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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
20th Bout ~Separation autumn -October-~
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04 episode6-1 豪腕のオールラウンダーとヘヴィ・グラップラー

『アクセル・ロード』の第五話は、鬼沢選手の敗北と多賀崎選手の勝利で幕を閉じることになった。

 瓜子にとっては風聞で聞くばかりだが、これでまた日本国内における反響が高まったらしい。一回戦目の第六試合まで終了して、日本陣営が四勝二敗と勝ち越しているのだ。しかも青田ナナと多賀崎選手は優勝候補の一角を下しているために、それがいっそうの熱気を生み出しているようであった。


 かつてロレッタ選手もくさしていた通り、MMAの世界において日本人選手はまだしっかりとした結果を残せていない。日本最強と名高い卯月選手でさえ、一時期は敗戦を繰り返し、そこから脱した現在でも、まだ《アクセル・ファイト》の王座には手が届いていないのだ。


 いわんや女子選手においてをや、それよりも低く見られていた節がある。国内の最大勢力であった《アトミック・ガールズ》が世界標準のルールに改正することを長らく逡巡していたため、これでは世界で通用するはずがない――と、酷評されてしまっていたのだ。


 そんな日本の女子選手たちが、海外のトップファイターを下してみせた。

 そしてこの後には、人気も実力もナンバーワンと見込まれているユーリの出陣が控えているのだ。

 あのピンクの髪をしたモンスターは、シンガポールの強豪選手を相手にどれほどの活躍を見せてくれるのか――日本国内の熱狂には、そんな期待も存分に含まれているようであった。


 そんな風聞にこっそりと胸を熱くしながら、瓜子は日々を過ごすことになり――そうして迎えた、十月の最終水曜日である。

 本日はまた来栖舞に所用ができてしまったそうで、高橋選手も一緒にメイの部屋を目指す。その道中で元気な声をあげていたのは、やはり灰原選手であった。


「さー、いよいよミミーとピンク頭の出番だねー! うり坊とミッチーは、気が気じゃないんじゃないのー?」


「はは。灰原さんは、気楽なものですね」


「ふふーん! こっちはマコっちゃんがセレブ女をやっつけてくれたからねー! あいつは優勝候補だったんだから、これでマコっちゃんも名実ともに優勝候補でしょー!」


 世間で多賀崎選手の評価が急上昇中であるために、灰原選手は心から嬉しそうであった。

 もちろん瓜子も、盟友たる多賀崎選手の勝利を心から嬉しく思っている。しかしやっぱり今日の試合を見届けないことには、乱れる気持ちを抑えることも難しかった。


「にしても、おめーだって試合まで二週間を切ったってのに、気楽なもんだなー」


 と、サキが瓜子の頭を小突いてくる。瓜子は三日前の日曜日で試合の二週間前となり、調整期間に突入したのだった。


「調整期間は稽古量を控えて、むしろ身体は楽なぐらいですからね。心置きなく、ユーリさんを応援するつもりっすよ」


「へん。どうせ試合後のズタボロの状態でも、同じこったろ。来週からは、馬鹿みてーな慌ただしさになりそうなところだなー」


 来週の水曜日には、もう十一月になっている。そして十一月には『アクセル・ロード』の放映が三回と、トーナメントの決勝戦が行われる《アクセル・ファイト》の公式大会が控えており――そしてその合間に、日本では《フィスト》と《アトミック・ガールズ》の十一月大会が開催されるわけであった。


「確かに、目が回るような慌ただしさっすね。でも、十一月の半ばには撮影地獄から解放されるんで、気楽なもんっすよ」


「ふん。そこまで撮影の仕事が詰まってるってことは、年内いっぱいおめーのエロ画像が巷にあふれかえりそうだなー」


「そんな話はどうでもいいですってば! 今は『アクセル・ロード』に集中しましょう!」


 そんな言葉を交わしている間に、メイの部屋に到着した。

 本日も、予約録画は完了している。これが失敗していたならば、大変な騒ぎになってしまいそうなところであった。


 そうしてメイがテレビやチューナーを操作して、『アクセル・ロード』の番組を再生させる。

『アクセル・ロード』もついに六話目で、折り返し地点を過ぎ去った。今日でようやく一回戦目が終了し、来週からは三話にわたって二回戦目と準決勝戦が放映されるというわけであった。


 番組の冒頭は、これまでの放映内容を振り返るダイジェスト映像である。

 六試合の試合結果が順番にお披露目されて、灰原選手に歓声をあげさせる。たとえ時間切れの判定勝負であっても、多賀崎選手の勝利を喜ぶ気持ちに変わりはなかった。


『トーナメントの一回戦目も、ついに今回で終了します! 残る二試合を制するのは、いったいどの選手であるのか! 刮目してお見守りください!』


 運営代表のアダム氏の宣言とともに、画面は試合場に切り替えられる。

 そうしてそちらでは何の前置きもなく魅々香選手とランズ選手のプロフィール画像が表示され、すぐさま入場が開始された。


 スキンヘッドの魅々香選手は、怖いぐらいに張り詰めている。ウェイトを増量した彼女はそげていた頬に若干の肉がついていたが、それでも彫りの深い顔立ちで陰影が濃いため、その迫力はまったく減じていなかった。


 赤コーナー側からは、ランズ選手が入場する。こちらは落ち着いた表情をした、シンガポール陣営でもっとも影の薄い人物だ。これだけ放映を重ねても、彼女はバンタム級のグラップラーで家が裕福であるということぐらいしか、情報は増えていなかった。


 無事にケージインした両名は、レフェリーのもとで向かい合う。

 今回も、体格差が著しい。魅々香選手もフライ級としては規格外の逞しさであったが、ランズ選手はそれよりもひと回りは大きかった。


 ただ、上半身に限って言えば、魅々香選手もそうまで負けていないのかもしれない。魅々香選手は肩幅が広く、腕が長く、広背筋がきわめて発達しているのだ。相手選手は魅々香選手と同程度の上半身をしている上に、身長で五センチばかりもまさっており、下半身もどっしりとしているため、これほど大きく見えるのかもしれなかった。


「身長では負けてても、リーチはほとんど互角だからなー。立ち技に勝負をかけてるタコ女にしてみりゃ、ありがてー限りだろ」


 サキの言う通り、魅々香選手は立ち技で勝負をかけるように指導を受けていた。相手はグラップラーであるというのだから、それが賢明な判断であるのだろう。


 ルール確認が終了すると、両名は両手でグローブをタッチさせて、フェンス際まで下がっていく。

 そうして瓜子たちが見守る中、試合開始のホーンが鳴らされた。


 二人はともにオーソドックスで、ともにクラウチングのスタイルだ。

 それもかなり、前屈の姿勢になっている。テイクダウンを狙うランズ選手とそれを警戒する魅々香選手で、重心の低さを競っているかのようである。


 二人は前後のステップで、間合いを測り合う。

 牽制のジャブも、いくぶんフック気味の軌道であるのが似ているように思えた。ランズ選手のほうが大柄であるということを除けば、双子のようによく似た姿だ。


 おたがいに後の先を取ろうとしているようで、なかなか深く踏み込もうとしない。

 解説席のアダム氏も、『静かな立ち上がりですね』と評していた。


 こちらの『アクセル・ロード』では、途中で敗退した選手にもスカウトのチャンスがあるという。それで、アグレッシブな試合をする選手が多いようであるのだ。

 しかし今回は、魅々香選手もランズ選手も慎重であった。スカウトの目などは気にせずに、おたがい最善を尽くそうとしているのだろう。瓜子には、当然と思える判断だ。


 そこで均衡が崩れたのは、たっぷり二分ほども経過したのちのことである。

 どうやら距離感をつかんだらしい魅々香選手が、猛然と右フックを振るったのだ。

 下からすくいあげるような、魅々香選手らしい豪快な攻撃である。

 それを左腕でブロックした相手は、すぐさま魅々香選手につかみかかろうとした。


 わずかな時間、組み合いの攻防が展開される。しかし、それを継続しようとする相手を突き放して、魅々香選手が距離を取った。

 そして、追いすがってこようとするランズ選手の鼻っ柱に左ジャブを打ち込み、さらに遠ざかる。その姿に、高橋選手が「よし」と声をあげた。


「いつも通りの御堂さんだ。相手の動きも、よく見えてる」


 魅々香選手は普段、無差別級の高橋選手や男子選手に稽古をつけられているのだ。さらに昔日には来栖舞とも手を合わせていたため、自分よりも大柄な人間を相手取るのに手馴れているという評価であった。


 それが正しい評価であると証し立てるかのように、魅々香選手は攻勢に出た。

 近づきすぎず、遠ざかりすぎず、中間距離から踏み込んで、左右のフックをヒットさせる。その合間にはアッパーやボディブロー、それに膝蹴りのフェイントも差し込んで、相手の組みつきを牽制するのも忘れなかった。


 しかし相手も打たれるばかりでなく、きちんと攻撃を返してくる。魅々香選手ほどの迫力はないが、しかしこの体格だ。粗いフォームの攻撃であっても、破壊力はありそうだった。

 それに相手は、少しずつ蹴りも織り交ぜ始めた。

 軌道の低い、足払いのような蹴りである。それでバランスを崩してテイクダウンに繋げようという算段であるのだろう。また、魅々香選手の側からテイクダウンを狙ってくることはなさそうだと踏んだのか、自分がバランスを崩すことは厭わずに、じょじょに蹴りの比率を上げてきた。


「このままだと、迂闊に近づけなくなりそうだなー。立ち技に固執してると、手詰まりになりかねねーぞ」


 サキがそのようにつぶやいたとき、相手のローをバックステップでかわした魅々香選手が勢いよく踏み込んで、ニータップを仕掛けた。

 危うく転びかけたランズ選手は後方にたたらを踏んで、体勢を立て直す。魅々香選手は、そこに低めのボディフックを叩きつけた。


「ふふん。たとえグラップラーでも、タコ女に上を取られたくはねーようだな。ま、このタコ女は柔術も茶帯なんだから、それが当然のこった」


「ああ。御堂さんはオールラウンダーなんだから、それを活かさないとね」


 魅々香選手はスキンヘッドを汗で光らせながら、さらに攻勢に出た。

 今度はタックルのフェイントまで織り交ぜながら、相手に打撃を叩き込んでいく。相手もガードはできていたが、反撃の手は減っていた。


『ミカ・ミドウがリズムをつかんできましたね!』と、アダム氏も声を張り上げている。

 そうして魅々香選手が優勢のまま、第一ラウンドは終了することになった。


「おたがいノーダメージのまま、ラウンドが終わっちゃったッスね。とりあえず、ポイントは取れたんスかね?」


「さて、どーだかな。マスト判定なら確実にこっちのもんだが、こいつはドローもありだからなー。手数が多くてもダメージがゼロなら、ドローをつけられても文句は言えねーや」


 確かにフェンス際で休憩を取るランズ選手は、試合前と変わらぬ落ち着いた面持ちだ。それよりも、魅々香選手のほうが大きく息を乱してしまっていた。


「あのツラを見る限り、相手はスロースターターだ。スタミナの残り具合では、ひっくり返される危険もあるぞ」


「大丈夫だよ。御堂さんだってこの日のために、これまで以上の稽古をつけてきたんだからね」


 高橋選手はそのように言っていたが、瓜子は一抹の不安を覚えてしまっていた。

 番組内でもまったく取り沙汰されていなかったが、魅々香選手はこれが十ヶ月ぶりの試合なのである。魅々香選手は昨年十一月の沙羅選手との対戦で右肘の靭帯を損傷し、長期欠場に追い込まれ――ようやくそれが回復したところで『アクセル・ロード』のオファーを受けて、その後も試合を自粛していたのだった。


 十ヶ月も試合から離れていたならば、試合勘も鈍ってしまうことだろう。

 そして怖いのは、スタミナ配分についてである。どれだけスタミナのある人間でも、それを試合でどのように配分するかは実戦を重ねて覚えるしかない――それが、プレスマン道場における定説であった。


 一ラウンド目にそれほど激しい攻防は見受けられなかったのに、魅々香選手はずいぶん消耗しているように感じられる。

 初めての海外の試合で、人生をかけた大一番という緊張感を抱えて、なおかつ日本人には馴染みのない砂漠気候――そこに試合のブランクまで重ねられたら、尋常でなく消耗させられるはずであった。


「……延長ラウンドまでは、タコ女のスタミナがもたねーだろ。勝負は、次のラウンドだな」


 サキがそのように語る中、第二ラウンドが開始された。

 まずは、第一ラウンドと変わらぬ立ち上がりだ。

 ただ、ランズ選手の手数が復活していた。魅々香選手の組みつきのフェイントを恐れず、また低いローを乱発してきたのだ。


 魅々香選手も果敢に手を返しているが、一分も過ぎた頃には大きく口が開いてしまう。ステップの足取りが鈍り始め、インターバルで拭いたばかりの汗が全身に噴き出していた。


 情勢に、大きな変化は見られない。

 トータルの手数は魅々香選手が上回っているものの、すべてブロックされているために、相手はノーダメージだ。魅々香選手の豪腕も、体格差で無効にされている感が否めなかった。


 必ずどちらかにポイントをつけるマスト方式であるならば、これでも判定勝利を狙えることだろう。

 しかし、ドロー判定が許されているとなると、いささか難しいところであったし――延長ラウンドまでもつれこんだならば、魅々香選手が不利になることは間違いなかった。


 そしてこの場には、尻を叩いてくれるトレーナーもいない。セコンド陣は黙って試合を見守り、残り時間ぐらいしか知らせてくれないのである。

 よって、魅々香選手は自らの意思でアクションを起こした。

 残りわずかなスタミナを振り絞って、これまで以上の攻勢を仕掛けたのだ。


 これまでよりも大きく踏み込んで、これまでよりも強い打撃を放つ。

 ディフェンスよりも、オフェンスを重んじたのだ。


 そうして魅々香選手が接近するたびに、相手は組みつこうとする。

 魅々香選手は、手持ちの技術でそれに対応した。それでますますスタミナは削られてしまうはずだが、魅々香選手は勝利のためにあえて苦しい選択をしたのだ。


 魅々香選手の豪腕は、相手の腕や肩をかすめて、頭部にもヒットしていく。

 それでも相手は怯むことなく、組みついてこようとする。あちらはあちらで打撃のオフェンスを二の次にして、テイクダウンに照準を絞ったようだった。


 見ているこちらが疲れてしまいそうな、消耗戦の様相である。

 そして――魅々香選手の攻撃が、ついにクリーンヒットした。

 大きく踏み込み、全力の拳を振るったことで、相手のガードを突き破り、右のフックをテンプルに叩きつけることがかなったのだった。


 これまではいかなる攻撃にも揺らぐことのなかったランズ選手が、上体を泳がせる。

 すると――魅々香選手がほとんどしがみつくような格好で、相手をマットに押し倒した。

 そこで「えーっ!」と大きな声をあげたのは、灰原選手である。


「どーしてテイクダウンしちゃうのさ! ここは打撃でたたみかける場面でしょ!」


「もうスタミナが限界なんですよ。御堂さんだったら、寝技でもそうまで後れは取らないはずです」


 高橋選手はそのように応じていたが、魅々香選手は相手に覆いかぶさったまま、しばらく動こうとしなかった。

 やはり、スタミナが尽きてしまったのだろう。相手の上にべったりと身を伏せて、岩のような背中を大きく上下させている。体勢は、相手の両足に胴体をはさみこまれた、ガードポジションだ。


「……このポジション、危険。動かないと、相手も回復する」


 メイがそのようにつぶやいた瞬間――ランズ選手が大きく腰を跳ね上げた。

 胴体をはさんでいた両足が、一気に肩口までせりあがる。そしてランズ選手の両腕は、魅々香選手の右腕を――靭帯損傷から回復したばかりの右腕を捕獲していた。


「わー、バカバカ! 早く逃げないと!」


 灰原選手が叫ぶ間に、ランズ選手の右足が魅々香選手の左肩を通過した。

 そして、魅々香選手の首裏で、両足がロックされようとする。両足で頭部と右腕を締め上げる、三角締めである。


 魅々香選手はようよう下半身を持ち上げて、相手の上半身にのしかかった。遠ざかるのではなく圧迫することで、技を無効化しようとしたのだ。

 腰が曲がって窮屈な体勢になったランズ選手はすかさず両足のロックを解除して、左足を魅々香選手の顔の前にねじこもうとする。ユーリも得意とする、三角締めから腕ひしぎへのコンビネーションである。


 柔術の熟練者である魅々香選手であれば、この攻撃も回避できるはずだ。

 しかし、スタミナの欠乏で余力がなかったのか、対処が遅れた。その間隙に、ランズ選手は身をひねって横向きの体勢となり、魅々香選手の身をマットにねじ伏せてみせたのだった。


 魅々香選手の右腕が両足ではさみ込まれて、真っ直ぐにのばされていく。

 それが危険な角度にまでのばされようとした瞬間――魅々香選手はマットを蹴って、後方回転した。相手に腕を拘束されたまま、うつ伏せの体勢となったのだ。

 そして回転のさなかに顔側の足を払いのけ、のばされかけていた右腕を強引に引っこ抜く。それこそ右肘を痛めかねない、乱暴な逃げ方である。


 しかしそれでも、魅々香選手は窮地から脱することができた。

 そしてそのまま、今度は相手の背中に覆いかぶさった。


 ひと回りも大きな相手の背中にへばりつき、胴体に両足を回して、バックマウントの体勢となる。そして、右腕は相手の右脇に差し、左腕は相手の首にからめて、まずはポジションキープに徹した。


 相手は強引に腰を浮かせて、魅々香選手を頭の側から振るい落とそうと試みる。

 しかし魅々香選手は両手をクラッチさせて、なんとか体勢を安定させた。両足は相手の太い腰を一周し、四の字クラッチを完成させている。


 ラウンドの残り時間は、わずか一分だ。

 このままバックポジションをキープできれば、判定勝利を狙えるかもしれない。

 それで危機感を覚えたのか、ランズ選手はいったんマットに膝をつくと、今度は魅々香選手を背負ったまま力ずくで立ち上がった。

 そしてそのまま、手近なフェンスに魅々香選手の背中を叩きつける。

 それでも魅々香選手はおんぶお化けのように張りついて、決して離れようとしなかった。


 ランズ選手は勢いをつけて、今度は背中からマットにダイブする。

 おもいきりマットに叩きつけられながら、それでも魅々香選手は拘束を解かない。そして、左脇に差していた腕を、首のほうに回り込ませた。チョークスリーパーを狙っているのだ。


「チョークは無理だ! パウンドだよ、パウンド!」


 そのように叫んだのは、灰原選手ではなく高橋選手であった。

 まるでその声が聞こえたかのように、魅々香選手が相手の頭を殴りつける。

 するとランズ選手も、背後の魅々香選手へと拳を飛ばした。


 その一撃で、魅々香選手の鼻から血が噴きこぼれる。

 しかし魅々香選手は、さらなる勢いで拳を振るった。

 仰向けの体勢であるために、さしたるダメージは望めないだろう。それでも、豪腕たる魅々香選手のパウンドである。相手はそれから逃げるべく、また力ずくで上体を起こした。


 そして――タイムアップである。

 四の字のクラッチを解除した魅々香選手はマットに大の字になり、自由を得たランズ選手は大きな拳でマットを殴りつけた。


「これ、どーなったんスか? 魅々香さんの勝ちッスかねー?」


「知らねーよ。ジャッジどもに聞きやがれ」


 魅々香選手は最後までバックポジションをキープしたし、最後にはパウンドを打ち込むことができた。《アトミック・ガールズ》であれば、まず間違いなく判定勝ちであろう。


 ただし、《アクセル・ファイト》のジャッジたちがどのような判断基準を持っているのか、瓜子にはわからない。先週の多賀崎選手の試合においても、ジャッジの判定は三者三様であったのだ。


 そうして瓜子たちが息を詰めて見守る中、両選手はレフェリーを中心にして立ち並ぶ。魅々香選手は真っ直ぐ立っていられないぐらい、消耗していた。


 ジャッジの判定は――20対18がひとり、20対19が二人で、魅々香選手の勝利である。

 それが宣告されると同時に、高橋選手は「よしっ!」と自分の膝を叩いた。

 そうしてその頬に、ひと筋だけ涙をこぼしたのだった。


「……まったくさ。あんまりハラハラさせないでほしいよね」


 高橋選手は気恥ずかしそうに笑いながら、頬に伝ったものをぬぐった。

 灰原選手は「あはは」と笑いながら、それよりも大量の涙をこぼしている。いっぽう瓜子は、そんな両名のちょうど中間といったところであった。


 魅々香選手もまた、シンガポールの強豪選手に打ち勝ってみせたのだ。

 これで日本陣営は、五勝二敗――そして最後の一戦は、ピンクの頭をしたモンスターの手にゆだねられることに相成ったのだった。

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