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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
19th Bout ~Separation autumn -September-~
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04 episode2-1 対戦表

『アクセル・ロード』の最初の放送日から、一週間後――九月の最終水曜日である。

 その日の瓜子は撮影の仕事も取材の依頼もオフであったため、朝から稽古に取り組むことになった。


 本日の夜には、『アクセル・ロード』の第二話の放送が控えている。それを思うと気持ちは千々に乱れてしまったが、それでも腑抜けた姿を見せないように、瓜子は懸命に稽古に取り組んでいた。


 瓜子の次の試合は、およそ一ヶ月と一週間後。《フィスト》の十一月大会である。

 その日の対戦相手は、海外の強豪選手に決定された。タイトルマッチではないものの、かつては前王者のラウラ選手にも勝利したことがあるという、折り紙つきの実力者である。海外の強豪選手というと、瓜子はメイとオリビア選手とハワイのラニ・アカカ選手としか対戦経験がなかったため、大いに奮起することができた。


 なおかつ、そちらの試合で大きなダメージを負わなければ、《アトミック・ガールズ》の十一月大会でもエキシビションマッチに出場できる予定になっている。その内容は――なんと、キックルールでメイとの対戦である。たとえエキシビションであってもメイが本気でかかってくることは確実であったため、これまた瓜子にとっては血の躍る一戦であった。


 そんなわけで、瓜子はさまざまな理由から気を昂らせつつ、その日の稽古に取り組んでいたわけであるが――夕方になって女子選手がおおよそ顔をそろえた頃合いで、立松が悩ましげな声を投げかけてきたのだった。


「おい、ちょっといいか? 今の内に、伝えておきたいことがある」


 本日は正規の門下生ばかりでなく、高橋選手にオルガ選手も勢ぞろいしている。瓜子とメイとオルガ選手は朝から稽古に励んでいたので、すでに汗だくだ。それらの姿を見回しながら、立松は驚くべき言葉を発した。


「実はついさっき、《アクセル・ファイト》の運営陣から国際電話が入ったんだ。桃園さんは、うちの道場を緊急連絡先にしてたからな」


「えっ! ユーリさんの身に、何かあったんすか!?」


「桃園さんが怪我をしたとか、そういう話じゃない。だから、落ち着いて聞け」


 立松は力強い声音で、瓜子の惑乱を抑制してくれた。


「実はな、昨日と一昨日の二日間で、『アクセル・ロード』のトーナメントの一回戦目が終了したらしい。それで本来なら、敗退した選手はすぐに帰国するはずだったんだが……そのスケジュールが、変更になったんだそうだ」


「ふーん? どう変更になったってんだ?」


「敗退した選手も、自分たちの試合が放映されるまでは合宿所に留まることになったんだそうだ。もちろん番組的にはすぐさま退所ってことになってるから、敗退した後はいっさいカメラに映されないだろうがな」


「何すか、それ? どうしてそんな風に変更されたんすか?」


「説明するから、落ち着けって。……実はな、北米のほうでも今回の『アクセル・ロード』はけっこうな評判になってるそうなんだ。それで、ネット上では誰が決勝戦まで勝ち上がるか、熱心に議論されてるらしい。今日の放送でトーナメントの組み合わせが発表されたら、勝敗予想で賭博が始まりそうな勢いなんだとよ」


「ははん」と、サキが鼻を鳴らした。


「世間がそこまで盛り上がってるのに、負けた連中が退所して姿を現したら、勝敗予想もへったくれもねーもんな。そのために、負けた連中も合宿所にこもってろって話なわけか」


「ああ。そいつはもちろん追加の契約なんだから、引き留められる選手たちには何らかの報酬が出るんだろう。とにかく、選手のほうは十六名全員が、その申し出を了承したそうだ」


 すると愛音が、「なるほどなのです」と肩をすくめた。


「でもどうせ、ユーリ様はトーナメントで優勝するのです。それなら帰国の日取りだって、なんら変更はないのです」


「まあ、そういうわけだな。……ちなみに一回戦目の試合模様は、十月いっぱいをかけて毎週二試合ずつ放映されるそうだ。俺たちとしては、日本陣営の選手が全勝するのを祈るだけだな」


 立松からの報告は、以上であった。

 そうして立松が男子選手のほうに戻っていくと、高橋選手が息をつく。


「負けても合宿所を出られないってのは、精神的にキツそうだね。あんな場所じゃあ稽古するぐらいしかやることもなさそうだけど……人生をかけた大一番に負けながら、勝った連中を横目に稽古を積むなんて、あたしだったら心がへし折れそうだよ」


「おめーはでかい図体してやがるくせに、チキンだなー。勝った連中を闇討ちするぐらいの気概を見せろや」


「そんな馬鹿な真似をしそうな人間がいないのは、幸いだね。……鬼沢さんも気性は荒いけど、そこまで仁義をわきまえてない人ではないはずだからさ」


 そう言って、高橋選手は瓜子に笑いかけてきた。

 が、鋭く反応したのは愛音である。


「あの鬼沢選手という御方は、本当に信用できるのです? あの御方は以前、ユーリ様や猪狩センパイにも失礼な言動があったと聞き及んでいるのです」


「うん。口は悪いし言動も荒いけど、そんな悪さをするような人じゃないよ。ああ見えて、実は繊細なタイプなんじゃないかな」


 それならば、何よりの話である。そうなると心配なのは、やはり敗退した選手たちのメンタルであった。


(でもこればっかりは、どうしようもないもんな。立松コーチが言う通り、八人全員が勝ち抜いてくれることを祈ろう)


 そうして時間は粛々と過ぎていき、無事に稽古を終えることになった。

 しかるのちに、先週と同じメンバーでメイの部屋に出陣する。駅で待ち合わせをした灰原選手はお泊まりグッズを持参しており、前回以上の大荷物であった。


「やあやあ、待ってたよー! メイっちょ、今日もよろしくねー!」


 灰原選手は、本日も満面の笑みである。どうやら《アクセル・ファイト》運営陣からのお達しはまだ耳に届いていないようなので、道中でそれを説明することになったが――それでもその笑みが消えることはなかった。


「ふーん! ま、あたしらには関係ない話だね! どうせ決勝戦まで進むのは、マコっちゃんとピンク頭なんだからさ!」


「おめーはとことん能天気にできてやがるんだなー。日本陣営の全員が一回戦目を突破したとしても、二回戦目からは潰し合いなんだぞ?」


「あー、そっかそっか! マコっちゃんとピンク頭が決勝戦の前にぶつかる可能性もあるんだもんね! でもまあ、優勝するのはマコっちゃんだよ!」


 その発言に反応したのは、言葉を飾れない蝉川日和であった。


「あのー、灰原さんは本気で多賀崎さんの優勝を信じてるんスか? 正直言って、あのメンツで優勝するのは並大抵じゃないと思うんスけど」


「他の人間がどう思おうと、あたしはマコっちゃんの優勝を信じてるよ! 一番大変なのはマコっちゃんなんだから、応援する側が泣き言なんて言ってられないっしょ!」


 そんな言葉を本音で語れるのが、灰原選手の強靭さであるのだろう。

 瓜子も灰原選手を見習って、ひたすらユーリの優勝を祈るばかりであった。


 そうしてメイの部屋に到着したならば、すぐさま録画されていた番組の視聴である。

『アクセル・ロード』の第二話――残る八名の選手紹介と、トーナメントの組み合わせの発表だ。


 今回は、シンガポール陣営が広々としたダイニングでくつろぐ姿から番組が開始された。前回はユーリを筆頭とする日本陣営にスポットが当てられていた印象であったので、バランスを取っているのだろう。こちらの番組は北米と日本ばかりでなく、シンガポールでも放映されているはずであるのだ。


「んー。こいつらって、プライベートでも英語で話すんだねー。全員英語を話せるなんて、すごくない?」


「すごいも何も、シンガポールは英語が公用語だろーがよ。ま、中国語やマレー語なんかも公用語らしいけどなー」


「えーっ! シンガポールの連中って、そんなに色々な言葉をしゃべれるの? いいなー。どうせだったら日本でも、義務教育で英語を話せるようにしてほしいもんだよねー」


 やはりシンガポール陣営が中心となると、灰原選手たちも気がそれてしまうようである。

 画面では、ヌール選手やシンイー選手といった人々のプロフィールが紹介されている。それによると、ただひとりのマレー系であるヌール選手は貧困層の出身であり、食堂の仕事で家の財政を支えつつ、なんとか稽古の時間を捻出しているとのことであった。


(……やっぱりこの選手は、なんか目を引かれるな。まあ、見た目の関係もあるんだろうけどさ)


 シンガポール陣営は八名中の六名が中華系であるため、マレー系であるヌール選手と北米生まれのロレッタ選手が目を引きやすいのだ。ただ、番組の構成から鑑みるに、運営陣がピックアップしようとしているのは、瓜子がもともと見知っていた四名であるようであった。


 ナンバーワン選手のイーハン選手、そのライバルであるエイミー選手、北米生まれのロレッタ選手、ムエタイあがりのルォシー選手――プレスマン道場や四ッ谷ライオットのコーチ陣が試合映像を獲得できたのは、それらの四選手となる。試合映像が世に出回りやすいということは、その四名がそれだけの活躍をしているという証であるのだろう。


 それから日本陣営のトレーニング風景が多少ばかり披露されたのち――十六名の全員が、試合場に招集されることになった。

 稽古のさなかであったため、全員がトレーニングウェアである。そしてそれぞれ、赤と青で色分けされた『アクセル・ロード』のロゴいりタンクトップをウェアの上から着用させられた。


 しかるのちに、《アクセル・ファイト》の代表たるアダム氏が奥の扉から颯爽と登場する。スキンヘッドで壮年の、いかにも精気に満ちあふれた人物だ。


『協議の結果、トーナメント第一回戦の前半戦、四試合の組み合わせが決定しました! 本日、その内容を発表します!』


「えーっ! それじゃあ残りの四試合は、まだ決定してないってこと? もー、どれだけ焦らしたら気が済むのさ!」


 灰原選手はそのように言いたてたが、すぐさま押し黙ってアダム氏の言葉に耳をすませた。


『まず、第一試合は……赤、ルォシー・リム! 青、ナナ・アオタ!』


 画面上の人々が、どよめいた。

 瓜子もまた、ぎゅっと拳を握りしめる。青田ナナは、運営陣がピックアップしている四名のひとりと対戦することになったのだ。


 名前を呼ばれた両名は、アダム氏の前まで進み出て向かい合う。青田ナナは気迫のこもった面持ちで、ルォシー選手は余裕の笑顔だ。

 背丈も身体の厚みも、ルォシー選手のほうがやや上回っているように感じられる。青田ナナとてバンタム級としてはかなり体格のいい部類であるはずだったが――それはあくまで、国内の選手と比べてのことである。ルォシー選手も中華系であるが、ずいぶん骨格がしっかりしているように見受けられた。


『続いて、第二試合は……赤、イーハン・ウー! 青、カズミ・オキ!』


 会場が、またどよめいた。

 シンガポール陣営のナンバーワン選手が、二試合目に選出されたのだ。

 そして相手は、ここ最近くだり調子の沖選手である。これはもう、イーハン選手に勝ち抜いてほしいという運営陣の思惑がありありと透けていた。


 向かい合った両名は、さきほど以上の体格差となる。イーハン選手はバンタム級だが、沖選手はひとつ下のフライ級であるのだ。沖選手とて減量をせずにウェイトを増加させているはずだが、イーハン選手よりひと回りは小さく見えてしまった。


『第三試合……赤、シンイー・イエンハオ! 青、チハナ・ウルマ!』


 次の組み合わせは、瓜子にとって馴染みの薄い両名であった。

 ただここで、初めて体格差が逆転する。こちらはシンイー選手のほうがフライ級で、宇留間選手のほうがバンタム級であったのだ。

 しかも、米兵を父に持つという宇留間選手は、長身なだけでなく肉厚の体格である。前から見ると電信柱のようにひょろりとしているが、横から見てもほとんど厚みの変わらない、円柱の体形であるのだ。宇留間選手は面長の浅黒い顔でにこにこと笑い、いっぽうシンイー選手は刺すような眼光をたたえていた。


『第四試合……赤、ユーシー・チェン! 青、シャラ・カモノハシ!』


 最後の試合は、沙羅選手の出陣だ。

 ユーシー選手は、瓜子が名前しか知らなかった選手である。たしか先週の放送ではフライ級のストライカーと紹介されており、同じくフライ級である沙羅選手よりわずかに逞しいという印象であった。そしておたがいに、にやにやと笑いながら相手を見据えている。


『一回戦目の前半戦は、こちらの八名がエントリーされました! 来たるべき決戦の日まで、たゆみなくトレーニングに励んでください!』


 選ばれなかった八名が、拍手や口笛で激励を送る。

 そしてこちらでは、灰原選手が瓜子の身にしなだれかかってきた。


「もー! マコっちゃんもピンク頭も、まんまと後回しにされちゃったじゃん! でもでもこれって、二人が期待されてるってことかなぁ?」


「さて、どうだかな。運営陣が考えてるのは、とにかく番組の盛り上がりだろ。それで、最初の二試合はシンガポールが有利、次の二試合は日本が有利ってマッチアップにしたわけだ。とりあえず、プロレス女と沖縄女に期待をかけてることは間違いないだろーぜ」


「ふーん。青鬼や沖なんかは、噛ませ犬ってこと?」


「いや。そこまであからさまなマッチメイクは、連敗女だけだろ。日本とシンガポールの連中を比較するのは、ちっとばっかり面倒だが……青鬼女はやや不利、連敗女は絶対不利、沖縄女は測定不能、プロレス女はそこそこ有利ってていどの計算じゃねーかな」


「測定不能? あー、あの宇留間ってやつは、ハチャメチャだもんねー」


「ああ。あいつは誰に勝ってもおかしくねー代わりに、誰に負けてもおかしくねーからな。運営陣にとっても、大穴あつかいなんだろーぜ」


 そうしてサキが説明している間に、青田ナナのプロフィール紹介が始められた。

 そこで登場したのは、父親である青田コーチである。青田コーチの現役時代――《JUF》での試合模様が画面に映し出されたのだ。


 サキいわく、《JUF》というのは北米でも注目されていたらしいのだ。まあそうだからこそ、四天王として名を馳せたトップファイターやキリル氏たちは《JUF》の壊滅後、すみやかに《アクセル・ファイト》に招聘されることになったのだろう。


 ただし、青田コーチはそこまでの結果を残せていない。青田コーチは赤星道場や《レッド・キング》を捨てた卯月選手に一矢報いるべく《JUF》に参戦したのだが、あちらのトップファイターには一度として勝利することがかなわなかったのだ。


『父は、結果を残すことができなかった。でもそれは、MMAの新しいルールに順応する時間がなかったからだ。でも今は、立派なコーチとしてあたしを鍛えてくれている。あたしたち赤星道場の人間がどれだけの力をつけることができたか、世界中の人間に見せつけてやるよ』


 青田ナナの感情を殺した声が流れる中、青田コーチはバックマウントを取られてしまい、チョークスリーパーでタップを奪われる。そうしてレフェリーに腕を掲げられたのは、若き日のジョアン選手に他ならなかった。


『ジルベルト柔術の連中に、恨みはないよ。でも……あの頃は、あいつらが持ち込んだ新しいルールのおかげで、たくさんの日本人選手が苦い思いをすることになった。今じゃあそんなアドバンテージも消え失せたってことを思い知らせてやるさ』


 画面は、トレーニングルームの片隅で語る青田ナナの姿に切り替えられる。

 その厳つい顔には、隠しようもなく気迫があふれかえっていた。


 赤星弥生子は《レッド・キング》に留まる道を選んだが、青田ナナはその代わりに外の世界で赤星道場の強さを証明するという役割を担っているのだ。青田ナナと個人的な交流を持たない瓜子でも、それを全力で応援する所存であった。

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