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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
25th Bout ~Burst Summer~
648/955

03 後半戦

『それではここで、しばしおしゃべりの時間とさせていただきまぁす。残り三十分のステージに備えて、みなさまもおくつろぎくださいませぇ』


 ユーリがとぼけた声をあげる中、ダイと西岡桔平がドラムを交代した。西岡桔平がセッティングを終えるまで、場をつながなくてはならないのだ。立て続けに演奏をしていたメンバーたちも、ここで楽器のチューニングと水分補給であった。


『まずは、「トライ・アングル」の今後の活動についてなのですけれども……現在は、ニューシングルのリリースに向けて暗躍のさなかでございまぁす』


 歓声や指笛が、温かく応えてくれる。

 ユーリは嬉しそうに、『えへへ』と笑った。


『あと、ライブに関してなのですが……実はユーリはつい先月退院したばかりですので、会場をおさえるのもひと苦労のようなのですよねぇ。それで今回も、こういう形でこっそりエントリーさせていただいた次第ですぅ』


『ま、ほとんどバレバレだったみたいだけどな! ユーリちゃんも無事に出演できて、何よりだったぜ!』


 と、セッティングの手間がないダイが、漆原のマイクで乱入した。


『そんなわけで、ワンマンライブは来月に持ち越しになっちまったけどよ! その代わりに、月末にはもう一本、でかいイベントに飛び入り参加することになったぜ!』


 観客たちが、期待に満ちた歓声をあげる。

 その隙に、ユーリはくぴくぴと水分補給した。それがプロテインではなくスポーツドリンクのボトルであることを遠目に確認して、瓜子はほっと息をつく。


『これもきっとバレバレだろうから、さっさと告知しちまうか! 月末の「ジャパンロックフェス」に出場が決まったから、ヒマなやつらはよろしくな!』


 歓声に、いっそうの熱気が加えられた。

 千駄ヶ谷はこの短期間で、国内の二大イベントに出場する段取りを組んでみせたのだ。いったいどれだけの辣腕をふるえばそのようなことが可能になるのか、瓜子には想像もつかなかった。


『えーと、他には告知のネタとかあったっけ?』


『あとはこの、新作Tシャツについてでありますねぇ』


『あー、そうだったそうだった! これ、速攻で仕上げたニューアイテムなんだけどよ! 明日から「トライ・アングル」の公式サイトで通販が始まるらしいから、よろしくな!』


『その後も、タオルやら何やら色んなアイテムが発売される予定らしいですぅ。ちなみに本日の物販ブースでは取り扱っておりませんので、どうぞご了承くださいませぇ』


 ユーリが無邪気な笑顔でそのように言い添えたとき、リュウがふわふわとした空間系のエフェクト音を響かせた。


『おっと、準備ができたみたいだな! じゃ、あとはよろしくな、ユーリちゃん!』


『はいはぁい。ではでは、のんびりまったりお楽しみくださいませぇ』


 山寺博人がエレアコギターをゆったりと爪弾き、陣内征生が弓を使った流麗なる音色をのせる。『ジェリーフィッシュ』のアコースティックバージョンである。

 西岡桔平はまだセッティングの最中であるため、パーカッションのセットに駆けつけたダイが、慌ただしくボンゴを鳴らす。西岡桔平とはまた異なる、力強い演奏であった。


 リュウは効果音のように間延びした音を鳴らし、漆原は裏メロのような単音のフレーズを奏でる。

 そこにユーリが、甘ったるい歌声を重ねた。

 海面をぷかぷかと漂う、クラゲの歌だ。前半部の激しい五曲で震撼された心と肉体が、優しく癒やされるような心地であった。


 ただしこちらの楽曲も、サビからは重圧を増していく。演奏上ではタツヤのベースが加わり、ユーリの歌声にも力強さが加えられた。

 それでもこれまでと比べれば、格段に穏やかな楽曲であろう。和やかな面持ちでゆらゆらとステップを踏むユーリの姿も、微笑ましくてならなかった。


 その曲中でセッティングを終えた西岡桔平も演奏に加わり、最後は壮大に楽曲が締めくくられる。

 するとユーリはゆったりとした表情と声音のまま、『砂の雨』と短く宣言した。


 こちらも早い段階から着手していた、『ワンド・ペイジ』のカバー曲だ。ミドルテンポでメロディアスな楽曲であるが、山寺博人らしい切なさと切迫感にあふれている。瓜子はユーリとともに、後半部分でまた涙をこぼすことになった。


 そしてさらに追撃の一曲として、ファーストシングルの『ピース』も披露される。

 曲調は『砂の音』よりも重々しく、荒々しい。そしてこれは『トライ・アングル』において、ユーリのために作られた最初の楽曲のひとつであるのだ。歌詞もメロディも楽曲も、すべてがユーリの魅力を引き立てるように構築されており――瓜子にとっては『ケイオス』と並んで、もっとも涙を誘発される曲であった。


 心に空洞を抱えていた人間が、そこにぴたりとはまる最後のピースを見出して、救いを得る。

 それはまるで、瓜子を見出したユーリを――そして、ユーリを見出した瓜子を歌っているかのようであった。


 もちろんこの歌詞を書きあげた山寺博人は、ユーリと瓜子がどのような人生を歩み、どのような形で絆を深めてきたかを知らない。

 しかし彼はいつでも不機嫌そうな仏頂面の裏側に、驚くほどの感受性を隠し持っているのだ。それで彼はユーリの本質を見抜くことになったのだろうと、瓜子はそんな風に考えていた。


 ともあれ――ユーリはこちらの楽曲に、ひときわ生々しく情感を込めることが可能なのである。それが激しくも切ない曲調と相まって、数多くの人間に涙を流させるのだった。


 そうして『ピース』が終了すると、割れんばかりの歓声と拍手が響きわたる。

 一曲ごとに、その勢いが増していく。それが『トライ・アングル』のライブの常であった。


『どうもありがとうございましたぁ。ユーリはライブで何度も泣いてしまうので、あんまりこってりメイクができないのですよねぇ』


 ユーリがそんな言葉を告げると、歓声の中に笑いの声が入り混じった。

 しかし笑っている人々も、泣き笑いの面持ちなのではないだろうか。少なくとも、瓜子はそうだった。


『本日のライブも、ついに残り二曲でありますねぇ。一時間がこんなに短く感じるのは、「トライ・アングル」のステージだけだと思いますぅ』


『へえ。格闘技の試合は、そうじゃないのかい?』


 漆原がのほほんとした調子で割り込むと、ユーリはまだ涙をぬぐいながら『はぁい』と応じた。


『格闘技の試合は、だいたい五分三ラウンドですからねぇ。一時間の試合があったら、こういう感覚を味わえるかもですけれども……それは未知なる領域なのですぅ』


『はは。一時間も試合をしてたら、さすがのユーリちゃんもぶっ倒れちまうんじゃねぇのぉ?』


『そうかもですねぇ。あんな幸福な時間が一時間も続いたら、それだけで昇天してしまいそうですぅ』


『じゃ、今日も昇天めざして頑張ろうぜぇ』


 そのように語りながら、漆原はいきなりギターをかき鳴らした。

 他の面々も、次々に音を重ねていく。激しく歪んだギターサウンドや、無秩序なドラムおよびパーカッションの、観客を挑発するような演奏だ。

 それらの音色がやがてフェードアウトしていくと、陣内征生がアップライトベースの音を響かせた。

 これまでの流麗さをかなぐり捨てるような、荒々しい演奏だ。指全体で弦を叩き、引っ張る、アップライトベースによるスラップ奏法であった。


『ワンド・ペイジ』のカバー曲にして山寺博人とのデュエット曲たる、『カルデラ』である。

『ワンド・ペイジ』の武骨で疾走感あふれる演奏に、『ベイビー・アピール』のダークでヘヴィな演奏が重ねられて、これもまた『トライ・アングル』でしか実現し得ない迫力が生み出された。


 そして、ユーリと山寺博人の歌声も、またとない調和を見せている。

 ユーリのキーが高くて甘ったるい歌声と、山寺博人のしゃがれた咆哮めいた歌声――まったく異なる二つの歌声が、生々しい情感という共通項でもって、深く結び合わされるのだ。


 こちらはもう歌詞の内容など関係なく、瓜子の涙腺は壊されてしまう。

 瓜子がこの世でもっとも好ましく思う二つの歌声が、ひとつの奔流と化しているのだ。それだけで、瓜子の情感を揺さぶるには十分以上であった。


 ひさかたぶりの激しい楽曲で、ユーリはここぞとばかりにステップを踏んでいる。

 それはまるで、燃えあがる白い炎のようだった。


 きっとユーリは試合でも、これに負けないぐらいの迫力と躍動感を見せてくれることだろう。

 そんな想念をかきたてられてしまうほど、ユーリは激しく、力感に満ちており、そして楽しそうだった。


 そうして噴出する溶岩のような勢いで、『カルデラ』は終息する。

 それと同時に、ユーリは左腕を頭上に突き上げた。


『ありがとうございまぁす! それじゃあ最後は、「burst open」でぇす!』


『カルデラ』を上回る勢いで、『burst open』のイントロが開始される。

 この曲こそ、『ハダカノメガミ』と並んで、もっとも迫力のある一曲であるのだ。しかもこれはユーリの振り絞るような歌唱に触発されて作りあげられた楽曲であるため、現在の持ち曲の中ではもっともユーリの力強さを引き出してくれるのだった。


 客席の歓声は、絶頂に達している。

 そんなさなか――ユーリは胸の下の結び目をほどいて、Tシャツを脱ぎ捨てた。

 これはいちおう段取りに含まれていた行動であったため、Tシャツの下にはピンク色のビキニを着込んでいる。ただ、事前に説明を受けていた瓜子でも思わず息を呑むほど、ユーリのいきなりのビキニ姿というのは絶大なるインパクトであった。


「もしも気分が盛り上がったら、Tシャツを客席に投げ込むというのは如何でしょう?」


 先日、そんな提案をしてきたのは千駄ヶ谷である。

 ユーリは「はにゃ?」と小首を傾げていたものであった。


「もしも気分が盛り上がったらでございますか? ユーリとしては、脱ぐなら脱ぐ、脱がぬなら脱がぬと決めていただいたほうが楽ちんなのですけれども……」


「『トライ・アングル』のステージにおいて、意図的な演出は効果的でないかと存じます。ユーリ選手は、本能のおもむくままに行動すべきでしょう」


 千駄ヶ谷はいつもの調子で、そのように言い放っていた。


「では、私も言葉をあらためます。……Tシャツを客席に投げ込みたいという衝動に駆られる事態を想定して、あらかじめ水着を着用しておいては如何でしょうか?」


「はあ……他ならぬ千さん様がそのように仰るのでしたら、ユーリも唯々諾々と従うのみでありますけれども……ユーリは感極まったからといっておべべを脱ぎ捨てるほど、やんちゃな人間ではないつもりでありますよぉ」


 ユーリは、そんな風に言っていた。

 しかしユーリは、まんまとTシャツを脱いでしまっている。

 つまりはそれだけ、感極まってしまったのだろう。


 そしてユーリはイントロの間にTシャツを丸めると、それを客席に投げつけた。

 去年の最後のライブにおいても、ユーリは暴風雨でぐしょ濡れになったシャツを引き千切るような勢いで脱ぎ捨てて、客席に投げつけていたのだ。

 しかしもちろん、あの夜と今日とではまったく心持ちが違っているのだろう。空恐ろしいほどの色香にあふれた白い肢体を躍動させて、Tシャツを客席に投げつけたユーリは、瓜子の胸を詰まらせるぐらい幸せそうな顔をしていた。


 そうしてユーリは破壊力のブーストされた肢体を惜しげもなくさらしながら、『burst open』を歌い切り――『トライ・アングル』の復活ライブは、大熱狂の中で終焉を遂げたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 登場人物の主観で書かれた作品なのでしょうがないところはあるとは思いますし作者さんの趣味ではないのかもしれませんが、ユーリはじめほかのメンツが世間に人気あるのかどうかさえ分かりにくい部分がある…
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