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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
24th Bout ~Re:boot Of The Pretty Monster~
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03 前半戦

 瓜子のひと言で盛り上がってしまった客席がいくぶん落ち着いたのち、本日の興行が開始された。

 客席の熱狂に後押しされたかのように、プレマッチの第一試合は豪快なKO勝利で幕を閉じる。アマチュア選手によるプレマッチではKO決着が貴重であったので、実に幸先のいいスタートであった。


 次の試合は無難に判定決着で終わり、ここからは本選の開始である。

 第一試合は、小柴選手と若手の実力選手の一戦であった。


「アトム級のベテランファイターも、ほとんど一掃されちゃったもんねー! あかりんも、ついに中堅選手を相手に調整試合かー!」


 瓜子の隣に陣取った灰原選手が、はしゃいだ声をあげる。もちろん逆側の隣に控えているのはユーリであり、そちらもまた期待に輝く瞳でモニターを見つめていた。


 小柴選手は特注の魔法少女ウェアで、花道を闊歩する。公式ウェアと同じ割合で《アトミック・ガールズ》とスポンサーたる《ティガー》のロゴマークがあしらわれた、青と白の試合衣装だ。先日の『NEXT・ROCK FESTIVAL』ではもともとの魔法少女ウェアを使用していたが、今ではこちらのスポーティーな装いのほうが目に馴染んでいるぐらいであった。


 ミニスカートを思わせる腰の飾りをなびかせながら、小柴選手は力強く前進する。コスプレ姿で手には魔法のステッキまで握らされているのに、その中性的な顔は真剣そのものだ。そんなギャップが、小柴選手に新たな魅力を与えたわけであった。


 もちろん重要であるのは、試合内容であったが――そちらも、申し分なかった。相手はめきめき実力をつけてきたという評判の若手選手であったが、小柴選手は卓越した打撃技の技術で序盤からダウンを奪い、さらにマウントポジションからのパウンドで見事にKO勝利を奪取してみせたのである。


『NEXT・ROCK FESTIVAL』から連続で、初回のKO勝利である。なおかつ今回はひと月と少しの猶予期間しかなかったのに、危なげもなく貫禄勝ちだ。サキや犬飼京菜には届かなかったものの、小柴選手も今や立派なトップファイターであった。


 それに続く第二試合は、武中選手と中堅選手の一戦となる。

 中堅選手の筆頭格である奥村選手に勝利したことで、武中選手もまたトップファイターに認められた身であったが、その後には鞠山選手に敗北してしまった。彼女は本当にトップファイターの名に相応しいのかと、今回も中堅の中では奥村選手に次ぐ実力者が当てられたようである。


 しかし武中選手も、初回で相手を下してみせた。勢いのある打撃戦を披露したのち、一瞬の隙をついて両足タックルを決め、やはりパウンドによるKO勝利である。控え室に凱旋してきた武中選手は、満面の笑みであった。


「作戦が、型にハマりました! すぐ灰原さんに追いついてみせますからね!」


「ふふーんだ! せいぜいその日を楽しみにさせていただくよー!」


 灰原選手もまた同じ笑顔で、武中選手とハイタッチを交わす。ユーリはひかえめに、ぺちぺちと拍手をしていた。


 そして第三試合は、沖選手と中堅選手の一戦である。

『アクセル・ロード』の一回戦目で惨敗を喫した沖選手は数ヶ月の休養期間を経て、《フィスト》の四月大会で復帰した。瓜子も格闘技チャンネルの放映で確認させていただいたが、初回から最終ラウンドまで寝技で圧倒しての、判定勝利である。瓜子の見る限り、沖選手は完全に復調したように思われた。


(でも沖選手は、本当に瀬戸際の瀬戸際なんだろうからな)


 沖選手はかつてナンバーワンの日本人選手と称されていたのに、完全に転落してしまった。この二年ほどでユーリに敗れ、沙羅選手に敗れ、多賀崎選手に連敗し、『アクセル・ロード』でも結果を出せず――もともと地味な試合運びであることも相まって、すっかり脇に追いやられてしまったのだ。そしてその間に、ずっとナンバーツーという扱いであった魅々香選手に《アトミック・ガールズ》の王座も奪われてしまったのだった。


 なおかつ沖選手はそろそろ三十代に手がかかるベテランファイターで、腰にも故障を抱えている。多賀崎選手に《フィスト》の王座を奪われた時点で、引退を考えてもおかしくない立場であった。

 しかし沖選手は復調し、《フィスト》の復帰戦を勝利で飾った。

 そしてそれから三ヶ月ぶりとなる本日の試合でも、見事に勝利することができた。果敢に打撃戦を挑みながら、二ラウンド目で得意のグラウンド戦に引きずり込み、チョークスリーパーで相手を眠らせることがかなったのだ。


 やはり沖選手の実力は、本物である。中堅以下の選手に、後れを取ることはないのだ。沖選手の実力が落ちたわけではなく、それに勝利できた選手たちがずばぬけた実力者であったという証拠であった。


「沖選手、おめでとうございますぅ。お見事なチョークスリーパーでありましたぁ」


 ユーリは沖選手とも打ち解けている様子はなかったが、こよなく愛するグラウンド戦で決着がついたことで、武中選手に対するよりも無邪気な笑顔を送りつける。沖選手はちょっと困ったように口もとをほころばせつつ、「ありがとう」と答えていた。


 そして次なるは、オリビア選手と時任選手の一戦であり――そのさなかに、千駄ヶ谷が控え室にやってきた。


「遅い到着になってしまって、申し訳ありません。なんとか復帰のご挨拶に間に合うことができたようで、何よりでありました」


 千駄ヶ谷が控え室にまでやってくるのは、実にひさびさのことである。瓜子はユーリと一緒に背筋をのばすことになってしまった。


「ど、どうもお疲れ様ですぅ。わざわざユーリのために、申し訳ありませぇん」


「いえ。本日のご挨拶は、ユーリ選手の活動復帰の重要な第一歩でありますので。私としても、きわめて重要視しております。……どうやら開会セレモニーにおける猪狩さんのひと言で、ユーリ選手の復帰に対する期待感が跳ねあがったようですね」


「え? ど、どうして千駄ヶ谷さんが、そんなことをご存じなんすか?」


「SNS上で、小さからぬ反響が巻き起こっております。猪狩さんのコメントには、それだけの影響力が付随しておりますので」


 瓜子は思わず首をすくめてしまったが、千駄ヶ谷に説教される事態には至らなかった。


「これが前回の興行などであったなら期待感の無駄遣いという結果に終わってしまったところでありましょうが、本日は挨拶の当日でありますため、むしろ良い影響を生んでくれることでしょう。ユーリ選手、ご挨拶の本番でもどうかぬかりのないように。……それと、体調にお変わりはないでしょうか?」


「はいぃ。今のところは、絶好調でございますぅ」


「それでしたら、何よりです。どうぞそのまま、本番までおくつろぎください」


 それだけ言って、千駄ヶ谷は控え室を出ていった。自分がいたらユーリもくつろげないと自覚しているのなら、大したものである。弛緩したユーリは、そのまま床にまで流れ落ちてしまいそうだった。


「ふやあ。かえすがえすも、千さんがコーチとかじゃなくってよかったにゃあ。こんな緊張感の中では、きっとユーリも試合やお稽古に集中できないよぉ」


「どうでしょうね。案外、鬼コーチとしてはうってつけかもしれませんよ」


「想像するだに、恐ろしいねぇ。……さてさて、試合のほうはどうなったのでありましょう?」


 ユーリが誰にともなく呼びかけると、ウォームアップに励んでいた多賀崎選手が「よくないね」と応じた。


「すっかり時任さんのペースだよ。あのオリビアまでのんびりペースに巻き込むことができるなんて、大したもんだ」


 時任選手はのらくらと試合を進めて、気づけば判定勝利を収めているという、そんな風変わりなファイターであるのだ。後藤田選手も多少ながらそういう資質があり、瓜子はそのペースに巻き込まれないように短期決着を狙った身となるが、時任選手はそののんびりした試合運びこそが一番の本領であるのだった。


 オリビア選手は『日本人キラー』として名高いトップファイターであり、その実力は瓜子も体感している。フルコン空手仕込みの打撃力と突進力は、この階級で随一であるのだ。

 しかし時任選手は、そんなオリビア選手を手玉に取っていた。ステップワークもこれといってキレがあるようには思えないのに、上手い具合にオリビア選手の突進をかわしてしまうのだ。なおかつ、その合間にはぬかりなくテイクダウンを仕掛けて、オリビア選手の突進に歯止めをかけていた。


 時任選手は長期欠場ののち、鞠山選手と小柴選手に連敗したことで、階級を変更した。小柴選手のように階級を落とすのではなく、上の階級にチャレンジしたのだ。減量の負担から脱し、ベストコンディションで試合に臨もうという方針である。そうしてフライ級に上がってからは中堅以下の選手に全勝し、ついにトップファイターたるオリビア選手と対戦したわけだが――時任選手は、ここにきてついに全盛期の強さを取り戻したようであった。


(その強さっていうのが、こののんびりした試合運びだっていうんだから、本当に厄介なお人だよな)


 オリビア選手は、さしてダメージをもらった様子もない。しかしその攻撃はすべて空を切り、時にはテイクダウンも奪われてしまうため、スタミナのロスが著しかった。

 いっぽう時任選手は、今にもにっこりと笑いだしそうな、なごやかな面持ちである。そうしてひょいひょいとステップを踏み、オリビア選手の突進を受け流しつつ、左ジャブやローを当て、時には組み合いやタックルを仕掛ける。軽いスパーでもこなしているような様相で、最終ラウンドに入ってもそのたたずまいに変化はなかった。


 そしてそのまま試合終了のブザーが鳴り響き、結果は3対0で時任選手の判定勝利である。

 控え室に戻ってきたオリビア選手は、なんとか笑顔を作りつつ、それでもやっぱり肩を落としていた。


「また負けちゃいましたー。ちょっと今日は、不甲斐なかったですねー」


 オリビア選手は、この一年ほどですいぶん負けが込んでしまっていた。瓜子とメイに立て続けに敗北してから、しばらく試合を休んだのち、またマリア選手と時任選手に連敗してしまったのだ。一年間で四戦全敗というのは、忸怩たる思いであるはずであった。


「ワタシも階級を変えるべきですかねー。ちょっと本気で考えてみますー」


 それだけ言い残して、オリビア選手は控え室の奥に引っ込んでしまった。

 こればかりは、当人が乗り越えるしかない。来月には赤星道場の合宿稽古も控えているので、瓜子はそちらで力になってあげたかった。


 そして第五試合は、ついにプレスマン陣営の初戦である。

 メイとマキ・フレッシャー選手による、無差別級の一戦だ。

 時任選手の試合でのんびりムードになってしまった客席に、再びの歓声が吹き荒れていた。


 マキ・フレッシャー選手は百六十二センチの背丈に、七十キロというウェイトである。背丈はほどほどであったが、そのぶん肉厚の逞しい体格をしていた。

 プロレスラーであるためか、筋骨隆々という感じではない。ずんぐりとした、いかにもしぶとそうな見てくれだ。そして、派手な金髪と力士のようにごつい顔が、勇ましい印象に拍車をかけていた。


 それと相対するメイは、百五十二センチの背丈に、五十五キロというウェイトになる。瓜子とそっくり同じシルエットの、ちんまりとした体格だ。骨が異様に重くて細いために、数値以上に細く見えてしまうというのが瓜子とメイの特性であった。


 メイもオリビア選手と同様に、あまり試合数をこなしていない。昨年はイリア選手とオリビア選手、それに瓜子とのエキシビションマッチの三戦のみであったし、今年も一月に中堅選手を相手に調整試合で勝利を収めたのみであった。


 メイは《アトミック・ガールズ》に参戦した当初、トップファイターたる亜藤選手と山垣選手を病院送りにしてしまった。それで両選手が長期欠場に追い込まれたため、運営陣から「危険な選手」と見なされてしまったのだ。


 なおかつ、ストロー級は新時代に突入した折となる。前王者のサキはアトム級に転向し、その前の王者のイリア選手は本業に力を入れるために戦線から離脱し、瓜子が新たな王者として君臨している。また、鞠山選手や灰原選手の躍進は目覚ましいものの、《フィスト》の王者であったラウラ選手や時任選手も階級を上げてしまったため、いささかトップファイター不足である事実は否めない。それでいっそう、メイの対戦相手を見つくろうのが難しくなったのだろうと思われた。


(本当に、《アクセル・ジャパン》の話がなかったら、あたしも居たたまれなかっただろうな)


 運営陣がトップファイターの故障を恐れているのは、おそらく瓜子の対戦相手を確保したいという思いもあってのことであるのだ。そうでなければ、後藤田選手あたりと対戦する目もあったのではないかと思われた。

 しかし後藤田選手は瓜子の対戦相手に選ばれて、メイはまた無聊をかこつことになった。亜藤選手や山垣選手も瓜子の相手として温存するために、メイとの再戦が組まれることもなかったのだろう。それで瓜子は亜藤選手とタイトルマッチを行い、メイには無差別級のマキ・フレッシャー選手があてがわれることになったわけであった。


(でも、《アクセル・ジャパン》で結果を出したら、メイさんの念願だった《アクセル・ファイト》との正式契約を目指せるかもしれない。大きな怪我をしないように気をつけながら頑張ってください、メイさん)


 瓜子がそんな風に祈る中、ついに試合が開始された。

 マキ・フレッシャー選手はその頑丈な肉体を活かして、突進する。ドッグ・ジムでMMAの技術を磨いたという彼女も、やはり一番の持ち味はこの突進力であった。


 メイは機敏なステップワークで、その突進を回避する。以前は前後のステップにばかり磨きをかけていたメイも、プレスマン道場において左右のステップにも同じだけの磨きをかけたのだ。

 それでもやはり、瓜子とは異なる足運びである。体格や筋肉量が似ていても、筋肉の質そのものが異なっているのだ。メイの筋肉は遅筋よりも速筋が発達しており、瓜子よりも瞬発力に秀でていた。


 そうしてメイはマキ・フレッシャー選手の突進をいなしながら、時には左ジャブや右ローをヒットさせる。さすがにこの体重差ではさしたるダメージも望めなかったが、メイの硬い手足であればそれなり以上の痛みを与えられているはずであった。


 そうして大きな変化はないまま、一ラウンド目は終了し――試合が動いたのは、二ラウンド目である。試合を再開して一分ほどが経過した頃、メイが思わぬタイミングで片足タックルを繰り出したのだ。


 メイは瓜子よりも、タックルの技術が巧みである。

 しかしマキ・フレッシャー選手も、まさかメイのほうから組み技を仕掛けてくるとは予想していなかったのだろう。両者の体重差は十五キロにも及び、なおかつマキ・フレッシャー選手はもともとプロレスラーである上に、ドッグ・ジムでキャッチ・レスリングの名手たる大和源五郎から寝技の手ほどきを受けている身であったのだ。


 そんな間隙を突いてテイクダウンに成功したメイは、野獣のごとき敏捷さでマキ・フレッシャー選手の腹にまたがった。有無を言わさずにマウントポジションの奪取である。

 マキ・フレッシャー選手は巨体をよじるが、メイは危なげなくポジションをキープする。メイはタックルばかりでなく、寝技の技術も瓜子を上回っているのだ。それを証明するかのように、メイは速射砲のごときパウンドの乱打を披露した。


「うわー、おっかねー! スパーだと、たいていパウンドは禁止だからなー!」


 そんな風に言いながら、灰原選手はメイの勇躍に瞳を輝かせていた。

 メイはプレスマン道場に入門する前から、パウンドとチョークスリーパーの技術を磨きぬいていたのだ。パウンドの回転力と破壊力は、この階級で随一なのではないかと思われた。


 マキ・フレッシャー選手は懸命に頭部をガードしているが、三発に一発はクリーンヒットされている。そして彼女がどれだけ暴れても、メイはポジションを譲らなかった。

 そして、メイの無情な拳がマキ・フレッシャー選手の鼻に叩き込まれて、盛大に血飛沫が飛んだところで、レフェリーが試合終了の宣告をした。


「やったやったぁ」と、ユーリは嬉しそうに手を叩く。

 瓜子も同じ思いでメイの勝利を祝福しつつ、それ以上に無傷で試合を終えられたことに安堵した。瓜子としては、やむにやまれずマッチメイクされた無差別級の試合で《アクセル・ジャパン》に支障が出ることを一番に危惧していたのである。そんな瓜子の懸念を粉々に打ち砕くような、ノーダメージの完全勝利であった。


 メイは静謐なる無表情で、レフェリーに右腕をあげられる。

 すると――鼻のあたりをタオルで押さえたマキ・フレッシャー選手が、横合いから右腕一本でメイの身を抱きかかえた。メイはぎょっとした様子で身をよじったが、マキ・フレッシャー選手は血まみれの笑顔で左手のタオルを振り回し、観客にいっそうの声援を要求する。敗北してなお、マキ・フレッシャー選手の豪快さに変わりはなかった。


「あはは! こいつもけっこー、愉快なやつだね!」


 灰原選手は笑っていたし、ユーリも和やかな面持ちである。

 メイはいくぶん顔を赤くしながら、マキ・フレッシャー選手の頭をぺしぺしと叩いていたが――メイのそんな姿を見ていると、瓜子も胸が温かくなってやまなかった。

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