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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
27th Bout ~Big up~
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03 後半戦

『ピーチ☆ストーム』の後に『リ☆ボーン』と『ハッピー☆ウェーブ』と、立て続けにソロ時代の楽曲を披露したのち、ユーリは早々に舞台袖に戻ってきた。


 ステージでは、『ベイビー・アピール』が主体となって『ワンド・ペイジ』のカバー曲の演奏が開始されている。ここでまた、ユーリはお色直しであった。


 次に準備されていたのは、純白のワンピースである。

 ユーリは以前にも、バラード曲のためにこういったステージ衣裳を準備されていた。しかし現在のユーリはその衣装に負けないぐらい白い肌をしているため、ちょっと尋常でないぐらい鮮烈な印象になっていた。


「うーん。そういう格好をすると、ユーリさんは本当に雪の精霊みたいだよねぇ」


 円城リマもご満悦の面持ちで、そんな風に述べていた。

 汗や照明で透けても問題ないように、ユーリはビキニも白いものに着替えている。色彩がついているのは、前髪と唇と瞳ぐらいだ。そしてその瞳も色の淡い鳶色であるため、ユーリの神秘的な雰囲気に拍車をかけるばかりであった。


 ワンピースはごく薄い生地であるため、ユーリの卓越したボディラインを隠す役には立っていない。よって、色香のほども十二分であるのだが――それ以上に、ユーリはこの世のものとも思えない神秘的な美しさをかもしだしている。それが規格外の色香と混ざり合って、ユーリならではの魅力というものを完成させるのだ。これだけ毎日ともに過ごしている瓜子でも、この美しさには感服の吐息をこらえられなかった。


 そうして大急ぎで舞台袖に引き返すと、すでに楽曲は二曲目の中盤に差し掛かっている。ユーリの出番は、もう目の前であった。


 漆原のヴォーカルによる『ワンド・ペイジ』のカバーというのは、なかなかの違和感だ。そしてその違和感こそが、彼の魅力となっている。体内の熱情を余さず吐き出すような山寺博人の歌が、漆原にかかると妙にねじくれた変化球の楽曲に感じられてしまうのだ。瓜子がもっとも好ましく思うのはやはり山寺博人とユーリの両名であったが、彼には彼ならではの魅力というものが確かに存在した。


 そうしてそちらのカバー曲が終了したならば、瓜子と三度目のタッチを交わしたユーリがしずしずとステージに出ていく。その純白の姿に、客席からは感じ入ったような歓声があげられた。


『今日のライブも折り返しを過ぎて、いよいよ後半戦でぇす。みなさん、楽しんでおられますかぁ?』


 ユーリが呑気な声をあげると、大歓声がそれに応える。

 ユーリはにこにこと笑いながら、白い両腕を頭上に差し伸べた。


『それでは、三日前にリリースしたての、新曲でぇす。……「スノードロップ」』


 ユーリの宣言とともに、山寺博人がセミアコのギターをかき鳴らした。

 すでにピアノまで移動していた漆原が、そこに流麗なる演奏を重ねる。そして、残る五名が同時に爆音を響かせると、そこには本日一番の生命力の奔流が噴出したように感じられた。


 三ヶ月連続リリースの最後を飾ったのが、こちらの『スノードロップ』である。

 作詞作曲は漆原で、楽曲の分類は――瓜子が初めて耳にする、パワーバラードというものであった。

 まあ、曲調の分類というのは音楽の細かいジャンル分けと同じぐらい曖昧なものであるのだろう。瓜子は文字通りパワーのあるバラードだと解釈していたし、それで何の不都合も生じていなかった。


 テンポはゆったりとしているし、コード進行も哀切な雰囲気をはらみ、ピアノやギターやアップライトベースの旋律もバラードと称するのに相応しい美しさを持っている。だが、ダイのドラムはアップテンポの曲と変わらないぐらい力強く、リュウのギターは容赦なく歪んでおり、タツヤのベースも重々しい。しかもこの曲では西岡桔平も自身のドラムセットに陣取り、ツインドラムの構成になっていた。


 Aメロに入ると多少は演奏の圧力が下げられるものの、それでもどっしりとした重い演奏だ。

 その上で、ユーリは物悲しいメロディを力強く歌いあげていた。


 歌詞の内容は、寄る辺ない無力な少女を一匹の野良猫にたとえたものであった。

 これも瓜子は初めて知ったが、スノードロップというのは「不思議の国のアリス」に登場する白猫の名前であるそうなのだ。


 その曲名や歌詞の内容からも察せられる通り、これは漆原が純白の姿に変わり果てたユーリと再会したのちに作りあげた楽曲であった。漆原と山寺博人はユーリの入院中にそれぞれ一曲ずつ新曲を準備していたが、それらを脇に追いやってまで、こちらが新曲としてリリースされることになったのだ。


「歌詞の内容が内容だけに、冬の前にリリースするべきだろぉ?」


 漆原はそのように語っていたが、やはり現在のユーリに触発された楽曲こそを優先したいという思いがあったのだろう。同じ理由で山寺博人の『Re:Boot』もシングルとしてリリースされて、かねてより準備していた二曲はともに来年発売のアルバムに回されることに相成ったのである。


『Re:Boot』と『YU』に続いてリリースされたこちらの『スノードロップ』は、販売三日目の現段階で成功が確信されていた。CDの予約数も、ミュージックビデオの再生回数も、SNSにおける評判も、きわめて好調であったのだ。それが不思議でないぐらい、瓜子もこの『スノードロップ』の魅力に感じ入っていた。


『トライ・アングル』は激しい楽曲も静かな楽曲も同じぐらい得意にしているが、この『スノードロップ』にはその両方の魅力が存在する。さまざまな要素がぶちこまれた『ケイオス』とはまた異なるアプローチで、『トライ・アングル』の魅力が詰め込まれているのだ。


 ユーリの歌声は哀切だが、力強く、のびやかである。周囲の演奏がそれなりの音圧であるため、ユーリも自然にそういう歌唱になるのだ。

 また、歌詞の内容も大きく作用しているのだろう。歌詞の主人公たる少女は何の力も持っておらず数々の不幸に見舞われているが、決してへこたれることなく我が道を突き進んでいた。


 そしてサビでは雪が降り、世界が少女と同じ色に染めあげられる。

 だから何も寂しくはない。世界は意地悪で歪んでいるけれど、それは自分も同じことであるし、自分は無邪気で残酷だけれど、それは世界も同じことだ、と――そんな歌を、ユーリは無垢なる笑顔で歌いあげていた。


 照明は、青いスポットに白くて小さい光の粒が散らされて、本当に夜の雪景色であるかのようだ。

 それらの美しさとユーリの歌声、そして力強い演奏に、瓜子は胸の内側をかき回されるばかりであった。


 そうして『スノードロップ』が終了すると、会場からは凄まじい勢いで拍手が鳴らされる。それもまた、本日一番の勢いであるように感じられた。


『ありがとうございまぁす。それでは、ばんばか続けさせていただきますねぇ』


『スノードロップ』の次に準備されていたのは、『ベイビー・アピール』のカバー曲にして漆原とのデュエット曲である『fly around』であった。

 こちらもミドルテンポの楽曲であるため、『スノードロップ』で構築された空気がうまく継続されているように感じられる。


 そしてその次は、『Re:Boot』のカップリング曲として発売されて以来いっそうの人気を博することになった『アルファロメオ』である。

 この曲では、ユーリの白いワンピース姿が際立っていた。これまでの二曲では純真さの象徴であるように感じられていた衣装が一転して、性悪女の妖艶な小道具に成り代わったのだ。ユーリが色っぽく身をよじり、スカートをたくしあげて真っ白な足をさらけ出すさまは、直視していいのか迷うほど淫靡で背徳的な風情であった。


 そうしてお次は、『トライ・アングル』においてもっとも複雑怪奇な楽曲、『ケイオス』である。

 荒々しさと静謐さが奔放に入り混じり、三者の歌声が同じぐらいの力感で響きわたるこの楽曲は、やはり聴く人間の情動を揺さぶってやまなかった。


 そうして荘厳なるクラシック音楽のような趣で『ケイオス』が終了すると、ユーリがスタンドにマイクを戻しつつ『ありがとうございまぁす!』と声を張り上げる。復帰以降、ステージの序盤はのんびりとした気持ちが先に立つユーリであるが、終了間際にはこうして昂揚するのが常であった。


『それでは次が、最後の曲でぇす! 最後は、元気に締めくくりましょう! ……「ハダカノメガミ」!』


 後半はずっとスローからミドルのテンポであったところに、突如としてアップテンポのイントロが奏でられる。

 それだけで、客席には凄まじい熱気がわきたっていが――それがすぐさま、倍増した。ユーリがひと息に、純白のワンピースを脱ぎ捨ててしまったのだ。


 その下は、白いビキニの姿である。

 撮影現場では見慣れた姿だが、ライブステージでビキニひとつになることは、そうそうありえない。しかも、尋常ならざる神秘性と色香をあわせ持つユーリであるので、その破壊力は筆舌に尽くし難かった。


 ユーリは脱いだワンピースを頭上で振り回しながらマイクをつかみ取り、Aメロの開始とともにワンピースを会場に投げ入れた。

 あとはもう、熱狂の嵐である。涙を誘発されるような楽曲ではないものの、瓜子も存分に胸を揺さぶられることに相成った。


 汗に濡れたユーリの肢体は、息を呑むほどに艶めかしい。

 そしてその横顔には、心から楽しそうな笑みが浮かべられており――けっきょく瓜子は、本日何度目かの涙をこぼしてしまった。


『どうもありがとうございましたぁ!』


 アウトロが終了すると、演奏陣はそれぞれの楽器をかき鳴らし、ユーリは元気な声を張り上げる。

 そして、ユーリの豪快かつ優美なバックスピンハイキックとともに、最後の音が叩きつけられた。


 大歓声の中、ビキニ姿のユーリが投げキッスを飛ばしながら意気揚々と凱旋してくる。

 そうして他の面々もぞろぞろと舞台袖に引き返してくると、早くも「アンコール!」の大合唱が鳴り響いた。


 ユーリは瓜子が手渡したビーチタオルにくるまれながら、また楽屋でお召し替えだ。ただしアンコールでは中盤で使用したショートパンツを着回し、あとは物販のグッズTシャツを着込むだけであるので、さしたる苦労はなかった。


「にゅふふ。またみなさんとおそろいだぁ」


 すでに合計十三曲を歌いあげているというのに、ユーリは余裕の笑顔である。

 しかし瓜子も、言葉で確認せずにはいられなかった。


「ユーリさん、お疲れ様です。体調のほうは、問題ありませんか?」


「うみゅ。摂取したカロリーがどぼどぼ音をたてて消費されておりますが、ほどよいぺこぺこ加減なのです。眠気も、皆無でございますわよ」


 そう言って、ユーリはにこりと微笑んだ。

 その無垢なる笑顔に、瓜子もほっと息をつく。


 そうして開始された、アンコールの舞台である。

 メンバー一同がおそろいのTシャツ姿で登場すると、会場には痛切なばかりの歓声が響きわたった。


『アンコールありがとうございまぁす。まずはゆったりお楽しみくださぁい』


 ユーリの挨拶の言葉を合図にして、漆原が切々としたピアノの音色を奏でる。

 アンコールの一曲目は、先月リリースした『YU』であった。


 これはもう、ユーリも瓜子も最初からハンカチの準備をしておくしかない。他の楽曲と同じように、どれだけのステージを重ねても、ユーリの歌から情感が減じることはなかった。


 これは、ユーリと瓜子をモデルにしたラブソングである。

 二人は決して恋仲ではなかったが、恋人よりも深い絆を紡いでいるつもりであるので――こちらの歌詞は、瓜子の胸に食い入ってやまなかった。


 ユーリもまた滂沱たる涙をこぼしながら、最愛の相手と巡りあえた喜びを歌いあげている。

 けっきょくタイトルも改変されなかったので、『YU』というのはユーリと瓜子のイニシャルなのではないかという憶測が世間に出回っているようであったが――そんな話も、瓜子にとっては些末なことであった。どうせおたがい恋人などいないのだから、見知らぬ人々にどう誤解されようともいっこうにかまわなかったのだ。


 そうして『YU』が終了すると、会場にはまた拍手が爆発する。

 そんな中、ユーリは『えへへ』と物販のタオルハンカチで涙をぬぐった。


『ではでは、アンコールも最後は元気に締めくくりましょう。お次は、「境界線」でぇす』


『ベイビー・アピール』のカバー曲である『境界線』は、アンコールを盛り上げるために温存していたのだ。

『Re:Boot』と並んでもっともアップテンポであるこちらの楽曲は、思惑通りに客席を盛り上げてくれたようであった。


 そうしてメンバーたちが舞台袖に戻ってくると、またもや「アンコール!」の声が響きわたる。他の数多くのバンドと同じように、『トライ・アングル』も二度のアンコールに応えるのが通例になっていた。


 ここではお召し替えの手間もないため、ユーリも他のメンバーたちとともにゆったりと身を休める。が、メンバーの中でもっとも元気なのは、もちろんユーリであった。


「ヴォーカルってのは一番しんどい面もあるはずなのに、ユーリちゃんはマジでタフだよなぁ」


「あったり前だろ! 俺たちなんかとは、鍛え方が違うんだからよ!」


 たとえ疲れ果てていても、みんなユーリと同じぐらい楽しそうに笑っている。山寺博人だけは仏頂面を保持しているが、ステージ前の負のオーラなどは綺麗さっぱり消失していた。

 なおかつ、ステージが始まってからは円城リマも山寺博人に絡もうとはしない。ここで邪魔をするのは、自分の創作活動を邪魔されるのと同様であると理解しているのだろう。かなうことなら、ステージの前からその理解を示してほしいところであったが、ステージそのものには何の支障も生じていないので、瓜子も黙って見守るしかなかった。


 そうして客席の人々をたっぷり焦らしたのち、ついに最後のステージである。

 ここでは八人がいっぺんに出ていく段取りであったが、やはりユーリは最後尾であり、瓜子としっかり拳をタッチさせてからステージに出ていった。


 客席からは、飽くなき歓声がわきおこっている。

 ユーリは心から嬉しそうに、ぺこりと一礼した。


『二度目のアンコール、ありがとうございまぁす。またしっとりと始めさせていただきますねぇ』


 ユーリがそのように告げると、客席からは期待に満ちた歓声があげられた。

 復帰以降、『トライ・アングル』はずっとユーリの持ち曲である『ネムレヌヨルニ』と『ホシノシタデ』を封印していたのだ。その二曲も根強い人気を誇っていたため、どうしてワンマンライブでさえお披露目されないのかと、世間では不満の声があげられているという話であった。


 しかし、その二曲はユーリの心に大きな負担をかける。それはどちらも愛する相手と永遠の別れを告げるビターな内容であったため、どっぷり感情移入するユーリは大きな悲しみにとらわれてしまうのだ。

 それでも昨年は三度目のアンコールがかけられたときのみお披露目するという形でセットリストに組み込んでいたのだが――復帰以降は、その方式も取りやめられていた。長期入院を経験したユーリに無用の負担をかけないようにと、千駄ヶ谷を筆頭とする運営陣が配慮してくれたのだ。


 しかし、先月と先々月のライブにおいても、その一点だけが不満の声として世間に蔓延していた。

 それに対するアンサーとして、『トライ・アングル』は別なる楽曲を準備していたのだった。


『それでは、聴いてください。……「ワンド・ペイジ」のカバーで、「終局」です』


 客席から、驚きの声がわきおこる。

 それにはかまわず、山寺博人がセミアコのギターをかき鳴らした。

 西岡桔平のパーカッションと、バイオリンのように優美な陣内征生のアップライトベースがそこにかぶせられる。そして最後には、漆原のピアノとリュウのエレキギター、タツヤのベースとダイのドラムもかぶせられて、『トライ・アングル』としての演奏が完成された。


 これは、『ワンド・ペイジ』の持ち曲であるバラード曲である。

 ただし、収録されているのはファーストアルバムで、近年のステージではまったく披露されていない楽曲であった。


 曲のタイトルと相反して、歌詞の内容は不変の愛というものを主題にしている。もちろん山寺博人の作であるので甘ったるいラブソングではありえなかったが、『ワンド・ペイジ』の持ち曲では他に例がないほど、熱烈に他者への愛を語る歌であった。タイトルの『終局』は、世界が滅んでも自分たちには関係ないという意味合いであるのだ。


(もしかしたら、ヒロさんは……リマさんと結婚できたから、この歌に感情移入できなくなっちゃったのかな)


 こちらの歌詞では、愛する相手への渇望というものが強く描かれている。これは、想いを成就させたいと痛烈に願う人間の歌であったのだ。山寺博人はこれだけの想いでもって、円城リマの存在を求めたのではないか、と――瓜子には、そんな風に思えてならなかったのだった。


 ともあれ、これは『ワンド・ペイジ』にとってもきわめてレアな楽曲なのである。これがステージで披露されるのは、六、七年ぶりなのではないかという話であった。そのプレミア感が、『ネムレヌヨルニ』と『ホシノシタデ』を求める人々の不満を相殺してくれるのではないかという期待が込められていた。


 が――そんな御託とは関係なく、瓜子は涙をこぼしてしまっている。

 それぐらい、この曲には痛切な情感が込められており――そしてユーリが、その情感を余すところなく体現していたのだった。


 もともとのアレンジはアコースティックであるが、『トライ・アングル』ではそこに『ベイビー・アピール』の攻撃的な演奏が加えられている。きっとこれも、パワーバラードというものに分類されるのだろう。その美しくも力強い演奏に支えられて、ユーリもまた美しくも力強い歌声を振り絞っていた。


 ユーリはこれほどまでに、瓜子の存在を渇望してくれているのだろうか。

 そんな風に考えると、瓜子の胸はいっそうかき乱されてしまう。涙を流して熱唱するユーリの姿が、愛おしくてたまらなかった。


 これはきっとユーリにとっても、人々に対するアンサーであるのだろう。

 同じ涙をこぼすとしても、ユーリの心は『ネムレヌヨルニ』や『ホシノシタデ』を求めていない。愛する相手と永遠に別れることなど、ユーリはこれっぽっちも望んでいないのだ。『ピース』のように唯一の相手と巡りあうか、『YU』のように最愛の相手と別離してもまた再会の喜びを味わえるか、この『終局』のようにひたすら最愛の相手を追い求めるか――ユーリの内にあるのは、永遠の別れに耐え得る強さではなく、最愛の相手のためならばどのような苦難でも乗り越えてみせようという覚悟の思いであるのだった。


 そうして『終局』が終了すると、また会場に拍手と歓声が吹き荒れる。

 ステージの終了が目前であるというのに、これこそが本日一番ではないかという熱狂であった。


『ありがとうございまぁす! それでは次が、ほんとのほんとに最後の曲でぇす! みなさん、心残りがないように、めいっぱい楽しんでくださいねぇ!』


 乱暴に涙をぬぐったユーリが、すべてを振り切るように元気な声を張り上げる。

 本日の最後に準備されていたのは、『トライ・アングル』のセカンドシングルたる『burst open』であった。


 数あるアップテンポの曲の中でも、もっとも疾走感と切迫感に満ちあふれた楽曲だ。復帰以降は、こちらの楽曲がステージの締めくくりに使用されることが多かった。


 そうしてユーリはここに至っても疲弊の色を垣間見せることなく、声も高らかに『burst open』を歌いあげ――間奏のギターソロではまた感極まって脱ぎ捨てたTシャツを客席に放り投げ、この日のステージを熱狂の中で終わらせたのだった。

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