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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
19th Bout ~Separation autumn -September-~
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05 それぞれの勝者

 愛音が控え室に戻ってくると、まず真っ先に蝉川日和が駆けつけた。


「邑崎さん、お疲れ様でした! 最初っから最後まで、すっげえ熱い試合だったッスよ! 勝ち負けなんて関係なく、みんな感動したはずッス!」


「な、なんなのです? あなたが崇めたてまつるのは、猪狩センパイであったはずなのです」


「そんなの、関係ないッスよ! あんな物凄い試合を見せつけられて、あたしは心底から感動しちゃったんスから! 邑崎さんみたいに凄い選手のいる道場に入門できて、あたしは光栄ッス!」


「う、うるさいのですうるさいのです! せっかくクールに決めていたのに、これでは台無しなのです!」


 と、泣かずにここまで戻ってきた愛音が、ぽろぽろと涙をこぼしてしまう。

 すると、セコンドのジョンが限りなく優しい面持ちで愛音へと微笑みかけた。


「でも、ホントにスゴいシアイだったからねー。アイネはこれからもっともっとツヨくなれるはずだけど、キョウのシアイはジンセイのベストバウトのひとつになるはずだよー。これもキョウまでガンバってきたアカシだねー」


 愛音はジョンに、疑似的な恋愛感情を抱いている。そんなジョンに優しい言葉を投げかけられて、愛音はますます泣き暮れることになってしまった。


 その間に、モニターではトーナメント戦の第二試合が開始されようとしている。大江山すみれと金井選手の一戦である。

 金井選手は去年の七月、四大タイトルマッチで雅選手の対戦相手に抜擢された、期待の若手トップファイターだ。大江山すみれも得体の知れない強さを持っているものの、これほど正統派の実力者と対戦するのは初めてのことであるはずであった。


 なおかつこれは、犬飼京菜に敗れた選手同士の対戦でもある。大江山すみれは今年の一月、金井選手は今年の三月、それぞれ犬飼京菜に敗北しているのである。この一戦に勝ち抜けば準決勝戦で犬飼京菜とのリベンジ・マッチが待ち受けているのだから、両選手ともにいっそう奮起しているのではないかと思われた。


 サキは立松たちとともに廊下へと出て、メイはジョンとともにウォームアップを開始したため、瓜子は愛音を新たなパートナーとしてその一戦を拝見する。愛音はまだまだ涙が止まらない様子で、なおかつ疲労困憊の状態でもあったが、肉食ウサギの眼光を取り戻していた。たとえトーナメントで敗退しようとも、こちらの両名は愛音がいずれ倒さなければならないライバルたちであるのだ。


 金井選手は打撃技を得意にしているが、組み技にも寝技にも長けたオールラウンダーだ。それに、雅選手を相手に挑発合戦をきるような、強気の性格でもあった。

 所属は亜藤選手と同じくガイアMMAであり、年齢はたしか二十四歳。サキよりも年長だがプロデビューはずっと後で、分類としては第三世代と第四世代の中間であろう。


 そんな経歴である金井選手は、恐れげもなく大江山すみれの古武術スタイルに立ち向かっていた。

 このスタイルはがむしゃらな突進に弱いと見て取って、序盤から猛攻を仕掛けたのだ。大江山すみれはすり足で逃げることも難しく、ほとんど跳びはねるような挙動で後ずさっていた。


 しかしまた、大江山すみれは男子選手が相手でもKO勝利をおさめられるような力量であるのだ。

 なおかつ、大江山すみれは身長で七センチほど相手にまさっている。得意のカウンターを出すことはできずとも、相手の攻撃もすべて空振りさせていた。


「……これでは、駄目なのです。大江山サンも、この数ヶ月で見違えるほど成長しているはずであるのです」


 愛音がそのようにつぶやいた瞬間、ばたばたと逃げ回っていた大江山すみれの右足がふわりと前側に繰り出された。

 絶妙のタイミングで、その足裏が金井選手の左膝を打つ。前進のさなかであった金井選手は前足におもいきり体重をかけており、明らかに痛そうな顔で動きを停止させた。


 すると大江山すみれも逃げるのをやめて、すり足で半歩ほど前進する。

 それでおそらく、金井選手の間合いにまで踏み込んだのだろう。金井選手は弾かれたような勢いで、左フックを繰り出した。


 きっとそれは、反射的に出した攻撃であるに違いない。

 しかしそれこそが、大江山すみれの誘いであったのだ。


 金井選手の左フックがヒットするより早く、振り子のように振りあげられた大江山すみれの右拳が相手の下顎をとらえた。

 ただどうやら、会心の一撃ではなかったらしい。相手の左フックを回避するために上体をのけぞらせた大江山すみれはその動きと連動させて、右の拳をも斜め上方に振り上げた。


 下顎を打った左拳を下げながら、今度は右拳でこめかみを打つ。

 それは何だか、細い胴体を軸にしたでんでん太鼓のごとき挙動であった。

 そうして斜め下方からこするようにしてこめかみを打ち抜かれた金井選手は、相手につかみかかろうという動きを見せながら、力なくへたり込む。テンプルを打たれた人間は、意識を保ったまま平衡感覚を失うことが多いのだ。


 大江山すみれは相手の上にのしかかろうという素振りも見せず、栗色のツインテールを揺らして後ずさる。

 金井選手は猛然と身を起こしたが、あらぬ方向にたたらを踏んで、フェンスに激突した。慌ててそちらに駆け寄ったレフェリーが金井選手の身を支えながら、片腕を頭上に振る。意識があってもそうまで深刻な脳震盪を起こしていれば、試合の続行もかなわなかった。


 結果、一ラウンド三分五秒で大江山すみれのTKO勝利である。

 客席には、どこか感心しきった様子の歓声が吹き荒れていた。


「確かにこいつは、武道の達人みたいなやり口だね。これだけの若さで、大したもんだ」


 高橋選手はこっそりそんな言葉をこぼしてから、廊下でウォームアップに励んでいるサキたちに試合の終了を告げた。

 瓜子も慌ててそれに続いて、サキに激励の言葉を投げかける。


「サキさん、頑張ってください。ここでサキさんが勝利する姿を見守ってますよ」


 ほどよく汗をかいたサキは、無言で瓜子の頭を小突いてくる。そうして三名のセコンド陣とともに、廊下の向こうへと進軍していった。


「なんかこのトーナメントは、すごい試合が続いてますね。次の試合も、楽しみです」


 と、早々にシャワーを浴びて自前のウェア姿になっていた武中選手が、瓜子に笑いかけてくる。もとのパイプ椅子に戻りながら、瓜子は「そうですね」と答えてみせた。


「次の試合も、期待に応えられるはずですよ。小柴選手も、ものすごく実力を上げているはずですからね」


 次はBブロックの第一試合、まじかる☆あかりんこと小柴選手とベテランのトップファイター濱田選手の一戦であったのだ。


 まずは小柴選手が花道に登場すると、これまで以上の歓声がわきおこる。格闘技マガジンの人気投票からはランクアウトしても、第二の魔法少女の人気は健在であるようであった。

 白と青の魔法少女ウェアである小柴選手は、本日もきりりとした面持ちで花道を進んでいる。セコンド陣は、天覇ZEROのサブトレーナーに武魂会の関係者が入り混じった混成部隊だ。プレスマン道場での出稽古を取りやめた小柴選手は、天覇ZEROをメインに稽古を積んでいるはずであった。


 それに対する濱田選手は、ほとんど角刈りのような頭をした武骨なる容姿である。身長は小柴選手より一センチ低いのみであるが、かなりのリカバリーをしていることがうかがえる立派な体格であった。


「この選手は、以前の王者だったそうですね。ずいぶんキャリアがありそうです」


「ええ。年齢は三十二歳で、アトミックでは第一世代と言われてますね。アトミックが設立されてからすぐに参戦した、柔道出身の選手であるそうです」


 プレスマン道場ではトーナメントの出場選手をのきなみチェックしていたため、階級の異なる瓜子もそういった情報を小耳にはさんでいた。

 それに瓜子も中学時代から、《アトミック・ガールズ》に熱中していた身である。濱田選手がパワフルなファイトスタイルで勝ち星を重ねていく姿は、この目でしっかり見届けていた。


 濱田選手は柔道出身だが、荒っぽい打撃技を得意にしている。そうしてスタンドでペースをつかみ、柔道仕込みの足技でテイクダウンを奪い、グラウンドではパウンドやチョークスリーパーを狙うというのが、濱田選手の勝ちパターンであった。


(そこまで小器用な選手じゃなく、得意な部分を磨き抜いてきたタイプだと思うけど……雅選手との対戦成績は、二勝三敗だもんな。前王者に相応しい実力であるはずだ)


 おたがいに十年以上のキャリアであるため、雅選手とは五回も対戦することになったのだ。そうして雅選手と対戦した際には、いつも壮絶な名勝負が繰り広げられていたのだった。


 ケージの中央で向かい合うと、やはり体格の違いがあらわになる。上の階級から落としてきたのは小柴選手のほうであるのに、濱田選手のほうが肉厚に見えてしまうのだ。小柴選手は骨格が細めであるし、むっちりとしていた下半身もシャープに引き締められたため、きわめて均整の取れた体格に見えた。


「小柴さんのことも、リュウさんからちょろっと聞いたことがありますよ。勝手に思い入れを抱いてるんで、こっそり応援させてもらいます」


「ああ、魔法少女の二代目ちゃんかぁ。自分に勝った相手には、活躍してほしいもんだなぁ」


 と、時任選手までもがこちらにやってきた。瓜子は今回も懇意にしている相手とおおよそ陣営が分かれてしまっていたのに、なかなかの賑やかさだ。


「あたしはフライ級に上げて、二代目ちゃんはアトム級に落としたけど、さてさてどうなることかなぁ。もう階級も違うから、遠慮なく応援させてもらおっと」


 そんな中、試合開始のブザーが鳴らされた。

 小柴選手は凛々しい面持ちで、ケージの中央に進み出る。それがサウスポーのスタイルであったため、瓜子は(へえ)と驚くことになった。


(小柴選手もスイッチは得意だけど、サウスポーを基本にするのは珍しいな。……それで相手の出鼻をくじこうっていう作戦か)


 しかし、濱田選手はいっかな心を乱した様子もなく前進した。クラウチングの体勢で、ぶんぶんとフックを振り回すのが、彼女の基本スタイルであるのだ。

 それはかつて小柴選手に圧勝した、奥村選手と似たスタイルであっただろう。奥村選手も柔術をベースにした組み技と寝技を得意にしながら、まずは荒っぽい打撃でペースをつかむというスタイルであったのだ。


 しかし、小柴選手もまた怯むことなく、堅実なステップで相手の突進を受け流した。さらに右ジャブを相手の鼻に当て、下がり際には左ローまでヒットさせる。いずれも浅い当たりであったが、ベテランのトップファイターを相手に堂々たるファーストコンタクトであった。


 濱田選手はそれでもなお、同じ勢いで前進する。彼女は雅選手の苛烈な打撃技を何度となくくらった経験があるので、このていどの攻撃は歯牙にもかけないのだろう。

 しかしまた、雅選手と小柴選手ではまったくタイプが異なっている。雅選手は秀でたリーチを活かして遠い距離から相手をいたぶるのが常であるが、小柴選手はテクニカルなインファイターであるのだ。


 小柴選手は的確に相手の突進を受け流しつつ、必要以上に距離を取ろうとはしない。そして、中間距離で果敢に打ち合い、少しずつリズムをつかんでいった。

 濱田選手は、逃げる相手を追うことを得意にしているのだ。しかし小柴選手は逃げることなく、相手の得意なインファイトで真っ向から受けて立っているのだった。


「いいねいいね。濱田さんと真っ向から打ち合おうとする人間なんて、これまであんまりいなかったはずだからね。これは、ペースを握れるよ」


 時任選手はのほほんとした調子で、そのように言っていた。

 その言葉の通りに、濱田選手はやりにくそうにしている。どうして自分の庭場であるのに、自分のほうが不利になっているのかと、いぶかしんでいるかのようである。


 力で押し切る濱田選手に対して、小柴選手は技術で立ち向かっている。

 濱田選手の力強い攻撃はすべてブロックされていたが、小柴選手の攻撃は小気味よく相手の身を叩いていた。


(合宿稽古では、香田選手や魅々香選手を相手取ることになったもんな。同じ階級の相手なら、あの迫力とは比べ物にならないはずだ)


 そして今では、瓜子やメイも小柴選手より上の階級となる。そんな瓜子たちとも、合宿稽古ではさんざん手を合わせることになったのだ。そんな小柴選手であれば、濱田選手にも力負けはしないはずであった。


 しかし、さすがはベテラン選手である。このままでは分が悪いと見て、濱田選手はすみやかに引き下がろうとした。

 焦って逃げる感じではない。小柴選手が意外に手ごわかったので、落ち着いて仕切り直そうという挙動であった。


 が――小柴選手は、引き下がろうとしなかった。

 試合では、相手の嫌がることを心がけるべし――と、かつて瓜子や赤星弥生子は、小柴選手にそんな助言を与えていたのだ。


 小柴選手は、猛然と追撃した。

 明らかに、ギアを一段あげている。まだまだラウンドも中盤であるのに、ここが勝負の際と見たかのような猛追だ。


 そこで初めて、濱田選手のリズムが崩れた。

 これまでの試合においても、小柴選手は堅実なファイトスタイルを見せていたのだ。そんな小柴選手がここでこのような猛追を見せるとは意想外であったのだろう。

 小柴選手は確かな技術に裏打ちされたコンビネーションを相手の身に叩き込み、カウンターの組みつきやタックルを恐れることもなく、ハイキックまで披露した。


 濱田選手はかろうじてそのハイキックもガードしたが、今度こそ慌てた様子で逃げようとする。

 すると、小柴選手はハイキックを出した右足をそのまま前方に下ろし、今度は左足を振り上げた。

 濱田選手は身を縮めて、怯えたように頭を抱え込む。

 その右肘をかすめるようにして、小柴選手の左足が右脇腹に突き刺さった。それは、レバーを狙った三日月蹴りであったのだ。


 空手出身の小柴選手は、三日月蹴りも得意にしている。

 それをまともにくらった濱田選手は、たまらず身を折った。

 それでもダウンしなかったのは、大した頑丈さである。しかし小柴選手は攻撃の手を休めることなく、フックの乱打を浴びせかけ――それで濱田選手がまた頭を抱え込むと、強烈なボディアッパーをお見舞いした。


 濱田選手は力なく崩れ落ち、その上にのしかかろうとした小柴選手をレフェリーが制止する。

 タイムは、一ラウンド三分二十二秒。小柴選手の、KO勝利である。

 それがアナウンスで告げられると、時任選手は「すごいすごぉい」と拍手をした。


「二代目ちゃんって、こんなに強かったっけぇ? これならあたしが負けちゃったのもやむなしだよねぇ」


「本当に、貫禄勝ちでしたね。違う階級になっちゃったのが残念なぐらいです」


 と、面識がないはずの武中選手が、時任選手に笑顔で応じる。

 そしてモニターでは、レフェリーに手を上げられた小柴選手が凛々しい面持ちのまま涙をこぼしてしまっていた。相手はアトム級の前王者であったのだから、小柴選手にとってはイリア選手と並ぶ最強の対戦相手であったのだ。


「……これで小柴センパイも、準決勝に進出であるのです。きっとサキセンパイも勝ち上がるでしょうから、結果を残せなかったのは愛音ひとりであるのです」


 そんな独り言が聞こえてきたので、瓜子は愛音のほうを振り返った。

 しかし瓜子が口を開くより早く、愛音がまくしたててくる。


「叱咤も激励も必要ないのです。愛音はこれから結果を出していくしかないのです。犬飼サンも大江山サンも、小柴センパイもサキセンパイも、いずれ愛音が乗り越えてみせるのです」


「ええ、頑張ってください」


 それだけ言って、瓜子は愛音の膝を小突いてみせた。

 愛音は目もとに浮かんだものを手の甲で乱暴にぬぐい、肉食ウサギの眼光でモニターを注視する。


 次に行われるのは、トーナメント一回戦の最終試合――サキと前園選手の一戦であった。

 天覇館の所属である前園選手は、落ち着いた面持ちで入場してくる。それを見守る高橋選手は、神妙な面持ちだ。


「前園さんも、実力は確かなんだけどな。トリッキーな相手はあんまり得意じゃないから……サキが相手だと、分が悪いと思うよ」


「あ、高橋選手と前園選手だと、前園選手のほうが先輩なんでしたっけ」


「先輩って言っても、あっちは川崎支部だけどね。顔をあわせるのは、アトミックや天覇の試合会場ぐらいだよ」


 その天覇館の大会において、前園選手は軽量級の王者であるという。背丈は百五十四センチで、わりあい童顔であったため、高橋選手より年長とは思えぬ風貌であった。

 彼女はちょうど一年前、《カノン A.G》の舞台で犬飼京菜に敗れている。それも、古式ムエタイのトリッキーな大技で、秒殺されてしまったのだ。立場としては後藤田選手と同じく、チーム・フレアの噛ませ犬にされてしまった身であった。


 それで頭を縫うほどの深手を負った前園選手はしばらく欠場して、今年の五月大会で復帰を果たした。その際は中堅選手を相手にした調整試合であったため、危なげなく勝利をおさめていたものである。


(前園選手は、外連味のないストライカーだ。サキさんだったら、後れを取ることもないと思うけど……それでも、油断はできないよな)


 小柴選手もたった今、歴戦のトップファイターを相手に勝利をおさめている。何が起きるかわからないのが、勝負の世界であった。

 よって瓜子は息を詰めて、モニターの様子をうかがっていたのだが――そんな時間は、長く続かなかった。最初の一分ほどは間合いの取り合いに終始して、前園選手がいざ攻撃を仕掛けようとした瞬間、勝負が決したのである。


 サキが繰り出したのは、左ハイだ。

 前園選手はそれを右腕でブロックするか、あるいはバックステップでかわすべきだった。しかしサキの攻撃の鋭さに、つい頭を下げてしまったのだ。

 そのように動くべきでなかったことは、前園選手も重々承知していたはずである。

 しかし前園選手はちょうど足を踏み込もうとしていたところであったので、バックステップすることもかなわず、この強烈なハイキックを腕で受け止めるべきではない――と、反射的に頭を下げてしまったのだろう。


 結果、サキの左足は虚空で旋回し、逆の側から前園選手のこめかみを撃ち抜いた。

 サキがもっとも得意とする、左ハイからかかと落としへのコンビネーション――『燕返し』である。

 瓜子は心臓が止まるぐらい心をつかまれ、時任選手はまた「すごいすごぉい」と手を打ち鳴らすことになった。


「やっぱりサキさんはすごいねぇ。嫌がられるだろうけど、たっぷりお祝いしてあげようっと」


 そんな時任選手の呑気な言いようは、ユーリを思い出させてやまなかった。

 ともあれ――一ラウンド一分十四秒、サキのKO勝利である。トップファイターを相手にしても、サキは百秒以内の秒殺勝利であった。


 かくして、アトム級暫定王座決定トーナメントの一回戦目は終了である。

 Aブロックは、犬飼京菜と大江山すみれ。

 Bブロックは、小柴選手とサキ。

 次回の十一月大会においては、それらの四名によって暫定王者が決定されるのだった。

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