05 贈る思い
暴風雨の中でライブを終えた一行は、這う這うの体で苗場クイーンズホテルに舞い戻ることになった。
『ジャパンロックフェスティバル』は午後の七時十五分をもって公演中止と相成ったため、すべての出演者と観客たちはそれぞれの宿泊施設へと退散するしかなかったのだ。とりわけ気の毒であったのは、キャンプエリアでテントを張っている人々であったが――幸いなことに、台風はじわじわと海側にそれていき、これ以上は風雨が強まることもないだろうという話であった。
そうしてホテルに帰りついたのちは、シャワーと着替えを済ませて、いざ打ち上げである。
その会場は、なんとホテル内のレストランであった。もとよりホテルの宴会場は『ジャパンロックフェスティバル』の打ち上げ会場として設定されていたのであるが、『トライ・アングル』の関係者はそれとは別枠で他のフロアのレストランを貸し切っていたのだった。
『ジャパンロックフェスティバル』の関係者がおさえた六号館の宴会場は最大五百名近くも収容できる規模であるそうだが、こちらでおさえた五号館のレストランは最大八十名のささやかなものだ。しかし、『トライ・アングル』と女子格闘技の関係者のみであれば、十分以上の規模であった。
レコード会社のお偉いさんなどは正式な打ち上げ会場に出向いているため、こちらは気楽な顔ぶれである。もちろん千駄ヶ谷を筆頭とする『トライ・アングル』の運営陣はのちのちそちらまで挨拶にうかがう予定になっていたが、他のメンバーはひたすらこちらで打ち上げを楽しむことが許されていた。
そしてこれはライブの打ち上げであると同時に、ユーリと多賀崎選手の壮行会でもあるのだ。
おおよその人間は最後の暴風雨によって体力を削られてしまっていたが、会場に到着する頃には誰もが笑顔を取り戻していた。
「みんな、今日はお疲れさん! めんどくさい挨拶は置いといて、今は楽しく騒ごうぜ!」
ダイの陽気な宣言によって、パーティーは開始された。
予算を切り詰めたパーティーであるが、テーブルにはそれなりに豪華な料理が並べられている。何かしらのコネクションがなければ、きっと万単位の会費が必要であったことだろう。どうやら『トライ・アングル』は想定外の人気と収入を叩き出しているため、各関係者からたいそう目にかけられているようであった。
いちおう形式は立食であるが、椅子も壁際にどっさりと準備されている。好みの料理を取り分けたならば、立って食べようが座って食べようがお好きにどうぞという、至極カジュアルなスタイルだ。会場内にはホテルのスタッフも数えるぐらいしか見受けられず、とにかく騒ぐ場と料理だけを準備していただいたような様相であた。
「それにしても、すげえライブだったなぁ。やっぱりユーリちゃんは、アクシデントをパワーに変える才能があるんだよ」
そのように語りかけてきたのは、リュウである。
料理をもりもりと摂取していたユーリは、たちまち「はあ」と眉を下げてしまった。
「でもでも、ついついオーダーメイドのステージ衣装を破り捨ててしまって……のちのち千さんに叱責されるのではないかと、ユーリは戦々恐々なのです」
「あれだって、最高の演出になってたはずさ。俺たちだって共犯なんだから、ユーリちゃんだけが叱られることにはならねえよ」
「そうそう! ユーリちゃんのビキニ姿で、俺たちもテンションマックスだったしな!」
タツヤも笑顔で割り込んで、ユーリを慰めてくれた。
「それに、何ヶ月も期間を空けるんだったら、同じ衣装で再登場なんて貧乏たらしいしさ! いっそのこと、新しい衣装を準備してもらおうぜ!」
「えええええ? 衣装を台無しにしたあげく、そんな暴虐が許されるのでありましょうか?」
「衣装代ぐらい、どうってことねえよ! 今度は色違いのスーツでも準備してもらうか! 俺たちの復帰戦は……早くて、年末イベントあたりかな?」
「あ、でも、大晦日は瓜子ちゃんが《JUFリターンズ》に出場するんだろ? それじゃあユーリちゃんも、ライブどころじゃないだろ」
「あー、そっかそっか! それじゃあ年末イベントは、初日の出番にしてもらえばいいさ!」
そうしてタツヤやリュウがはしゃいだ声をあげていると、ユーリは「あうう」と頭を抱え込んでしまった。
「そのようにユーリを温かく迎え入れてくださる前提でお話をされてしまうと……ユーリは、情緒がぐわんぐわんに揺さぶられてしまうのです」
「うん? そいつは、どういう意味だい?」
「ですから、その……勝手に何ヶ月もスケジュールに穴を空けてしまうユーリのような存在は、みなさんに見捨てられても致し方のないところでありましょうし……」
タツヤはきょとんと目を丸くして、リュウは深々と溜息をついた。
「これでもう、ユーリちゃんとは一年以上のつきあいだからな。そうじゃなきゃ、そこまで俺たちのことを信用してないのかって落ち込むところだったよ」
「あうう。やっぱりユーリがおばかなせいで、みなさんに不愉快な思いをさせてしまっているのですぅ」
「だから、不愉快な思いじゃなくってさ。……なあ、瓜子ちゃん。こういう気持ちのギャップって、何が原因なんだろうな?」
「ユーリさんは、とことん自己肯定感ってやつが低いんすよ。自分の存在が人様にとって重要であるってことが、うまく体感できないみたいなんすよね」
「なるほど。だったらこっちも、しつこいぐらい言って聞かせるしかないんだろうな」
そう言って、リュウは小さく縮こまったユーリの顔を覗き込んだ。
「ユーリちゃん。『トライ・アングル』の中心人物は、間違いなくユーリちゃんなんだよ。俺たちも『ワンド・ペイジ』の連中も、みんなユーリちゃんの存在に魅了されて、寄り集まることになったんだ。だから、ユーリちゃんがやる気をなくさない限り、『トライ・アングル』は安泰だよ」
「はあ……でもでも、ユーリなんて歌手としてはずぶずぶの素人でありますし……」
「ユーリちゃんには、作詞や作曲の才能は皆無みたいだけどな。でも、歌うこととステージパフォーマンスに関しては、一流だよ。同じ一流の俺たちが言うんだから、間違いはないさ」
「そうそう! ユーリちゃんだって、『トライ・アングル』のライブは楽しいんだろ? それと同じぐらい、俺たちも楽しいんだよ! だったら俺たちが、ユーリちゃんを見捨てるわけがねえだろ? それも、たった三ヶ月留守にするだけっていうちっぽけな理由なんかでさ!」
そこまで言葉を重ねられても、ユーリは「はあ……」と眉を下げている。それをフォローするために、瓜子も発言してみせた。
「たぶんユーリさんは、みなさんの物凄さを体感するたびに、自分への自信がしぼんじゃうんでしょうね。つくづく、自分を客観視するってことが苦手なんです。容姿に関してだけは自信まんまんのくせに、困ったものですよ」
「むにゃー! うり坊ちゃんにまで責めたてられたら、ユーリは四面楚歌の極致であるのです!」
「ユーリさんがしょんぼりしてるとみんな悲しい気持ちになっちゃうんで、ちょっと荒療治しただけです。とにかくみなさんは『トライ・アングル』の活動再開を心待ちにしてくださってるんですから、素直に喜んでおきましょうよ」
「そうそう! やっぱり瓜子ちゃんは、ユーリちゃんの扱い方をわかってるな! とにかく俺たちは、ユーリちゃんが『アクセル・ロード』で大暴れして戻ってくる日を、心待ちにしてるよ!」
すると、女子選手の一団がぞろぞろと近づいてきた。
「『アクセル・ロード』がどうしたって? もう壮行会に移行したのかな?」
「あ、どうも! 小笠原さん、お疲れ様です!」
「やだなぁ。昼間だってさんざん顔をあわせてるのに、どうしていちいち固くなっちゃうのさ」
小笠原選手が笑顔でグラスを差し出すと、タツヤは「てへへ」と笑いながら自分のグラスをタッチさせた。
「タツヤさんもリュウさんも、ライブお疲れ様でした。客席の側も暴風雨がひどかったけど、これまでで最高のステージだったよ」
「まったくだわね。公演時間が半分に短縮されただけの甲斐はあったはずなんだわよ。きっと『トライ・アングル』の人気は、ここからさらにうなぎのぼりなんだわよ」
サイケな柄のワンピース姿でカクテルグラスを掲げた鞠山選手も、そんな風に言ってくれた。その眠たげなカエルのような目には、ひどく真剣な光が宿されている。
「……と、そんなありきたりの言葉では表現できないぐらい、さっきのライブは神がかってただわね。あれはジャパンフェスの伝説になりえるポテンシャルだっただわよ」
「はは。花ちゃんさんにそう言ってもらえたら、心強い限りだな。花ちゃんさんのコメントは、格闘技でも音楽でも評論家顔負けだもんな」
最近はリュウも『モンキーワンダー』の影響で、鞠山選手をそのような呼称で呼ぶようになっていた。鞠山選手は年齢不詳というか年齢を超越しているような存在であるため、なかなか呼称に困るところであるのだろう。
ともあれ、本日のライブがどのような反響を巻き起こすかは、今後のお楽しみである。『ジャパンロックフェスティバル』はのちのち有料チャンネルなどで放映される予定であるため、瓜子としても楽しみなところであった。
そうしてしばらくは、賑々しく時間が過ぎていく。
女子選手の一行はこれまでにもライブの打ち上げに参加したことがあったので、メンバー以外のスタッフともそれなりに交流が深められているのだ。だからこそ、ユーリと多賀崎選手の壮行会を同時開催とすることも可能であったのだろう。噂によると、スタッフの中でもユーリの影響で格闘技に興味を持ち始めた人間が複数存在するのだという話であった。
そうしてあっという間に一時間ほどが経過すると、ダイが再び声を張り上げた。
「それじゃあここらで、ユーリちゃんとマコっちゃんの壮行会に移行させてもらうかな! そんなもんに興味はねえっていう不届き者は、隅っこで勝手に盛り上がっててくれ!」
幸いなことに、多くの人々が好意的な歓声をあげてくれていた。
まあ、ユーリたちの北米進出に興味がない人間でも、とにかく騒げれば何でもいいというテンションであったのかもしれない。ともあれ、その一件を軽んじていない人々は、それぞれのグラスを掲げながらダイのもとに寄り集まったのだった。
「まずは、送辞の挨拶からな! 小笠原さん、よろしくどうぞ!」
小笠原選手はゆったりと笑いながら、ダイのかたわらに進み出る。最初は瓜子にこの役割が振られていたのであるが、どうにも荷が重い気がしてならなかったので、女子選手の中心的存在である小笠原選手に肩代わりしてもらったのだ。
「えーと、そんなに堅苦しい挨拶は得意じゃないんで、いつも通りに喋らせてもらうけど……みんなも知ってる通り、桃園由宇莉さんと多賀崎真実さんは『アクセル・ロード』っていう北米の大きなイベントに参加することになりました。それで、『トライ・アングル』の方々も一緒にお祝いをしたいってことで、こういう場を作ってもらえることになったわけです。自分たちこそこんな大きなイベントをやり遂げたばかりだっていうのに、二人のために大変な手間をかけてくれて、心から感謝しています」
『トライ・アングル』のメンバーや女子選手の何名かが、はやしたてるように口笛や拍手を鳴らす。それがおさまるのを待ってから、小笠原選手はさらに言葉を重ねた。
「アタシも《アトミック・ガールズ》を主戦場にしてきた身として、二人の躍進を心から誇らしく思っています。まあ、もうちょっと時期が違ったら、自分だって参戦できたんじゃないかっていう悔しい思いもあるけど……今回参加する選手たちの頑張り次第では、今後も同じぐらいの大きなチャンスが転がり込んでくるだろうからね。日本の女子選手の代表として、二人には死力を尽くしてもらいたく思います」
時おりおどけた言葉をはさみつつ、小笠原選手の表情は優しく、そして力強かった。
やっぱり小笠原選手にこの役目を譲っておいて、正解であったのだ。瓜子には、とうていこんなに立派な言葉を届けることはできそうになかった。
「アタシからは、以上かな。ダイさん、あとはよろしく」
「はいはい! 素晴らしいコメントで二人を激励してくれた小笠原さんに、盛大な拍手を! ……それでは引き続き、過酷な戦いに挑む二人にプレゼントの授与!」
ぺちぺちと手を鳴らしていたユーリが、「ほえ?」と目を丸くした。
「こんなにお祝いしてくださったあげく、プレゼントまでいただけるのですかぁ? なんだか、心苦しい限りですぅ」
「どんなに心苦しくても、受け取ってもらうぜ! そういえば、ユーリちゃんにプレゼントをあげたことはなかったしな!」
そんなダイの言葉に導かれて、四名のプレゼンターが進み出た。愛音、灰原選手、西岡桔平、リュウという顔ぶれである。それらの手には、大小さまざまなの包みが掲げられていた。
「まずは俺たち、『トライ・アングル』から! ユーリちゃん以外の七人で準備したものだから、そのつもりでな!」
ユーリにはリュウが、多賀崎選手には西岡桔平が、それぞれプレゼントを手渡す。どちらも、角張った包みである。
それに続いて、愛音がユーリに、灰原選手が多賀崎選手に、プレゼントを差し出した。ユーリはこんもりとした丸っこい包みで、多賀崎選手は四角く平べったい包みだ。
「こちらは、この場に駆けつけた女子選手一同で準備したものであるのです! 包みの中身の片方は愛音のチョイスですので、お気に召しましたら光栄の限りなのです!」
「ありがとぉ。気をつかわせちゃって、ごめんねぇ」
瓜子と同じぐらいプレゼントというものに慣れていないユーリは、困ったような顔でふにゃふにゃと笑っていた。いっぽう多賀崎選手も、嬉しさと困惑の入り混じった面持ちである。
「ったく。なんかそわそわしてると思ったら、こういうことだったのかい。よくあんたがこんなサプライズを黙ってられたもんだね」
「ふっふーん! マコっちゃんの喜ぶ顔を見るためだったら、どうってことないさ! ほらほら、早く開けてみてよー!」
ということで、プレゼントはその場で開示されることになった。
まずは、『トライ・アングル』からのプレゼントであるが――ユーリのほうはデジタルオーディオプレーヤーとミニスピーカーのセット、多賀崎選手のほうは電動のフットマッサージャーであった。
「ユーリちゃんの持ってるCDプレーヤーは、北米で使うには変圧器が必要だって話だったからさ。そいつには『トライ・アングル』の全楽曲と、あとはワンドとベイビーのおすすめ曲もダウンロードしておいたから、向こうでも俺たちの演奏と自分の歌声を楽しんでくれよ」
リュウがそのように説明すると、ユーリは目をぱちくりとさせた。
「確かに変圧器がどうこうというお話は、うり坊ちゃんとした覚えがあるのですけれど……どうしてそれを、みなさんがご存じなのでしょう?」
「それは、瓜子ちゃんにスパイをお願いしてたからだよ。ユーリちゃんに何をプレゼントするべきか、俺たちもさんざん迷ってたからさ」
ユーリは妙にあわあわとした様子で、瓜子とリュウの姿を見比べる。
とりあえず、瓜子は謝罪とお祝いの気持ちを込めた笑顔を返しておいた。
「もちろん多賀崎さんのほうは、灰原さんに情報収集をお願いしてました。それも北米で使える仕様なんで、荷物にならないようだったら持っていってやってください」
西岡桔平が穏やかな笑顔でそのように告げると、多賀崎選手は恐縮しきった様子で頭を下げた。
「なんか、すみません。あたしなんて、みなさんとそんなに深い仲でもないのに……」
「確かに俺たちは顔見知りってぐらいの関係かもしれませんけど、漆原くんを除くメンバーは《アトミック・ガールズ》や《フィスト》で多賀崎さんの活躍を拝見してます。多賀崎さんが『アクセル・ロード』でも活躍することを期待していますので、どうか頑張ってください」
そうして西岡桔平が身を引くと、灰原選手がうずうずと身を揺すりながら進み出た。
「それじゃあ今度は、こっちの番ね! ほらほら、早く開けてみてってばー!」
「こっちは感動してるんだから、ちょっとは余韻にひたらせておくれよ」
多賀崎選手は苦笑しながら、平たい包みに手をかけた。
そこに収められていたのは、渋いカラーリングのウエスタンシャツとインディゴブルーのデニムパンツである。それで多賀崎選手は、「なんだこりゃ?」と目を丸くすることになった。
「なんだこりゃって、かっちょいーでしょ? マコっちゃんなら、ぜーったい似合うって! サイズもぴったりのはずだからね!」
「いや、まあ、嫌いな感じの服ではないけど……こんなもん、いつ着ろってのさ?」
「そんなの、『アクセル・ロード』でに決まってるじゃん! あれって空港に出入りするときとか、合宿所への行き道なんかも撮影されるんでしょ? だから、ばっちりキメておかないとね!」
「いや、あたしも去年の『アクセル・ロード』は、テレビで観てたけど……ほとんどの人らは、ジャージとかだったじゃん」
「男と女は違うでしょー! どうせピンク頭や沙羅なんかはキメキメの格好だろうから、マコっちゃんだって対抗しないとね!」
「……そんなに気張って一回戦負けしたら、格好がつかないね」
多賀崎選手は苦笑を浮かべたまま優しい眼差しになって、灰原選手の頭を小突いた。
灰原選手はにこにこと笑いながら、涙目になっている。予算は女子選手の一同で割り勘にしていたが、もちろんプレゼントの内容を決定したのは灰原選手なのである。
そしてこちらでは、やっぱりユーリも目を丸くしていた。
ユーリへのプレゼントもふた品であり、その片方はブランドもののナイトウェア、もう片方は小ぶりの抱き枕であったのだ。
そして、瓜子自身も抱き枕のほうに驚かされていた。細長い楕円形をしたその抱き枕には、耳や手足がついており――なんと、可愛らしくデフォルメされたイノシシの姿をしていたのだった。
「愛音がチョイスしたのは、もちろんナイトウェアのほうなのです! 恐れ多きことながら、ユーリ様がご使用されているナイトウェアのブランドや素材などを調査して、もっともお気にいっていただけるようなアイテムをチョイスしたつもりであるのです!」
もちろんそういった情報を愛音に流したのも、瓜子である。このたびの瓜子は裏方に徹して、他のメンバーにプレゼントの内容を決定してもらったのだ。
ユーリはしばらくきょとんとしていたが、いきなりその場にへたり込んでしまった。
そして、足もとに置いておいた電化製品の箱ごと抱き枕とナイトウェアを抱きすくめ、ついにはぽろぽろと涙を流してしまう。
「みなさん……ありがとうございます……」
ユーリは、それしか口にすることができなかった。
世間では絶大な人気を獲得しているくせに、ユーリは見知った相手からの好意や善意というものに弱いのだ。それもまた、自己肯定感が低い証拠なのであろうと思われた。
おおよその人々は、みんな笑顔でユーリと多賀崎選手の姿を見守っている。そして、笑顔ではないサキやメイや山寺博人だって、抱く思いは同一であろう。彼らは誰もがユーリと多賀崎選手の健闘を祈り――そして、再会の日を心待ちにしてくれているはずであった。
そうして『ジャパンロックフェスティバル』の打ち上げと『アクセル・ロード』の壮行会は、宴のたけなわを迎えて――ユーリと多賀崎選手を含む数多くの人々が、そこで大きな節目を迎えることに相成ったのだった。