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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
インターバル

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ライブ観戦

『アクセル・ロード』第六話の放映日から、四日後――十月の最終日曜日である。

《フィスト》十一月大会の一週間前となるその日、瓜子はお台場にあるコンサートホール、『ツェペリ東京』に参じていた。


 目的は、『ワンド・ペイジ』の単独公演を観賞するためである。

 同行するのは、灰原選手、鞠山選手、小柴選手の三名となる。去りし日の『ジャパンロックフェスティバル』のさなかに企画され、実行に至ったイベントであった。


 西岡桔平は無料で招待すると申し出てくれたが、それは丁重にお断りして、自腹でチケットを購入している。『トライ・アングル』の面々もそうして《アトミック・ガールズ》の観戦におもむいてくれているのだから、こちらばかりが優遇されてはならないという判断だ。ただし、チケットの購入は抽選となってしまうため、そこは主催者権限で優先的にチケットを回していただくことに相成った。


「やー、ライブは二ヶ月ぶりだね! ワンドの単独公演は初めてだから、ワクワクしちゃうなー!」


 駐車場から会場に向かうさなか、灰原選手が元気いっぱいの声をあげている。こちらの『ツェペリ東京』は大型商業施設に併設されているため、施設内の駐車場を利用することができたのだ。もちろんここまでの運転を担ってくれたのは鞠山選手であり、ガソリン代と駐車場代は同乗者たちの割り勘であった。


「『ワンド・ペイジ』は、いいですよね。わたしはシングル曲をうっすら知ってるぐらいだったんですけど、『トライ・アングル』のおかげですっかりファンになっちゃいました」


「うんうん! 『ワンド・ペイジ』ってたった三人しかいないのに、すっごい迫力だもんねー!」


「わたいはむしろ、ワンドが自分たちの持ち味を活かしたまま八人編成のユニットを成立させたことに驚いたんだわよ。元来ワンドは、三人で完成されてるバンドなんだわからね」


 そうして他なる面々に『ワンド・ペイジ』を賞賛されるというのは、瓜子にとって胸の内側をくすぐられているような心地であった。瓜子はずいぶん昔から『ワンド・ペイジ』のファンであったのに、姉以外の相手とその熱意を共有した経験がなかったのだ。


 そうして会場が近づくにつれて、あたりが賑やかになってくる。こちらの『ツェペリ東京』は三千人規模の会場で、チケットも満員札止めであったため、開場を待つ人間でごった返していた。


 そんな中、鞠山選手の携帯端末がメッセージの受信音を響かせる。

 そちらに目を通した鞠山選手は、「ふむだわよ」と短い首をうなずかせた。


「みよっぺとぐっちーも到着してるだわね。あんたたちも、挨拶するだわよ」


「あー、あの二人も来てるんだっけ! うり坊にちょっかい出されないように、ガードしないと!」


 これまで数々のイベントで共演してきた『モンキーワンダー』のヴォーカルとベース、定岡美代子と原口千夏である。定岡美代子のほうが『ワンド・ペイジ』の熱烈なフリークであるため、彼女たちもたびたびライブを観戦しているのだという話であった。


 一行は鞠山選手を先頭にして、会場の横合いに回り込んでいく。

 それでほとんど裏手に回り込み、周囲に人気がなくなったあたりに二つの人影がたたずんでいた。ちんまりと小柄な体格をした定岡美代子と、ひょろりと背の高い原口千夏だ。


「あ、花ちゃんさんだぁ。やっほー、こっちだよぉ」


 原口千夏が、細長い手を振ってくる。両名ともに特徴的な髪を帽子で隠蔽し、人目をはばかっていた。身なりは派手なロックファッションだが、会場内ではそれが目立つこともないだろう。


「わあ、うり坊ちゃんもひさしぶりぃ。今日もかわゆいファッションだねぇ」


「いえいえ、とんでもない」と、瓜子は恐縮することになった。瓜子の本日のファッションは、かつてユーリからプレゼントされたキャスケットとスタジアムジャンパー、デニムパンツとスニーカー、『ベイビー・アピール』から成人祝いにプレゼントされた深いネイビーのカーディガン、そして『ワンド・ペイジ』からプレゼントされたグッズTシャツというラインナップであり――瓜子のファッションセンスなどは微塵も加味されていなかったのだった。


「あかりちゃんも、おひさしぶり。あなたは、ええと……灰原さんですよね。先日の『ジャパンロックフェスティバル』は、お疲れ様でした」


 常識人たる定岡美代子は、礼儀正しく灰原選手にも挨拶をしてくれる。いっぽう灰原選手はいつもの調子で、「ひさしぶりー!」と笑顔を返した。


「なんかずいぶん早めの到着になっちゃったよねー! どっかに入って、お茶でもする?」


「あ、いえ。……花ちゃんさん、これを」


 と、定岡美代子が肩に掛けていたトートバッグから奇妙なものを取り出した。長いストラップのついた、パスケース――『トライ・アングル』のスタッフとして働くようになった瓜子には、すっかりお馴染みとなった代物である。


「あれ? それってスタッフ用の、バックステージパスじゃないっすか?」


「答えは、ノーだわよ。これは招待客用のバックステージパスだわね」


「えー? あんただって、普通にチケットを買ってたじゃん! それなのに、どうしてそんなもんが準備されてるのさ?」


「わたいだけじゃないだわよ」


 鞠山選手に目配せを受けた定岡美代子が、同じものを瓜子たちにも配り始めた。


「花ちゃんさんに頼まれて、みなさんの分もお預かりしてたんです。これで裏から入って、楽屋までご挨拶に行けますよ」


「え、マジでー? 魔法老女が、どうしてそんなコネを持ってるのさ!」


「これはわたいじゃなく、『モンキーワンダー』とうり坊のコネクションが合わさった結果だわよ」


「え? 自分が何ですか?」


「どうせうり坊は遠慮するだろうからって、紳士のキッペイ氏がこれをみよっぺたちに託してくれたんだわよ。そもそもうり坊のコネがなかったら、キッペイ氏もそんな配慮はしなかっただろうだわね」


 瓜子が言葉を失っている間に、鞠山選手はさらに裏手へと歩き始めた。


「それじゃあ、ご挨拶に出向くだわよ。手土産はわたいが準備したから、ノープロブレムなんだわよ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 本番前にお時間を取らせるなんて、ご迷惑じゃないっすか?」


「あんたがそういう水臭い性分だから、キッペイ氏はこうして裏で動くことになったんだわよ。あんたは甘えん坊気質のくせに、人に甘えるのが下手くそだわね」


「べ、別に自分は、甘えん坊のつもりはないっすけど……本当に大丈夫なんすか?」


「大丈夫だよぉ」と答えたのは、にこやかに微笑む原口千夏であった。


「あたしらはいっつもこうやって、おたがいに挨拶し合ってるからさぁ。ていうか、うり坊ちゃんだって普段はスタッフとして、本番前も一緒に過ごしてるじゃん」


「でもあれは、『トライ・アングル』のスタッフとしてですし……これは『ワンド・ペイジ』の活動なんだから、きちんと一線を引かないと……」


「あはは。ほんとに甘え下手だねぇ。そういう生真面目なとこともかわゆいなぁ。……そんなうり坊ちゃんがかわゆい笑顔で激励してあげたら、ワンドのみなさんもやる気マックスだよぉ」


 そうして瓜子はまったく判断もつかないまま、関係者用の出入り口を通過することになってしまった。瓜子と同じ不安を抱えているのは、良識派の小柴選手ただひとりである。


「あ、『モンキワンダー』のみなさんに、猪狩さんも。どうもお疲れ様です」


 そうして通路を進んでいくと、見慣れた人物が出迎えてくれた。『ワンド・ペイジ』のマネージャー氏である。


「メンバーのみんなは楽屋でくつろいでますよ。今日は最後まで楽しんでいってください」


 マネージャー氏にもこのたびの一件は通達されているようで、不思議がる様子もない。それで瓜子は、いっそう恐縮することになってしまった。

 そうして楽屋に到着したならば、一同を代表して原口千夏がノックをする。そのドアの向こう側には、まさしく『ワンド・ペイジ』の三名が思い思いにくつろいでいた。


「どうもぉ。かわゆいアマゾネスちゃんたちをご案内しましたよぉ」


「ああ、どうも。みなさん、ご来場ありがとうございます」


 まずは西岡桔平が、いつも通りの穏やかな笑顔を向けてくる。そしてその眼差しは、すぐさま瓜子に向けられてきた。


「猪狩さんも、お疲れ様です。騙し討ちするような真似をして、どうもすみませんでした」


「あ、いえ……こちらこそ、ご迷惑じゃなかったですか?」


「こっちで企んだことなのに、迷惑がる理由はありません」


『ワンド・ペイジ』のメンバーがみんな西岡桔平のような気性であったなら、瓜子もこうまで気後れすることはなかった。瓜子としては、偏屈者の山寺博人と内向的な陣内征生の反応が心配であったのだ。

 果たして、そちらの両名は――かたや、ソファに寝そべったまま身を起こそうともせず、かたや、怒涛の勢いで目を泳がせてしまっていた。


「どうもどうも! ご招待ありがとねー! みんな、調子はばっちりかなー?」


 気後れと無縁な灰原選手が笑顔を振りまくと、やはり西岡桔平だけが「ええ」と応じた。


「良くも悪くもマイペースな人間が集まってるもんで、調子に変わりはありません。ヒロなんて、体調を崩してるほうが気合の入るタイプですからね」


「あはは! 難儀なお人だねー! とにかく今日は、楽しみにしてたからさ! ほらほら、手土産があるならさっさと出しちゃいなよ!」


「やかましいウサ公だわね。……こちらが手土産の、巣鴨庵の塩大福だわよ。糖分とカロリーを補充して、ライブに備えてほしいんだわよ」


 鞠山選手のそんな言葉に、山寺博人がむくりと身を起こした。

 そして陣内征生は、いそいそとお茶の準備を始める。そこにはペットボトルのドリンクばかりでなく、急須と湯沸かしポットまで準備されていたのだ。


「ありがとうございます。よくヒロの好物なんてご存じでしたね」


「それはみよっぺのファン魂だわよ。昔の雑誌のインタビューで、そんなコメントが残されてたそうだわよ」


「よ、余計なことは言わないでいいですってば!」


 定岡美代子が顔を赤くしながら、鞠山選手の腕を引っぱった。

 その間に、陣内征生が手慣れた様子でお茶を入れていく。そして紙コップが九つも並べられていたため、瓜子は慌てることになった。


「あ、ジンさん、どうぞおかまいなく! そんな長居はしませんので!」


「まあまあ」と応じてきたのは、やはり陣内征生ではなく西岡桔平のほうだ。


「そんなことを言わずに、どうぞゆっくりしていってください。開演まで、まだ一時間以上もありますからね。猪狩さんもご存じの通り、俺たちは本番直前までダラダラしてるんで、ヒマを持て余してたんです」


 そうして瓜子たちは、余っていたパイプ椅子に着席することになってしまった。メンバー手ずからお茶まで出されてしまい、恐縮することしきりである。


「猪狩さんも思っていたより元気そうで、何よりです。ユーリさんが渡米して、もうすぐ丸ふた月ですもんね」


「あ、はい。周りのみなさんに支えられて、何とかやってます」


「そーそー! 毎週水曜日は、メイっちょのお部屋で観賞会&お泊まり会だもんねー!」


「へえ、それは楽しそうですね。こっちでも、毎週メンバーが俺の家に集まってますよ。あのチャンネルが観られるのは、俺の家だけだったもんで」


 そう言って、西岡桔平はわずかに身を乗り出した。


「だからみんなで、ユーリさんたちの活躍を見守っています。ユーリさんはもちろん、多賀崎さんもすごかったですね。正直言って、多賀崎さんがロレッタ選手に勝てるとは思っていませんでした」


「ふーん! マコっちゃんは、優勝するもんねーだ!」


「お気を悪くさせたなら、すみません。でも俺はシンガポールの大会も可能な限りチェックしてたんで、ロレッタ選手の強さもわきまえてたんですよ。ロレッタ選手にルォシー選手、イーハン選手にエイミー選手っていうのは、それこそ《アクセル・ファイト》といつ契約してもおかしくないような世界クラスの実力者だと思います」


「だったらそれに勝ったマコっちゃんたちも、世界クラスの選手ってことだね!」


「ええ。まさしくその通りだと思います。ただ、世界クラスの選手同士で潰し合うのが、《アクセル・ファイト》ですからね。ルォシー選手に勝った青田選手が去年の日本大会でアメリア選手に秒殺されたことを考えると……なんだか、ぞっとしてしまいます」


 そんな風に言いながら、西岡桔平はにこりと笑った。


「でも、去年の話は去年の話ですからね。青田選手もそれだけレベルアップしたってことかもしれませんし……何にせよ、多賀崎さんとの試合が楽しみです」


「えー? まさか、青鬼の応援をしてないだろうねー? だったらあたしも、つきあいかたを考えちゃうかなー」


「あはは。面識のない青田選手を応援する理由はないですよ。俺たちが多賀崎さんにプレゼントしたフットマッサージャーがちらっと映ってて、すごく嬉しかったです」


「そーそー! もっとマコっちゃんをピックアップしてほしいよねー! ま、次からの放送に期待かなー!」


 社交家である灰原選手と西岡桔平のおかげで、場は盛り上がっている。

 そんな中、山寺博人は黙々と塩大福を頬張っていた。どうやら本当に好物であったようだ。


「……ヒロさんって、甘党だったんすね。もう一年以上のおつきあいなのに、まったく知りませんでした」


 瓜子がそのように呼びかけると、山寺博人は長い前髪の向こうからにらみつけてきた。


「……誰が甘党だよ。憶測で勝手なこと抜かしてんじゃねえよ」


「え? だって……塩大福がお好きなんでしょう?」


「……俺は、塩が好きなんだよ」


 山寺博人が冗談口を叩いているのかと、瓜子は目を白黒させることになった。

 すると西岡桔平が、すかさずフォローを入れてくれる。


「ヒロはもともと甘いものが苦手で、今でもチョコやケーキなんかは食べようとしません。ただ、塩大福だけは口に合うみたいなんですよね」


「……いちいち余計なことを言うんじゃねえよ」


「誤解は早い内に解消しておかないとな。お前はただでさえ、誤解されやすいんだからさ」


 西岡桔平が父親のような眼差しを送ると、山寺博人は舌打ちをしながら二つ目の塩大福に手をのばした。


「ヒロもずっと、猪狩さんのことを心配してたんですよ。猪狩さんとユーリさんがどれだけ親密であったかは、俺たちもこの目で見届けてましたからね」


「心配なんざしてねえよ。勝手なことばかり抜かしてるんじゃねえ」


 そんな風に言ってから、山寺博人は再び瓜子のことをにらみつけてきた。


「……その面がまえからすると、空元気ではねえみたいだな」


「はい。ご心配くださり、ありがとうございます」


「だから、心配なんざしてねえよ」と、山寺博人は塩大福を投げつけるフォームを取ったが、誰かにストップをかけられる前に自らそれを口に運んだ。

 そんな山寺博人の挙動を見届けてから、西岡桔平は瓜子に向きなおってくる。


「でも、猪狩さんは『アクセル・ロード』の話題でノーコメントでしたね。もしかして、あんまり触れるべきではありませんでしたか?」


 すると、灰原選手が「あはは」と笑いながら、瓜子の肩を抱いてきた。


「うり坊も、そこまでおセンチにはなってないよー! ただ、『アクセル・ロード』については毎週毎週語りたおしてるからね! それにきっと道場でも、話題に出ることが多いだろうからさ! 今日はひさびさに頭を切り替えて、音楽を楽しもうって気分なんだよ!」


「そうですか。猪狩さんは来週試合なのに、わざわざ来てくれたんですもんね。本当に光栄に思っています」


 そう言って、西岡桔平はいっそう穏やかに微笑んだ。


「俺たちは来週もライブなんで、《フィスト》の試合は観にいけないんですが……その後の《アトミック・ガールズ》は、全員で観戦させていただきます。猪狩さんとメイさんの試合も実現するように祈ってますよ」


「はい。ありがとうございます」


 西岡桔平の優しさに包まれて、瓜子は何だか泣きたいような気分であった。

 それに――山寺博人は仏頂面であるし、陣内征生はいまだひと言も口をきいてはいないが、何とはなしに落ち着いた空気が感じられる。彼らも決して瓜子たちの来訪を迷惑がってはおらず、むしろ歓迎してくれているような――そんな風に思えてしまうのだ。


 そうして瓜子は温かい気持ちを授かったのち、その後のライブではまたとない昂揚を授かり――そうして一週間後の試合に向けて、これ以上もなく英気を養うことに相成ったのだった。

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