02 変転の使者
「自分は、納得いかないっすよ!」
ハリス氏の部屋を出るなり瓜子がわめきたてると、「まあ落ち着け」と篠江会長にたしなめられた。
「とりあえず、ロビーに下りるぞ。このまま立松に丸投げするのは、あまりに無責任だからな」
そうしてエレベーターに乗り込むと、篠江会長はさらに言いつのってきた。
「ただな、《アクセル・ファイト》の判断は至極妥当だと思うぞ。試合でもしものことがあったら、運営陣の安全責任が問われるわけだし……さっきも言った通り、桃園さんは《アクセル・ファイト》の試合で重傷を負った身なんだ。それじゃあ、なおさら慎重にならざるを得ないだろう」
「でも、精密検査で異常は見られなかったんすよ? 呼吸や脈の話だって、レフェリーの勘違いかもしれませんし……」
「そうだとしても、試合の直後に意識を失っちまうってのは、普通の話じゃねえだろ。……それじゃあ逆に聞かせてもらうが、お前さんは本当に何の不安も持ってないのか?」
瓜子はぐっと言葉に詰まってしまったが、それでも答えは決まっていた。
「それはもちろん、心配っすよ。でも……ユーリさんに格闘技をあきらめろだなんて、口が裂けても言えません。何か異常が発見されたんなら、それが解消されるまで見守るしかないっすけど……そうじゃないなら、不安の気持ちを押し殺してでも応援したいっすよ」
「ありがとう」と、ユーリが瓜子の手を握ってきた。
「うり坊ちゃんにそう言ってもらえるだけで、ユーリは幸せいっぱいだよ。でも……」
「でも、なんすか? 言いたいことがあるなら、なんでも言ってください」
「うん……もしも《アクセル・ファイト》だけじゃなく、《アトミック・ガールズ》や他の興行でも試合をできなくなっちゃったら……ユーリは、どうしようかなって思って……」
ユーリはまだ、透き通った微笑みをたたえている。
だが――その白い頬に透明な涙が流れ落ちて、瓜子の心臓に激烈な痛みをもたらした。
「そんなの、絶対に大丈夫っすよ! 駒形さんなら、こんな話でユーリさんを見捨てるわけがありません! だから、泣かないでください!」
瓜子はユーリの手を握り返しながら、逆の手で涙をぬぐってあげた。
そのタイミングで、エレベーターは一階に到着する。それで瓜子たちがロビーに出ると――見知らぬ壮年の男性が近づいてきた。
「失礼します。プレスマン道場のみなさんですね? 少々お話をよろしいでしょうか?」
「あんた……」と、篠江会長は大きく目を見開いた。
「なんであんたが、こんなところで待ち伏せしてるんだよ? まさか、《アクセル・ファイト》の連中とグルなんじゃないだろうな?」
「いえ。できることなら、《アクセル・ファイト》の関係者には姿を見られたくありません。よろしければ、場所を移動させていただけませんか?」
そのように語りながら、その男性はにこりと微笑んだ。
背丈はほどほどだががっしりとした体型で、厳つい顔に穏やかな微笑が似合っている。年齢は、篠江会長と同じていどであろうか。いくぶん色が浅黒くて、開襟のシャツに黒いジャケットを羽織っていた。
「……こちらはな、スチット・ジュタヌガーンさんっていって、シンガポールの大物プロモーターだよ。あの《ビギニング》って団体の会長さんだ」
《ビギニング》――その単語は、すぐさま瓜子の脳裏に蘇った。それは、グヴェンドリン選手や『アクセル・ロード』に出場したシンガポール陣営の選手たちが活動していたMMA団体の名であったのだ。
「こんなタイミングであんたが現れるってのは、普通の話じゃねえだろう。《アクセル・ファイト》とグルじゃないってんなら……その逆で、こいつらを引き抜きに出向いてきたってわけか?」
「みなさんがすでに《アクセル・ファイト》と専属契約を結んでおられるのなら、引き抜きと称するべきでしょう。ですが、そうでないのなら、《アクセル・ファイト》の方々と同じ立場から試合のオファーを申し込みたく思っています」
スチット氏はゆったりと微笑みながら、ホテルの出口を指し示した。
「その場合、《アクセル・ファイト》の方々と同じ場所で会談を行うというのは、いささか心苦しく思います。車を準備していますので、移動をお願いできませんでしょうか?」
「……まったく、退屈させねえな。ちなみにあんたは、誰にオファーをしようって心づもりなんだい?」
「それは、ユーリ選手と猪狩選手のご両名です」
俄然、瓜子は背筋をのばすことになった。
いっぽうユーリは、きょとんとしている。こちらはたった今、《アクセル・ファイト》から三行半を突きつけられたばかりなのである。これでは情緒が追いつかないのも当然の話であった。
「とりあえず、話を聞かせてもらうべきだろうな。……メイさんは、どうするね?」
「うん。許可、もらえるなら、同行させてほしい」
メイはまた、鋭い眼光になっている。
それを確認してから、篠江会長は「よし」とうなずいた。
「それじゃあ、移動だ。俺たちも、《アクセル・ファイト》の連中ともめたくはねえからな」
「ありがとうございます。それでは、こちらにどうぞ」
そうして瓜子たちは、ユーリの涙が乾ききる前に、また新たな変転を迎えることに相成ったのだった。
◇
「すでにご存じかもしれませんが、我々はこの年末に《ビギニング》の日本大会を開催する予定になっています」
やたらとモダンな料亭のような店の一室に腰を落ち着けるなり、スチット氏はそのように切り出した。
「ああ。今年は《JUFリターンズ》が開催されなくて、その代わりにあんたがたが大晦日に『ティップボール・アリーナ』をおさえたらしいな。たしか、《パルテノン》の連中と対抗戦を行うんじゃなかったか?」
篠江会長よりも国内の情勢に詳しい立松が、そのように応じた。
スチット氏は緑茶をすすりながら、「ええ」とうなずく。
「初めての日本大会ということで、我々も入念にマッチメイクを考案しておりました。ただどうしても、女子選手に関しては人材不足の感が否めず……そこで、ユーリ選手と猪狩選手のお力をお貸しいただきたいのです」
「ふん。《アクセル・ジャパン》の試合を確認して、これなら実力も申し分ないと判断したわけかい? それにしても、《アクセル・ファイト》との会談の帰り道を狙うってのは、偶然じゃ済まねえ話だよな」
「はい。あちらとの契約が締結する前にお話をさせていただくべく、取り急ぎ駆けつけた次第です」
「で、《アクセル・ファイト》との打ち合わせの場所があのホテルだってことを突き止めてたんなら……《アクセル・ファイト》の内情にもずいぶん通じてると解釈していいのかね」
スチット氏は悠揚せまらず、「はい」とうなずいた。
「格闘技業界においても、情報というのは命ですので。……《アクセル・ファイト》の運営陣は、ユーリ選手の健康状態に大きな不安を抱かれているご様子ですね」
「ふうん。そこまで知った上で、桃園さんにオファーをかけようってのかい」
「はい。ですがもちろん、精密検査の結果まではわきまえておりません。もしやユーリ選手は、選手活動が困難な状況なのでしょうか?」
スチット氏は真剣な眼差しになって、ぐっと身を乗り出した。
「ユーリ選手は復帰以来、二試合連続で試合直後に意識を失ってしまわれたそうですね。その原因は、解明されたのでしょうか?」
篠江会長が「いや」と答えると、立松は顔をしかめてそちらを振り返った。
「会長。そんな話を、うかうか余所に広げちまっていいんですかね?」
「そんな話を秘密にしたまんま、試合のオファーを受けることはできねえだろう。桃園さんの健康と安全に関しては俺たちに一番の責任があるってことを忘れるなよ、立松」
さすがの貫禄で立松を黙らせたのち、篠江会長はさらに言いつのった。
「桃園さんの状況はあんたが言った通りだし、おまけに《アクセル・ファイト》のレフェリーは呼吸や脈も止まっていたと証言してるらしい。ただ、精密検査の結果はオールグリーンだ。しかも、救急病院と大学病院とかかりつけの病院の三ヶ所でな」
「なるほど。でしたら、こちらの側に不安はありません。オファーについて話を進めさせていただいてもかまわないでしょうか?」
スチット氏が満足そうな面持ちで身を引くと、今度は篠江会長が顔をしかめた。
「ずいぶんあっさりしてるんだな。俺としては、《アクセル・ファイト》の慎重な対応のほうが普通に思えるがね」
「それはあちらが、ユーリ選手の負傷に関わったお立場であるためでしょう。病院の検査で問題がなく、選手本人に試合を行おうという意志がおありであるのなら、我々がためらう理由はありません」
そう言って、スチット氏はいっそうにこやかに微笑んだ。
「そして、僭越ながら申し上げますと……ユーリ選手が問題なく選手活動を継続できると証明されたならば、《アクセル・ファイト》も再びユーリ選手にオファーを持ちかけてくるのではないでしょうか? ユーリ選手には、それぐらいの価値があるはずです」
「ふん。あんたはそんな親切のために、桃園さんに試合の機会を与えてくれようってのか?」
「いえ。わたしが考えているのは、《ビギニング》と格闘技業界の発展のみです。そのために、プレスマン道場の方々と手を携えさせていただきたく思っているのです」
あくまでも穏やかな笑顔で、スチット氏はまた緑茶をすすった。
「ユーリ選手や猪狩選手は、まぎれもなく世界で勝負できる実力でしょう。ですが、そちらに羽ばたく前に、まずは《ビギニング》で力を証明しては如何かと……わたしはそのようにご提案させていただきたく思っています」
「ふうん。桃園さんはともかく、猪狩にメリットが存在するのかね。こっちはもう、正式契約にリーチがかかってる状態なんだぜ?」
「はい。《アクセル・ファイト》の地方大会であと一回か二回勝利することができれば、きっと猪狩選手には正式契約の話が持ち込まれることでしょう。ただし……その前に選手としての価値を上げることは、猪狩選手にとって大きなメリットであるはずです」
瓜子のほうにも視線を配りながら、スチット氏はそのように言いつのった。
「《アクセル・ファイト》の正式契約は、六ケタ契約とも称されていますね。それは、契約期間内のファイトマネーが十万ドル以上であることを示しています。ただしそれは年間のファイトマネーの総額であり、一試合で十万ドルが支払われるわけではありません。一試合のファイトマネーが二万ドルに設定されれば、年間に五試合を行う必要が生じるのです」
「ああ。女子選手や軽量の選手はファイトマネーが低めに設定されるから、最初はそんなもんだろうな」
「はい。ですが、女子バンタム級のアメリア選手はデビュー当時から破格のファイトマネーでしたし、ベリーニャ選手とのタイトルマッチでは女子選手において初めて百万ドルを超えるファイトマネーが設定されました。かえすがえすも、重要であるのは選手個人の実力とネームバリューであるわけですね」
今の瓜子は、金勘定をする気分ではない。
ただ――スチット氏の瞳には、確かな熱情が宿されているように感じられた。
「猪狩選手やユーリ選手にも、アメリア選手に劣らないポテンシャルが秘められているはずです。ですが、アメリア選手ほどの実績やネームバリューは存在しないため、おそらくは最底辺からの出発となるでしょう。わたしは同じアジアの人間として、その状況を打破したいと考えています。そのために、猪狩選手とユーリ選手にはさらなる高みを目指していただきたいのです」
「ふうん。具体的には、どんな作戦を立ててるんだい?」
「はい。わたしは今回のオファーに関して、お二人に三万ドルずつのファイトマネーを提示する準備があります」
金勘定の気分ではない瓜子も、その数字には息を呑むことになった。
《アクセル・ジャパン》もさきほどオファーをかけられたイギリス大会も、ファイトマネーはその三分の一であったのだ。瓜子にとっては、あまりに現実味のない金額であった。
「そいつは確かに、破格だな。でも、《ビギニング》のトップファイターはそれ以上のファイトマネーをいただいてるって噂だな」
「はい。そうであるからこそ、こちらのフライ級とバンタム級の王者は両名ともに『アクセル・ロード』や《アクセル・ジャパン》のオファーをお断りしたのです。守秘義務がありますので正確な数字は申し上げられませんが、彼女たちは《アクセル・ファイト》が提示する以上のファイトマネーを、すでに《ビギニング》で手にしているのです。それもまた、我々がアジアの選手を過小評価されたくないと思っての措置であるのです」
「《ビギニング》よりも高額なファイトマネーを提示しない限り、《アクセル・ファイト》に王者は渡さないって方針か。立派だね。国やら何やらにこだわりのない俺でも、少しばかりぐっときちまったよ」
篠江会長は、本心からそう語っているようであった。
「で……あんたはその気概を、猪狩や桃園さんにもおすそ分けしてくれようってのか。そういえば、あんたは日本の血も入ってるんだってな」
「ええ。父がタイ人で、わたし自身もそちらで育ちましたが、母は日本人です。わたしもまた、国の区別なく尽力しているつもりですが……ただし、アジア人であることに大きな誇りとアイデンティティを抱いています。だからこそ、アジアの有望な選手を安売りしたくないという気持ちが芽生えてしまうのでしょうね」
そう言って、スチット氏はまたにこりと微笑んだ。
タイの生まれであると聞かされたせいか、その笑顔に旧友のリンやドッグ・ジムのマー・シーダムと同じやわらかさを感じてしまう。そして瓜子はその前から、彼の穏やかな笑顔を好ましく感じていた。
「猪狩選手が《ビギニング》で三万ドルのファイトマネーを手にすれば、のちのち《アクセル・ファイト》と契約を結ぶ段に至ってもギャラ交渉をする材料になるでしょう。なおかつ、《アクセル・ファイト》がギャラ交渉に応じないようであれば、この先も末永く《ビギニング》で活躍していただきたいと願っています。……それがわたしの本心であり、猪狩選手に提示できるメリットとなります」
「ああ。決して悪くない話だな。ただしこっちも、《アクセル・ファイト》のオファーを受けてる身だ。空手形だけじゃ話を進められないってことを理解してもらえるかな」
「もちろんです。契約内容に関しては、こちらにすべて記載しております」
スチット氏はブリーフケースから分厚い書類の束を取り出した。
それに目を通した篠江会長は、にやりと不敵に笑う。
「こいつはモノホンの契約書の写しじゃねえか。《アクセル・ファイト》より、仕事が速いな」
「はい。《アクセル・ファイト》よりも小規模な我々は、フットワークの軽さで戦うしかありませんので」
スチット氏の笑顔は、柔和だが力強い。その魅力は、時が経つほどに増していくように感じられた。
「まずは、契約書の一ページ目をご覧ください。我々は大晦日の日本大会ばかりでなく、来年六月までの特別契約を締結したいと希望しています。その期間内に、合計で三回の試合を行うという契約内容となりますね」
「ふむ。大晦日の日本大会に、シンガポール本国の三月大会と、場所は未定の六月大会……ほう、その三月大会ってのは、《ビギニング》の創立七周年大会なのか。そいつは、おめでとさん」
「ありがとうございます。……大晦日の日本大会というのは、その三月大会のいわば前哨戦という形になります。三月大会におきましては、日本とシンガポールの選りすぐりのトップファイター同士による対抗戦を実現させたく願っています」
「なるほど。それで……試合の結果で、次の試合のファイトマネーが変動するシステムか。そいつは余所の団体でも定石のやり口だが、三試合分をあらかじめ決定するってのは珍しいシステムだな」
「はい。猪狩選手とユーリ選手の実力を見込んだ上での、特別な契約内容となっています」
瓜子も篠江会長たちと一緒にその契約内容を確認しているわけであるが――最初の試合は問答無用で三万ドル、勝てばそのファイトマネーが継続され、負けると一万ドルずつ減額されていくシステムである。全勝すれば三試合の合計で九万ドル、全敗しても六万ドルであるのだから、やはり破格としか言いようがなかった。
「日本大会については、すでに対戦相手の候補者が決定しています。よければ、二ページ目でご確認ください」
「猪狩の相手は、ミンユー・ワン。三十歳ってのは、なかなかのベテラン選手だが……なるほど、《ビギニング》の初代王者か」
「はい。彼女は歴戦の猛者ですが大きな故障もなく、この近年でも数々の有力選手を下しています。もう少し若ければ、彼女が今回の《アクセル・ジャパン》にオファーをかけられていたことでしょう。……何せ、グヴェンドリン・タンを相手に、二戦二勝ですので」
「その二戦目は、今年の頭か。それなら、グヴェンドリン選手以上の強敵と言えるだろうな。それでもって……桃園さんのお相手は、なんとエイミー選手かよ」
「はい。彼女はかつて『アクセル・ロード』の一回戦でユーリ選手に敗北し、長期欠場を余儀なくされましたが、復帰後には宿敵たるイーハン・ウーに勝利しました。《ビギニング》のトップコンテンダーであることに疑いはありませんし……そして、打倒ユーリ選手に燃えています。ユーリ選手を視野に入れていなかった昨年よりも、遥かに手ごわくなったとお考えください」
エイミー選手はグヴェンドリン選手のセコンドとして来場し、出場選手にも負けないぐらいの闘志をほとばしらせていた。きっとあれは、瓜子の背後にユーリの存在を見据えていたのだ。かつてはイーハン選手ひとりに向けられていた闘志が、そのままユーリに転化されたのかもしれなかった。
「おや。こんな破格な契約内容なのに、専属契約ってわけじゃないのか」
立松が驚きの声をあげると、スチット氏はやはり柔和なる笑顔で「ええ」と応じた。
「契約期間内で禁じるのは、ただ一点。日本国外における試合のみとなっています。日本国内であれば、エキシビションのみならず公式試合を行っていただいてもかまいません」
「ふうん。どういう了見でそんな条件にしたのか、よければお聞かせ願いたいもんだな」
「理由は、二つ存在いたします。まずひとつ目は、《アクセル・ファイト》を筆頭とする海外プロモーションからのオファーをシャットアウトするためですね」
「それはわかる。わからねえのは、日本国内のオファーをシャットアウトしない理由だな」
「それは、猪狩選手とユーリ選手のお立場とお気持ちを慮った結果となります。猪狩選手は《アトミック・ガールズ》と《フィスト》の二冠王であられますし、ユーリ選手は……《アトミック・ガールズ》にひときわ強い思い入れを抱いているものとおうかがいしています。であれば、《アトミック・ガールズ》の試合にいっさい出場できないというのが、こちらとの契約をためらう理由になりえるのではないかと思案した次第です」
そう言って、スチット氏は形ていどにお茶で唇を湿した。
「六月以降も新たな契約を結んでいただけるようであれば、そちらでは完全な専属契約とさせていただく可能性が高いです。我々としては、それまでに身辺とお気持ちの整理をしていただければ、と……そのように考えています」
「何から何まで、至れり尽くせりだね。逆に、こっちがこいつらの手綱を引っ張る羽目になりそうだ」
苦笑を浮かべる立松のかたわらで、篠江会長はしかつめらしく「ふむ」と声をあげた。
「かえすがえすも、選手ファーストの方針ってわけだな。《アクセル・ファイト》の水にどっぷり浸かった俺でも、つけいる隙はこれっぽっちも見当たらねえよ」
「はい。もちろんそちらの内容を吟味した上で、《アクセル・ファイト》の方々と再交渉していただいてかまいません。あちらが三万ドル以上のファイトマネーを提示するのなら、それもわたしの本望です」
そのように語りながら、スチット氏は瓜子とユーリの顔を見比べてきた。
「猪狩選手に、ユーリ選手。まずは一番に、ご自分の選手活動に関してお考えください。そうしてあなたがたがその身に相応しい環境で活躍することこそが、格闘技業界の発展に直結しているのです。あなたがたがファイターとしてベストの道を進めるように、わたしも心より祈っています」




