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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
19th Bout ~Separation autumn -September-~
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02 episode1-2 十六名の精鋭たち

 その後も、八名の日本人選手が次々に合流するという形式で、それぞれの簡単なプロフィールが紹介されることになった。

 青田ナナ、魅々香選手、沖選手、宇留間選手、鬼沢選手――そして、多賀崎選手である。後半になってようやく多賀崎選手が登場すると、灰原選手は「わーい!」とユーリのように大はしゃぎしていた。


 多賀崎選手は、女子選手の一行がプレゼントした衣服を身に纏っている。渋いカラーリングのウエスタンシャツと、くっきりとしたインディゴブルーのデニムパンツである。他の選手はおおよそジャージやパーカーというラフな姿であったため、多賀崎選手はユーリや沙羅選手の次に目立っているように感じられた。


「いいねいいね! やっぱマコっちゃんて、けっこうカメラ映えするよねー! あっ、あのブーツはあたしが個人的にプレゼントしたんだよ! マコっちゃんってば、安物のスニーカーしか持ってないんだもん!」


「うっせーなー。ガキじゃねーんだから、いちいち騒ぐなや」


 画面の中では、ユーリたちが颯爽と空港に乗り込んでいく姿が映し出される。

 そしてそこで、大きく画面が切り替えられた。見るからに異国的で、なおかつ日本よりも都会的に見える建物や風景が映し出されたのだ。


 シンガポール陣営の出番となったのである。

 ここでも瓜子は、まったく気を抜くことができなかった。この八名に関してはプレスマン道場のコーチ陣が可能な限り情報を集めてくれていたが、半数ていどは告知映像ぐらいでしか姿を拝めなかったのだ。


 最初に登場したのは、なかなか華やかな雰囲気の女子選手であった。長い黒髪をポニーテールにしており、いかにもアジア人らしい容姿であったが、切れ長の目が涼やかな可愛らしい面立ちだ。


「ふん。やっぱりこっちもトップバッターは、優勝候補の実力選手だな」


 サキの言う通り、彼女はナレーションでも優勝候補のひとりだと紹介されていた。

 名前は、イーハン・ウー。シンガポールで最大の規模を持つMMAジムのエース選手で、過去には北米のローカルプロモーションに参戦していたという。戦績は十二勝無敗という立派なものであった。


『でも、ローカルプロモーションはギャラも安いからね。この「アクセル・ロード」で優勝して、《アクセル・ファイト》との正式契約を勝ち取ってみせるよ』


 彼女は英語で語り、日本語の字幕が表示された。

 容姿は整っていて表情も朗らかだが、目の奥は笑っていないように感じられる。あくまでカメラ越しの印象であるが、あまりお近づきになりたいとは思えないタイプであった。


 そして次に登場したのはエイミー・アマドなる選手で、彼女は彫りの深い顔立ちと勇ましい表情をしていた。ナレーションによると中華系とマレー系の混血で、イーハン・ウー選手とは昔日からのライバル関係であるのだそうだ。


 そしてさらにその次には、八名の中で唯一の白人女性が登場する。

 名前は、ロレッタ・ヨーク。生まれは北米であるが、IT企業の重役である父親ともども、シンガポールに移住したのだそうだ。髪はいかにも後染めのブロンドで、茶色がかった瞳は強くきらめいており、いまだ二十一歳という若年であったが、実に自信に満ちあふれたたたずまいであった。


 その後にも続々と新たな選手が合流してきたが、瓜子はなかなか名前を覚えきれない。シンガポールというのは七割以上が中華系の人種であり、瓜子にとっては馴染みのないネーミングが多く、記憶に留めにくかったのだ。


 そんな中、ひとりだけ異彩を放っている選手がいた。

 浅黒い肌で、くりんと目が大きく、黒い髪をおさげにしている。ちょっと幼げな雰囲気で、その静謐な雰囲気はどこかベリーニャ選手を思わせるものがあった。


 名前は、ヌール・ビンティ・アシュラフ。バンタム級ではなく、ひとつ下のフライ級で活躍していた選手であるそうだ。それは、立松たちが情報を集めきれなかった選手のひとりであった。


「コーチ陣が情報収集できたのは、八名中の半分だけなんすよね。ナンバーワン選手のイーハン選手と、そのライバルのエイミー選手と、北米生まれのロレッタ選手と……あと、なんでしたっけ?」


「ルォシー・リム。ムエタイあがりのストライカー。MMAのキャリアは浅いが、今のところはロレッタってアメリカ女にしか負けてねーって話だなー」


「こっちでも、試合映像をゲットできたのは四人だけだったよ! ま、試合の対策は卯月センセーが何とかしてくれるっしょ!」


 そうしてシンガポールの選手陣も空港に乗り込むと、今度は機内で過ごす日本人選手の様子が映し出された。


 沙羅選手はヘッドホンを装着して、音楽か何かを聴いている。

 魅々香選手は背中を丸めて、思い詰めた表情をキャップの陰に隠していた。

 多賀崎選手は隣り合った沖選手と小声で何か語らっており、宇留間選手や鬼沢選手は緊張感のない顔で眠りこけ、青田ナナは腕を組んで虚空をにらみ据えている。


 そして、ユーリは――茫洋とした面持ちで、窓の外を眺めていた。

 とても穏やかな表情であるが、何を考えているのかはわからない。ただそのしなやかな指先は、左手首のリストバンドをゆっくりと撫で続けており――それだけで、瓜子はまた胸の内側をかき乱されてしまった。


「マコっちゃんとピンク頭は、席が離れちゃったのかー。どうせだったら、仲がいい同士でくっつけてあげればいいのにね!」


 シンガポールの選手陣の姿が映し出されている間に、灰原選手はそのように言いたてていた。

 そして次には、空港に到着のシーンである。目的地のラスベガスまでは十二時間のフライトであったため、いきなり場面は夜になっていた。


 それぞれキャリーケースを引いたユーリたちが、空港のゲートから小走りで出てくる。そして多くの人々が、ラスベガスの夜景に歓声をあげていた。

 だけどやっぱりその際も、ユーリはよそゆきの笑顔であった。


(……頑張ってください、ユーリさん)


 これは三週間も前の映像だと知りながら、瓜子はそんな風に祈らずにはいられなかった。

 そうしてラスベガスの夜景を堪能した一行は、運営陣の準備した貸し切りのバスへと乗り込んでいく。別日に到着したのであろうシンガポール陣営の映像と交互に映し出されて、いかにも決戦に臨む選手たちという演出が為されていた。


 しかるのちに、バスは合宿所に到着する。

 すると、灰原選手が再び「えーっ!」と声をあげた。


「あっちに到着して一週間ぐらいは、ホテル暮らしだったんでしょ? これじゃあまるで、空港から合宿所に直行したみたいじゃん!」


「うっせーなー。演出だよ演出」


 確かに番組的には、ホテルで過ごすシーンなど無用であるのだろう。ユーリたちはそちらでコンディションを整えつつ、合宿所におけるスケジュールや番組の細かな打ち合わせなどを行っていたはずであった。


 ともあれ、画面上のユーリたちは合宿所へと踏み込んでいく。

 高いフェンスが張り巡らされた、白くて巨大な建造物である。ユーリたちはこれからずっとこの場所に引きこもって、トレーニングとトーナメント戦に明け暮れることになるのだ。番組上ではカットされているが、携帯端末も没収されて、外部との連絡もいっさい許されないという。瓜子はまるで自分がその場所に連れ込まれたかのように、手に汗を握ることになってしまった。


 薄暗い廊下を踏破して、ユーリたちはひとつの扉へと導かれる。

 その扉の向こう側には――黒いケージの試合場が準備されていた。

 さらに壁には、さまざまな外国人選手の特大パネルが掲げられている。《アクセル・ファイト》で活躍するトップファイターたちの肖像である。そこには女子バンタム級の王者であるアメリア選手のパネルも見受けられた。


 そうしてユーリたちが親とはぐれた迷子のように周囲を見回していると、シンガポールの選手陣も入室してくる。

 これから雌雄を決する十六名が、ついに一同に会したのだ。沙羅選手や鬼沢選手などは不敵な笑顔で、多賀崎選手や魅々香選手は緊迫しきった表情で、ユーリや宇留間選手はにこにこと笑いながら、それぞれシンガポールの選手陣を迎え撃っていた。


 すると、部屋の反対側に位置していた扉が開かれ、三名の人影が乗り込んでくる。

《アクセル・ファイト》の代表たるアダム氏と、二名のヘッドコーチ――卯月選手とジョアン選手である。


『ようこそ、若き女戦士たち! 「アクセル・ロード」は、あなたがたを歓迎します!』


 柔和な笑みを振りまきながら、アダム氏はそのように宣言した。


『あなたがたはこれからこの場で二週間のトレーニングを積み、過酷なトーナメント戦にチャレンジすることになります! そこで優勝したただひとりの勝者と、我々は正式に契約いたしましょう! どうかその身の力を振り絞り、このビッグチャンスをつかんでください!』


 もちろんアダム氏は英語で語っているので、現地では誰かしらが通訳しているのだろう。そういうシーンは、当然のようにカットされていた。


 そして画面が、いきなり切り替わる。

 以前に配信された告知動画のショートバージョンが、そこに差しはさまれたのだ。


 日本陣営は青、シンガポール陣営は赤の試合衣装に身を包み、腕を組んでこちらを見据えている。各選手のバストショットと八名が並んだ全体像がせわしなく切り替わり、さらに、サンドバッグを蹴る姿や選手同士でレスリングに興じる姿なども差し込まれた。


 番組的には、ちょうど折り返しに入ったぐらいであろう。

 灰原選手は「ふひー」と息をつきながら、瓜子にもたれかかってきた。


「なんか、ようやく合宿所に到着したところなのに、観てるだけで気疲れしちゃうね! マコっちゃんたちの緊張感が伝染してるのかなー」


「そうかもしれないっすね。それに、これが二週間前や三週間前の映像かと思うと、なんだか奇妙な心地です」


「ほんとだよねー! もしかしたら、あっちではもう一回戦目が始められてるかもしれないんだもん! その放映が二週間も先だなんて、カラダがうずいちゃうなー!」


 そこで告知動画が終了したため、瓜子たちは慌てて居住まいを正すことになった。

 場面は、試合場からトレーニングルームに移動されている。そこにたたずんでいるのは、卯月選手と日本陣営の選手たちであった。まだ到着した夜の映像であるらしく、これまで通りの私服姿だ。


『ヘッドコーチの卯月です。これから、二週間――あるいは二ヶ月間、どうぞよろしくお願いします』


 瓜子にとってもずいぶんひさびさとなる、卯月選手である。お地蔵様のように目が細くて、内心の知れない柔和な面立ちをしており、均整の取れた逞しい身体に黒いウェアと『アクセル・ロード』のロゴが入った青いタンクトップを着込んでいる。


『今さら言うまでもありませんが、こちらの合宿所に留まれるのは勝者だけです。トーナメントの一回戦目で敗退した選手は、その時点で退所することになります。シンガポールの選手陣はいずれも強敵ですが、この場の八名が全員勝ち残れるように頑張りましょう』


『ふん。アメリカくんだりまで来て一回戦負けなんて、かっこつかんけんな。うちはもちろん、優勝するつもりばい』


 そのように応じたのは、天覇館福岡支部の鬼沢選手である。短い髪を金色に染めて、男のように厳つい顔をした、いかにも気性の荒そうな風貌だ。半袖のTシャツの下からは、これ見よがしに和柄のタトゥーが覗いていた。


『あんし、うんじゅやどんなちーくをつけてくれるんです?』


 と、笑顔の宇留間選手もそれに続く。こちらはひょろひょろとした電信柱のような体格で、くっきりとした褐色の肌をしており、異国的な彫りの深い顔立ちと無邪気で朗らかな表情をあわせ持っている。かつて《フィスト》の大会で化け物じみたフィジカルと素っ頓狂なファイトスタイルを見せつけてくれた、謎の多い人物である。

 ただ、彼女の沖縄語は英語と同じように字幕がつけられていた。それによると――『それで、あなたはどんな稽古をつけてくれるんです?』と問いかけたようだ。


『対戦相手が決定するまでは、基本の稽古を行う他ないでしょう。明日からはそれぞれの技量を確認させていただき、それに見合った稽古の内容を考案しようと思っています』


『ふーん。わんやちゃー通りぬちーくで十分なんだけど、そういうわけんいかねーんぬかな』


 残念ながら、瓜子の頭では宇留間選手の言葉を理解しきれないため、字幕を頼ることになった。

『ふーん。私はいつも通りの稽古で十分なんだけど、そういうわけにはいかないのかな』とのことである。


『俺も二十四時間みなさんとご一緒するわけではありません。ですが、俺のいる時間はなるべく俺の指示に従ってもらいたく思います』


 宇留間選手の傍若無人な物言いに腹を立てた様子もなく、卯月選手はそのように応じていた。

 そうして残りのメンバーの表情が順番に映し出されてから、画面はシンガポール陣営に切り替えられる。そちらでは、赤いタンクトップを纏ったジョアン選手が英語で語っていた。


 ベリーニャ選手の実兄にして、《アクセル・ファイト》男子ミドル級の絶対王者、ジョアン・ジルベルト選手である。すらりとした長身で端整な面立ちをした、どこか黒豹を思わせる雰囲気の人物だ。表情や言動などは静謐そのものであるのに、その黒い瞳にはとても鋭い光が瞬いており――おかしなことに、ジョアン選手のほうがよっぽど赤星弥生子に似ているように思えてならなかった。


『《アクセル・ファイト》で活躍できるのは、真の強者のみとなります。私はヘッドコーチとして、あなたたちの才能を余すところなく引き出したいと願っていますが……望ましい結果を出せるかどうかは、あなたたち次第です。あなたたちの中に真の強者としての才覚が秘められていることを、私は期待しています』


『あなたの大事な妹のライバルになれるように、ですか?』


 そのように応じたのは、ナンバーワン選手であるイーハン選手だ。黒髪のポニーテールを揺らしながら、イーハン選手は朗らかに笑っていた。


『わたしの目標は《アクセル・ファイト》のバンタム級王者アメリア選手と、そしてあなたの妹であるベリーニャ選手です。わたしはいつか、あなたから習い覚えた技術で妹さんを負かしてしまうかもしれませんね』


『あなたがベリーニャのライバルになれるようであれば、私は何より嬉しく思います。選手をもっとも磨くのは、強者との対戦であるのです』


 ジョアン選手もまた卯月選手とは異なるポーカーフェイスで、そのように応じていた。ゆったりとしていながらまったく隙のない、いかにも武道家めいた風情である。


『そして今回参戦した日本陣営の選手の中にも、強者と呼ぶべき選手がひそんでいることでしょう。それを打ち倒して、より高みを目指せるように、励んでください』


 イーハン選手やロレッタ選手は笑顔で、エイミー選手は思い詰めた面持ちで、ヌール選手は静謐な表情で、それぞれジョアン選手の言葉を聞いている。他の選手たちも余裕の表情であったり、緊張しまくった表情であったりと、さまざまだ。


 この八名の中で、ユーリと最初に対戦するのは、誰であるのか。

 瓜子としては、それが一番の関心事であったのだった。

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