も違うんだからな。頼もしいお仲間ができたってことで、喜んでおくか。……さあ、そろそろ本格的にウォームアップを始めるぞ」


「はーい!」と、ユーリも元気に立ち上がる。打撃戦だけで終わってしまったので、ユーリは関心を引かれなかった様子だ。しかし瓜子は、ひそかに感心しきっていた。


(アトミックの外にも、こんな選手がいたんだ。やっぱり、日本は広いな)


 同じ階級である多賀崎選手や魅々香選手らがこの試合を目にしたならば、瓜子よりも奮起することだろう。たとえ対戦の可能性がどれだけ低かろうとも、自分と同じ階級にこれだけの強豪がひそんでいたと知れれば何かしらの気持ちをかきたてられるはずであった。


 そうして瓜子とユーリは頼もしいセコンド陣とともに、ウォームアップを再開させる。

 その間に男子フェザー級の試合が進められたが、そちらは時間切れでシンガポール陣営の判定勝利であった。瓜子はウォームアップに集中していたが、なかなか白熱した試合内容であったようだ。


 そしてその次に登場したのは、女子アトム級の横嶋選手である。

 立松から許可をもらって、瓜子はウォームアップに励みつつそちらの試合を観戦させていただくことにした。


 横嶋選手は、金色を主体にした派手な試合衣装で登場する。

 いっぽう相手は、鋭い顔つきをした韓国の選手だ。最軽量のアトム級でも、《ビギニング》では外国人選手が活躍しているようであった。


 こちらも体格は、大きな差がない。横嶋選手は瓜子と同程度、相手選手はそれよりもわずかに長身であるていどだ。どちらも、それなりにシャープなシルエットであった。


「ちなみに、横嶋選手はグラップラー、相手選手はストライカーらしいな」


 立松の言う通り、試合が開始されると立ち技で攻勢に出たのは相手選手のほうであった。

 アトム級らしい俊敏さでステップを踏み、鋭い攻撃を放っていく。いっぽう横嶋選手は必要最低限の動きでそれをかわし、相手の手足を身に触れさせなかった。


「スピードには、けっこうな差があるな。これをかいくぐって、寝技に持ち込めるかどうかだ」


 柳原は、そんな風に言っていた。

 それに愛音もユーリのウォームアップを見守りつつ、ちらちらとモニターをうかがっている。同じ階級であれば、愛音もさぞかし気になることだろう。いっぽうサキは長い前髪で目もとを隠していたが、やっぱり無関心ではないはずであった。


 そんな中、相手選手は変わらぬ勢いで攻撃を続けている。

 先刻の巾木選手のように特徴的な動きではないが、洗練された良い動きだ。上下もうまく散らしているし、つけいる隙はなかなか見受けられなかった。


 ただ、横嶋選手は慌てる素振りもなく、相手の攻撃を受け流している。

 きっと、目がいいのだろう。相手がどれだけの攻撃を振るっても、すべて紙一重でかわしてしまっていた。

 そうして一分が経過しても、様相は変わらない。いまだおたがい、相手の身に触れてもいない状況だ。相手選手も慎重で、グラップラーの横嶋選手を相手にうかうかと距離を詰めない作戦であるようであった。


 そして――変転の時は、ふいに訪れた。

 相手選手が仕切り直しをはかるように後退したとき、横嶋選手がふわりと間合いを詰めたのだ。


 その左手の先がするりとのびて、相手の鼻先を軽く小突く。

 なんの細工もない、当たり前の左ジャブだ。ただタイミングが秀逸であったらしく、相手はまったく反応できていなかった。


 一瞬おくれて、相手は慌て気味にガードを固める。

 すると、その胴体に横嶋選手が組みついた。

 左ジャブは、このための布石であったのだ。相手が冷静さを取り戻す前に、横嶋選手は内掛けでテイクダウンを奪取した。


 あえなくマットに倒れ込んだ相手選手は、内側に掛けられた横嶋選手の右足を両足ではさみこもうとする。

 その顔面に、横嶋選手はこつんと左肘をぶつけた。

 相手選手は、また慌てた素振りで頭部のガードを固める。

 すると横嶋選手は相手の左腿を右手で押さえつけつつ、はさまれかけていた左足をするりと引き抜いた。


 あっという間に、マウントポジションである。

 相手の腰にまたがった横嶋選手は、こつんこつんと左右のパウンドを当てていく。

 いかにも軽やかな攻撃であったが、的確にガードの隙間を突いている。それでまた慌ててしまったのか、相手を身をよじって背中を向けてしまった。


 そうしてうつ伏せの状態で膝を立てようとしたが、それで空いた隙間に横嶋選手が両足をねじ入れて体重をかけると、たちまち背中をのばされてしまう。

 相手の身体を圧迫しながら、横嶋選手は腰をねじりつつ曲げた右腕を横合いに振りかぶり、強烈な肘打ちをこめかみに叩きつけた。


 これはちょっと、珍しい攻撃である。縦方向に肘を落とすことは反則であるし、後頭部を殴打することも反則であるから、普通はバックポジションで肘打ちが出されることはないのだ。

 きっと相手選手も、このポジションでこれだけ強烈な打撃をくらった経験はないだろう。しかも背中を向けているために、横嶋選手がどのような攻撃を出したかも認識できないのだ。


 結果、相手選手は守る必要もない後頭部ごと、両腕で頭を抱え込んだ。

 完全に、打撃技だけを警戒してしまっている。それで横嶋選手は、何の苦労もなく相手の咽喉もとに腕を回すことができた。


 バックチョークを取られた相手は、あえなくタップである。

 悠然と身を起こした横嶋選手が芝居がかった仕草で両腕を上げると、大歓声がそれに応えた。


 一ラウンド、二分十五秒、横嶋選手の一本勝ちだ。

 これまたノーダメージの完全勝利であった。


「いやあ、こいつは試合巧者だな。いちいち相手の虚を突いて、最後まで試合をコントロールしちまった」


「ええ。これは初見殺しですね。それに、こんなスタイルはそうそう真似できるもんじゃありませんよ」


 立松と柳原は、感心しきった様子でそんな言葉を交わした。

 確かにこれは、感服に値する内容であっただろう。《ビギニング》のトップファイターが、まるきり子供扱いであったのだ。かつての『アクセル・ロード』でも、これほど一方的に《ビギニング》の選手を打ち負かした選手は存在しなかったのだった。


(本当に、すごいな……あたしやユーリさんは、こんな人たちを差し置いてメインカードに抜擢されたわけか)


 であれば瓜子たちは、全力でその期待に応えるしかないだろう。

 そんな風に考えると、瓜子は身体よりも先に心が熱を帯びてしまったのだった。

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