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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
19th Bout ~Separation autumn -September-~
477/955

03 ガトリング・ラッシュと魔法少女、再び

 試合開始のブザーが鳴らされると、鞠山選手はぴょこぴょことステップを踏み始めた。

 どこかカエルを思わせる、大股のステップである。夏の合宿でもその厄介さは痛感させられていたが、やはり試合場ではその勢いもいっそう増しているように感じられた。


(鞠山選手は、強敵だ。でも、何より怖いのは……やっぱり、分析力だよな)


 鞠山選手は合宿稽古において、さまざまな相手に数々の助言を送っている。彼女はもともとリーダー気質であるし、それに何より分析力に優れているのだ。今回も、瓜子は合宿稽古のスパーリングや過去の試合などから、丸裸になるまで分析され尽くしているはずであった。


 瓜子が鞠山選手と対戦するのは、およそ一年七ヶ月ぶりとなる。あの頃の瓜子はデビュー四戦目の新米選手であり、研究材料もさほど存在しなかったはずだ。よって、鞠山選手の分析力の恐ろしさを体感させられるのは、これが初めてのことであった。


(でも、後手になったら不利になるばかりだ。立松コーチの言葉通り、手を出していくぞ)


 瓜子は勇躍、足を踏み出そうとした。

 しかし鞠山選手は、すぐさま同じだけ遠ざかってしまう。それも真っ直ぐ下がるのではなく、角度をつけた上手い動きだ。それだけで、鞠山選手の熟練度が痛感できるぐらいであった。


(試合になると、こんなに厄介さが増すんだな)


 鞠山選手が、とても遠くに感じられる。しかし、迂闊に近づこうとしたならば、すぐさまタックルを仕掛けられるのではないか――という、無言の圧力も甚だしかった。鞠山選手の視線や手などの微細な動きが、瓜子にプレッシャーを与えているのだ。


 合宿稽古のスパーリングでも、この手のプレッシャーはさんざん味わわされている。しかし試合では、その圧力が倍増されていた。

 これは先刻、オリビア選手がメイから受けていたであろう感覚である。瓜子は鞠山選手がどれだけ寝技巧者であるかを思い知らされているがゆえに、これほどのプレッシャーを受けてしまうのだった。


(でも、鞠山選手が怖いのは、乱戦の中のタックルだけだ。ただの組み合いや壁レスだったら、あたしだって対抗できる)


 瓜子はいっそう心を引き締めて、今度こそ鞠山選手に接近しようとした。

 鞠山選手はぴょこぴょこと動いて、それを許さない。なおかつ、サイドへの動きもおろそかにしないので、フェンスに詰まることもなかった。


(もともとの機動力は、あたしだって負けてないはずだ。それに、あたしが鞠山選手の寝技の怖さを知ってるように、鞠山選手もあたしの打撃技の力量を知ってる。あたしが手を出すことで、あっちのリズムを乱せるはずだ)


 そのように信じて、瓜子がさらに踏み込もうとすると――横合いに跳ねた鞠山選手の手が、ぴくりと動いた。

 とたんに瓜子は、自分から距離を取ってしまう。相手のタックルのフェイントに、まんまと反応させられてしまったのだ。


「いいぞ、慎重にな! でも、手は出していけ!」


 歓声の向こう側から、立松の声が聞こえてくる。

 それに背中を押される格好で、瓜子は再度前進した。


 と――遠い位置から、鞠山選手が右のローを飛ばしてくる。

 ほとんどマットすれすれの、足払いのごとき低い軌道だ。

 瓜子は足を浮かせることなく、むしろマットを踏みしめることでその衝撃に耐えた。初めて鞠山選手が足を止めたので、こちらも攻撃を当てるチャンスであるのだ。


 欲をかかずに、瓜子は左ジャブを射出した。

 しかし、拳の向かう先に、鞠山選手の顔はなかった。相手はすでに頭を下げて、胴体への組みつきを狙っていたのだ。


 瓜子は一瞬ひやりとしたが、慌てず騒がずそれを受け止める。タックルではなく組みつきであれば、真っ向から対処できるはずであった。

 左脇は差されてしまったので、右脇をしめつつ相手の突進を受け止める。

 瓜子にべったりと身を寄せながら、鞠山選手は足を掛けてこようとした。

 それをすかさず回避して、瓜子は体さばきで相手の圧力を受け流そうと試みる。瓜子もキックの時代から首相撲の稽古を積んでいたので、こういった攻防は苦手ではなかった。


 しかし相手も曲者で、なかなか離れようとしない。そうして執拗に足を飛ばして、テイクダウンを狙ってきた。

 鞠山選手が序盤からこのような組み合いを仕掛けてくるのは、珍しいことである。彼女はテイクダウンを狙う際も、豪快なタックルを仕掛けるのが定番であるのだ。

 しかしもちろん今回はタイトルマッチであるし、相手は一度敗戦している瓜子であるのだから、鞠山選手だって策を練りぬいていることだろう。意外な攻撃を見せないわけがないのだ。


 瓜子は妥協することなく、全力で組み合いに対処する。

 相手が瓜子よりも小柄であるのが、いささかならず厄介である。試合においても稽古においても、瓜子は自分より小柄な人間を相手取るのに慣れていなかった。


 瓜子が下手な動きを見せれば、鞠山選手はすかさず足もとに手をのばしてくることだろう。そこまでしっかり警戒しながら、瓜子は何とか相手の身を突き放そうと苦心した。


「一分半経過! 落ち着いて対処しろ!」


 立松は、そのようにがなりたてている。

 そうして鞠山選手ともみあっている内に、左手側にフェンスが迫ってきた。

 フェンスに相手を押しつければ、有利なポジションを確保することができる。瓜子はそのように考えたが、それは相手も同様だ。鞠山選手の足がいよいよせわしなく瓜子の足を狙ってきて――それを回避しようとした瓜子は、まんまと背中をフェンスにつけてしまった。


 鞠山選手は重心を落としつつ、アッシュブロンドの頭を瓜子の下顎にぐりぐりと押しつけてくる。

 さらに今度は、瓜子の足の甲をおもいきり踏みつけてきた。壁レスリングでは定番である、嫌がらせの波状攻撃だ。

 しかし瓜子もこの一年ほどで、壁レスリングを磨いてきた身である。なおかつ、《アトミック・ガールズ》が《カノン A.G》に乗っ取られてケージの試合場になったのはその頃であるのだから、鞠山選手とて壁レスの稽古を積んだ期間は瓜子と大差ないはずであった。


 だからこそ、瓜子も壁レスであれば鞠山選手に対抗できるはずだと踏んでいたのだが――いったん有利なポジションを取られてしまうと、なかなか逃げることも難しかった。何せ相手は柔術の熟練者であるのだから、キック出身の瓜子よりも組み合いに手馴れているのだ。

 それにこういった組み合いでは、重心が低いほうが有利となる場合が多い。そして瓜子は、自分よりも小柄な相手に慣れていない。それらの要因が重なって、瓜子は長らくフェンスに押しつけられることになってしまった。


 鞠山選手は嫌がらせの攻撃を継続しつつ、両脇を差そうとしてきたり、足もとに手をのばしてきたりと、多方向からプレッシャーをかけてくる。それをしのぐだけで、瓜子は多大な気力と体力を削られることになった。

 気づけば客席には、ブーイングがわきおこっている。最初の組み合いから考えれば、もう一分以上は密着した状態であるのだ。それを証し立てるように、サイトーが「二分半、半分経過!」の言葉を飛ばしてきた。


(とにかく、耐えるんだ。膠着が長引けば、レフェリーもブレイクする)


 瓜子はそのように考えたが、鞠山選手がちょこちょことした動きを止めないためか、なかなかストップもかけられなかった。

 さらに鞠山選手は、瓜子の左脇に差した右腕を肩の上から出して、口もとをふさいでくる。

 瓜子が嫌がって顔をそむけると、左の拳がスナップだけで顔を叩いてきた。小賢しい嫌がらせの連発である。


 そうして瓜子の気を散らしつつ、隙あらば足もとに手をのばしてこようとする。

 瓜子にとっては、真綿で首を絞められているような展開であった。

 そうして「三分経過!」の声があがったところで、ようやくブレイクである。

 客席には歓声が巻き起こり、瓜子もほっと息をつくことになった。


「気を抜くな! 次のアタックが大事だぞ!」


 立松の声が響く中、ケージの中央で試合再開である。

 瓜子はぞんぶんにスタミナを削られていたが、これまでの劣勢をくつがえすために、攻勢に出ようとした。

 それでもタックルを警戒して、まずはショートアッパーだ。

 鞠山選手は余裕の表情で、瓜子のアウトサイドに回り込む。そうして瓜子もすかさずそちらに正対すると――鞠山選手のずんぐりとした姿が、もう目の前に迫っていた。


 瓜子は相手を突き放そうとしたが、その腕をかいくぐって、再びへばりつかれてしまう。

 客席には、これまで以上のブーイングが吹き荒れることになった。


(くそっ! 徹底的に、組み合いを挑んでくる気か。それなら、受けて立ってやる)


 瓜子はフェンスに押し込まれない内に、自ら積極的に動いてみせた。

 本来ならば首相撲の形に持っていきたいところだが、鞠山選手を相手に胴体を空けるのは危険であるため、おたがいに左腕を差した状態で、足を掛けていく。テイクダウンを奪うまで至らなくとも、バランスさえ崩せれば相手の身を突き放せるはずであった。


 しかし鞠山選手は瓜子の足技をひょいひょいと回避して、カウンターの足技を返してくる。そこで瓜子は、ひとつの確信を得ることになった。


(鞠山選手は、こんな組み合いに固執するスタイルじゃない。だから……これが、あたし用に磨いてきた戦術なんだ)


 ただし、鞠山選手が何を目指しているのかはわからない。瓜子がキックの時代からボディバランスを磨いていたことは、鞠山選手も承知しているはずであるのだ。スタンド状態での組み合いの攻防というのは、瓜子にとって際立った得意分野でもない代わりに、決して弱点でもないはずであった。


 瓜子が疑問に思う中、粛々と時間だけが過ぎ去っていく。

 フェンスに詰まることもなかったので、ひたすら差し手あらそいをしながら、おたがいに足を掛けようとする。ストライカーの瓜子にとっては、不毛なだけの時間であった。


 派手好きな鞠山選手がこれほど地味な攻防に興じるのは、実に珍しいことである。

 しかし、そうだからこそ、瓜子は意表を突かれていた。客席の人々も予想外の展開に、ずっとブーイングをあげていた。


 そうして二分ていどの時間が過ぎ去って、一ラウンド目はあえなく終了である。

 瓜子のもとから身を離した鞠山選手は額に浮かんだ汗を優雅に振り払いつつ、余裕しゃくしゃくの面持ちで自分のコーナーへと戻っていった。


 いっぽう瓜子はそれなり以上の疲弊を抱えて、立松の準備してくれた椅子に座り込む。

 そして、頭に氷嚢をのせられながら、立松に怖い顔を突きつけられてきたのだった。


「まんまとやられたな。一発の攻撃も当てられなかった上に、スタミナを削られた。ポイントも取られたし、残りのラウンドで巻き返していくぞ」


「えーっ! なんのダメージもないのに、あっちにポイントが入っちゃうんスか?」


 そんな風に応じたのはもちろん瓜子ではなく、フェンスにへばりついた蝉川日和である。しかし立松はそちらに返事をする手間をはぶいて、瓜子に言葉をかけてきた。


「あっちは一ラウンドまるまるかけて、スタミナを削る作戦だったんだろう。下手したら、残りのラウンドも同じ作戦で来るかもしれん。しんどいだろうが足を使って、絶対に組みつかせるな。打撃を当てて、ペースをつかむんだ」


「押忍」


「アッパーやボディへの攻撃を織り交ぜて、タックルを牽制しろよ。遠い位置からなら、蹴ってもいい。ただし、絶対に組みつかせるな。タイミングがつかめたら、膝蹴りで撃退しろ」


「押忍」


 もとより瓜子は、鞠山選手にタックルを取られないように稽古を積んできた。今はそこに、胴体への組みつきも加えられた格好であった。

 あとは当初の作戦から、何も外れていない。そして瓜子は、まだ何の作戦も遂行できていないのだ。次のラウンドこそ、主導権を握らなければならなかった。


 そうして、第二ラウンドが開始されると――鞠山選手は小憎たらしいぐらい、軽快にステップを踏んでいた。

 瓜子とてスタミナに自信は持っているし、言っては悪いが鞠山選手よりひと回り以上も若い。しかし、最初のラウンドでスタミナを削られたのは瓜子のほうであるし、ベテランたる鞠山選手はスタミナの配分にも長けているはずであった。


(それにしても、鞠山選手はどうして打撃技を使わないんだろう)


 鞠山選手のスタンド状態における持ち味は、豪快な打撃技とタックルである。鞠山選手はその両方を封印して、ひたすら組みつきを狙ってきたのだった。


(いや。だからこそ、こっちは予想外だったんだ。相手の動きに惑わされないで、あたしはあたしの作戦をやりぬこう)


 瓜子はそのように考えてケージの中央に進み出たが、それはそれほど簡単な話ではなかった。いまだ一度も出されていない打撃技やタックルに対してだって警戒を解くわけにはいかないのだから、そこに組みつきに対してまで警戒するいうのは、かなりの労苦であったのだ。


 ただ――鞠山選手はタックルのフェイントを入れるばかりで、あとは足払いのようなローを出してくるのみである。

 もしかしたら拳を負傷しているのではないかと疑いたくなるぐらい、豪快なパンチというのは完全になりをひそめてしまっていた。


 それでも瓜子は頭部のガードをゆるめることなく、ひたすら攻撃のチャンスをうかがう。

 しかし、瓜子が手を出すと、鞠山選手はすかさず組みつきを狙ってきた。


 これまで以上に用心をしていた瓜子は、なんとか鞠山選手の接近を受け流し、攻撃に転じようとする。

 しかし、組みつきを回避された鞠山選手はすぐさまぴょこぴょこと距離を取ってしまうため、攻撃を当てることはかなわなかった。


 瓜子は何か、得体の知れない罠に嵌められたような心地である。

 先月の合宿稽古でも、こうまで鞠山選手に逃げられることはなかったのに――瓜子の拳が、まったく届かないのだ。


(これじゃあ、埒が明かない。スタミナを使ってでも、打破するんだ)


 瓜子はひと息に、ギアを全開にしてみせた。

 鞠山選手に負けないぐらい左右に動きつつ、前進する。相手の打撃と、組みつきと、タックルまで警戒しながら、とにかく一発を当てるのだ。


 さしもの鞠山選手も足さばきが慌ただしくなり、背中にフェンスが迫ってくる。

 今度こそ射程圏内に――と、瓜子がさらに前進すると、鞠山選手が横合いに大ジャンプした。


 まるで、イリア選手を思わせる、トリッキーな挙動である。

 そうして横っ飛びに逃げた鞠山選手は頭をかばいながらマットに落ち、ごろごろと転がってから遠い場所で身を起こした。


 瓜子は不屈の闘志でもって、それに追いすがろうとする。

 すると、レフェリーが横から割り込んできた。

 レフェリーは瓜子にニュートラルコーナーまで下がるように命じて、鞠山選手に近づいていく。そうしてレフェリーが鞠山選手に何事か伝えると、リングアナウンサーが状況を説明してくれた。


『えー、まりりん選手の消極的な試合態度に対して、レフェリーから口頭注意が与えられました』


《アトミック・ガールズ》における、反則行為――『過度に消極的な試合態度』に該当すると見なされたのだ。

 客席には、レフェリーの裁定に対する歓声と、鞠山選手に対するブーイングが吹き荒れていた。


(口頭注意じゃ、ポイントに影響はない。でも、これで少しは、鞠山選手の動きも変わるはずだ)


 瓜子の考えた通り、鞠山選手の動きに変化が生じた。

 これまで以上に激しくステップを踏み、これまで以上に足払いのごときローを飛ばしてきたのだ。

 手による攻撃やタックルは、封印したままである。これでは同じ試合模様で、ただテンポが上がっただけのことであった。


 瓜子はさきほどギアを上げ、そしてそれを半端に止められてしまったことで、いっそうスタミナを削られてしまっている。

 しかしこのままでは、ジリ貧であった。鞠山選手のローは瓜子の足にヒットしているが、瓜子の攻撃は一発としてヒットしていないのだ。


 瓜子はいっそうの覚悟を固めて、現状の打破を目指すことになった。

 まずは、遠い距離からミドルやハイを連発する。普段の鞠山選手であれば、嬉々としてタックルを狙ってくる場面であろう。

 が、鞠山選手は近づいてこようともしない。タックルは、いずれもフェイントばかりであった。


 それではと、足払いのごときローを、足を浮かせてかわしてみせる。

 瓜子は片足で、しかも後ろ足重心となるのだから、タックルや組みつきを狙うにはうってつけである。しかし、ローをかわされた鞠山選手は、組みつきもせずに逃げてしまった。瓜子のカウンターを警戒しているにしても、あまりに極端なやり口だ。


(くそっ! どうして、まともに攻めてくれないんだよ!)


 瓜子がどれだけ誘いをかけても、鞠山選手は応じようとしてくれない。

 あとはもう、両腕を下げて棒立ちの姿を見せるしかないが――それは、瓜子の流儀ではなかった。余所の試合でもそういう無防備な姿勢で相手の攻撃を誘おうとする選手は多かったが、それは自分のほうこそが手詰まりで為すすべがないと宣言しているように見えてならないのだ。


 しかし実際、瓜子は手詰まりになっていた。

 瓜子も足首を何度か蹴られたぐらいでほとんどノーダメージであるが、自分の攻撃をまったく当てられないまま第二ラウンドの終盤を迎えてしまったのだ。これほどもどかしい思いをしたのは、これまでで初めてかもしれなかった。


 イリア選手と初めて対戦したときも、瓜子は長らく手を出すことができなかったが、あれはKOパワーを持つイリア選手のトリッキーな大技を警戒してのことである。このたびは、KOどころか相手がまともな技を仕掛けてこようとしないのだから、それ以上のもどかしさであった。


(まさか本当に最後までこれを続けて、判定勝ちを狙ってるのか? そんなやりかたでベルトを巻いても、誰も認めてくれないよ!)


 瓜子は再度、全力で突進してみせた。

 また横っ飛びで逃げるようなら、今度こそ最後まで追い詰めようという覚悟である。


 鞠山選手は、なんとかサイドに逃げようとする。

 それを許さないために、瓜子も角度をつけて追いすがった。

 フェンスはもう間近だ。これ以上、瓜子から遠ざかることはできない。今度こそ、射程圏内に踏み込めるはずであった。


 が――それよりも早く、鞠山選手が急接近してきた。

 横っ飛びではなく、瓜子のほうに跳躍してきたのだ。


 もちろん瓜子も、組みつきやタックルには警戒していた。しかし鞠山選手は、低い位置ではなく高い位置から――瓜子に覆いかぶさるようにして、左の拳を振りかざしてきたのだった。


 鞠山選手はおそらく、背後のフェンスを蹴って跳躍したのだ。

 瓜子もとっさには反撃できず、なんとか首をひねってその左拳を回避するしかなかった。

 すると鞠山選手は、瓜子の目の前に着地して――性懲りもなく、胴体に組みついてきたのだった。


 あとはもう、一ラウンド目の再現である。

 そうして瓜子は差し手争いと足の掛け合いに終始して、そのままラウンド終了のブザーとブーイングの声を聞くことに相成ったのだった。

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