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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
20th Bout ~Separation autumn -October-~
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03 episode4-1 暴虐のヒーロー

 青田ナナの勝利と、沖選手の敗北で、『アクセル・ロード』の第三話は終了し――また粛々と、一週間が過ぎることになった。


 その一週間で、日本のメディアもだいぶん騒がしくなってきたようである。その騒ぎはおもに電脳世界の話であったので、瓜子は人から伝え聞くばかりであったが――とりあえず、シンガポールの強豪選手を打ち破った青田ナナには、賞賛のコメントが数多く寄せられているようであった。


「何せ相手は、シンガポール陣営でも上位陣の選手だったんだからな。ちっとばっかり危ないシーンもあったが、とにかく勝てたんだから立派なもんだろう。青田の親父も、胸を撫でおろしてるだろうぜ」


 立松などは、笑顔でそんな風に語っていた。

 瓜子としても、まったく同じ気持ちである。そうして瓜子は、番組の視聴を終えると同時に赤星弥生子へとお祝いのメールを送っていた。


『今、番組を拝見しました。青田さんの勝利、おめでとうございます』


『ありがとう。でも、ナナはやっぱり集中できていないようです。あの状態では、このさき勝ち進むことも難しいでしょう。それもこれも私の不肖の兄が原因であるので、とても無念です』


 瓜子は赤星弥生子がしょぼんとしている姿を想像してしまい、慌てて返事の文面を打とうとした。

 しかしそれよりも先に、追加のメールが届けられる。


『気弱な発言をしてしまい、申し訳ありません。そんなにひどく気落ちしたりはしていないので、どうかご安心ください。桃園さんの試合も楽しみにしています』


 赤星弥生子はメールだと丁寧な文章であるため、いささかならず他人行儀に感じられることがある。それでけっきょく懸念を晴らすことのできなかった瓜子は電話をかけることになってしまい、赤星弥生子のやわらかい笑いを含んだ声でたしなめられることになったのだった。


『猪狩さんをそんなに心配させてしまって、本当に申し訳なかったね。猪狩さんが相手だと、私もついつい本音をこぼしてしまうんだよ』


「いえ、そんな風に言っていただけるのは、嬉しい限りです。こんな夜遅くに電話までかけちゃって、こちらこそすみません」


『私を心配してのことなのだから、こちらこそ嬉しく思っているよ。それに、猪狩さんの元気そうな声を聞けてよかった。桃園さんがいない間は色々と大変だろうけど、どうか頑張ってほしい』


「ありがとうございます。弥生子さんも《レッド・キング》の試合、頑張ってくださいね」


 そうして瓜子が温かい気持ちで通話を終えると、灰原選手が「もー!」と、のしかかってきたものであった。


「わざわざ電話をかけてまで、いちゃつかないでよー! うり坊ってほんっと、大怪獣ジュニアが好きだよねー!」


「ええまあ、それは否定できないっすね」


「否定しろよー! 裸に剥いちゃうぞー!」


 そんな感じでその日は賑やかに終わり、その後の一週間は平穏に過ぎ去った。


 そうして迎えた、十月の第二水曜日――

 その日は、ゲストが一名増えていた。プレスマン道場に週三で出稽古におもむいている、高橋選手である。彼女はこれまで来栖舞の自宅で『アクセル・ロード』を視聴していたが、今週はあちらに用事が入ってしまったのだそうだ。


「まあ、いずれ別の日にお邪魔すれば、番組は拝見できるんだけどさ。そうまでして来栖さんのお世話になるのは心苦しいし……あんたたちはずいぶん楽しそうにしてたから、ちょっと羨ましく思ってたんだよね」


「いいよいいよ! どうせ明日は、朝から一緒に遊ぶんだしね!」


 明日は瓜子も朝からフリーであったため、ついに遊びの計画が立てられたのだ。そしてすっかりこの同盟軍の一員となった高橋選手も、参加を希望してきたのだった。


「みんなは出稽古でお馴染みなんだろうけど、あたしがミッチーと遊ぶのは新潟遠征以来だしさ! 今日は前夜祭として、盛り上がろー! なんも遠慮はいらないからね!」


「ありがとうございます。……って、部屋の主はメイでしょうに」


 もちろんメイも高橋選手の来訪を拒んだりはしなかったので、本日は六人連れでマンションに向かうことに相成った。

 さすがにクッションの数が足りなくなってきたため、瓜子の部屋から補充をする。もとより瓜子のクッションは持ち出していたので、今回はユーリのクッションをお借りするのだ。もちろんそちらは瓜子が使用して、瓜子の分を高橋選手にお貸しすることになった。


「今日はマコっちゃんたちの対戦相手も発表されるんだよね? そっちも試合とおんなじぐらい楽しみだよー!」


「そっちの試合だってもう何週間も前に行われてるのに、奇妙な気分ですね。御堂さんが帰り支度をしていないことを祈るばかりです」


 そんなやりとりが終わるのを待って、メイが再生の操作をした。

『アクセル・ロード』も、ついに四回目の放送である。こちらの番組は全九話であったので、ついに来週で折り返しとなるのだった。


 まずはこれまでの放送がダイジェストで紹介され、本日出場する四名の計量シーンは余すところなく繰り返される。

 本日試合が放映されるのは、宇留間選手とシンイー選手、沙羅選手とユーシー選手だ。その計量シーンを眺めながら、高橋選手が「そういえば」と発言した。


「あたしはこの二人と馴染みがないんだけど、猪狩たちは沙羅と個人的な交流があるんだっけ?」


「はい。自分とメイさんとユーリさんは、ドッグ・ジムまで出稽古に行ってましたからね。サキさんも稽古には参加してませんでしたけど、たびたび夜食を作ってくださいました」


「んー? うり坊はその前から、沙羅とつきあいがあるんじゃなかったっけ?」


「ええ。一度だけ海にご一緒したことがありますし、沙羅選手が骨折したときはお見舞いにもうかがいましたね。沙羅選手は撮影の仕事でバッティングすることが多くて、それで交流を持つことになったんすよ」


 よって瓜子は、沙羅選手に小さからぬ思い入れを抱いている。彼女はこの交流グループには参加していなかったが、それよりも古くからつきあいのある相手であり――実のところ、道場の外部で初めて親しく口をきくことになった女子選手であるのだ。そして、サキに負けないほど毒舌家でありながら、ふとした場面では情の深さを覗かせる沙羅選手は、非常に好ましく思える人柄であったのだった。


「まあ、今回はどっちも二軍の相手みたいだし、沙羅だったら楽勝なんじゃない? 腐っても、アトミックのチャンピオンなんだしさ!」


「それを言ったら、タイトルを持ってない御堂さんだって日本陣営の二軍あつかいでしょうからね。誰が相手でも、油断はできないと思いますよ」


 これはもう、高橋選手のほうが正論であったことだろう。サキの見立てでも、せいぜい沙羅選手がやや有利という情勢であったのだ。


 しかしまずは、宇留間選手とシンイー選手の一戦である。

 控え室のシーンは省略されて、プロフィール画像が表示された後は、すぐさま宇留間選手の入場シーンである。

 そうして宇留間選手が颯爽と登場するなり、灰原選手が「どひゃー!」と叫ぶことになった。宇留間選手はこの『アクセル・ロード』においても昭和ヒーローのお面をかぶり、上半身だけ飛行スタイルで花道を駆け抜けるという珍妙な姿を見せつけてきたのだった。


「やめてやめてー! こんなの、日本の恥だよー!」


「う、うん。これはちょっと……共感性羞恥ってやつをかきたてられちゃいますね」


「なんスか、これ? 愉快なお人ッスねー!」


 灰原選手たちはそのように騒いでいたが、会場は爆笑に包まれていた。

 ボディチェック係の前でお面を放り捨てた宇留間選手は、満面の笑みである。さらにはカメラに向かって、両手でピースサインを送る始末であった。


「ああ……そういえば宇留間選手は、ご家族に自分の試合を観せたいって言ってたんすよね。もしかしたら、今までもこういうアピールをしてたのかもしれません」


「ふん。入場シーンじゃ、カットのしようもねーしな。馬鹿げてるのはファイトスタイルだけにしてほしいもんだぜ」


 宇留間選手がひょこひょことした足取りでケージインすると、シンイー選手がそれに続く。こちらはありありと殺気のうかがえるたたずまいである。シンガポール陣営にもさまざまな気性の選手がそろっていたが、彼女はひときわ精悍で実直な印象であった。


 レフェリーの前で向かい合うと、これまで通りの体格差があらわにされる。ただ、シンイー選手はフライ級であるので計量後のリカバリーも望めなかったが、宇留間選手もおそらくは平常体重で試合に臨んでいる。それで宇留間選手のほうがひと回りも大きく見えるというのは――持って生まれた骨格の違いとしか言いようがなかった。


「こいつは親父が米兵だとか抜かしてたが、まあ間違いなく黒人だったんだろうなー。だからあれだけの体格とバネを持ってるわけだ」


 宇留間選手は、くっきりとした褐色の肌をしているのだ。身長は百七十二センチで、相手よりも五センチ以上は上回っている。そしてやっぱり、細長い円柱の体形が特徴的であった。


 ルール確認を終えた後、宇留間選手は笑顔で両手を差し伸べる。

 シンイー選手は片手でそれにタッチして、早々にフェンス際まで引き下がった。


 そうして試合開始のホーンが鳴らされると――これまでの試合と同じように、宇留間選手が相手のもとに突進した。

 シンイー選手は身体を正面に向けたまま、フェンスを辿るように横移動する。愛音が犬飼京菜に対したときと、同じような動きである。


 宇留間選手は大股で軌道修正しつつ、まだ相手から二メートルもありそうな位置で跳躍する。それと同時に、解説席のアダム氏が『ワオ!』とアメリカ人らしい雄叫びをあげた。


 尋常でない高さに、宇留間選手の身が浮き上がる。

 その長い右足が、相手に向かって真っ直ぐのばされた。古いアクション映画さながらの、豪快な跳び蹴りだ。


 その跳び蹴りが射出された瞬間、シンイー選手はマットを転がるようにして逃げた。

 その横合いを通過して、宇留間選手の右足はフェンスに突き刺さる。試合場が揺れるような勢いで、これには雛壇の見物人たちも歓声をあげていた。


 すぐさま身を起こしたシンイー選手は、その場でファイティングポーズを取る。

 かつて《フィスト》で宇留間選手と対戦した相手は泡を食って距離を取ったものであるが、シンイー選手はその場所に留まっていた。おそらくは、宇留間選手に助走をさせまいという考えであるのだ。


 すると宇留間選手のほうが、小走りで後方に下がってしまった。

 そうして多少の助走をつけ、再び跳躍する。今度は空中で左右の蹴りを放つ、二段蹴りだ。


 それを危なげなく回避したシンイー選手は、いざ自分から間合いを詰めようとした。

 この果敢な選択も、《フィスト》の対戦相手には見られなかったものである。宇留間選手の跳躍には人間離れした躍動感がみなぎっているため、普通は距離を取りたくなるものであるのだろう。宇留間選手は犬飼京菜を三十センチばかりも大きくしたような暴風の化身であるのだから、それが当然であった。


 ただし、犬飼京菜はMMAの基礎ばかりでなく、ジークンドーと古式ムエタイまで学んでいる。それでただ荒々しいだけではない、的確な攻撃を振るうことができるのだ。それが宇留間選手との最大の違いであった。


 MMAの基礎も知らないという宇留間選手はステップを使うこともなく、大振りのハイキックで相手を迎え撃つ。

 やはり、距離感もタイミングも甘い。これではあっさりとブロックされて、テイクダウンを奪われる危険があった。


 シンイー選手はがっちりとガードを固めて、そのハイキックを受け止める。

 すると――シンイー選手は、そのまま横合いによろめいてしまった。

 万全の体勢でハイキックをガードしてみせたのに、その威力に押し流されてしまったのだ。


 その隙に、宇留間選手はまた後方へと引き下がる。

 シンイー選手はきつく眉をひそめながら、左腕を振っていた。蹴りをガードしただけで、それだけのダメージを負ってしまったのだ。


 三たび突進した宇留間選手は、三たび跳躍する。

 次なる攻撃は、バックスピンキック――あるいは、ローリングソバットと称するべきであろうか。足の角度はミドルであるのに、跳躍しているために相手の頭を狙う軌道になっている。シンイー選手は上体を屈めることで、何とかそれを回避してみせた。


 今度こそ、接近するチャンスである。

 いや、すでに両者は接近している。宇留間選手がマットに降り立てば、もう手の届く距離であった。


 シンイー選手は賞賛すべき勇敢さで、宇留間選手につかみかかろうとする。

 その顔面を、宇留間選手が殴りつけた。

 フォームも何も無茶苦茶な、アッパースイングである。当たった箇所も下顎ではなく、左頬のど真ん中であった。


 しかしシンイー選手は下顎やテンプルにクリーンヒットされたかのように、千鳥足で下がってしまう。

 すると、宇留間選手も三たび引き下がり、四たび突進した。

 それで繰り出したのは、一発目と同じ跳び蹴りだ。


 シンイー選手は、なんとか頭部を守ろうとする。

 その両腕のガードを突破して、宇留間選手の右足がシンイー選手の顔面を貫いた。


 シンイー選手はトラックにでも轢かれたような勢いで吹っ飛ばされ、後方のフェンスに激突する。

 そうして顔面を血だらけにしながら、人形のようにくずおれてしまったのだった。


 結果は一ラウンド三十二秒、宇留間選手のKO勝利である。

 前回のイーハン選手も百秒以内で試合を終わらせていたが――これこそ、文句のつけようもない秒殺勝利であった。


 宇留間選手は笑顔でケージ内を一周し、その助走で跳躍してフェンスの上にまたがってみせる。そうしてレフェリーに注意を受けるまで、ずっとフェンスの上で勝利のアピールに勤しんでいた。


「……なんだよ、これ? あいつ、本当に人間なの?」


 高橋選手が呆然とした声をあげると、サキは「はん」と鼻を鳴らした。


「あの沖縄女は、《フィスト》でもこーゆー馬鹿げた試合を見せてたろ。おめーは拝見しなかったのかよ?」


「い、いや、それは映像で確認してたけど……でも、相手はシンガポールのトップファイターだよ? 隙だらけの大技にだって、きっちり対処できてたみたいだし……」


「並の対処じゃ、用が足りねーってわけだなー。ま、こいつの評価は変わらねーよ。誰に勝ってもおかしくねーし、誰に負けてもおかしくねー。うちの乳牛と同じレベルの、爆弾女だってこった」


 サキのふてぶてしさに変わりはなかったが、解説席のアダム氏や雛壇の見物人たちはエキサイトの極みである。そして瓜子自身、総毛立つような思いであった。


 同じ日本陣営と思えば、これほど頼もしい存在はない。

 しかし二回戦目以降は、日本陣営同士の対戦もありえるのである。ユーリが宇留間選手と対戦することになれば、それこそ赤星弥生子との対戦にも負けない怪獣大決戦の様相を呈するのかもしれなかった。

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