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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
20th Bout ~Separation autumn -October-~
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ACT.3 Accel road -Ⅲ- 01 episode5-1 筋肉量の考察

《フィスト》のアマチュア大会の、三日後――十月の第三水曜日である。

 今日も今日とて、瓜子たちはメイの部屋に集結することになった。


 高橋選手は来栖舞のお宅にお邪魔するとのことで、瓜子、サキ、蝉川日和、灰原選手という、もとの顔ぶれだ。その中でもっとも気合の入った顔をしているのは、もちろん灰原選手であった、


『アクセル・ロード』の第五回の放送となる本日、試合模様がお披露目されるのは、鬼沢選手と多賀崎選手であったのだ。

 しかも多賀崎選手の相手は、優勝候補の一角たるロレッタ選手となる。これは多賀崎選手にとって生涯最大の強敵であるのかもしれないのだから、灰原選手が奮起するのも当然のところであった。


「ま、こいつはどう考えてもアメリカ女を優遇するためのマッチアップだろーからな。せいぜい運営どもの鼻をあかせるように気張るこった」


 サキはそんな言葉で、遠きラスベガスの多賀崎選手にエールを送っていた。

 画面上では、日本陣営のトレーニング風景が映し出されている。最初にピックアップされたのは鬼沢選手で、彼女はスタンドで防御に徹する魅々香選手に打撃を当てようというトレーニングに励んでいた。


『鬼沢さんの対戦相手であるヌール選手は、柔術の大会でも好成績を残している名うてのグラップラーです。おそらくこちらがストライカーだということはわきまえているでしょうから、早い段階でテイクダウンを狙ってくるでしょう。それを回避しながら打撃を当てて、自分のペースをつかむことが肝要です』


 卯月選手は、そのような助言を与えている。

 であれば、トレーニングパートナーに相応しいのは、ステップワークの巧みな沙羅選手であるように思えるが――おそらく、前半戦で負けた選手は画面に出せないため、あらかじめ後半戦の選手のみで構成されているのだろう。こちらの映像などは、もはやひと月ばかりも前に撮影されたものであるはずであった。


『グラップラーやろうが何やろうが、相手はフライ級のちびすけやけんな。うちんパワーで押し潰しちゃるばい』


 トレーニングのインターバルで、鬼沢選手はそのように語っていた。金色の髪を男のように短くした、ふてぶてしい面がまえだ。彼女は意外に繊細な気質であろうと高橋選手は語っていたが、少なくとも画面上からはそのような気配も感じられなかった。


『鬼沢さんは天覇館のワンデイトーナメントで優勝できるぐらいのスタミナをお持ちですので、初回から積極的に攻め込むべきでしょう。スタンドでたたみかけることができれば、ペースを握れるかと思います。……ただし、相手の組み技と寝技は要注意ですね』


 単独のインタビューでは、卯月選手もそのように語っていた。

 そして次なるは、多賀崎選手の出番である。多賀崎選手はグラップリングのトレーニングに励んでおり、そのパートナーはユーリであったため、瓜子は灰原選手と一緒に身を乗り出すことになってしまった。


『お二人が対戦するのは、どちらも質の高いオールラウンダーです。そして、スタンドにおいては多賀崎さんもユーリさんもやや不利な面があるでしょうから、グラウンド戦で勝負を仕掛けるべきだと思われます』


 卯月選手にそんな言葉を投げかけられながら、二人は熱のこもったスパーリングに取り組んでいる。最初は多賀崎選手が上を取っていたが、やがてユーリが上を取り返し、嬉々とした様子でサブミッションを仕掛けていた。


 稽古に取り組んでいる際のユーリは本当に楽しそうで、気力をみなぎらせている。それで瓜子も、心に温もりを補充することがかなった。


『ただ問題は、いかにしてテイクダウンを奪うかです。ロレッタ選手もエイミー選手もオールラウンダーであるからには、テイクダウンのディフェンスにも長けていることでしょう。スタンドでも決して受け身にならず、自らアグレッシブに攻めて、相手の隙を誘うことが肝要です』


 インターバルの場面になり、多賀崎選手は真剣な面持ちで『はい』と応じ、ユーリは笑顔で『はーい!』と手を上げる。


『また、お二人はウェイトもリミットに達していないために、フィジカル面の不利も否めないところですが……多賀崎さんは持ち前のレスリング力、ユーリさんは打撃技の破壊力で対抗するしかありません』


『あたしのレスリングが、シンガポールのトップファイターに通用しますか?』


『はい。ただし、正面からぶつかるのは得策ではありません。パワーではなく、技術とタイミングで勝負するのです。多賀崎さんに関しては、立ち技でも組み技でも寝技でも同じことが言えます。すべての場面で相手のパワーを受け流すことができれば、きっと勝機をつかめるでしょう』


 なんだか卯月選手のアドバイスも、これまで以上に懇切丁寧であるように感じられたが――よくよく考えると、これまでの選手の中で従順な姿勢を見せていたのは、沖選手ひとりであったのだ。それ以外の選手とは、会話のキャッチボールが上手くいっていなかったのだろうと思われた。


『ではでは、ユーリはいかがでありましょう? スタンドでばんばか攻めこんじゃってかまわないのでしょうか?』


『はい。ユーリさんの打撃技は、ガードされてもダメージを与えることが可能です。まずはユーリさんの破壊力を、相手の身体と心に刻みつけてあげてください。そうすれば相手に怯む場面が多くなり、テイクダウンのチャンスも生まれるかと思われます』


 すると、画面の外から『へえ』という人を食ったような声が聞こえてきた。

 カメラが移動して、ふてぶてしく笑う鬼沢選手の姿が映し出される。


『そいつん攻撃に、そげん破壊力があるとかね。あんた、そいつば買いかぶっとーんやなかと?』


『いえ。ユーリさんの打撃技は命中の精度が低いものの、破壊力そのものはずば抜けています。このウェイトとしては、規格外のフィジカルであるはずですよ』


『そげん贅肉ん塊が、そげんパワーば出しぇるもんかねえ』


 鬼沢選手の挑発的な物言いに、灰原選手が「何こいつ?」と眉を吊り上げた。


「こいつだって、ずっと同じ場所でトレーニングをしてたんでしょ? スパーでやりあってたら、ピンク頭の馬鹿力は体感できるはずじゃん!」


「この金髪女はディフェンスがお粗末だから、乳牛との立ち技スパーを禁止されてたのかもな。下手こくと、乳牛の怪力にぶっ壊されちまうだろーしよ」


 しなやかな肩をすくめながら、サキがそのように応じる。


「あるいは……こいつも、台本かもな」


「台本? こんな挑発に、なんの意味があるっての? こいつとピンク頭が試合をするわけでもないのにさ!」


「いいから、黙って見てろよ。いよいよ台本っぽい流れになってきやがったぜ」


 サキに言われるまでもなく、瓜子はずっと画面上の動きを追っている。そちらでは、卯月選手が体重計を持ち出したところであった。


『こちらの体重計には、体組成を計測する機能も備えられています。ユーリさん、これで計測をお願いできますか?』


『はーい。……でもでも、世界中の方々に平常体重を知られてしまうというのは、ちょっぴり気恥ずかしいところでありますねぇ』


 ユーリはのほほんと笑いながら、その体重計に足を乗せた。

 現在のユーリは、長袖のラッシュガードにロングスパッツという姿であったが――ウェイトは、五十八・七キロだ。日本を出る前とほとんど変わらない、予定通りの数値であった。


 そしてその後に、さまざまな体組成の数値が表示されていく。

 骨量は、二・二キロ。

 体水分率は、四十九パーセント。稽古で汗をかいたためか、少なめの数値だ。

 そして、体脂肪率は八パーセントであり――筋肉量は、五十一・八キロであった。


『ご覧の通りです。たとえアスリートでも女性で体脂肪率が八パーセントというのは驚異的ですし、この体重でこの筋肉量というのも規格外であるように思えます。体脂肪が少なすぎて、いささか心配になるほどですね』


 すると、サキが「ははん」と鼻を鳴らした。


「こいつは安物の体組成計だなー。脂肪と骨の重さを除いた分を、まるまる筋肉だと見なしてるだけのこった」


「んー? どーゆーことッスか? この数値は、信用できないってことッスか?」


「信用できねーってより、雑な数値ってこったな。ま、こういう計測法のほうが乳牛の化け物っぷりを説明するのに都合がいいってこったろ」


 サキがそのように語る中、画面上の卯月選手もさらに言葉を重ねていた。


『たとえば、バンタム級で活躍するシンガポールのトップファイターであれば、計量の後におおよそ五キロはリカバリーしていることでしょう。そうすると、試合時の体重はおよそ六十六キロということになります。五十八・七キロのユーリさんとは、七・三キロの体重差が生じるというわけですね』


『ふん。普通に考えりゃあ、致命的な体重差やね』


『そうですね。しかし……たとえ女性アスリートでも、体脂肪率は十九パーセントていどを保持するのが望ましいとされています。女性は体脂肪率が十七パーセントを下回ると健康を損なう恐れがあるため、そのていどの数値に留められるわけですね。体重が六十六キロで、体脂肪率が十九パーセントであれば、脂肪分の重さは十二・五キロていどとなります。それで骨の重さを二・二キロだと仮定すると――それを除いた重量は、五十一・三キロという結果になります』


『だったら、桃園のほうが五百グラムも筋肉量が多いってことになるんですか。それはちょっと、びっくりするような結果ですね』


 多賀崎選手が心底から感心したような面持ちで相槌を打つと、卯月選手は『その通りです』と首肯した。


『ユーリさんは現在のウェイトでも、バンタム級の選手に負けない筋肉量をお持ちです。さらにユーリさんはもっとも理想的なフォームを身につけることで、打撃技の威力を最大限に引き上げています。以上のことから、ユーリさんは規格外の破壊力を――おそらくは、この合宿所に集った十六名の中で最大の破壊力を有するファイターであると推測されます。ある特定の蹴り技に限っては、宇留間さんも決して引けは取らないでしょうけれども』


『はん。そげん数字ば並べられても、うちにはピンとこんね。ま、試合ん結果で判断させていただくばい』


 鬼沢選手は分厚い肩をすくめて立ち去っていき、画面は卯月選手の単独インタビューに切り替えられた。


『世間ではユーリさんの実力を疑う声が高まっているようですが、彼女は筋肉が筋肉に見えないという特異体質であるだけのことです。彼女はシンガポールの選手に負けないフィジカルを有していますし、寝技の技術などは世界クラスであるため、きっと確かな結果を残せることでしょう』


「決まりだな。乳牛が勝っても八百長呼ばわりされねーように、予防線を張ってるんだよ。さっきの金髪女も、運営どもの指示で難癖をつけたんだろーぜ」


「番組作りって、大変なんすね。ユーリさんの実力なんて、試合を見せれば一目瞭然だと思うんすけど」


「その試合を最終日に設定しちまったもんだから、今の内に少しでも鎮火させようとしてんだろ。モタモタしてる間に視聴率が下がっちまったら、致命的だからなー」


 そうして最後には、魅々香選手が多賀崎選手の組み技を回避しながら打撃を当てるというトレーニング風景がお披露目される。魅々香選手の相手もグラップラーであるため、組み合いには応じずスタンドで勝負をかけるという作戦であるようだ。


『あちらのコーチはジョアンですので、グラウンドで上を取っても決して油断できません。であれば、スタンドで勝負をかけましょう。御堂さんはKOパワーをお持ちですので、たとえフィジカルで不利であっても勝機をつかめるはずです』


 日本陣営のトレーニング風景はそこまでで、次はシンガポール陣営の出番となる。

 まるでこちらの手の内を見切っているかのように、鬼沢選手や魅々香選手と対戦する両名はテイクダウンを奪う稽古、ユーリや多賀崎選手と対戦する両名は打撃技で攻め込む稽古を申しつけられていた。


『イツキ・オニザワはスタンドの打撃技がパワフルだが、寝技の技術はきわめて低い。グラウンド戦に持ち込めば、こちらの勝利は揺るがないだろう』


『マコト・タガサキは、なかなか質の高いオールラウンダーであるように思える。しかしこちらのロレッタ・ヨークは、パワーでもテクニックでもすべての面で上回っている。油断さえなければ、どのような場面でも圧倒できるはずだ』


『ミカ・ミドウもまた、個々の技術が優れている。スタンド戦では、こちらがやや不利かもしれない。しかしこちらはフィジカルでまさっているので、スタンド戦を上手くしのぎ、グラウンドで勝負をかけようと思う』


『ユーリ・モモゾノは……きわめて個性的なファイターだ。彼女はストロングポイントとウィークポイントが複雑に混じり合っているため、対処するのが非常に難しい。しかし総合力ではエイミー・アマドも負けていないので、立ち技でも組み技でも寝技でも相手のウィークポイントを突けるように、万全の状態を目指したく思う』


 さしものジョアン選手も、ユーリの対策には手を焼いているようである。彼はベリーニャ選手のセコンドとして、ユーリの底力をその目に焼きつけられているはずであるのだ。

 なおかつユーリはベリーニャ選手と対戦してからの二年間で、さらなる成長を果たしている。それは、あのベリーニャ選手がまだ勝てないと言い放っていた赤星弥生子に勝利できたほどの成長であるのだ。ジョアン選手がそういった情勢を把握できているのなら、ユーリに対して最大限の注意を払っているはずであった。


 そうして画面上では日が変わり、計量のシーンが映し出される。

 そこでピックアップされたのは、もちろんユーリである。ユーリはこのシーンに備えて、お気に入りの水着を準備していたのだった。


 その中で最初にお披露目されたのは、白地にピンクで縁取りがされたタイサイド・ビキニである。

 そのわずかな布地に包まれたユーリの肢体は眩しいぐらいに白く、そしてウェイトを絞っているために、いっそう曲線美が際立っていた。


 しかし、瓜子にとって重要であるのは、ウェイトの数値だ。

 意気揚々と体重計に乗ったユーリの数値は、百二十七・八ポンド――五十七・九キロという結果であった。


「よし。計画通りの数値だな」


 サキは低い声で、そのようにつぶやいている。

 ただし、他の選手はおおよそ六十一キロぎりぎりのリミットで、ウェイトを増やしすぎないように調整しているという多賀崎選手でも、五十九キロという数値であった。ユーリは『アクセル・ロード』に参戦した十六名の中で、最軽量の選手となってしまったのだ。


「ま、ピンク頭は筋肉が多いって話なんだから、問題ないっしょ! マコっちゃんとぶつかるまでは、負けっこないさ!」


「それに、二番目に軽いのはシンガポールの選手なんスね」


 蝉川日和の言う通り、多賀崎選手よりも軽い選手が一名だけ存在した。鬼沢選手と対戦する、ヌール選手である。彼女はまったく無駄肉のないしなやかな身体つきをしており、ウェイトは百二十九ポンド、五十八・五キロという数値であった。


 ともあれ――今回も、計量で引っかかる選手はいなかった。

 きっと誰もがベストコンディションで、試合に臨むことになるのだろう。バンタム級である四名などは計量のために水抜きをしたようで、全員が研ぎ澄まされた肉体をしていた。


 そうして画面は暗転し、各陣営の控え室が映し出される。

 ユーリと多賀崎選手はストレッチ、鬼沢選手と魅々香選手は別々の場所でシャドーに励んでいる。全員が『アクセル・ロード』のロゴが入った青い試合衣装で、瓜子は今さらながらに胸が高鳴ってしまった。


(……でも、ユーリさんと魅々香選手の試合は、来週なんだよな)


 そんな風に考えると、瓜子はいっそうやきもきしてしまう。瓜子の《フィスト》での試合がそれよりも後であるのは、何より幸いな話であるかもしれなかった。

 もっともその頃には二回戦目以降のカードが発表されて、またやきもきさせられることになるのであろうが――何にせよ、瓜子としてはユーリたちの勝利を祈るしかなかったのだった。

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