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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
27th Bout ~Big up~
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08 打ち上げ

 興行を無事に終えたならば、打ち上げである。

 本日も灰原選手のコネクションによって、いつもの居酒屋が打ち上げの会場に選ばれることになったのだが――その日の参加人数は、過去最高に達しそうなほどであった。プレスマン道場に四ッ谷ライオット、天覇館に天覇ZERO、小柴選手にオリビア選手に武中選手――さらには、青コーナー陣営であった赤星道場に柔術道場ジャグアル、そして時任選手などが参加を表明したためである。


「メンツで言うと、来栖サンに兵藤サンに雅ねーさんまでそろってるわけだもんねー! 魔法老女は大喜びだろうけど、あんまり堅苦しくならないといいなー!」


 会場に向かう車中では灰原選手がそのように言っていたが、そんな心配は無用であろう。確かに天覇館やジャグアルの関係者には質実な人間が多かったが、灰原選手を筆頭とする騒がしい面々がそれに屈するとはとうてい思えなかった。


「あと、『トライ・アングル』のメンバーがいないのが残念だなー! よりにもよって、ベイビーもワンドも地方でライブなんだもんなー!」


「そうっすね。でも来週には、『トライ・アングル』の東京公演が控えてますからね」


「うんうん! そっちも楽しみだねー! 九月のライブはうり坊たちのせいで、打ち上げがなかったもんなー!」


 そんな非難がましいことを言いつつ、灰原選手は無邪気な笑顔だ。多賀崎選手が無事に勝利したので、ずっとご機嫌であるのだろう。


 そうして、いざ打ち上げが始まってみると――やはりその場には、常と変わらぬ賑やかさがあふれかえった。勝った人間も負けた人間も分け隔てなく、今日の喜びを分かち合っている様子である。


 ただ、序盤はジャグアルの面々が座敷の片隅に寄り集まり、いささかならず硬い空気を作っていた。浅香選手はエキシビションであったものの、香田選手は公式試合で連敗となってしまったため、反省会のようなものを開いているようであった。

 あぐらをかいた兵藤アケミと横座りの雅が並び、正座をした香田選手と浅香選手がそれに相対する格好である。言葉の内容までは聞こえてこないが、兵藤アケミはきわめて厳しい面持ちをしており――そして、毒蛇のように微笑む雅はそれ以上の迫力であった。


 しばらくすると、鞠山選手が来栖舞をともなって、そちらに近づいていく。それでようやく空気がほどけて、兵藤アケミの厳つい顔にも微笑がたたえられたのだった。


「丸く収まったみたいで、よかったですー。反省会は大事ですけど、自分のせいかと思うと居たたまれないですよねー」


 と、香田選手を敗北に追いやったオリビア選手は、ほっとした様子でそんな風に言っていた。


「きっと普段はああいう姿を見せないように、打ち上げを辞退してたんでしょうね。でも今日はジャグアルの人たちにも参加してもらえて、自分は嬉しいっすよ」


「そうですねー。やっぱりミカのタイトル防衛のお祝いだから、アケミたちも参加したかったんでしょうねー」


 その魅々香選手は上座に祀りあげられて、さまざまな相手からお祝いの言葉を投げかけられている。謙虚な魅々香選手は、ずっとぺこぺこと頭を下げていた。


「それじゃあ自分たちも、お祝いに行きましょうか。会場では、あまりお話もできなかったですしね」


 ユーリがあるていどの食欲を満たすのを待ってから、瓜子たちも魅々香選手のもとに参じることにした。

 来栖舞が席を立ったために、高橋選手や師範代の男性などが魅々香選手の左右に控えている。その中から、高橋選手が「やあ」と笑顔を届けてきた。


「猪狩たちまで来てくれたんだね。わざわざ、ありがとさん」


「はい。魅々香選手、タイトル防衛おめでとうございます。タイトルマッチに相応しい、手に汗を握るような試合でした」


 瓜子がそのように伝えると、魅々香選手はやはり恐縮しきった様子で頭を下げ、

それから落ちくぼんだ目でおずおずとユーリのほうを見た。


「きょ、今日の試合で勝てたのは、桃園さんのおかげでもあります。こ、こちらこそ、どうもありがとうございました」


「はにゃ? ユーリは夏の合宿以来、魅々香選手には指一本ふれていないと記憶しているのですが」


 ユーリがきょとんとした顔で反問すると、武骨な面立ちをした師範代の男性が落ち着いた声で補足した。


「桃園さんは復帰以来、ますます目覚ましい活躍をしているだろう? 御堂もそれに触発されて、寝技の稽古に磨きをかけたんだ。それがなければ、もっと試合は長引いていたかもしれないね」


「ああ、最後の寝技の攻防はうっとりしちゃいましたぁ。やっぱり魅々香選手って、寝技もお上手ですよねぇ」


 ユーリがあどけない笑顔を向けると、魅々香選手は気恥ずかしそうに目を伏せてしまう。その代わりに、今度は高橋選手が声をあげた。


「でも、御堂さんは――ていうか、東京本部の女子門下生は堅実なスタイルだから、寝技ではポジションキープを重視してるんだ。だけど、マリアに勝つにはそれだけじゃ足りないと判断したってところかな」


「ああ、マリア選手も寝技はお上手ですもんねぇ。でもでも、くるくる動くのは魅々香選手のほうがお上手なんじゃないかと、ユーリも前々から思っておりましたぁ」


「うん。御堂さんだって、柔術は茶帯なんだからね。それでもMMAになると、たいていの人間はポジションキープを重視しがちだけど……そろそろ、それだけじゃ勝てない時代が来るんじゃないのかな」


「ポジションキープを二の次にすれば、相手に逆転を許すリスクが生まれる。しかし、大きなリスクを抱えなければ勝てない勝負というものは存在するだろうな」


 そう言って、師範代の男性も穏やかな眼差しでユーリを見た。


「桃園さんは、いつもそんなリスクを背負いながら見事な勝利を収めてきた。これからも、どうか女子選手たちのいい見本になってもらいたい」


「うにゃあ。ユーリなど、そんな大したアレではないのですぅ」


 ユーリはくにゃくにゃになりながら、純白の頭を引っかき回した。

 影のように付き従っていた愛音は、自慢そうに小鼻をふくらませており――内心では、瓜子も同じ気持ちである。天覇館東京本部道場の師範代にそうまで言ってもらえるのは、誇らしい限りであった。


 そうして挨拶を終えた瓜子たちは、充足した思いでもとの席に舞い戻る。

 するとそちらでは、マリア選手と武中選手と時任選手が輪を作っていた。


「あれ? 何だか、珍しい組み合わせっすね」


「はい! わたしたちもジャグアルのみなさんを見習って、反省会をしてました!」


 マリア選手が、無邪気な笑顔でそう答えた。時任選手ものほほんとした笑顔であるし、武中選手は活力にあふれた表情だ。みんな本日敗北してしまった身であるが、暗い雰囲気は皆無であった。


「どうして今日の試合に勝てなかったのか! 別の道場の人間同士で意見をぶつけあっていたんです! よかったら、猪狩さんたちも参加してくれませんか?」


「ええ? でも、そういうお話はサキさんや鞠山選手のほうが……」


「でもお二人は、日本人選手の代表格じゃないですか! わたしたちは、みんなお二人を追いかける身なんですから!」


 マリア選手に真っ直ぐな熱情をぶつけられて、ユーリはまたくにゃくにゃになってしまう。きっとユーリは、マリア選手のこういう部分が苦手であるのだろう。べつだんマリア選手を苦手と思わない瓜子でも、彼女の笑顔はまぶしいばかりであった。


「今は、試合のリズムに関して語り合ってたんだよねぇ。よかったら、二人の意見も……あ、そっちの邑崎さんも一緒に、意見をもらえないかなぁ?」


 ユーリの陰にひそんでいた愛音にも、時任選手からそんな言葉が向けられる。もっともまんざらでもない顔をしていたのは、その愛音であった。


「試合のリズムですか。それは確かに大事なポイントですし、お三方の勝敗にも大きく関わっているものと愛音は愚考するのです」


「あ、やっぱり邑崎さんもそう思うぅ?」


「はいなのです。武中サンはテイクダウンを切られたことでリズムを崩され、五分の状態であった打撃戦で不利になってしまったのです。いっぽう時任サンはご自分のリズムに多賀崎サンを巻き込みながら、手数の差で後れを取ってしまったのです。それで、マリアサンは……御堂サンの予期せぬ試合運びにリズムを崩されてしまったようにお見受けするのです」


 愛音の鋭い論評に、瓜子は思わず感心してしまった。


「邑崎さんはずっとユーリさんのウォームアップを手伝ってたのに、前半の試合までよく見てますね。自分から言うことがなくなっちゃいました」


「いえいえ、それほどではないのです」と、愛音は珍しく瓜子に対しても素直に自慢げな顔を見せた。よほどユーリの活躍が――そして、試合後に意識を失わなかったことが、嬉しかったのだろう。いつもこういう態度であれば、可愛い後輩なのである。


「そうなんですよねー! 今日はスタンドでもグラウンドでも思わぬ動きを見せつけられて、わたしはすっかりペースを崩しちゃいました! まだまだやりたいことがいっぱいあったのに、悔しいです!」


「マリア選手も、思わぬ動きを見せてましたもんね。それでも魅々香選手は動じることなく、ご自分もフリッカージャブっていう新しい手で対抗してましたけど……やっぱり魅々香選手は、胆が据わってるんだと思いますよ」


「魅々香さんって普段はすっごく優しいですけど、稽古や試合中は集中力がすごいですもんね! わたしも、見習いたいです!」


「マリア選手も、集中はしてると思うんすけど……それより、試合を楽しんでる気配のほうが濃厚っすよね。それだって、かなりの強みだと思うんすけど……今日は相手との相性で、裏目に出ちゃったんじゃないっすか?」


「おー、やっぱ猪狩さんの言葉には重みがあるねぇ」


「いえいえ。マリア選手とは合宿稽古をご一緒してますし、対戦の経験もありますから、その印象を語ってるだけっすよ」


「ああ、そっかぁ。猪狩さんはマリアさんとも対戦してるんだっけぇ。わたしなんか同じ階級になってもしんどいと思うのに、ストローのまんまマリアさんやオリビアさんとやりあうなんて、やっぱ根性が違うなぁ」


「しかも猪狩さんは、どっちの試合にも勝ってますしね! 本当にすごいと思います!」


 武中選手は打撃戦で赤く腫れた頬をさらに赤くしながら、瓜子のほうに詰め寄ってきた。


「わたしの試合は、如何でしたか? やっぱりテイクダウンを狙おうっていう逃げの姿勢が、ああいう結果を招いてしまったんでしょうか?」


「いや、それも相性じゃないっすかね。普通だったら、テイクダウンのアクションはプレッシャーになるはずっすよ。でも、山垣選手は……寝技に自信がないからこそ組み技のディフェンスを磨いてるでしょうし、ディフェンスを成功させることで波に乗れるタイプなんすよ」


 瓜子も同じ階級であるから、山垣選手のファイトスタイルはそれなりに研究していた。


「しかも山垣選手は、黄金世代の中でしのぎを削ってきたお人ですからね。レスラーの亜藤選手と五分の勝負をしてきたから、組み技のディフェンスには絶対の自信を持ってると思います。だからどれだけテイクダウンのアタックをかけられても怯むことなく、自分の試合をできるんじゃないっすかね」


「なるほど……やっぱりわたしは、研究も分析も足りていませんでした。次回からは、妥協せずにデータを集めます」


 ふつふつと熱情をみなぎらせながら、武中選手は大きくうなずいた。

 そこで瓜子は、頬のあたりに視線を感じる。横目で確認すると、愛音がじっとりとした目で瓜子をねめつけていた。先刻からユーリの語る隙がないので、瓜子に非難の思いがわいてきたのだろう。


(もう、可愛いと思った矢先なのにな)


 瓜子が内心で苦笑しながらユーリのほうに向きなおると、そちらは瓜子の陰に隠れつつ旺盛な食欲を満たしている。


「ほら、ユーリさんも参加してくださいよ。試合のリズムについてだそうですよ」


「うにゃあ。ユーリはそういう難しい話はわからんちんですので……何も偉そうなことは言えないのでぃす」


 ちょっと苦手なマリア選手にあまり交流の深まっていない武中選手と時任選手という組み合わせであるため、ユーリはいっそう縮こまっている様子である。その恐縮しきった姿に、時任選手が「あははぁ」と笑った。


「ユーリさんは、いっつも暴風雨みたいなアクションで相手のリズムを木っ端微塵にするタイプだもんねぇ。《アクセル・ジャパン》の試合も、すごかったもんなぁ」


「うにゃあ。恐縮なのですぅ」


「でも、香田さんとの試合なんかでは、ちょっと武芸の達人みたいな趣だったよぉ。あれは、サキさんの影響なのかなぁ?」


「ほえ? ユーリのようなぶきっちょさんが、サキたんのごとき美麗な試合をお見せすることは不可能の極致であるかと思われますが……」


「でも、亀みたいにガードを固めながら、ここぞというタイミングで組み技を仕掛けようとしてたでしょう? 最後のフロントチョークも、すっごい切れ味だったしさぁ」


 マリア選手と武中選手も同意を示すようにうなずいているが、ユーリは「はあ……」と眉を下げるばかりである。土台、ユーリは本能とセコンドの言葉のみに従って試合を進めているので、それを論理的に説明することができないのだ。


(根っこは理論派のはずなのに、頭が追いついてないんだよな。それが、ユーリさんの凄さなんだけど)


 そんなユーリのために、瓜子が頭を悩ませることにした。


「えーと、ユーリさんは頭でリズムを組み立てるタイプじゃないんすよね。相手の動きはおかまいなしで、好きに動くことで自然にリズムをつかむっていうか……あとはみなさんもご存じの通り、無軌道なコンビネーションとかで相手のリズムを打ち砕くスタイルなもので」


「確かにスタンドでは、そんな感じだよねぇ。組み技や寝技になると一転して、理にかなった動きで相手を追い詰めていくけどさぁ」


「ええ? ご本人を前にしてアレですけど、ユーリさんの寝技って理にかなってるんですか? わたしとしては、スタンド状態と変わらないぐらいはちゃめちゃに感じられちゃうんですけど……」


 武中選手がそのように口をはさむと、時任選手は愉快げに口もとをほころばせた。


「それは、ユーリさんの引き出しの数が膨大で、なおかつMMAのセオリーから外れてるからなのかなぁ。普通、マウントポジションから足を狙いにいったりはしないもんねぇ」


「はい。それは、理にかなった動きとは言えないでしょう?」


「いやいや。MMAのセオリーから外れていても、勝負のセオリーからは外れてないんだよ。マウントの状態で足を狙われることなんてまずありえないから、みんな防御がおろそかなわけでしょ? ユーリさんは的確に、相手の防御のゆるい部分を狙ってるだけなのさぁ」


「うーん。でも、せっかくのマウントを捨てて足関節を狙うのは、リスクが高いですよね。それでも、理にかなってるんですか?」


「そのリスク管理ができてれば、問題ないんじゃない? 今日のエキシビションでも足を狙ってバックを取られかけたけど、難なく対処してたじゃん? それだけの技術に裏打ちされてるからこそ、MMAのセオリーにとらわれることなく、相手の裏をかけるわけさぁ」


「うんうん! わたしも、そう思います! グラウンドのユーリさんは予想外の動きをしますけど、イチかバチかじゃありませんもんね! 駄目なら駄目ですぐに次の手も打てるから、すごいんです!」


 ユーリはまた「うにゃあ」と頭を抱え込んだが、愛音は小鼻をふくらませている。愛音が無事にご機嫌を取り戻したようで、瓜子としても何よりであった。


「やっぱり、ユーリさんと猪狩さんはすごいよねぇ。それぞれタイプは違うけど、間違いなく日本を代表する女子選手だと思うよぉ」


 と、ソフトドリンクのグラスに手をのばしながら、時任選手はそう言った。多かれ少なかれ、頭部にダメージを負った選手は飲酒を控えるものであるのだ。


「《アクセル・ジャパン》でもしっかり結果を残してくれたし、次の《ビギニング》も楽しみな限りだねぇ。たとえ二人が世界に羽ばたいちゃっても、しっかりアトミックを守らないとなぁ」


 そんな風に言ってから、時任選手はマリア選手と武中選手の顔を見比べた。


「あ、今のはわたし個人の決意表明だから、みんなは気にしないでねぇ。若い人らは、猪狩さんたちに続いて世界を目指してもらわないといけないからさぁ」


「えー? 時任さんだって、立派なトップコンテンダーじゃないですか! ストロー級の時代はもちろん、フライ級でもオリビアさんを下してるんですから!」


「でも、わたしは故障を抱えてるし、もう若くもないからさぁ。今から世界を目指そうなんて気は、さらさらないんだよねぇ」


 あくまでものんびりとした笑顔で、時任選手はそう言った。


「だからわたしは、アトミックの門番としてのさばるつもりだよぉ。世界を目指したいなら、わたしを倒していけって感じかなぁ」


「……時任さんは、ご立派ですね。わたしは、尊敬します」


 と、マリア選手はいつになく神妙な面持ちでそう言った。

 もしかしたら――《レッド・キング》の看板選手としてあり続けることを選択した赤星弥生子の姿を重ねているのだろうか。赤星弥生子もまた、赤星道場の門下生が外の世界で活躍することを願いながら、懸命に《レッド・キング》で勝利を追い求めているのだった。


 その赤星弥生子は、座敷の片隅でジョンたちと語らっている。

 そのすぐそばでは、灰原選手が多賀崎選手や小柴選手を相手に盛り上がっていた。ジャグアルや天覇館の面々もいつしか分散して、さまざまな相手と交流を深めている様子である。


 そんな中、こちらに猛然と突進してくる一団があった。客として来場した二階堂ルミと、それに手を握られた蝉川日和および浅香選手である。


「マリアちゃーん! うちらも仲間に入れてー! 『トライ・アングル』親衛隊の新たなメンバーを紹介するから!」


「いや、あたしはそこまで熱心なファンじゃないんスけど……」


「あー、ひよりちゃんはうり坊ちゃんのファンだもんね! でもほら、うり坊ちゃんは『トライ・アングル』のマスコットガールなわけだしさ!」


「う、うるさいッスよ! そういうデリカシーのないところが、好きになれないんス!」


 蝉川日和は真っ赤になりながら、自由なほうの手で毛先のはねた頭をかき回した。

 いっぽう浅香選手はユーリを前にして、子供のように瞳を輝かせている。


 そのタイミングで、廊下に面した格子戸が勢いよく開かれた。そこから現れたのは、鬼沢選手とセコンド陣である。鬼沢選手は頭部のダメージが深刻であったため、魅々香選手の試合を見届けたのちに救急病院に搬送されたのだ。


「待たせたね! 主役ん到着ばい!」


「あはは! 主役は、ミミーでしょー? ま、いいから腰を落ち着けなって!」


 すかさず立ち上がった灰原選手が、新たな一団をエスコートする。

 これでいよいよ、打ち上げは隆盛をきわめそうなところである。瓜子としても、言葉を交わしたい相手がまだまだたくさん残されていた。


(……やっぱり、アトミックは楽しいな)


 そんな思いが瓜子の頭をよぎったが、決して感傷的な気分ではなかった。

 瓜子やユーリは遠からず、《アトミック・ガールズ》を卒業することになるのかもしれないが――《アトミック・ガールズ》やそこで活動する人々と縁が切れるわけではない。もはや引退した来栖舞たちや《レッド・キング》をホームにする赤星弥生子たちも、こうして同じ場で同じ喜びを分かち合っているのだ。言ってみれば、《アトミック・ガールズ》も広大なる格闘技業界というフィールドの一部分にすぎないのだった。


(活動する場所が離れても、心が離れたりしない。あたしたちは、みんな仲間なんだ)


 そんな風に考えながら、瓜子はユーリのほうに向きなおった。

 浅香選手に熱っぽい眼差しを向けられたユーリは、曖昧な顔で笑っている。ユーリは自分のファンとして接してくる人間を苦手にしているが、しかし浅香選手は今日の試合でまたとなく楽しい時間をともに作りあげてくれた相手でもあるのだ。苦手意識と慕わしい気持ちがごっちゃになって、気持ちの置きどころに困っているのだろうと思われた。


 そうしてその日も、打ち上げの場は大いに盛り上がり――瓜子とユーリの賑やかな日常に、また新たな彩りを加えてくれたのだった。

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