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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
25th Bout ~Burst Summer~
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ACT.2 合同合宿稽古 01 出陣

 大成功に終わった『サマースピンフェスティバル』の三日後――八月の第二水曜日である。

 この日から、赤星道場の合宿稽古が開始されることに相成った。


 期間は今回も二泊三日であり、新宿プレスマン道場からは二十余名、外部の女子選手からは十一名が参加する。赤星道場の関係者を合わせて、総勢七十名を突破する過去最大の規模であった。


「それに今回は、ちびっこもいっぱいだもんねー! こりゃー普段よりいっそう賑やかになりそうだ!」


 鞠山選手の運転するワゴン車に揺られながら、灰原選手が元気にそう言いたてた。

 ちびっことは、今年になってからプレスマン道場に入門した『あけぼの愛児園』の児童たちのことである。そちらの児童たちの参加によって、プレスマン道場の陣営も過去最大の人数にふくれあがったわけであった。


 そちらの移送はコーチ陣に一任して、瓜子たちはまた鞠山選手と来栖舞と多賀崎選手のお世話になっている。十七名の女子選手が三台の車に分かれて合宿所を目指しているのだ。そこにユーリも参じていることが、瓜子にとっては何よりの喜びであった。


 本年の参加者は、プレスマン道場からサキ、ユーリ、瓜子、愛音、メイ、蝉川日和の六名。外部からは、鞠山選手、灰原選手、多賀崎選手、小笠原選手、小柴選手、オリビア選手、高橋選手、魅々香選手、来栖舞――さらに新参のメンバーとして、武中選手と鬼沢選手が加えられていた。


「だけどまー、去年なんかは真央っちと猛牛センパイに、オルガと親父さんまでいたわけだもんねー! そう考えたら、ちょろっと人数は減ってるわけかー!」


「ふふん。真央ちゃんたちも今回ばかりは、自粛せざるを得なかっただわね」


 鞠山選手がそのように言いたてると、ユーリが「恐縮でございますぅ」と肉感的な肢体を可能な範囲で縮めてしまった。

 つい先日、《アトミック・ガールズ》九月大会のカードが一部発表され――ユーリの復帰試合に、兵藤アケミの後輩たる香田選手が選出されたのだ。さすがにひと月後に対戦するとあっては、香田選手たちも合宿に参加しようとは考えられなかったのだった。


「まあ、パラス=アテナにしては加減のきいたマッチメイクなんじゃないのかな。もちろん香田も、侮れる相手じゃないだろうけど……いきなり高橋や鬼沢にぶつけられるよりは、ずいぶんマシだろうしね」


 そのように発言したのは、小笠原選手であった。彼女はバンタム級王座決定トーナメントにおいて鬼沢選手および高橋選手と対戦し、どちらの試合でも大激戦を繰り広げることになったのだ。


 ただし、香田選手も高橋選手と大接戦であったのだから、そうまで力量で劣っているわけではない。ただ、強力なストライカーである高橋選手や鬼沢選手に比べれば、香田選手の打撃技はまだまだ未完成であるし、それに彼女はずいぶん小柄であるために、リーチの面でもユーリのほうが有利であるのだ。少なくとも、王座決定トーナメントに出場した四名の中では、ユーリにとってもっとも与しやすい相手であると言えるはずであった。


「ていうか、今のアトミックでバンタム級って言ったら、トーナメントに出た四人ぐらいだもんね。その中でストライカーじゃないのは、香田だけだから……それでアンタの復帰試合に選ばれたんだろうと思うよ」


「はいぃ。香田選手は、柔術茶帯であらせられるのですものねぇ。ユーリもワクワクが止まらないですぅ」


 普段通りのとぼけた声をあげながら、ユーリはきらきらと瞳を輝かせている。たとえ誰が対戦相手であろうとも、試合を組まれただけで喜びの限りなのであろうが、やはり柔術ベースの香田選手となると喜びもひとしおであるのだろう。ユーリの喜びを肌身で感じ取って、瓜子もつい頬がゆるんでしまいそうだった。


「で、うり坊はまたもやエキシビションなわけねー! ま、十月に大一番を控えてるんじゃ、それもしかたないか!」


「あ、はい。コーチ陣はエキシビションでも控えたほうが望ましいっていう意見だったんすけど……駒形代表も泣きそうな声でしたし、自分としても試合をはさんだほうが調子を保てると思うんすよね」


「ま、猪狩が《アクセル・ファイト》との正式契約をもぎ取るのは時間の問題だろうから、あとは残された人間が踏ん張るしかないさ」


 小笠原選手の言葉に、瓜子も恐縮することになった。

 瓜子としては、自分が北米に進出して《アトミック・ガールズ》から身を引くなどというのは、あまりに想像を絶していたのだが――《アクセル・ジャパン》への出場を決断した以上、そんな未来も想定しないわけにはいかないのだった。


(でも、ユーリさんだってそういう覚悟で『アクセル・ロード』に出たんだもんな。北米進出なんて、不安しかないけど……とにかく、ひとつずつ頑張っていこう)


 そうしてまず最初に奮起すべきは、このたびの合宿稽古である。

 また赤星弥生子の指導のもとで稽古を積めるのかと思うと、瓜子は胸が弾んでならなかった。


                ◇


 やがて二台のワゴン車は、目的地に到着する。

 千葉の南房総の海岸沿いに位置する宿泊施設、『七宝荘』である。瓜子たちにとっては一年ぶりになる、三度目の来訪だ。かえすがえすも、ユーリの復帰が間に合ったのは喜ばしい限りであった。


 そうして瓜子たちが荷物を下ろしていると、新たな車が続々と到着する。プレスマン道場の一行である。

 女子選手の門下生は別行動であったため、そちらは十六名という人数になる。ただし、その内の六名はキッズコースの門下生で、おまけにリューク氏やビビアナまでもが参じているため、立松、ジョン、柳原、サイトーというコーチ陣を除くと、男子門下生はわずかに四名のみであった。


 子供たちにとっては夏休みの期間であるが、一般人にとってはお盆前の平日であるのだ。ファイターのおおよそは副業や本業を抱えているため、やはり二泊三日のイベントに参加できる人間は限られてしまうのだった。


「よう。みんな無事に到着できたみたいだな。サキ、名目上はお前さんがこの子らの保護者なんだから、よろしく頼むぞ」


 立松がそのように呼びかけると、サキは「わかってんよ」と肩をすくめた。


「まったく、うざってー限りだぜ。おい、おかしな騒ぎを起こしたら、おめーらは大怪獣様のエサだからな。せいぜい生きて戻れるように、背筋をのばしとけや」


 六名の児童たちは昂揚に頬を火照らせつつ、それでも引き締まった面持ちで「押忍!」と応じていた。

 男児が四名、女児が二名で、いずれも小学校中学年から高学年までの年頃だ。彼らは年が明けてからすぐに入門したので、すっかりいっぱしの門下生らしくなっていた。


 ただ、児童の何名かはちらちらと瓜子やユーリのほうを見やっている。彼らは《アトミック・ガールズ》の試合模様ばかりでなく、瓜子と赤星弥生子が対戦した《JUFリターンズ》や、ついでに『トライ・アングル』のライブ映像などにも心をつかまれたという話であったのだ。入門当初は、瓜子もきらきらと目を輝かせた彼らに取り囲まれていたものであった。


「……赤星道場にも、キッズコースの門下生がたくさんいるからね。仲良くなれるように頑張ってね」


 瓜子がそのように声をかけると、児童たちはいっそう頬を火照らせながら「押忍!」と答えてくれた。

 そして、ユーリが「にゅふふ」と瓜子の耳もとに唇を寄せてくる。


「うり坊ちゃんのかしこまらない言葉づかいは、やっぱりユーリのお胸を温かくしてやまないのです。普段はご家族との電話ぐらいでしか、そういう喋り方を聞かせてくれないもんねぇ」


 瓜子は照れ隠しで、ユーリの髪をひとふさ引っ張ることになった。

 やがて準備が整ったならば、いざ出陣である。これが初の夏合宿となる武中選手は、児童たちに負けないぐらい頬を火照らせていた。


「いよいよですね! ゴールデンウイークのときより大がかりなんで、なんだか緊張しちゃいます!」


「あはは! 赤星道場にはとっつきにくい女連中がそろってるけど、キヨっぺだったらすぐに溶け込めると思うよー!」


 武中選手は灰原選手、鬼沢選手は高橋選手がそれぞれエスコートしているようである。高橋選手はこれが二度目の参戦であったが、実に堂々としたものであった。


 潮風と夏の日差しを堪能しながら砂利道を進むと、すぐに『七宝荘』に到着する。七十名の一団でも無理なく収容することのできる、四角い大きな和洋折衷の建物だ。


「細かい部屋割りは後で決めるとして、とりあえず荷物を置いたら中庭に集合だ。くれぐれも、騒ぎを起こさんようにな」


 勝手知ったる立松が、案内もなしに館内へと踏み込んでいく。こちらの施設は格安で借り受ける代わりに、ほとんどがセルフサービスであるのだ。食事の支度すら赤星道場の関係者が受け持ってくれるため、施設のスタッフをほとんど目にする機会もないぐらいであった。


 そうして荷物を置いてから中庭に向かうと、すでに赤星道場の面々が総出で待ちかまえている。

 赤星弥生子、大江山軍造、青田コーチ――マリア選手、大江山すみれ、青田ナナ――レオポン選手、竹原選手――六丸、是々柄――でかい図体で覆面をかぶった、アギラ・アスールことリカルド氏に、アギラ・アスール・ジュニアことグティ――さらにはスペシャルゲストとして、ジョージアの摩天楼ジュニアことエドゥアルド選手など、瓜子が見知っている人々は勢ぞろいしていた。

 その中から、「ひよりちゃーん!」とぶんぶん手を振ってきたのは、今回が初参加であるという二階堂ルミだ。


「他のみんなも、待ってたよー! ほらほら、こっちに並んでー! まずは、自己紹介からだってさー!」


「ふむ! ルミがいたら、俺たちの手間もずいぶん減りそうだな!」


 と、赤ら顔の大江山軍造も笑顔で進み出てくる。

 そしてその後から、総責任者たる赤星弥生子も近づいてきた。


「みなさん、お疲れ様です。毎度のことですが、この後はおひとりずつ自己紹介をお願いします」


「おう。今年も世話になるぜ」と応じてから、立松はリューク氏とビビアナを招き寄せた。


「リュークとは、いちおう面識もあるはずだよな。それで、こっちがビビアナさんだ」


「どうも、おひさしぶりです」と、リューク氏はにこやかな笑みをたたえる。彼も彼で赤鬼を彷彿とさせる風貌であるが、マフィアのボスめいたレム・プレスマンはもとより、大江山軍造と比べてもずいぶんマイルドに見えるようだ。それはひとえに、柔和な表情と物腰の効果なのだろうと思われた。


「リュークか! もちろん顔をあわせた覚えはあるんだが……しかしあの頃は、お前さんもひょろひょろの若造だったからな! ずいぶん貫禄がついたじゃねえか!」


 大江山軍造はガハハと笑い、リューク氏の肉厚な肩を叩いた。

 リューク氏はまだ三十歳ていどに見えるので、レム・プレスマンが《レッド・キング》に参戦していた時代はまだ若者どころか少年であったのだろう。大江山軍造や青田コーチとは、ひと回り以上も年齢は離れているはずであった。


 いっぽうビビアナは、普段以上に鋭い目つきで赤星弥生子の姿を凝視している。

 赤星弥生子は、ちょっと怖いぐらい静謐な目つきでそちらを振り返った。


「君も、チーム・プレスマンの一員であるそうだね。私に何か含むものでもあるのなら、稽古を開始する前に解消してもらいたい」


「おう、とんでもない! ビビアナは、心から弥生子さんの強さに感服していますよ! ユーリさんや猪狩さんと対戦した試合などは、ハードディスクが焼けつくぐらい見返していますからね!」


 リューク氏がすかさずフォローすると、赤星弥生子は「そうですか」と視線を外した。


「我々も、レムさんに遺恨はありません。合宿の参加は歓迎しますので、どうぞ力添えをお願いします」


「ええ、もちろん」と、リューク氏はビビアナをなだめるように背中を叩いた。

 どうやらビビアナは、卯月選手に強く心を寄せているようであるのだ。そして、卯月選手と赤星弥生子の確執を知っているならば、何かしら複雑な感情が生まれてしまうのかもしれなかった。


「それでは、合宿稽古の開始に先立って、挨拶をさせていただく。本年も新宿プレスマン道場およびさまざまなジムや道場から大勢の参加者が集ってくれたので、決して悶着を起こすことなく、切磋琢磨に励んでもらいたい」


 赤星弥生子がよく通るハスキーな声音でそのように宣言すると、ざわめいていた人々がいっせいに口をつぐんだ。


「初対面となる相手も少なくはないはずなので、まずはおひとりずつ自己紹介をしていただく。立松さん、よろしくお願いします」


 まずは立松から、名前と素性を明かしていく。立松たちは昨年の合宿稽古に参加していないため、二年ぶりの来訪となるのだ。それでも両道場は昔から懇意にしているため、立松を見知らぬ人間はそうそういないのだろうと思われた。


 その後は、ジョン、柳原、サイトーが続き、さらに四名の男子門下生も名乗りをあげる。女子門下生の筆頭はサキで、その次が瓜子であったが――そのあたりで、静められていたざわめきが再燃し始めた。

 瓜子は三度目の参加であるし、おおよその相手とはすでに面識を得ている。しかし、面識を得ているがために生まれる感慨というものもあるのだろうか。瓜子はこの一年で、嫌というほど顔と名前を売ってしまったのである。そして、そこには不本意なモデル業も含まれるのかと思うと、瓜子としては赤面の至りであった。


 そして、その次にユーリの出番となって、深くかぶっていたフレアハットが外されると――今度こそ、歓声と呼びたくなるようなざわめきがあげられた。

 ユーリの変わり果てた姿は、すでにインターネット上を席巻していることだろう。しかしやっぱり、生身の迫力というのは段違いであるのだ。髪も肌も純白に染まったユーリは、もともとの美貌や色香に妖精じみた神秘性まで加えられて、これまで以上のインパクトであるのだった。


「皆、静粛に。……申し訳ないね、桃園さん」


「いえいえ、とんでもないですぅ。ユーリこそ、お騒がせしちゃって申し訳ありませぇん」


 ユーリがそのように答えると、またざわめきが渦を巻く。

 なまじもともとのユーリを知っているために、驚きの思いもひとしおであるのだろう。かつて山科医院までお見舞いに来てくれた人々と同じ驚嘆と衝撃が、数十名の人々の上に舞い降りたわけであった。


(たった二泊三日じゃあ、今のユーリさんを見慣れる前に合宿が終わっちゃうかもな)


 そんな思いを抱きながら、瓜子はユーリの姿を見守った。

 ユーリは眉を下げながら、ずっとぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げていた。

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