03 期待の新人門下生
ユーリと離ればなれで過ごす最初の一日は、至極平穏に終わりを迎えることになった。
そうして二日目以降は、なかなかの慌ただしさで過ぎ去っていくことになった。
その主たる要因は、やはり副業の仕事である。
これまではスターゲイトの人間としてユーリの面倒を見ていた瓜子が、千駄ヶ谷に面倒を見られながら撮影の仕事をこなすことになってしまったのだ。
それは千駄ヶ谷の説得に、瓜子が屈服した結果であった。
ユーリが不在の間、日本の女子格闘技界を支えるのは瓜子の役割である、と――千駄ヶ谷のそんな言葉によって、瓜子は苦渋の決断を迫られることになってしまったわけである。
もとより瓜子には、数々の撮影依頼が殺到していたのだという。
しかもそれは、瓜子がファイターとして注目される前から――それこそ、ユーリの巻き添えで下着姿や水着姿をさらしていた二年前からの話であると、千駄ヶ谷はそのように語っていた。
もちろんその時代は、「殺到」というほどのレベルではなかったらしい。
それが、瓜子の知名度が上昇するにつれ、洒落にならないレベルに達してしまったのだそうだ。
瓜子は《アトミック・ガールズ》の新たな王者として名をあげることになった。
それと同時進行で、『トライ・アングル』の特典グッズやらミュージック・ビデオやらでさんざん顔を売ることになった。
それらの行いが相乗効果を生み出して、世間の関心を大いに集めてしまったようなのである。
「しかしまた、ユーリ選手と猪狩さんではモデルの質というものが異なっております。撮影依頼の取捨選択は、慎重に慎重を重ねるべきでありましょう」
そんな宣言とともに、千駄ヶ谷は瓜子のスケジュールを組んでくださった。
その結果――瓜子は週の半分ほどを、撮影地獄で埋められることになったわけであった。
ファッション誌、情報誌、漫画雑誌など、ユーリもさんざん活躍していたそういう媒体に、瓜子の写真が掲載されるわけである。その数多くには表紙の撮影まで含まれており、瓜子に何度となく目眩を起こさせてくれたのだった。
「本当にこれは、慎重に慎重を重ねた結果なんすか? 週三ペースで一ヶ月も続いたら、それだけで十二種類の雑誌に掲載されるってことじゃないっすか!」
「はい。猪狩さんのイメージにそぐわない媒体からの撮影依頼は、断固としてお断りしております。どうか私の判断をご信用ください」
瓜子がどれだけ声をあげようとも、千駄ヶ谷の氷の仮面を突き崩すことはかなわなかった。
そしてそれと同時進行で舞い込んできたのは、格闘技雑誌やスポーツ雑誌や情報誌からの取材依頼や、CS放送のスポーツ番組や情報番組の出演依頼である。《カノン A.G》の騒動がおさまってからは、ユーリともどもそういう依頼を受ける機会が増えていたのであるが、何だかそちらも活性化したような気配であった。
取りもなおさず、それもまたユーリの不在が原因であるのだろう。
あるいは、沙羅選手の不在もさらに追い打ちをかけているのかもしれない。高い人気を誇る両名がまとめて日本からいなくなってしまったため、瓜子にお鉢が回ってきたのかもしれなかった。
「なおかつそれは、女子格闘技界がかつてないほど注目されているという証でもあるのでしょう。そうであるからこそ、この灯火は決して消してはならないのです」
千駄ヶ谷は、そんな風に語っていた。
まあ、そういった依頼はせいぜい週に一本ていどのものであるし、瓜子としても光栄な限りである。インタビューやテレビ出演とて苦手なことに変わりはないが、それでも業界の明るい未来のためにと思えば、いくらでも奮起することができた。ただし、インタビューとグラビア撮影がセットの依頼であった場合は、瓜子の溜息カウンターが数字を加算させるわけであった。
斯様にして、瓜子は多忙な日々を過ごしている。
週に三回か四回は何らかの業務で、オフの日は朝から道場の稽古だ。瓜子は九月の最初の週が明けると同時に調整期間に突入していたが、その期間の稽古内容についても立松がしっかりとメニューを組んでくれた。
日中の稽古はメイや男子選手、それにオルガ選手が相手になってくれる。体格が見合うのはメイひとりであったため、どうしても女子選手が多数存在する合同稽古とは趣が違ってきてしまうものの、熟練の男子選手に稽古をつけてもらって実にならないわけがなかった。
そうして夕方からは、サキや愛音や高橋選手も稽古に加わる。グラップラーたるユーリの不在は果てしなく大きかったが、ことストライキングの稽古相手の充実度では文句のつけようのない顔ぶれであった。
ただし現在は、女子選手の多くが調整期間である。
鞠山選手と対戦する瓜子、オリビア選手と対戦するメイ、アトム級のトーナメントに出場するサキと愛音――九月大会で試合を組まれなかったのは、外様の高橋選手とオルガ選手のみだ。オルガ選手は十一月大会で小笠原選手との対戦が内定しており、今回は両名ともに休みが与えられていたのだった。
しかしまた、オルガ選手は休息など求めていない。彼女はかつて《カノン A.G》の運営陣に肩入れしてしまった罪を贖うために《アトミック・ガールズ》の手助けをしていたが、時間を無駄にする気は毛頭ないのである。それで彼女は深見氏の開催するグラップリングの大会に出場を決め、そのために寝技のトレーニングを積んでいた。オルガ選手もまた《アクセル・ファイト》との契約を目指して、貪欲に高みを目指しているのであった。
そんなさなか、瓜子たちは新人門下生たる蝉川日和にも稽古をつけることになった。
彼女はかねてより瓜子とのスパーを熱望していたし、他の女子選手たちものきなみストライカーであったため、立ち技の稽古をつけるのにうってつけであったのだ。
もちろん瓜子たちは調整期間であるし、そもそも彼女はアマ選手であったので、しっかり防具を装着した上での軽いスパーのみとなる。
しかし、彼女の実力を垣間見るのは、それで十分以上であった。
「オレも相手をしてみたけど、ブランク持ちとは思えねぇ動きだぞ。なめてかかって恥をかかねえように、せいぜいフンドシをしめるこったな」
そのように語るサイトーは、ご満悦の面持ちであった。キック部門にも女子選手は何名か在籍していたが、ここ最近は有望な選手が育っておらず、プロ選手もサイトーひとりきりであったのだ。それでひさびさに入門してきた蝉川日和は、プロ昇格を目指す有望な選手であったのだった。
「蝉川さんは、けっこう身体もできあがってますよね。以前は中量級だったそうですけど、平常体重はどれぐらいなんすか?」
「はいっ! 今は、五十六キロッス! 試合が決まったら、三、四キロは落とせると思うッス!」
彼女は十八歳で、身長は百六十センチていどである。手足の長さは人並みで、いくぶん細身だが均整の取れた骨格をしているように思えた。
「《G・フォース》のアマは、中量級で五十三キロていどでしたっけ。プロを目指すなら、自分と同じ階級で五十二キロがリミットっすね」
「はい! その階級を目指すつもりッス!」
いまだ瓜子に対する緊張が解けない様子で、蝉川日和は赤面しつつ声を張り上げていた。瓜子とスパーをする直前のことである。本日は高橋選手もオルガ選手も顔を出さない日であったので、こちらに居並んでいるのはプレスマン道場の女子門下生のみであった。
「ところで、その……猪狩さんは、もう二年ぐらいキックの試合をしてないッスよね。それでランカーから外されたって聞いたんスけど……もう、キックのほうでは試合をしないんスか?」
「はい。しばらくは、MMAに集中しようって方針です。……ガッカリさせちゃいましたか?」
「いえ! 猪狩さんがカッコよかったのは、MMAの試合でしたから! ……あ、いえ! 決してキックの試合も、カッコ悪いわけではなかったんスけど!」
数々の防具を装着しながら、蝉川日和はそこで真剣な眼差しになった。
「ところで、あの……スパーの前に、質問をいいッスか?」
「ええ、かまわないっすよ。答えられる範囲でしたら、なんでもお答えします」
「ありがとうございます! ……猪狩さんは、どうして急にカッコよくなったんスか? キックの時代とは、まるで別人ッス!」
新人門下生の率直な物言いに、瓜子は苦笑することになった。
「自分がカッコいいなんて思ったことはないんで、ちょっと返答に困るんすけど……ただ、MMAを始めてから、自分の売りは拳の硬さだってことを思い知らされました。それで、グローブの薄いMMAのほうが、自分の売りを活かせるようなんですよね」
「なるほど! だから、十二試合連続KOなんていう、物凄い記録を達成できたわけッスか! 納得ッス!」
MMA部門には複雑な気性をした女子選手が居揃ってしまっているが、このキック部門の新鋭はひたすら真っ直ぐなようである。瓜子としては、面映ゆい限りであった。
「さ、おしゃべりはそこまでにして、とっとと始めろや。後がつかえてるんだからな」
サイトーにうながされて、瓜子と蝉川日和はリングで対峙した。
防具はヘッドガードとレガースパッドとニーパッドの三点セットで、グローブは十六オンスのボクシンググローブだ。このグローブの厚みでは、瓜子の拳の硬さもおおよそ封印されるはずであった。
「時間は二分一ラウンド。一分のインターバルを入れて、四人連続だ。気張っていけよ、新人」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」と挨拶を返して、スパーの開始である。
瓜子とグローブをタッチさせるなり、蝉川日和はぐっと身を屈めた。彼女はキックの選手には珍しく、クラウチングのスタイルであったのだ。
(ホワイトタイガーでクラウチングの選手なんて、見たことないけどな。いったいどういうスタイルなんだろう)
キックでクラウチングの選手が少ないのは、言うまでもなくローキックの対処が難しくなるためである。MMAであれば組み技で有利になるというメリットも生じるが、キックにはそういった利点もないのだ。
(とりあえず、お手並み拝見だな)
瓜子はアウトサイドから踏み込んで、軽くアウトローを当ててみた。
蝉川日和は前屈みの姿勢のまま、すかさず前足を上げて衝撃を逃がす。しかしクラウチングで後ろ足重心になると動きが不自由になるため、やはり反撃することもできなかった。
(このままだと蹴られ放題だけど、どうする?)
その対処の仕方を確認したくなった瓜子は、同じ動きでアウトローを出してみせた。
蝉川日和もまた同じ動きでローをカットして、もたもたと瓜子のほうに向きなおってくる。
そして――瓜子が下がるよりも早く、間合いを詰めてきた。
これはなかなかの、鋭い踏み込みだ。
そして彼女は、いきなりボディフックを繰り出してきた。
瓜子はすかさず腕でブロックしたが、それなり以上の衝撃が走り抜ける。十六オンスの流すスパーでこの威力ならば、相当なハードパンチャーであるようだった。
(なるほど。あくまで生粋のインファイターなのかな)
瓜子はサイドにステップを踏んで、なんとか間合いの外に逃げようとする。
しかし相手は八センチばかりも長身な上に、踏み込みが鋭い。なかなか距離を取ることができず、その間に何発もの攻撃が繰り出されてきた。
ボディフックの次は右フック、左のショートフック、そして右のアッパーだ。
瓜子はそれらの攻撃をすべてブロックしてみせたが――その攻撃の鋭さと正確性に、いささかならず驚かされることになった。
(ジャブの一発も出さない内に、もう距離感がつかめてるのか。これは、かなりの当て勘だな)
しかも彼女は踏み込みが鋭く、パンチの回転力もかなりのものである。
このままでは、その勢いに圧されている間に時間が尽きてしまうだろう。それでは自分にとっても相手にとっても収穫がないため、瓜子は足を止めて打ち合うことにした。
瓜子とて、本来のスタイルはインファイターである。ステップの技術を磨いたのは、小さな自分が相手の懐に飛び込むためであったのだ。
そうして瓜子が足を止めると、蝉川日和は半歩だけ後ずさった。
それでもう、瓜子にとっては少し遠い距離となる。ただし、長身である相手には何ら不都合のない距離だ。
そうはさせじと、瓜子はインサイドから相手の懐に飛び込んだ。
鋭いショートフックが、それを迎え撃ってくる。実に的確なカウンターである。二年前の瓜子であれば、クリーンヒットされているところであった。
しかし瓜子はこの二年で、さまざまな成長を遂げている。
しかも今回は、十六オンスの重たいグローブを着用しているのだ。このていどの攻撃をもらっていたら、これまで稽古をつけてくれた人々に申し訳がたたないところであった。
瓜子はダッキングで、その攻撃を頭上にかわしてみせる。
そして、目の前にある相手のボディに右フックを繰り出した。
相手は左のショートフックを出したところであったので、身を守るすべはない。瓜子の拳は、それなりの深さで相手の脇腹にめり込むことになった。
しかし相手は臆することなく、右の拳を打ちおろしてくる。
それはヘッドスリップで回避して、瓜子はアウトサイドに回り込んだ。
そして、体重のかかっている相手の左足に、アウトローを叩き込む。
相手の重心ががくりと崩れたので、軽めに左フックも当てさせていただいた。本気で打ち込めばダウンを狙えたぐらいのクリーンヒットだ。
そこで瓜子は、何か危険な予感を覚える。
そうして右腕を胴体に固めると、そこに相手の左拳が叩きつけられてきた。体重の乗った、ボディアッパーだ。
(いくら手加減した攻撃でも、これだけくらってまったく気にかけもしないんだな)
瓜子の中に、熱いものが宿り始める。
それを沈静化させるために、瓜子は距離を取ろうとした。相手は新人のアマチュア門下生であるのだから、こちらが熱くなってしまってはいけないのだ。
そうして瓜子は、間合いの外に逃げたのだが――次の瞬間には、その間合いが潰されていた。蝉川日和は執念深く、瓜子を追ってきたのだ。
しかもすでに、右ストレートが射出されている。
足を踏み出すのと同時に、そんな攻撃を飛ばしてきたのだ。
これもまた、もっと軽いグローブであればクリーンヒットされていたところであった。恐るべき正確性である。
瓜子は首をひねってそれをかわすと同時に、右足で半歩だけ踏み込んで、左フックを繰り出した。
相手の右腕の外側を通過して、右頬にクリーンヒットする。いわゆる、クロスカウターである。
ヘッドガードはしているし、十六オンスのグローブであるから、さしたるダメージにはならないだろう。
ただし、グローブが重ければ重いほど、衝撃が内にこもるという面もある。それで蝉川日和はバランスを崩し、片方の膝をつくことになった。
「よし、それまで! ……熱くなりすぎだ、馬鹿」
幸いなことに、サイトーにぺしんと頭を叩かれたのは、蝉川日和のほうであった。蝉川日和はぜいぜいと息をつきながら、「はいっ!」と元気よく応じる。
「な、流すスパーのつもりだったんスけど、猪狩さんのほうから近づいてくれたんで、嬉しくなってテンション上がっちゃいました! どうもすみません!」
「大声あげて、スタミナの無駄遣いをするんじゃねぇよ。この後にも、厄介な娘どもが三人待ちかまえてるんだぞ」
サイトーはそのように言っていたが、残る三名とのスパーでは彼女の本領を発揮させることもできなかった。アウトファイターたるサキや愛音は、彼女の突進を完封してしまったし――最後のメイまで順番が回ってきたときには、彼女のスタミナが完全に尽きてしまったのである。
「ふん。やっぱり半年ていどのリハビリじゃあ、スタミナがお話にならねえな。不摂生のツケってやつだよ」
汗だくの姿でへたり込んだ蝉川日和の背中を見下ろしつつ、サイトーは楽しそうに笑っていた。
「こいつは未成年の分際で、ヤニやら酒やらにどっぷりだったんだとよ。……どこかの赤毛も耳が痛えだろ? そういえば、手前もアマの時代はレガースパッドとサポーターで彫りもんを隠してたもんなぁ」
「うっせーよ、金髪。そんなクソガキと一緒にすんな」
「おう。どこぞの赤毛に比べりゃあ、まだまだ可愛いもんだ。で、クソガキの力量はどうだったよ?」
「そいつは最初のラウンドで、半分がたへたばってたろ。まともに相手できたのは、このチビタコだけだよ」
サキに頭を小突かれた瓜子は、先輩としての務めを果たすことになった。
「蝉川さんは 踏み込みの鋭さとパンチの正確性がかなりのものでしたね。それに、試合用のグローブだったら、かなりの威力と回転力が期待できると思います。あと、こっちの攻撃に怯まない根性も大したものでしたけど……その反面、ディフェンスの甘さが気になりました」
「おう。こいつは現役の頃から、攻撃一辺倒だったんだとよ。プロを目指すなら、まずはディフェンスの強化が必須だな」
「は、はい……ご指導、お願いします……」
蝉川日和が息も絶え絶えに答えると、サイトーはにわかに真剣な眼差しとなってその顔を覗き込んだ。
「本当にお前さんは、プロ昇格を目指してるんだな? どういう目標を持ってるかでこっちの指導も変わってくるから、もういっぺん確認させてもらおうか」
「はいっ! 昔はとにかく相手をぶん殴りたかっただけッスけど、今は猪狩さんみたいにプロとして熱い試合をしたいッス! 酒も煙草も二度と手を出しませんから、どうかよろしくお願いします!」
「二十歳になったら、酒は好きにすりゃいいけどな。プロを目指すなら、ヤニは厳禁だ。どこかの赤毛もプロ昇格を機に禁煙パイプをかじり始めたんだから、お前さんも見習っとけ」
「だから、そんなクソガキと一緒にするんじゃねーよ」
サキは不機嫌そうに言い返していたが、似ているのは素行の悪さのみであろう。華麗なまでのアウトファイターであるサキに対して、蝉川日和は愚直なまでのインファイターであるのだ。
それに、真っ直ぐで情熱的な性格というものも、サキとは正反対である。もちろん瓜子はその内面まで含んで、サキのことを敬愛たてまつっていたが――こういうタイプの後輩を持つのは初めてであったので、何だか楽しい気分であった。
(きっとサイトー選手なんかは、この楽しさも倍増なんだろうな。あたしはひとまずリタイアしちゃったから……なんとか二人でキック部門のほうも盛り上げてくださいね)
瓜子はそんな温かい気持ちを抱えながら、自分の稽古を開始することになった。
そして、その日の夜である。
瓜子の寝室で寝袋の準備をしていたメイが、神妙な面持ちで語りかけてきたのだった。
「新人門下生の、ヒヨリ・セミカワ。まだ粗削りだけど、いい選手だと思う。……それに、ウリコにいい影響を与えていると思う」
「え? 自分にっすか?」
「うん。サキやアイネも優しいし、ウリコのことを気にかけてるけど、彼女たちは素直じゃない。今のウリコには、素直で親切な人間が必要だと思う」
「あはは。それなら、メイさんがいるじゃないっすか」
瓜子がそのように答えると、メイは黒い頬に血をのぼらせることになった。
「僕だって、本当はひねくれ者。今のウリコに必要なのは、ヒサコやアカリやトキコだと思う。……でも、彼女たち、会う機会が減ったから、残念」
「心配してくださって、ありがとうございます。でも、自分は大丈夫っすよ。……ユーリさんだって、頑張ってるはずですからね」
この時点で、ユーリが北米に出立してから十日ていどが経過していた。
すでにホテル暮らしも終了して、『アクセル・ロード』の合宿所に入所している時期である。卯月選手の指導のもと、多賀崎選手や沙羅選手たちとともに、ユーリがどのような日々を過ごしているのか――やはり瓜子には、想像することも難しかったのだった。