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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
20th Bout ~Separation autumn -October-~
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02 episode5-2 天覇のアウトローと静かなる虎

 両陣営の控え室が映し出された後、画面は試合場に切り替えられた。

 解説席のアダム氏がテンションの高い挨拶をしているさなか、カメラは雛壇の見物人たちの姿をなめ回していく。前半戦で試合をした選手たちは、もちろん勝利した人間だけが残されていた。日本陣営は三名、シンガポール陣営はイーハン選手ただひとりだ。そしてこれは前半戦の翌日であるため、熾烈な打撃戦に臨んだ青田ナナは左目の上に絆創膏を貼っており、口の端もわずかに赤くなっていた。


 さらにカメラが移動していくと、今回もアメリア選手の姿が映し出される。二日連続で観戦とは、熱心なことである。

 そして瓜子は、さらなる驚きに見舞われることになった。

 アメリア選手とは遠く離れた席に、ベリーニャ選手の姿があったのだ。


 この日はユーリも試合をするために、ベリーニャ選手も駆けつけてくれたのだろうか。

 薄手の黒いパーカーにスウェットパンツというラフな格好をしたベリーニャ選手は、背もたれのない雛壇席で背筋を真っ直ぐにして座し、沈着きわまりない眼差しで無人のケージを見つめていた。


『それでは、開戦です! みなさん、最後までお楽しみください!』


 アダム氏の宣言を合図にして、場内に勇壮なる入場曲が流される。

 扉の向こうから鬼沢選手が、その後にヌール選手が現れた。


 本日も、選手紹介などのアナウンスは流されない。ケージインした両名は、速やかに中央のレフェリーのもとへと歩を進めた。


 不敵な笑みをたたえた鬼沢選手は、岩のように逞しい体格をしている。しっかりリカバリーできたようで、計量の際よりもさらに肉厚の体格になっていた。

 いっぽうヌール選手はリミットに二・五キロも足りていないため、計量時とまったく変わりのない姿である。マレー系で浅黒い肌をした彼女は、やはりベリーニャ選手とよく似たしなやかな体格と静謐な表情をあわせ持っていた。


「金髪女は、三キロぐらいはリカバリーしてそうだな。ってことは、体重差は五キロちょいってところか。普通だったら、断然有利なところだが……相性のほうが、どうなるかだなー」


「うんうん! 猪突猛進のストライカーに、沈着冷静なグラップラーって感じだもんねー! ずいぶん正反対の連中をぶつけたもんだよ!」


 灰原選手たちが騒ぐ中、ルール確認は終了する。

 ヌール選手が両手を差し出すと、鬼沢選手はふてぶてしい笑顔のまま、それを片手で引っぱたいた。


 両選手はケージ際まで下がり、甲高いホーンが鳴らされて、試合開始である。

 どちらもオーソドックスであり、鬼沢選手はクラウチング、ヌール選手はアップライトだ。なおかつ、ヌール選手は両手を胸の高さで構えていた。


「あら、顔面をガードしないんスねー。それに、グラップラーがアップライトって、珍しくないッスか?」


「ふん。ひと昔前のジルベルト柔術の連中には、こういうスタイルも多かったけどな。……どうもこのマレー女は、そういう匂いがプンプンしやがるぜ」


 そういう匂いとは、どういう匂いであるのか――瓜子がそれを問い質す前に、鬼沢選手が突進した。

 しかしそれは、ヌール選手の関節蹴りによって食い止められる。膝を正面から蹴られた鬼沢選手は、いくぶん警戒した様子でいったん引き下がった。


 ヌール選手は同じ構えのまま、ステップではなくすり足で前後に移動している。

 これが柔術家らしい動きであるのかはわからないが、武道家らしい動きであることに間違いはなかった。


 鬼沢選手は、あらためて突進する。

 今度は左右の拳を振りながらの突進だ。その踏み込みの鋭さは、なかなかのものであった。


 が、ヌール選手は相手の腹を押すような前蹴りでその突進を食い止めたのち、するりと横合いに逃げてしまう。

 突進をいなされた鬼沢選手は、憤然とそちらに向きなおった。

 これは、闘牛とマタドールのような様相だ。体重で劣るヌール選手には、もっとも適したスタイルであるのだろう。


 しかし鬼沢選手も、『アクセル・ロード』に招聘されるだけの実力者である。愚直な突進が通用しないと判断すると、今度は頭を振りながらじわじわと間合いを詰め始めた。


 相手の組みつきに対しても、十分に警戒できているようである。左右の拳を細かく振るい、その中にアッパーも織り交ぜている。そうしてじっくりと距離を詰めてから、一気に踏み込んで攻勢に出ようという算段であるようだ。


 ヌール選手はあくまですり足であるため、大きく距離を取ることはできない。

 しかし、こちらもこちらでゆったりと後ずさりつつ、慎重に間合いやタイミングを測っている様子だ。その沈着さが、不気味でならなかった。


 ヌール選手が関節蹴りを繰り出すと、鬼沢選手はバックステップでかわしつつ、すぐにまた同じだけ前進する。過去の試合映像では勢いまかせ一辺倒であるように感じられた鬼沢選手であるが、このように落ち着いた戦い方もできるのだ。


 そして――試合は急展開を迎えた。

 希望通りに距離を詰めた鬼沢選手が、これまでの落ち着きをかなぐり捨てたかのように大きく踏み込んで、右のフックを振り回し――それをかいくぐったヌール選手が、絵に描いたように美しい両足タックルを決めてみせたのである。


 それは一秒にも満たない、瞬時の攻防の結果であった。

 そしてそれが、試合の行方を決定づけたのだ。


 マットに押し倒された鬼沢選手は物凄い勢いでもがいたが、その勢いに乗るような格好で、ヌール選手は下半身を横合いに逃がした。そうしてサイドポジションを確保したならば、袈裟固めの形を取って、鬼沢選手の顔面に鉄槌を落とす。


 鬼沢選手はさらにもがいて、ヌール選手の抑え込みから逃げようとした。

 袈裟固めというのはそれほど安定した形ではないし、五キロの体重差があるならば、十分に跳ね返せそうなものであったが――ヌール選手は、微動だにしなかった。いや、鬼沢選手の動きに合わせて的確にバランスを取っているため、まったく重心がずれなかったのだった。


 そうして鬼沢選手が暴れている間に、ヌール選手は手を進めた。

 鬼沢選手の左腕を、両足ではさみ込んだのだ。

 袈裟固めの体勢であるために、鬼沢選手の右腕はヌール選手の背中の側に追いやられている。つまり、鬼沢選手の顔面は、完全に無防備な状態でヌール選手の前にさらされていた。


 ヌール選手は左腕で相手の首を抱えたまま、右の鉄槌を顔面に振り下ろす。

 体勢的に拳を当てることは難しいため、拳の側面を使う鉄槌しか出しようがないのだ。

 硬さの足りない拳の側面では、通常のパウンドほどのダメージは望めない。

 しかし標的が無防備であれば、威力も倍増であろう。いっさいの防御が許されない鬼沢選手の顔面に、規則正しいリズムで何発もの鉄槌が落とされた。


 その間も、鬼沢選手の下半身は狂ったように暴れている。

 しかし上半身はべったりとマットに固定され、無慈悲な鉄槌をくらうがままであった。


 その回数が十発を数えると、鬼沢選手の目尻が裂けて、鼻からは血が噴きこぼれる。

 そしてさらに五発の攻撃が重ねられたところで、レフェリーがストップをかけた。


 ヌール選手は何事もなかったかのように立ち上がり、鬼沢選手に向かって一礼する。

 仰向けで寝そべった鬼沢選手は、顔面が血みどろである。そしてスタミナも使いきってしまったのか、しばらくは立ち上がることもできなかった。


 一ラウンド、二分五十二秒、グラウンド・パンチによるTKO勝利だ。

 レフェリーに腕を掲げられても、ヌール選手はやはり沈着な面持ちのままであった。


「ふん。こいつはまさしく、《アクセル・ファイト》創生期のジルベルト柔術そのまんまのスタイルだったなー。このマレー女は、今回のコーチと死ぬほど相性がよかったんだろーぜ」


「ふーん。でも、そんなスタイルはもう研究され尽くしてるんじゃないの?」


「こうまで徹底されたら、一周まわって斬新だろ。そもそもこのスタイルは、距離とタイミングのつかみ方がキモなんだからな。真似しようと思って真似できるようなスタイルでもねーんだよ」


「うん。ある意味では、サキ、似たスタイルだと思う。サキ、打撃技で、柔術家は、タックル。その違い、あるだけ」


「そーゆーこった。ま、今回は相手の寝技がザルだったから、古式ゆかしいスタイルで対応したってこったろ。きっとこのマレー女は、まだまだ引き出しを隠してやがるぞ」


 つまり、ヌール選手はさらなる引き出しを温存したまま、鬼沢選手を完封したということだ。

 あらためて、瓜子は『アクセル・ロード』に招聘された選手のレベルの高さを思い知らされた心地であった。


 そうして試合が終了したならば、敗者のインタビューである。

 トレーニングルームに移された鬼沢選手は顔中を真っ赤に腫らして、目尻にテーピングされた状態で、ぽろぽろと涙を流してしまっていた。


『悔しかよ……それ以外、何ば言やあよかばい……』


 はからずも、鬼沢選手が繊細な気性をしていることがあらわにされてしまった。

 そして、男のように厳つい顔で、顔中にひどいダメージを受けた鬼沢選手に、そんな姿を見せつけられてしまうと――かつて彼女に悪態をつかれた瓜子も、胸が痛んでならなかったのだった。


「これで日本陣営の、三勝二敗かー! でも、次でマコっちゃんが勝ち星を積んでくれるからね!」


 そんな風にわめきながら、灰原選手が瓜子の肩に腕を回してきた。

 その腕が細かく震えながら、瓜子の首をぎゅっと圧迫してくる。瓜子はその腕を振り払うことなく、画面に集中することにした。


 画面には、多賀崎選手とロレッタ選手のプロフィール画像が表示されている。ウェイトはもちろん、身長やリーチもロレッタ選手が十センチ近くもまさっている数値だ。

 そののちに、多賀崎選手の入場のさまが映し出される。

 青地のハーフトップにファイトショーツという試合衣装を纏った多賀崎選手は、張り詰めた面持ちで花道を進んでいた。


 そして赤コーナー陣営からは、ロレッタ選手の入場だ。

 こちらは赤地のハーフトップにファイトショーツで、多賀崎選手よりもさらに逞しい体格をしている。後染めと思しきブロンドヘアはコーンロウで、剥き出しの白い顔には余裕しゃくしゃくの表情がたたえられていた。


 そうしてケージの中で向かい合ってみると――計量の際よりも、体格差が顕著になっていた。やはりロレッタ選手も、しっかりリカバリーしているのだ。

 こちらには専属のトレーナーも栄養士もシェフも同伴できないはずだが、コンディションの管理にぬかりはないらしい。多賀崎選手よりもひと回りは大きいその肉体はみっちりと張り詰めており、肌つやも申し分なかった。


「こいつは、五キロばかりもリカバリーしてそうだなー。こんな場所に軟禁生活で、よくやるもんだぜ」


「この合宿所では、自分で減量とリカバリーの管理をしなくちゃいけないんスよね? それで五キロのリカバリーなんて、可能なんスか? あたしには、絶対ムリッスよ!」


「へん。おおかた専属のトレーナーやら栄養士やらが、事前に計画を立ててくれたんだろーよ。それできっちり仕上げられるのは、マニュアル人間の特権だろーぜ」


 確かにこのロレッタ選手というのは、ずいぶん綺麗な戦い方をするファイターであるようなのだ。瓜子もコーチ陣がかき集めてくれた過去の試合映像を二試合ほど拝見したのみであるのだが――なんというか、すべての動きが理路整然としているように感じられたのだった。


 きっと彼女はMMAというものを研究し尽くして、勝つための最適解を身につけようと腐心しているのだろう。そのファイトスタイルも、北米で主流であるというボクシング&レスリングそのものであった。


(ただ、王道を極めた選手は強いからな。……頑張ってください、多賀崎選手)


 張り詰めた面持ちの多賀崎選手と自信に満ちあふれた面持ちのロレッタ選手が、おたがいに両手でグローブをタッチさせる。

 そうして両者はフェンス際まで下がり、試合開始のホーンが鳴らされた。


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