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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
26th Bout ~Turbulent autumn~
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04 ラストスパート

 そうしてユーリは、突如として申し込まれた対戦オファーを承諾し――《アクセル・ジャパン》に出場することが決定した。

 電話を受けた翌日には、さっそく《アクセル・ファイト》のブッキングマネージャーたるハリス氏が契約書を携えてプレスマン道場にやってきたのである。さらにその翌日には《アクセル・ファイト》公式ウェブサイトでカード変更が告知されるという、驚くべき迅速さであった。


 それで世間が驚愕の坩堝に叩き込まれたことは言うまでもない。

『アクセル・ロード』であのような末路を迎えることになったユーリが、開催日の三週間前に《アクセル・ジャパン》に出場することが決定されたのである。わずかなりとも格闘技に関わっている人間であれば、驚かないわけがなかったのだった。


「でもさ! 本当だったら、ピンク頭は去年の決勝戦で正式契約をゲットしてたはずなんだし! そう考えたら、驚くことないっしょ!」


 と、存分に昂揚しながら、灰原選手はそのように言っていたものであった。

 それ以外の面々も、もちろんユーリの決断を好意的に受け入れてくれた。そこで水を差してきたのは、サキである。


「ただ、電脳世界ではまたイキのいいアンチがうじゃうじゃわいてやがるなー。今度こそ牛が絶命するんじゃねーかって、お祭り騒ぎだよ」


「そんな妄言は、ユーリ様のご活躍で跡形もなく粉砕されるのです! わざわざユーリ様のお耳に入れる必要はないのです!」


「こんな話でいちいちオタオタするような可愛げを持ってたら、このお牛様はデビュー直後に引退してんだろ。ま、今回は世界規模のお祭り騒ぎみてーだけどなー」


 しかしどのような騒ぎになろうとも、ユーリが心を乱されることはない。それがわかっているからこそ、サキは冗談のネタにしているのだ。


 とにかく為すべきは、《アクセル・ジャパン》に向けたトレーニングである。

 言うまでもなく、対戦相手のパット選手は強敵であるのだ。《アクセル・ファイト》の女子バンタム級ランキング二位ということは、世界で三番目に強いと言っても決して過言ではないのだった。


 パット選手はユーリと宇留間選手が対戦した日、ベリーニャ選手と対戦している。もともとパット選手は、当時の王者であったアメリア選手に次ぐ実力者であり――そうであるからこそ、パット選手に危なげなく勝利したベリーニャ選手は、すぐさま王座に挑戦する資格が授けられたのだった。


(そう考えると、ユーリさんはベリーニャ選手と同じ試練をぶつけられたとも言えるんだよな)


《アクセル・ファイト》の運営陣は、それぐらいユーリの実力に期待をかけているのか――あるいは、強固な壁でもってユーリの存在を弾き返そうとしているのか――卯月選手いわく、その両方なのであろうという話であった。


「何にせよ、運営陣が求めているのは結果です。彼らは私心なく、ただユーリさんの実力を見定めようとしているはずです」


 まあ運営陣の思惑など関係なく、こちらは最高の結果を目指すしかないのだ。

 それに瓜子は、不要な心配は抱いていなかった。たとえ誰が相手であろうとも、宇留間選手との一戦のような事態に陥ることはないと、そのように信じることができたのだ。


 あれはあくまで、宇留間選手がイレギュラーな存在であったためなのである。

 真っ当な手段でMMAを学んだ選手が相手であれば、たとえ勝とうが負けようが、おかしな結末になるはずがない。ユーリには、それだけの実力が備わっているはずであった。


「そもそもユーリ様は、赤星弥生子サンにも勝利を収めておられるのです! その赤星弥生子サンは、かつてベリーニャ選手にも勝利しておられるのです! よって、ベリーニャ選手に敗北したパット選手にユーリ様が後れを取る可能性は皆無であるのです!」


「ターコ。大怪獣様がブラジル女とやりあったのは、もう十年近くも前のことだろーがよ? そんな貧弱なモノサシで、勝負を測れるもんかよ」


 と、サキは愛音の短慮をたしなめていたが、瓜子も内心では少しだけ共感してしまっていた。

 ユーリはあの赤星弥生子にも勝利しているのである。それから数日は甚大なる肉体疲労で立ち上がることもできなくなってしまったが、それでも致命的なダメージを負うことなく勝利することができたのだ。そんなユーリが、他なる選手を相手にそうそう後れを取るはずがなかった。


(つまりはそれだけ、宇留間ってお人が規格外だったわけだよな)


 しかしまた、赤星弥生子は宇留間選手に勝利することは難しくないと言いきっていた。ファイトスタイルの相性で、それだけ結果は違ってくるわけである。

 だから、ユーリがパット選手に勝てるかどうかはわからない。

 ただ、宇留間選手を相手にしたときのように、おかしな結果にはならないはずだ。

 そのように信じることができるだけで、瓜子は何の不安もなくユーリを応援することがかなったのだった。


「ただな、《アクセル・ジャパン》に三人も選手を送るなんてのは、大ごとだ。もちろんそれでも不備がないように、全力でサポートしてみせるが……セコンドの編成に関しては、ちっとばかり時間をくれ」


 立松は、そんな風に言っていた。

 元来、瓜子のセコンドは立松、篠江会長、早見選手、メイのセコンドはジョン、柳原、リューク氏という編成であったのだ。本家チーム・プレスマンのおかげで恐れ多いぐらいの内容であったが、それを一から編成しなおさなければならないわけであった。


 その結果――瓜子のセコンドは立松、柳原、早見選手、ユーリのセコンドはジョン、サキ、愛音、メイのセコンドは篠江会長、リューク氏、ビビアナという顔ぶれに相成った。


「篠江会長が桃園さんを受け持つって案もあったんだが、馴染みの深いジョンたちのほうが気楽なんじゃないかと思ってな。雑用係として邑崎まで引っ張り出すことになっちまったが……船頭多くして何とやらって格言もあるし、こいつがベストの配置だと思う。それでも不安が出るようだったら、もういっぺん考えなおすが――」


「いえいえ、とんでもないですぅ。その豪華な顔ぶれに文句をつけたら、ユーリなんて地獄行きですよぉ」


 馴染みの深い三名をセコンドにつけられて、ユーリは心から幸せそうな笑顔であった。

 立松は何とも言えない顔で笑いつつ、メイのほうに向きなおる。


「ただ、メイさんは馴染みの薄い三人になっちまったんだよな。リュークとビビアナさんには以前にもセコンドをお願いしたし、三人とも英語がぺらぺらだから意思の疎通にも問題はないと思うんだが……」


「うん。問題ない。シノエ・カイチョー、素晴らしいコーチであること、もう理解できたから」


 と、セコンドの顔ぶれに執着のないメイも、二つ返事で了承していた。

 もちろん瓜子も、文句のつけようはない。少し前であれば、馴染みの薄い早見選手よりもサキや愛音を望む気持ちが芽生えてしまっていたかもしれないが――この十日ていどで早見選手も気心が知れたし、《アクセル・ファイト》の契約選手にセコンドについてもらえるというのは心強い限りである。そして何より、立松にチーフセコンドをお願いできるだけで、瓜子は大満足であったのだった。


 かくして、陣容は整った。

 あとは試合に向けて、稽古に打ち込むばかりである。


 ただしトレーナー陣は、瓜子たちと別種の苦労を抱えていた。十月には《アクセル・ジャパン》ばかりでなく、《フィスト》や《G・フォース》の試合が控えていたのだ。《フィスト》には柳原ともう一名の男子選手、《G・フォース》にはサイトーと蝉川日和が出場する予定であったのだった。


「かえすがえすも、レムさんや篠江会長が合流してくれたのはありがたいこったよ。全員でぬかりなく面倒を見てやるから、お前さんたちは心置きなく稽古に励んでくれ」


 立松に申しつけられた通り、瓜子たちは懸命に稽古に励んだ。

 ただしこの期間にも、副業の業務が存在する。十月末に発売される『トライ・アングル』の新曲のレコーディング、ジャケット撮影、ミュージックビデオの撮影などなどである。モデルの業務は試合の日が近づくにつれて極限まで絞られていたが、音楽活動だけは二の次にできなかった。


 ただし、ユーリがそちらの活動を苦にしている様子はない。十月にリリースされるのは待望の『YU』であったため、意気も揚々であったのだ。

『YU』とは、ユーリと瓜子をイメージしたラブソングである。

 ユーリと瓜子の間に恋愛感情は存在しないはずであるが、漆原の書きあげた歌詞は的確に二人の関係性を言い当てているように思えてしまい、ユーリも瓜子も涙を流さずにはいられないのである。たとえ恋愛感情でなくとも、ユーリと瓜子はそれに負けないぐらいの強い気持ちで、おたがいの存在を求めてしまっているわけであった。


「恋愛感情を愛情に置き換えたら、こいつはユーリちゃんと瓜子ちゃんそのまんまのイメージだもんな。俺だって、油断したら目頭が熱くなっちまいそうだよ」


 レコーディングの現場でそんな内心を打ち明けてくれたのは、リュウであった。


「ま、ウルの歌詞で泣くわけにはいかねえけどさ。その分とびっきりの演奏をしてみせるから、ユーリちゃんもよろしくな」


 そんな一幕を経て、『YU』は素晴らしいテイクを録音することができた。

 ちなみにカップリング曲は、『ワンド・ペイジ』のカバー曲たる『カルデラ』である。バラード調の曲には激しい曲を、漆原が手掛けた新曲には『ワンド・ペイジ』の曲をという方針で、そのように決定されたようであった。


 そうして瓜子たちが多忙な日々を過ごしている中、《レッド・キング》の興行も開催された。

 瓜子との対戦で赤星弥生子が長期欠場を余儀なくされたため、これが本年で二度目の興行である。あとは年末にも小さめの興行を開いて、本年はそれで終了という話であった。


 そちらで特筆するべきは、マキ・フレッシャー選手が出場したことであろうか。

 MMAに関してはドッグ・ジムのお世話になっているマキ・フレッシャー選手が、そちらの面々をセコンドとして引き連れて、《レッド・キング》に参戦することになったのだ。瓜子としては、犬飼京菜たちがセコンドとして《レッド・キング》の会場に乗り込むことが感慨深くてならなかった。


 瓜子たちは多忙であったし、生活時間を調整しているさなかであったため、観戦に出向くことはできなかった。ただ、一部の女子選手たちが会場まで出向いたので、試合や打ち上げの内容を聞き及ぶことができた。


「わんころはずーっと仏頂面だったけど、打ち上げもちゃんと最後まで居残ってたよー! もうわだかまりとかは、ないんじゃないかなー!」


 そんな話を聞かされると、瓜子も胸が温かくなってやまなかった。

 ちなみにマキ・フレッシャー選手は若手の男子選手と対戦して、見事に勝利をおさめたらしい。相手はマキ・フレッシャー選手よりも軽量級であったとのことだったが、勝利できただけ大したものであった。

 そして赤星弥生子も、海外から招聘した男子選手に勝利している。今回は負傷することなく初回のラウンドでKOを奪取できたとのことで、瓜子もひそかに胸を撫でおろしたものであった。


 その後に行われた《G・フォース》と《フィスト》の試合でも、プレスマン道場の門下生が見事に勝利をあげることができた。サイトーも蝉川日和も柳原ももう一名の男子選手も、全員が勝利をおさめたのだ。サイトーなどはタイトルの防衛戦でベルトを死守したのだから、おめでたい限りであった。


「これだけ道場が盛り上がると、他の門下生だって感化されるもんだからな。蝉川なんざ、たいそうな入れ込みようだったしよ」


「だ、だって、ここであたしらが負けちゃったら、コーチのみなさんがこっちで手抜きしたんじゃないかって猪狩さんたちが心配しちゃうかもしれないじゃないッスか! だから、意地でも負けられなかったんスよー!」


 何事につけても正直な蝉川日和は、あちこち腫らした顔でそんな風に申し述べていた。

 しかし彼女が心配するまでもなく、プレスマン道場にはとてつもない熱気が満ちている。卯月選手が参上するだけで男子選手の多くは気合が入るものであるし、所属の女子選手が三名も《アクセル・ジャパン》に出場するというのは、やはり快挙であるのだ。それに関しては、出稽古におもむいた鞠山選手がいつもの調子で評していた。


「そもそも卯月様もプレスマン道場の陣営と考えるなら、メインカード六試合の四試合にプレスマン道場の選手が絡んでるんだわよ。こんな話は、前代未聞なんだわよ」


「ああ。北米の名門ジムだったら、あっちの興行で似たような状況になることもあるみたいだけどな。何にせよ、誇らしい限りだよ」


 そんな風に気安く応じたのは、柳原だ。柳原もまた、現在の熱気に大きく感化されているひとりであった。もとより彼は、卯月選手とユーリのグラップリング・スパーを隠し撮りするほどのフリークであったのだ。


 そんな熱気の中、瓜子たちは稽古を積み上げた。

 そして――ついに試合の前日を迎えることに相成ったのだった。

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