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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
20th Bout ~Separation autumn -October-~
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04 episode4-2 最後の試合と今後の試合

 宇留間選手の恐るべきKO劇が終了した後は、敗北したシンイー選手のインタビューである。

 ただそれは、明らかに別日の収録であり――なおかつ彼女は、顔面と左腕に包帯を巻かれた痛々しい姿で、白いベッドに半身を起こしていた。宇留間選手の暴虐にさらされた彼女は、鼻骨と左前腕の尺骨を砕かれてしまったそうなのだ。


『彼女は、モンスターです。わたしは檻の中で、猛獣と対戦させられたような心地でした。彼女には、いかなる常識も通用しません。他の選手は、いったいどのようにしてあのモンスターに立ち向かうのか……わたしはそれを見届けてから、自分の去就を定めたく思います。今はまだ、悪夢の中をさまよっているような心地であるのです』


 それは何だか、不幸な災害に見舞われた被災者のコメントであるかのようだった。

 まあ宇留間選手というのは、人間の形をした災害のようなものであるのだろう。彼女は正義のヒーローを気取り、大怪獣たる赤星弥生子を退治したいなどと息巻いていたものであるが――瓜子としては、まったく正反対の気持ちであった。


(でも、宇留間選手と対戦するのは弥生子さんじゃなく、ユーリさんたちなんだ。……ていうか、ユーリさんはこれから一回戦目の試合に挑むんだから、宇留間選手との対戦を心配するのはその後だ)


 そしてさらに、その前に行われるのは沙羅選手とユーシー選手の一戦である。

 シンイー選手のインタビューが終了すると、速やかに両選手のプロフィール画像が紹介された。


 身長もリーチも、ほぼ互角の両選手である。

 ただ肉体の逞しさは、ユーシー選手のほうがわずかに上回っているように感じられる。骨格の作りが、違っているのだ。


「こいつら、中華系なんでしょ? それなのに、どうして日本人と体格が違うのかなー?」


「それだけ体格に恵まれたやつが、MMAに集まってるってこったろ。日本で体格に恵まれたやつは、柔道やらレスリングやらに流れてるんだろーぜ」


「それに、食生活や生活習慣、あるいは遺伝的にも、差異があるかもしれない。日本より、中国や韓国、フィジカルの強い選手、多いように思う」


 灰原選手たちが語らう中、沙羅選手が意気揚々と入場し始めた。

 右半分だけを金色に染めあげたセミロングの髪は、今日もきっちりコーンロウのスタイルに結いあげられている。これまでにもシンガポール陣営にそういったヘアスタイルをしている選手は見受けられたので、きっと試合の日にはヘアメイクの要員が招集されるのだろう。小麦色の肌で、女性らしさと力強さの同居するプロポーションをした沙羅選手は、やはりこの前半戦で登場した八名の中で誰よりも華やかな印象であった。


 いっぽうユーシー選手も、ふてぶてしい面持ちで入場する。どちらの陣営でも指折りで不敵な気性をした選手同士の対戦となったのだ。宇留間選手がものすごい試合を見せたせいか、会場にはこれまで以上の熱気がたちこめているように感じられた。


 そうしてルール確認を終えたならば、すぐさま試合の開始である。

 沙羅選手はサウスポーのアップライト、ユーシー選手はオーソドックスのクラウチングで、青田ナナとルォシー選手を入れ替えたような対峙のさまだ。

 ただし空手出身の沙羅選手は、スイッチを得意にしている。それで序盤から頻繁に構えを切り替えて、相手を攪乱しようとしていた。


 ユーシー選手はジャブを振りつつ、テイクダウンのチャンスをうかがっているように見受けられる。彼女はストライカーであると紹介されていたが、トレーニングのシーンではずっとタックルの稽古をしていたのだ。たとえストライカーであっても、組み技を苦手にしているわけではないようであった。


(でも沙羅選手は、本当にレベルの高いオールラウンダーだからな)


 沙羅選手がどれだけ実力をのばしたかは、ここ最近の試合模様と出稽古のスパーリングで、瓜子も思い知らされている。彼女はドッグ・ジムに入門したことで、いっそうスタイルの幅が広がったようであるのだ。

 現在の沙羅選手はサウスポーでもオーソドックスでも、アップライトでもクラウチングでも、変幻自在に試合を進められるようになっている。そこで大きな鍵となっているのは、おそらくステップだ。彼女はジークンドーや古式ムエタイの足さばきを学ぶことで、犬飼京菜ともまた異なる厄介なステップワークを体得できたようであった。


 そもそも沙羅選手は、犬飼京菜のようにトリッキーな技を使おうとはしない。きっとジークンドーや古式ムエタイの技というのは、そんな一朝一夕に体得できるものではないのだろう。あれは犬飼京菜が幼い頃から猛稽古を積んできた成果であったのだ。

 だからおそらく沙羅選手は、ステップに焦点を絞って稽古を積んだのではないかと思われた。それが独特のリズムを生み出して、他の選手とは異なる個性として発露しつつあるように感じられるのだ。


 それを証し立てるかのように、ユーシー選手はなかなか距離を詰められずにいる。その顔は時間が経過するごとに、じわじわと余裕の色を失っていった。


 いっぽう沙羅選手は軽妙にステップを踏みつつ、時おりジャブやローキックで牽制している。どうということはない動きであるのに、そのタイミングが何だか不規則に感じられるのだ。瓜子が出稽古で感じた厄介さを、ユーシー選手はその身で味わわされているはずであった。


「……こいつが厄介なのは、前足と後ろ足のステップを使い分けてるとこだろーな。それでスイッチまで織り込むもんだから、相手はなかなか距離感をつかめねーだろうぜ」


 サキがそのように発言すると、メイが「うん」と同意した。


「ただ、彼女のステップワーク、少しだけサキに通じるものがあると思う。やっぱり、ドッグ・ジムに通っていた経験によるもの?」


「……アタシはジークンドーも古式ムエタイも習った覚えはねーよ。あの頃のあいつらは、今以上にそういった技術を隠そうとしてたからな」


「でも、同じコーチにレッスンを受ければ、同じ影響を受けると思う。たぶんこれは、ジークンドーの要素。ダニー・リーの影響だと思う。……痛い。小突かないでほしい」


「いいから黙って、観戦しやがれ。たぶんこの試合は、長くねーぞ」


 サキがそんな風に語ると同時に、沙羅選手がふいに大きく踏み込んだ。

 それで繰り出されたのは、大振りの左ハイである。スウェーでそれを回避したユーシー選手は、ここぞとばかりに踏み込もうとした。


 しかしそれよりも早く、沙羅選手は後方に逃げている。

 蹴り足が戻るより早く、軸足だけでバックステップしたのだ。

 そうしてタックルのために身を屈めていたユーシー選手の顔面に、沙羅選手の右拳がヒットする。前手による、ショートアッパーである。


 これはクリーンヒットであるように思えたが、ユーシー選手は怯んだ様子もなくさらに前進しようとする。

 沙羅選手はアウトサイドに回り込み、その左足にアウトローを叩き込んだ。

 それでバランスを崩したユーシー選手の首筋をとらえ、左脇に鋭い膝蹴りをめりこませる。


 普通であれば、ダウンぐらいは奪えたところであろう。

 しかしユーシー選手は恐るべきタフネスさで、そのまま沙羅選手につかみかかろうとした。

 沙羅選手は首相撲の要領でその突進を受け流し、今度は右足にアウトローを炸裂させる。

 今回は軌道の低い、カーフキックだ。それで相手は足をもつれさせ、その場に膝をつくことになった。


 そうして沙羅選手は、相手の上にのしかかろうかという動きを見せたが――それよりも早く、相手は自分からマットに背中をつけ、両足を大きく広げてみせた。グラウンドで下になろうとも、ガードポジションを死守しようという動きだ。


 相手はストライカーであり、沙羅選手はオールラウンダーである。普通であれば、喜んでグラウンド戦に突入しそうなところであるが――沙羅選手はにやりと笑って、相手から遠ざかった。そうして「立てや」と言わんばかりに手招きのジェスチャーを見せる。


「あれー? 上になるチャンスなのに、下がっちゃうの?」


「ターコ。あっちのコーチは、柔術のスペシャリストだろ。それで相手があっさりマットに背中をつけたもんだから、用心したんだろーぜ」


 サキは面白くもなさそうに、そのように説明した。


「だいたい相手のザコ女は、ストライカーって情報しかねーんだからな。ムエタイ&柔術の選手でも、たいていはストライカー呼ばわりされるもんだ。立ち技で有利に進められてるなら、寝技につきあう必要はねーや」


「うん。前の放送でも、こいつはタックルの練習ばかりさせられてたもんね。まあ、沙羅はそんなことも知らないんだろうけど……きっともともと、柔術の熟練者だったんじゃないのかな」


 高橋選手がそのように応じたところで、ユーシー選手がゆっくりと立ち上がった。

 どこか、右足をかばっているように見える挙動だ。


「お、カーフキックで足を痛めやがったな。もうこれで、フィジカルの差も帳消しだろ」


 そうして試合が再開されると、沙羅選手が猛攻を仕掛けた。

 ローのフェイントを入れながら、的確にパンチを当てていく。やはり相手は右足にダメージを負っているらしく、頭部のガードがおろそかになっていた。


 解説席のアダム氏は、ひとりではりきって解説に励んでいる。卯月選手やジョアン選手は、時おり短く相槌を打つばかりだ。そちらでも、ユーシー選手がカーフキックでダメージを負ったことが取り沙汰されていた。


 圧倒的に、沙羅選手が有利な展開である。

 しかし相手は、なかなか倒れない。やはり日本人選手とは、根っこの頑丈さが違っているようだ。


 試合時間は、間もなく三分というところである。

 そこで沙羅選手が、いくぶん息を切らし始めた。


「攻め疲れだな。あっちは尋常でなく空気が乾いてやがるから、咽喉への負担もでかいだろーぜ」


 それに対して防戦一方のユーシー選手は、不屈の形相で沙羅選手と対峙している。これだけの攻撃をくらいながら、右足以外は元気そうだ。これはもう、もとの体力が違っているのだと思うしかなかった。


 沙羅選手は大きく口を開けながら、ついに自分から下がってしまう。

 とたんに、ユーシー選手は前進した。どうやら意図的に防御に徹して、沙羅選手の動きが止まるのを待っていた様子である。


 沙羅選手は何とか足を使って、距離を取ろうとする。

 それを追うユーシー選手のほうが、勢いでまさっているようだ。ダメージを負ったのは後ろ足であったため、彼女は前足重心のクラウチングで沙羅選手に追いすがった。


 そしてついに、両者の距離が詰まりそうになったとき――沙羅選手の身が、くんと前進した。

 左足を引くことでオーソドックスからサウスポーにスイッチをして、さらに引いたばかりの左足で踏み込みながら、右の蹴りを射出したのだ。そしてそれは、ふくらはぎの下部を狙ったカーフキックであった。


 すでに右足にダメージを負っていたユーシー選手は、左足だけは守ろうとしていたに違いない。それで先刻までは足もとをかばって、頭部に攻撃をくらいまくっていたのだ。

 よって、ローに対しては最大限の注意を払っていたはずだが――沙羅選手の放ったカーフキックは、クリーンヒットした。そして、ユーシー選手はその一撃でマットに倒れ伏してしまったのだった。


 沙羅選手は空手の出身であるために、カーフキックも強烈であるのだ。

 ユーシー選手は苦悶の形相で半身を起こし、再びマットに背中をつく。

 しかし沙羅選手は迷うことなく距離を取り、ぜいぜいと息をつきながら不敵な笑みをこしらえて、再び手招きのジェスチャーを見せた。


「今のは後ろ足だけでステップを踏んで、蹴りのタイミングをずらしやがったんだな。相手のザコ女も、まさかクリーンヒットされるとは思ってなかったんだろーぜ」


 沙羅選手は以前にもそういったステップワークを駆使して、KO勝利を収めていたことがあった。スイッチをすると同時に後ろ足だけで前進して蹴りを放つという、玄妙なる手腕である。その玄妙なるステップワークが相手の距離感を狂わせて、独特のタイミングを生み出すのだった。


 沙羅選手が距離を取ったために、レフェリーはユーシー選手にスタンドを命じる。

 ユーシー選手は先刻よりもいっそう緩慢な動きで、それに応じた。


 しかし、両足を潰されてしまったなら、もはや打開のすべはない。足へのダメージというものは、試合が終わるまで回復も見込めないのである。


 沙羅選手もスタミナが尽きかけているはずであったが、ここが勝負どころとばかりに前進した。

 そうして今度はパンチをフェイントにしながら、右のローをヒットさせる。

 相手はテイクダウンの防御も捨てて、おもいきり左足を浮かせていたが――それでもその一撃だけで、力なく倒れ伏すことになった。軸足の右足にも同じだけのダメージがあったので、踏ん張ることもできなかったのだろう。


 その力ない姿に、レフェリーは頭上で両腕を交差させる。

 アダム氏がエキサイトした声をあげる中、試合終了のホーンが鳴らされた。


 一ラウンド三分三十八秒で、沙羅選手のTKO勝利である。

 沙羅選手はいまだ荒い息をついていたが、それでも不敵なる笑顔で勝利をアピールする。だけどやっぱり、フェンスにのぼるまでの余力は残されていないようだった。


「ふん。スタミナ切れさえ除けば、完勝だったなー。プロレス女も、意地を見せたじゃねーか」


「うん! これで日本陣営の、三勝一敗だもんねー! あとはマコっちゃんたちが全勝するだけだ!」


 サキたちのそんな言葉を聞きながら、瓜子も安堵の息をつくことができた。

 強豪国たるシンガポールに対して、勝ち越すことがかなったのだ。あとは灰原選手の言う通り、ユーリたちの勝利を願うばかりであった。


                 ◇


 そうしてユーシー選手のインタビューを終えた後は、トレーニングルームで和気あいあいと語らう選手陣の姿が映し出される。

 ただし、日本陣営は七名で、シンガポール陣営は五名だ。もうこの時点で、敗者たる四名は画面に映る資格を失ってしまったのだった。


 多賀崎選手は穏やかな笑顔で勝者たる三名に賛辞を送り、ユーリはぺちぺちと拍手をしている。それがよそゆきでない笑顔であったため、瓜子は心が満たされる思いであった。ユーリも沙羅選手のことは憎からず思っているはずであるし、それに赤星道場の繁栄を願っているはずであるのだ。宇留間選手に対しては、あまりいい感情を持っていないように思えたが――それでも、彼女の敗北を願うほどではないはずであった。


『次は自分たちの番やからな。日本の恥をさらさんように、せいぜい気張るこっちゃ』


『はぁい。今から試合が楽しみですぅ』


 ユーリのそんな笑顔とともに、画面が暗転した。

 朝日と思しき陽光に照らされる合宿所の外観が映されることによって、日付の変更が表現される。ただし実際は翌日になったのではなく、数週間前に時間が戻されたのだろう。残る選手たちの試合の組み合わせが発表されるのだ。


 場面は無人の試合場に切り替えられて、そこに四名ずつの選手陣が入場してくる。これはずいぶん昔の映像であるはずだが、負けた選手を画面に出せないため、後半戦に割り振られた八名だけが招集されたのだろう。そして彼女たちを待たせることなく、アダム氏と卯月選手とジョアン選手も入場してきた。


『トーナメント一回戦目の、後半戦の組み合わせが決定しました! 前半戦の八名に負けない、エキサイティングな試合を期待しています!』


 アダム氏は、今日も元気いっぱいだ。

 そしてその朗々たる声が、組み合わせの内容を発表した。


『それでは、発表します! 一回戦目の、第五試合は――赤、ヌール・ビンティ・アシュラフ! 青、イツキ・オニザワ!』


 浅黒い肌で静謐な面持ちをした童顔のヌール選手と、金色の短髪で厳つい面立ちをした鬼沢選手が、アダム氏の前で向かい合う。

 鬼沢選手がバンタム級、ヌール選手がフライ級であるために、体格は鬼沢選手のほうがまさっているようである。ただやはり、ベリーニャ選手と少し似た雰囲気であるヌール選手は、瓜子にとって気を引かれる存在であった。


『第六試合! 赤、ロレッタ・ヨーク! 青、マコト・タガサキ!』


 その言葉を聞いて、瓜子はハッと息を呑むことになった。

 北米生まれの、ロレッタ選手――シンガポール陣営の優勝候補であるロレッタ選手を、多賀崎選手が相手取ることになったのだ。なおかつロレッタ選手は、フライ級の多賀崎選手よりもひと回りは大きいように感じられた。


『第七試合! 赤、ランズ・シェンロン! 青、ミカ・ミドウ!』


 魅々香選手は、情報の少ないランズ選手である。

 しかしランズ選手はバンタム級であるため、あれだけ体格のいい魅々香選手が小さく見えるほどであった。

 そして、これでおたがい最後の一名になるわけであるから――


『第八試合! 赤、エイミー・アマド! 青、ユーリ・モモゾノ!』


 ユーリの相手もまた、トップ中のトップであるエイミー選手であった。

 ナンバーワン選手と紹介されるイーハン選手をライバル視する、いつも思い詰めた顔つきをした人物だ。そしてその体格も、ウェイトを絞ったユーリよりもひと回りはまさっているように感じられた。


 しかしユーリは臆することなく、にこにこと笑いながらエイミー選手と向かい合う。いっぽうエイミー選手は、親の仇をにらみ据えるような眼光だ。


『これにて、すべての組み合わせが決定されました! 「アクセル・ロード」の覇者を目指して、後悔のないように死力を振り絞ってください!』


 その後はいくばくかのトレーニング風景と日常のシーンがお披露目されて、この夜の放映は終了であった。


 しばらく無言で画面をにらみ据えていた灰原選手は大きく息をついてから、瓜子に勇ましい笑顔を届けてくる。


「マコっちゃんもピンク頭も、とびっきりの強豪をぶつけられたみたいだね! だけどまあ、あの二人だったら勝ってくれるさ!」


「はい。どっちみち優勝を目指すんなら、誰が相手でも一緒ですしね」


「でもさ」と声をあげたのは、高橋選手である。


「あたしはてっきり、桃園には楽な相手をぶつけられるんじゃないかと思ってたよ。……こいつは昔のパラス=アテナに毒された考え方なのかな」


「んー? おめーも乳牛の優遇説を信じてたクチなのか?」


「いや、そういうわけじゃないけどさ。少なくとも、桃園と来栖さんの試合が組まれた時点で、そんな疑いを持つ余地はなかったよ」


「だったら、見当違いのコメントなんじゃねーのか? 乳牛が、これまでどんな楽をしてきたってんだよ?」


 サキの言葉に、高橋選手は「そうか」と息をついた。


「桃園はアトミックでも、毎回強敵と試合を組まれてたっけ。それじゃあ、さっきの言葉は取り消すけど……意外だと思ったのは、事実だよ。桃園は『アクセル・ロード』でもかなりプッシュされてる様子だったから、一回戦目ぐらいは楽な相手をぶつけられるんじゃないかって想像してたんだよね」


「それはたぶん、世論、影響してるんだと思う」


 そのように発言したのは、メイであった。


「ユーリ、本当に強いのか、海外のSNSで大変な騒ぎになっている。《アクセル・ファイト》の運営陣が、実力ではなく容姿で選手を選んだのではないかと、批判的な意見も多い」


「なるほど。日本でも起きた騒ぎが、海外でも持ち上がったってわけだね。まあ、あっちじゃアトミックの試合を観る方法もないだろうし、しかたないことか」


「うん。ユーリ、筋肉が贅肉に見える、特異体質だから。誤解、生じるの、しかたないと思う」


「あはは! 何にせよ、ピンク頭だったら心配いらないさ! あいつを倒せるのは、マコっちゃんだけだからねー!」


 そんな風に言いながら、灰原選手が瓜子に抱きついてくる。

 瓜子はさまざまな感情に心をかき乱されつつ、それでも笑ってみせた。


「それじゃあ、多賀崎選手を倒せるのはユーリさんだけだって、自分も主張させていただきますね」


「それじゃあその二人を倒せるのは御堂さんだけだって、あたしも主張させてもらおうかな。……でもまあ、まずは全員が一回戦目を勝ち抜くことさ」


 高橋選手の言う通り、まずは目前の試合であった。

 ユーリはエイミー選手、多賀崎選手はロレッタ選手、魅々香選手はランズ選手――それらのシンガポール陣営を打倒しない限り、日本人同士の対戦は実現しないのである。


 そしてその試合は、すでに三週間以上も前に終了している。

 よって、瓜子たちが何を祈ろうとも、すでに結果は動かないわけであるが――それでも瓜子たちにできるのは、大切に思う相手が勝利するのを祈ることだけであったのだった。

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