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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
19th Bout ~Separation autumn -September-~
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ACT.4 Accel road -Ⅰ- 01 episode1-1 放映開始

《アトミック・ガールズ》九月大会の三日後――九月の第三水曜日である。

 その日、瓜子はたいそう落ち着かない心地で一日を過ごすことになった。

 本日はついに、『アクセル・ロード』の初回の放映日であったのだ。


 放映時間は、午後の九時から十時。放送局は、有料のBSチャンネルとなる。

 ただこのチャンネルはドラマや映画や音楽番組などさまざまなジャンルを網羅しており、スポーツに関してはサッカーやテニスなどに力を入れていて、格闘技に関してはボクシングと《アクセル・ファイト》の関連番組しか取り扱っていなかった。よって、瓜子たちの部屋でも視聴の環境を整えておらず――このたびも、メイの部屋で視聴させていただく予定になっていた。


「本当に、いつもお世話になるばっかりですみません。入会するだけで観られるチャンネルならよかったんすけど、なんかチューナーをレンタルしたりだとか面倒な手続きが多かったもんで……」


「かまわない。ウリコ、役に立てるなら、嬉しいと思ってる」


 メイは《アクセル・ファイト》に関心が高かったため、もともとそちらのチャンネルを視聴できるように環境を整えていたのだ。瓜子の知る限り、懇意にしている女子選手でそちらのチャンネルに登録していたのは、メイと鞠山選手、来栖舞と赤星弥生子の四名のみであった。


「野郎連中は《アクセル・ファイト》目当てで、登録してるやつも多いみてーだけどなー。MMAの世界最高峰とか言われてる《アクセル・ファイト》に関心を持とうとしない、女連中の意識の低さが露呈したってこった」


「そんなこと言って、サキさんだってメイさんのお部屋にお邪魔する身じゃないっすか」


「うっせーなー。バイト先のテレビなんざ、アタシの勝手でどうこうできねーんだよ」


 そんな会話を繰り広げながら、着替えを済ませた瓜子たちは一丸となって道場を出ることになった。稽古は午後の十時までであったので、これから予約録画された番組を拝見することになるのだ。

 そうして新宿駅に向かってみると、待ち合わせをしていた灰原選手が笑顔で呼びかけてくる。そちらもジム帰りであるため、大きなバッグを抱えた姿だ。


「やー、遅かったね! さっさと先に帰っちゃったんじゃないかって、ひやひやしちゃったよー!」


「灰原選手との約束を忘れたりはしませんよ。今日は清掃の当番だったんで、少し遅れちゃったんです」


 すると、ここまで行動をともにしていた愛音がぺこりと一礼した。


「では、愛音はここで失礼するのです。みなさん、ごきげんようなのです」


「あれー? イネ公は、一緒に来ないの?」


「愛音はこの日に備えて、チャンネルに登録済であるのです。ユーリ様の勇姿を永久保存するには、当然の措置なのです」


「へー! わざわざ登録したんだ? あたしも考えなくはなかったけど、MMAの番組が《アクセル・ファイト》一本なのに月額二千五百円はちょっとなー! どうせだったら、格闘技チャンネルで放映してくれればいいのにさ!」


 そんな風に言いながら、灰原選手はにっと白い歯をこぼした。


「でも、せっかくならみんなで観りゃいいじゃん。ひとりじゃ、つまんなくない?」


「メイサンのお部屋で観賞するのに、灰原選手にお誘いを受けるいわれはないのです。そして愛音はひとりで心置きなくユーリ様の勇姿を堪能するつもりですので、お気遣いは無用であるのです」


「あっそ! じゃ、また今度ねー! 女子高生のひとり歩きは危ないから、油断しないで帰りなよー!」


 ようやく『アクセル・ロード』の放映日を迎えて、灰原選手もご機嫌であるのだろう。灰原選手の素直な優しさに慣れていない愛音は仏頂面でもじもじとしながら再び一礼して、改札口へと立ち去った。


「それじゃあ、自分たちも行きましょうか。……あ、今日はこちらの蝉川さんもご一緒することになったんで、よろしくお願いします」


「えー? あんたって、キックの選手じゃなかったっけ?」


「はいッ! でも観る側としては、MMAのほうが好きなぐらいなんスよ! あたしはその、猪狩さんのMMAの試合にハマって復帰した身ですし……」


「いちいち赤くなんなくていいってば! そんじゃあ、いざ出陣しよー!」


 ということで、メイの部屋に向かうのは瓜子とサキ、蝉川日和と灰原選手の四名であった。

 改札を抜けて目的のホームに向かいながら、灰原選手はにこにこしっぱなしである。


「いやー、どんな内容なのか楽しみだね! あかりんやオリビアなんかは、魔法老女のマンションに集合するみたいだよー!」


「高橋選手も、来栖さんのご自宅で拝見するそうです。きっとアトミックに参加してる選手のほとんどが、どうにかして番組を観てるんでしょうね」


 そのように語る瓜子自身、どうしようもなく胸が高鳴ってしまっている。たとえモニター越しであっても三週間ぶりにユーリの姿を拝めるのだから、それも無理からぬことであった。


「まあ、今週と来週は選手の紹介のみで、試合は三週目からだろうって話ですけどね。何にせよ、楽しみです」


「うんうん! しかもこれは、北米とかでも放映されるんだもんねー! どんだけ評判になるのか、楽しみだなー!」


「……評判、知りたい?」と、メイが灰原選手のほうを見た。


「時差、あるから、北米版、もう放送されてる。北米のSNSやネットニュース、確認すれば、視聴者の反応、わかると思う」


「えー! そんなの、ネタバレじゃん! それじゃあ試合の結果とかも、あっちのほうが先にわかっちゃうの?」


「うん。半日ぐらい、放映、早いから」


「やだやだ! 絶対そんなの、あたしの耳に入れないでよ? 試合の日は、あたしもネット断ちしよーっと!」


「日本では、日本版が放映されるまで、話題にならないと思うけど……でも、確かなこと、わからない。試合結果、知りたくないなら、ヒサコの判断、正しいかもしれない」


「うん! 試合を観る前に結果がわかっちゃうなんて、もったいなさすぎるからね! ま、どうせ最後はマコっちゃんが優勝するんだけどさ!」


 そうして一行が騒いでいる間に、三鷹駅に到着した。

 この時点で、時刻はもう午後の十時半を過ぎている。すでに日本版の放映も終了しているのかと思うと、瓜子も落ち着かない心地であった。


 やがてマンションに到着したならば、メイの部屋に直行だ。

 テレビと座卓とベッドが押し込まれたリビングに到着すると、蝉川日和は「へーッ!」と感心したような声をあげた。


「すげー立派な部屋ッスね! あたしのオンボロアパートとは大違いッス!」


「確かにねー! うり坊たちの部屋も、おんなじ間取りなんでしょ? ここにひとりで住んでるなんて、メイっちょは贅沢だねー! ……でも、部屋はたくさんありそうなのに、どうしてベッドがリビングにあるの?」


「他の部屋、トレーニング機器で埋まってる」


 不愛想に応じながら、メイはテレビを操作した。


「うん。きちんと録画できてる。いつでも視聴できるので、席、ついてほしい」


 四名の客人がテレビを囲む格好で、それぞれクッションの上に座することになった。

 そうしてメイが、リモコンを操作すると――液晶テレビの大画面に、『アクセル・ロード』の模様が映し出されたのだった。


                   ◇


 重厚なるロックサウンドとともに、まずは《アクセル・ファイト》のロゴがでかでかと映し出される。

 そして、粗いタッチに画像処理された数々の試合場面がフラッシュし――『アクセル・ロード~《アクセル・ファイト》への道~ エピソード1』という番組名が浮かびあがった。

 そして次に映し出されたのは、恰幅のいいスキンヘッドの白人男性だ。それはかつて告知映像でも熱弁をふるっていた《アクセル・ファイト》の最高責任者、運営代表のアダム・ブラウンなる人物であった。


『「アクセル・ロード」のインターナショナル・シーズンも、ついに十回目を迎えることになりました! そして記念すべき十回目となる今回は、「アクセル・ロード」で初めての試みとなる、国別対抗戦を実施します!』


 英語で語るアダム氏の言葉が、日本語の字幕で表示される。

 ちなみにインターナショナル・シーズンというのは、北米以外の選手陣を集めたバージョンのことだ。北米の選手を対象としたメイン・シーズンというものは、すでに二十五回も回数を重ねているとのことである。


『今回ピックアップされたのは、日本とシンガポール! MMAの長き歴史を持つ日本と、いまやアジアの中心地たるシンガポールの精鋭たちが、《アクセル・ファイト》との正式契約を目指して激突するのです! これは「アクセル・ロード」が始まって以来の、エキサイティングな内容になることでしょう!』


 そこで、さまざまな外国人選手の画像がカットインする。

 おそらく、これまでの『アクセル・ロード』で優勝を収めてきた選手たちであろう。その中で、女子選手は二名だけであった。


『今回は十六名の選手による四回戦のトーナメントとなるため、これまで以上に過酷な内容です! しかし、格闘技大国たる日本とシンガポールから選ばれた彼女たちなら、きっとこの試練をくぐりぬけて、素晴らしい試合の数々を見せてくれるに違いありません! みなさん、刮目して見届けてください!』


 そうしてBGMがフェードアウトし、場面が暗転すると、日本の空港の遠景と雑踏の賑わいが映し出される。

 そして――その雑踏の向こう側から、限りなく懐かしく思える姿が登場したのだった。


『どうもぉ。おはようございまぁす』


 ユーリである。

 いきなり、ユーリが登場したのだ。


 当たり前の話だが、ユーリは瓜子が最後に見たときと同じ格好をしていた。

 つばの大きなキャスケットとサングラス、襟ぐりの開いたカットソーとゆったりとしたシアーブルゾン、脚線美があらわになるスキニーパンツとお気に入りのショートブーツ――そして、左右の手にそれぞれ大きなキャリーバッグを引いている。


 そんなユーリの姿を見て、のんびりとした声を聞いた瞬間、瓜子は思わず涙ぐんでしまった。

 瓜子が慌ててそれをぬぐっていると、カメラの前まで接近したユーリがにこにこと笑いながら帽子とサングラスを外す。その耳には瓜子の贈ったイヤリングが、胸もとには一周記念のペンダントが、左の手首には白いリストバンドが装着されていた。


『みなさん、朝からお疲れ様ですぅ。どうか最後までよろしくお願いしますねぇ』


 ユーリは、いつも通りの笑顔であった。

 ただし、日常の笑顔ではない。撮影の仕事の際にこしらえる、業務用の笑顔である。しかしまた、日常のユーリを知らない人間であれば、きわめて無邪気な笑顔に見えるはずであった。


 そうして瓜子が情緒を立て直す前に、画面はあっさりと切り替えられてしまう。

 ただし、その次に待ちかまえていたのもユーリの姿だ。それは今年の五月大会、ジーナ・ラフ選手と対戦したときの試合映像であった。


『ユーリ・ピーチ=ストームこと、ユーリ・モモゾノ。二十一歳。とうていファイターとは思えない容姿をした彼女だが、今大会の優勝候補のひとりである』


 試合映像を背後に、英語のナレーションと日本語字幕がそのように伝えてくる。


『日本のMMA団体である《アトミック・ガールズ》のバンタム級王者で、戦績は十八勝十一敗一引き分け。ただし、十の敗北とひとつの引き分けはデビュー一年目の戦績であり、その後の二年半ではひとつの敗北しかしていない。わずか二年半で十八もの勝利を収めた彼女はいつしか「ピンクのモンスター」と呼ばれ始め、日本のMMA界に君臨していたのだった』


 そんなナレーションが終わると同時に、ジーナ・ラフ選手からタップを奪ったユーリが笑顔でレフェリーに手を上げられる。

 そしてその笑顔が、空港でたたずむユーリの笑顔へと切り替えられた。


『飛行機に乗るのは初めてなので、ドキドキしちゃいますねぇ。みなさんのご迷惑にならないように、気をつけまぁす』


 すると、別なる人物が画面の横から割り込んできた。

 粗い編み目のダメージカーディガンに、派手派手しい柄のプリントTシャツ、黒いスキニーパンツに古びたエンジニアブーツというロックテイストの強い服装に、男物のハットと大きなサングラスを装着した、ユーリと異なるタイプの麗人――沙羅選手である。


『なんや、白ブタはんが一番乗りかいな。珍しゅう、気合が入っとるやんか』


『あ、沙羅選手、お疲れ様でぇす。今回はよろしくお願いしますねぇ』


『よろしくもへったくれもあるかいな。試合で当たったらチャーシューにしたるから、覚悟しときぃや』


 沙羅選手はいつも通りの口の悪さで、にやにやと笑っている。北米版ではそれらの罵言がどのように英訳されるのか、瓜子には見当もつかなかった。


 そしてまた画面が切り替わり、沙羅選手の紹介が開始される。キャッチ・レスリングと空手をベースにしたスタイルで、本業はプロレスラーだが、《アトミック・ガールズ》のフライ級王者。ユーリの連勝街道の最初の犠牲者であり、彼女は虎視眈々とリベンジの機会をうかがっている――という内容だ。その背景で流されているのは、青田ナナとの試合模様であった。


 そこで声をあげたのは、灰原選手である。


「なんか、これっておかしくない? マコっちゃんは撮影が始まる前にピンク頭と合流したって言ってたのに、どうしてピンク頭がひとりで到着した場面なんて撮られてるのさ?」


「そんなもん、演出に決まってるだろーがよ。全員合流した後で、登場の順番が決められたんだろ」


 サキがそのように答えると、灰原選手は「えー?」と不満げな声をあげた。


「だったらそんなの、ヤラセじゃん! これってリアリティ番組じゃなかったのー?」


「リアリティ番組ってのは、リアルを映す番組のことなのか? アタシはてっきり、リアリティのある芝居を見せる番組だと思ってたけどなー」


「えー? それじゃあ恋愛リアリティ番組とかも、みんな脚本通りの芝居なの?」


「知らねーよ。知りたかったら、テレビ局にでも入社してみろや」


 サキたちはそのように語らっていたが、瓜子はべつだん気にならなかった。

 何にせよ、ユーリはよそゆきモードになってしまっているのだ。これでは脚本があろうとなかろうと、ユーリは芝居をしているようなものであった。


(まあ、カメラの前では隙を見せないようにって、千駄ヶ谷さんにも厳命されてるもんな。……こればっかりは、しかたないか)


 ただ瓜子は、やっぱり情緒が定まっていなかった。

 ようやくユーリの姿を目にできたという喜びと、そのユーリがよそゆきの仮面をかぶってしまっている残念さで、どうにも胸の中をかき回されてしまうのだ。


 果たして番組が終了するまでに、ユーリの素顔や本音を垣間見ることはできるのか。そんな思いを抱え込みながら、瓜子はモニターを注視することに相成ったのだった。

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