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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
24th Bout ~Re:boot Of The Pretty Monster~
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02 ウォームアップ

 プレ撮影会は、無事に終了した。

 四名の女子ファイターの水着姿は何台ものカメラにおさめられて、翌日のネットニュースを賑わすことになったのだ。もちろん瓜子は誰に何をそそのかされようとも、断固としてその画面を見ようとはしなかった。


「こちらの見込みを上回る勢いで、撮影業務の依頼が殺到いたしました。さっそく来週から、ユーリ選手にもモデル活動を再開していただきたく存じます」


 千駄ヶ谷からそのような言葉をいただいたユーリは、心から幸福そうな面持ちであった。そんなユーリを見ているだけで、瓜子も幸福な心地であったのだが――ただ、依頼の何割かは瓜子とのペア撮影であったため、笑うに笑えない状況であった。


 ともあれ、ユーリのモデル活動の復帰は、これで確約されたのである。

 次なるは、音楽活動の復帰についてであった。


 そちらについても、千駄ヶ谷はぬかりなく暗躍していた。それでユーリと瓜子はプレ撮影会の三日後、七月の最終日曜日に某音楽スタジオに招集されることに相成ったのだった。


「ユーリさん、猪狩さん、おひさしぶりです。《アトミック・ガールズ》の七月大会はお疲れ様でした。観戦に行けなかったのは、本当に残念です」


 そんな言葉で出迎えてくれたのは、いつも誠実な西岡桔平だ。

 その場には、『トライ・アングル』の全メンバーが集結している。本日は肩慣らしというか、ユーリの咽喉慣らしのためのスタジオ練習であった。


「よう、ユーリちゃん。新曲のほうは、どうだったかなぁ?」


 練習前のひとときに、漆原がそのように呼びかけてくる。ユーリはちょっともじもじしながら、「はぁい」と無垢なる微笑みを返した。


「どちらの曲も、素敵さのキワミでありましたぁ。あんな素敵な曲をユーリに歌いこなせるのか、不安のキワミでもありますけれど……」


「あははぁ。あれはユーリちゃんのために作った曲なんだから、歌いこなせるのはユーリちゃんだけさぁ」


 ユーリは《アトミック・ガールズ》七月大会の打ち上げ会場にて、新曲のデモ音源を受け取っていたのである。なおかつユーリは入院中にもすでに二曲のデモ音源を受け取っていたため、これで合計四曲もの新曲が準備されたわけであった。


「またこの中から、シングル曲というものを選ぶのですかねぇ? ユーリとしては、一番最初にいただいた『YU』が胸に響いてならないのですけれども……あ、いえいえ! もちろん残りの三曲も響きまくりなのですが、アレだけはちょっと特別と申しますか……」


「アレは俺の曲なんだから、俺にすまなそうにする必要はねえさぁ。……ま、聴くタイミングってのも重要なんだろうしなぁ」


 漆原が作りあげた『YU』という楽曲は、ユーリと瓜子をイメージしたラブソングであったのだ。瓜子と再会した数日後にそのようなものを聴かされたものだから、ユーリはぞんぶんに心をかき乱されてしまったのだった。


(まあそれは、あたしも同じことだけどさ)


 もしもあの曲をスタジオ練習やライブ会場で聴かされたならば、瓜子もそのたびに落涙することになるだろう。本日も、決してハンカチを手放すことはできなかった。


「ま、九月のリリースに間に合うのは一曲か二曲だろうからなぁ。そのあたりの段取りは、千駄ヶ谷さんがきっちりつけてくれるだろうさぁ」


「ええ。どうぞおまかせください」


 千駄ヶ谷は、いつでも堂々としたものである。モデル活動に関しては何度となく煮え湯を呑まされている瓜子であるが、音楽活動に関しては全幅の信頼を置くことができた。


「ちょうどいい機会ですので、ここで当面のスケジュールを発表させていただきます。……まず、八月中にはライブイベントへの参加が二本、その合間に新曲のレコーディングおよびミュージックビデオの作製、さらにジャケットおよび特典グッズの撮影。そして、九月にはワンマンライブと新曲のリリース――そして、十月と十一月にも一本ずつのワンマンライブと新曲のリリースを継続できるように調整中となっております」


「へえ。三ヶ月連続リリースってのは豪気な話だけど、九月以降のライブは月に一本ずつなのかぁ。ま、俺らもユーリちゃんも忙しい身だしなぁ」


「はい。新曲のリリースにはミュージックビデオ、ジャケット撮影、特典グッズの撮影も付加されますため、それだけでもずいぶんタイトなスケジュールになってしまうことでしょう。逆算して、ライブは月に一回が限界ではないかと思案した次第です」


「普通はライブで稼ぎを確保するもんなのに、時代に逆行してるねぇ」


「『トライ・アングル』は新曲の売り上げにも大きな期待がかけられますし、物販に関しては通信販売のみでも十分な利益をあげられることが立証されています。であれば、ライブ活動は数を絞ることで希少性を打ち出せるものと思案しております」


「うんうん。ユーリちゃんの強みは、初期衝動だからねぇ。数をこなして使い減らすより、そっちのほうが賢いと思うよぉ」


 漆原がへらへらと笑いながらそのように言いたてると、この場でただひとり仏頂面をさらしていた人物が棘のある声をあげた。


「……で? どうしてただのスタジオ練習に、俺まで引っ張り出されてるんだ?」


 それはかつて、『トライ・アングル』のプロデュースを受け持ってくれた髭面のプロデューサーであった。

 漆原は同じ笑みをたたえたまま、そちらを振り返る。


「だって、ユーリちゃんは一年近くぶりに歌うんだぜぇ? どんな爆弾が炸裂するか、ちょっと見ものだろぉ? こいつを録音しておかないと、のちのち後悔すると思ってさぁ」


「……なんの準備もなしに、俺にレコーディングをしろと抜かしているのか?」


「あんただったら、ちょちょいと卓をいじくるだけで理想の音に仕上げられるだろぉ? それが商品になるようだったら、きっと買い取ってもらえるさぁ」


「……まったく、世の中をなめくさった餓鬼どもだな」


 そんな不平をこぼしながら、プロデューサー氏もこの場に駆けつけてくれたのだ。こちらの音楽スタジオは普段からレコーディングに使用されているため、機材には不足していないのだった。


「いいから、とっとと準備を始めろ。腑抜けた音を出したら、その場で帰らせてもらうからな」


「はいはい。じゃ、出陣すっかぁ」


 漆原の呼びかけに従って、メンバー一同はぞろぞろとスタジオに入室していく。

 楽器の準備の必要のないユーリは、瓜子のかたわらでせわしなく身をよじっていた。


「ユーリはほんとに、きちんと歌えるのかなぁ? おうちではあんまり大きな声も出せなかったし……みなさんにガッカリされてしまうのではないかと、センセンキョーキョーなのです」


「きっと大丈夫ですよ。ユーリさんの場合は、気持ちが重要なんですから。難しいことは考えないで、どうかこの場を楽しんでください」


「うん……」と子供のようにうなずきながら、ユーリはそっと瓜子の手を握ってきた。

 瓜子がその手を握り返すと、ユーリは幸せそうに目を細める。こうして直接のスキンシップでユーリを励ますことができるのは、何より得難い話であった。


「……お前さんは頭蓋骨をぶち割られて、何ヶ月も入院してたんだってな」


 と、ガラスの壁越しにセッティングのさまを見守っていたプロデューサー氏が、サングラスで隠された目をユーリに向けてくる。


「で、きちんと歌うのは一年ぶりだって? あのボンクラが何をほざこうとも、歌ってのは気合だけでどうこうできるもんじゃない。どんなに納得のいかない出来でも、ヤケになって咽喉に負担をかけるんじゃないぞ?」


「はぁい。きっと聞くにたえない出来栄えでありましょうけれども、どうぞよろしくお願いいたしますぅ」


 そんなやりとりを経て、数十分後――ついに、スタジオ練習が開始された。

 そして、瓜子とプロデューサー氏は呆気なくハンカチを濡らすことになってしまった。


 スピーカーからは、ユーリの歌声と演奏の音色がほどほどの音量で流されている。プロデューサー氏はヘッドホンで入念に音の具合を確認していたが、瓜子が涙を流すのはスピーカーからのささやかな音量だけで十分であった。


 ユーリの歌は、まったく衰えていない。

 いや、以前よりもいっそう激しく瓜子の胸を揺さぶってきたのである。


 ウェイトアップしたユーリは、声量までもが増したのだ。それがいっそう、ユーリの歌声に力強さを与えていた。

 そしてそれより重要であったのは、やはり気持ちのほうであったのだろう。ユーリは格闘技に迫る勢いで、音楽活動にも大きなやりがいを見出していたのだ。それでユ-リは本当に『トライ・アングル』に復帰できるのかと、ずっと思い悩んでいたのだった。


 しかしユーリの歌は、まったく衰えていなかった。

 その喜びの思いが、ユーリにさらなる力を与えたのだ。


 そしてきっと、演奏陣もそれは同じことであったのだろう。彼らもまた、再びユーリとともに音楽を楽しめる日を十一ヶ月も待っていたのだ。

 ユーリの歌も、彼らの演奏も、これまで以上の魅力と勢いを爆発させている。それが、瓜子とプロデューサー氏の胸を揺さぶり、涙腺を決壊させたのだった。


「これならば、ライブ音源としてリリースが可能であるかもしれませんね」


 ひとり冷徹な千駄ヶ谷は、そんなつぶやきをもらしていた。

 プロデューサー氏は滂沱たる涙をこぼしながら、しきりにミキサー卓を操作している。本来はエンジニアが担当するべき職務であったが、本日呼び出されたのはプロデューサー氏のみであったため、手ずからその役目を負ってくれているのだった。


『トライ・アングル』の面々は、次から次へと持ち曲を披露していく。それはまるで、八人の子供が公園か何かではしゃいでいるような姿であった。

 ユーリもまた、はしゃぐ幼子のひとりである。最初の一曲で不安の思いを払拭されたユーリは、ずっと笑顔で歌い続けていた。そうしていつしかユーリも涙を流していたが、その美麗なる顔はずっと笑ったままであった。


『じゃ、そろそろしっとり系もかましておくかぁ』


 漆原の提案とともに、『ピース』も披露される。

 そのときばかりはユーリも笑顔を引っ込めていたが――これまで以上の涙をこぼしながら、ユーリはやっぱり幸福そうだった。そして瓜子も一枚のハンカチではどうにもできないぐらい、頬を濡らしてしまったのだった。


 ユーリは決して漫然とこの日を迎えたわけではない。入院中も、時間さえあれば『トライ・アングル』の音源を聴きあさっていたのだ。それに、映像の視聴を許されてからは、《アトミック・ガールズ》の試合映像と並行して『トライ・アングル』のライブ映像も視聴していたのだという話であった。


 もとより自分の音楽的才能というものに懐疑的であったユーリは、『トライ・アングル』の復帰に関しても懸命に力を尽くしていたのだ。

 そんな思いが、今この場で報われた。だから、ユーリも瓜子も涙を流さずにはいられなかったのだった。


(ユーリさんは、もう大丈夫だ)


 ファイターとしても、シンガーとしても、モデルとしても、ユーリはこれまで以上の力でもって復活できる。一年近くに及ぶ雌伏の日々が、ユーリにそれだけの力を与えてくれたのである。

 そんな風に考えると、瓜子の目からはいっそうとめどもなく涙があふれかえってしまったのだった。

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