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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
27th Bout ~Big up~
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インターバル 01 誕生会と壮行会(上)

 熱狂の中で終わりを迎えた『トライ・アングル』のワンマンライブから、八日後――十二月の第一月曜日である。

 その日は都内の某ダイニングバーで、二つのお祝いが同時に開催されることになった。

 その片方は《ビギニング》の日本大会に出場する瓜子とユーリの壮行会で、もう片方は瓜子のバースデーパーティーであった。


「壮行会はともかく、自分ばっかりバースデーパーティーを開いていただくのは気が引けちゃうんすよね」


 ダイニングバーに向かう道行きで瓜子がそんな内心をこぼすと、ニット帽と黒縁眼鏡とふわふわのストールで人相を隠したユーリが「何をおっしゃる、うり坊ちゃん」と浮き立った声をあげた。


「こんなにかわゆいうり坊ちゃんのバースデーであれば、誰だってお祝いしたくてうずうずしちゃいましょうぞ。ユーリだって、朝からうきうきるんるんだしねぇ」


「そ、そうッスよ。あたしだって、こんなおめでたい集まりに参加できて光栄ッス。猪狩さんも、どうか気にしないでほしいッス」


 と、顔を赤くした蝉川日和もそのように告げてくる。本日は夜からパーティーであったため、手の空いていた人間は昼から道場で自主稽古に取り組んでいたのだ。その他に連れだっているのは、メイと愛音の両名であった。


「それに昨年は、ユーリのせいでパーチーを開けなかったのでせう? それを思うと、ユーリはお胸が痛んでならないのでぃす」


「いやいや。ユーリさんのほうこそ大変な状況だったんだから、そんなこと気にしないでくださいよ。でも……去年のことを考えたら、幸せでたまりませんね」


 瓜子の返答に、ユーリは「うにゃあ」と身をよじった。

 昨年のこの時期、ユーリはまだ北米の病院に入院中であったのだ。ユーリがどのような病状であったのかも知らされていなかった瓜子は、毎日不安と戦いながら日々を過ごしていたのだった。


 十二月に入ってずいぶん気温が下がってきたため、瓜子たちも世間の人々もすっかり冬の装いである。

 そして駅前や大通りでは、早くもクリスマスの飾りつけがされている。まったくもって、せっかちな限りであるが――うかうかしていると、すぐに年の瀬が迫ってくるのだろうと思われた。


 瓜子とユーリが出場する《ビギニング》の日本大会が開催されるのは、大晦日だ。期日が迫るとあれこれ慌ただしくなるため、早い内から壮行会を開こうという話が持ち上がり――そして、どうせだったら瓜子のバースデーパーティーと重ねてしまおうという話に落ち着いたわけであった。


(まあ、去年は大晦日の一週間前にパーティーをしてたけどさ)


 あれはたしか、蝉川日和の全国大会優勝とプロ昇格のお祝いに、忘年会を重ねたパーティーであった。そして瓜子はユーリへのお見舞い品として、鞠山選手から盛大なイラストつきの巨大フラッグを受け取ったのだ。その頃には、ユーリも北米の病院から山科医院に転院して、瓜子との再会を果たしていたわけである。


 あの頃には見るも無残に痩せ細り、自力ではベッドから起き上がることもできなかったユーリが、現在はスキップまじりで街路を歩いている。

 この一年の軌跡を思うと、瓜子はそれだけで胸が詰まってしまいそうだった。


「おー、来た来た! もー、遅刻ぎりぎりじゃん! こんな日ぐらい、稽古なんて休めばいいのにさー!」


 パーティー会場であるダイニングバーの扉をくぐると、カウンター越しに店員へと声をかけていた灰原選手がすっとんできた。本日は華やかなワンピースの姿で、肉感的な肢体がぐっと強調されている。そして、黒髪の上に金髪をかぶせたようなセミロングの髪も、綺麗なアップにまとめられていた。


「さー、入った入った! 今日も二階を貸し切りにさせてもらったからねー! うり坊たち以外は、みーんな到着してるよー!」


「そうっすか。お待たせしちゃって、どうもすみません」


 瓜子は何の疑いもなく、灰原選手に手を引かれて階段を上がることになった。

 着替えの詰まったバッグを抱えたユーリたちも、後からついてくる。そうして瓜子たちが階段をのぼりきると――たちまち、盛大にクラッカーが鳴らされたのだった。


「誕生日、おめでとう!」


 そんな声が合唱されて、拍手や指笛の音色が重ねられる。

 たとえバースデーパーティーでも、これほど盛大に出迎えられたのは初めてのことだ。そして瓜子は、思わぬ面々の姿に目を剥くことになってしまった。


「あ、あれ? どうして『トライ・アングル』の方々まで……うわ、『モンキーワンダー』の方々までいらっしゃるじゃないっすか!」


「そーだよー! いわゆる、サプライズゲストってやつだねー!」


 灰原選手はしてやったりという顔で笑いながら、豊満な胸をそらした。

 そこに、巨大な花束を掲げた原口千夏と定岡美代子が近づいてくる。前者の花束は瓜子に、後者の花束はユーリに捧げられることになった。


「うり坊ちゃん、誕生日おめでとう。二十二歳とは思えない愛くるしさだよねぇ」


「ユ、ユーリさん! 先日は、ライブを観にいけなくて申し訳ありませんでした! 《ビギニング》の試合、頑張ってください!」


 そこでまた、第二陣のクラッカーが鳴らされる。

 こうまで派手派手しくお祝いされると、誕生日というものにそれほど思い入れを抱いていない瓜子も、何だか胸が熱くなってしまった。


 こちらの店の二階はかなりの広さであるのに、人の熱気であふれかえっている。サキ、理央、灰原選手、多賀崎選手、小笠原選手、小柴選手、鞠山選手――昨年あたりからこういった集まりにも招かれることになった、来栖舞、魅々香選手、高橋選手、武中選手、時任選手――これが初めての参加となる、鬼沢選手――やはり昨年の忘年会から参加することになった、沙羅選手、犬飼京菜、大江山すみれ、二階堂ルミ――瓜子の旧友たる、リンと佐伯芳佳――そして、『トライ・アングル』と『モンキーワンダー』のオールメンバー――格闘技関係のイベントにしか顔を出さない面々と音楽関係のイベントにしか顔を出さない面々が入り乱れて、大変な騒ぎであった。


「ほらほら! ぼーっと突っ立ってないで、奥に行きなってば! 今日は、あんたたちが主役なんだからね!」


 灰原選手のエスコートで、瓜子とユーリはもっとも奥まったスペースに案内された。

 あちこちに配置されたテーブルには、すでに料理やソフトドリンクが準備されている。そして、階下からアルコールのグラスも運ばれてきた。


「それじゃあ、開会の挨拶ね! トッキー、よろしくー!」


「まったく。こんな錚々たる顔ぶれで、どうしてアタシがそんな大役を受け持たないといけないんだろうね」


 わざわざこのために小田原から出てきてくれた小笠原選手が、薄く笑いながら進み出た。


「まあ、くだけた会なんで、簡単に。……今日は《ビギニング》に出場する猪狩と桃園を激励するために、こういった会を開くことになりました。ついでに猪狩は二十二歳になったってことで、おめでたい限りですね。二人は今年も大活躍してくれましたけど、大晦日の《ビギニング》で総決算すると同時に、来年の活躍にも期待をかけましょう。……乾杯」


「かんぱーい!」と、クラッカーにも負けない声が張り上げられた。

 あとはもう、堰を切ったような大騒ぎである。まだ瓜子がいくぶん呆然としていると、大江山すみれと二階堂ルミの若年コンビがそれぞれ趣の異なる笑顔で近づいてきた。


「猪狩さん、誕生日おめでとうございます。弥生子さんから、せっかくのお誘いをお断りしてしまって申し訳ないという伝言をお預かりしています」


「あ、いえいえ、とんでもない。今日は普通に、平日ですからね。こんな大人数が集まるなんて、びっくりです」


「道場なんて、コーチたちに任せちゃえばいいのにねー! まったく、融通がきかないんだから! きっと弥生子さんも、道場でうずうずしちゃってますよー!」


 相変わらず、大江山すみれは内心の読みにくい笑顔で、二階堂ルミはおひさまのような笑顔だ。そうして二階堂ルミは、すぐさま蝉川日和の腕を捕獲した。


「ひよりちゃんも、ひさしぶりー! 今日も一緒に楽しもうねー!」


「ひさしぶりって、アトミックの打ち上げでもご一緒してるじゃないッスか。とりあえず、暑苦しいんで離してもらっていいッスか?」


「だめー! さあさあ、何から食べよっかなー!」


 かくして、蝉川日和は人混みの向こうに引きずられていった。

 メイと愛音は、それぞれ瓜子とユーリの影のように付き従っている。そして愛音は昂揚に頬を火照らせつつ、ユーリに手を差し伸べた。


「ユーリ様、お花をお預かりするのです。どうぞ料理を召しあがってほしいのです」


「あ、うん、ありがとぉ。……にゃんか、圧倒されちゃうねぇ」


 まだニット帽と黒縁眼鏡をかけたままであったユーリはそれを外しながら、ふにゃふにゃと笑った。

 すると今度は、『トライ・アングル』の面々が接近してくる。山寺博人と陣内征生を除く面々は、みんな満面の笑顔であった。


「瓜子ちゃん、ハッピーバースデー!」

「驚いたかい? 久子ちゃんが、こっそり招待してくれたんだよ!」

「ちょうど仕事もオフだったから、ウルのやつも引っ張ってきたんだ」

「どうせだったら、千駄ヶ谷さんも呼んでほしかったよなぁ。でもまあ、二人そろっておめでとさん」


 まずは『ベイビー・アピール』の面々が、笑顔でグラスを差し出してくる。

 それらの全員とグラスをぶつけると、西岡桔平も穏やかに笑いかけてきた。


「今日はいつも以上に、すごい顔ぶれですね。女子格闘技の主要メンバーがほとんど勢ぞろいしてるように感じられます。これも、二人の人望ですね」


「いえいえ、とんでもありません。あの、今日はわざわざありがとうございます」


「こちらこそ、こんなパーティーにお招きしてもらって、ありがたい限りです。まあ、先週も打ち上げをご一緒してますけど、今日はお二人が主役ですからね。《ビギニング》の試合、期待しています」


 そうして西岡桔平が身を引くと、珍しく山寺博人が自分から近づいてきた。

 そして、「ん」と両手を突き出してくる。そこには左右それぞれに細長い丸筒が握られていた。


「ちょっとちょっとー! プレゼントは後でのお楽しみでしょー? ヒロくん、フライングだよー!」


 灰原選手がけたたましく声をあげると、山寺博人は「うっせえな」と顔をしかめた。


「酔っぱらう前に、渡しておこうと思ったんだよ。言っておくけど、俺は関係ねえからな」


「そうそう! リマさんが、わざわざ二人にプレゼントを準備してくれたんだってよ!」


 まだそばにいたダイが、そのように内情を明かしてくれた。

 瓜子はユーリと一緒に恐縮するばかりである。


「リマさんが、また絵を描いてくださったんですか? 本職の絵描きさんにそんなことをさせちゃって、申し訳ない限りです」


「知らねえよ。本人に言ってくれ」


「あ、そうっすよね。……あの、これ、人前で見せても大丈夫な内容ですか?」


「だから、知らねえって」


 どんどん不機嫌になっていく山寺博人から、瓜子とユーリはそれぞれ丸筒を受け取った。

 灰原選手を筆頭とする面々は、期待に瞳を輝かせている。瓜子はどうか穏便な内容でありますようにと祈りながら、丸筒の蓋を開けることになった。


 果たして、そこに封入されていたのは――やはり、瓜子とユーリが描かれたイラストであった。

 背景は真っ白であるが、おそらく壁にもたれて座り込んでいるのだろう。ユーリは白いワンピース、瓜子はTシャツとハーフパンツだ。灰色の濃淡だけで描かれた、至極シンプルなイラストであったが――まぶたを閉ざして身を寄せ合った二人の表情がこれ以上もなく安らかで、瓜子はすぐさま胸を詰まらせてしまった。


「わー、すっげー。やっぱあたし、この人のイラスト、好きだなぁ」


 灰原選手も、陶然とした声でそんな風に言っている。

 そして、ユーリのほうは――一転して、抽象的なデザインであった。上半身だけで画面を埋め尽くす大アップのユーリが少しうつむき加減で、ひそやかに微笑んでおり、両手で何かを包み込むような形を作っている。そしてその手の中に、胎児のように丸くなった瓜子の姿が描かれていた。ユーリの大きさに対して、瓜子はウサギのような小ささだ。両名ともに裸身であったが、あまりにファンタジックな絵柄と構図であるため、瓜子が羞恥心を刺激されることもなかった。


「これ……もしかして、『ピース』をイメージしてるのですかぁ?」


 ユーリが静かな声で問いかけると、山寺博人はぶっきらぼうに「だろうな」と応じた。

 それで瓜子も、理解した。『ピース』というのは、心にあいた隙間を埋める存在を探し求めるという歌詞であるのだ。こちらのイラストのユーリは、まさしく心の隙間が埋められた瞬間を描かれているのだろうと思われた。


(でも、それをひと目で理解できるなんて……やっぱりユーリさんは、『トライ・アングル』の歌詞にものすごく感情移入してるんだ)


 瓜子がそんな感慨を噛みしめていると、ユーリが透明な眼差しを向けてきた。


「それじゃあきっと、そっちは『YU』のイメージなんだろうねぇ」


「……ええ。きっと、そうなんでしょうね」


 思わず涙をにじませてしまった瓜子は、それを手の甲でぬぐうことになった。

 そうして瓜子は本日のパーティーが開始されるなり、存分に情動を揺さぶられてしまったのだった。

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