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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
18th Bout ~Intense summe Ⅱ~
457/955

02 入場

 昼前に新宿を出発した一行は、間に何回かの休憩をはさみつつ、午後の三時に目的地に到着することができた。

 目的の地は、苗場クイーンズホテルという宿泊施設である。こちらのホテルのチェックインの定刻が、午後の三時であったのだ。


『ジャパンロックフェスティバル』の会場は、この苗場クイーンズホテルから徒歩圏内である。というか、周囲のスキー場を運営しているのが、この苗場クイーンズホテルであるそうなのだ。女子選手の一行がこんなうってつけの場所に宿泊できるのは、『トライ・アングル』が契約している大手レコード会社のコネクションで急遽キャンセルの出た部屋を獲得できたためであった。


 そうして駐車場に二台のワゴン車をとめ、各自の荷物を担いでホテルのほうに向かってみると、その入り口に千駄ヶ谷が立ちはだかっていた。


「みなさん、お疲れ様です。事前にお伝えしておりました通り、ユーリ選手と猪狩さんは三号館、他のみなさんは二号館となりますので、それぞれチェックインをお願いいたします」


 ユーリと瓜子は関係者として、事前に予約が取られていた。なおかつ今回は、千駄ヶ谷と同室であるのだ。千駄ヶ谷はすでにチェックインしていたので、その案内で部屋に向かってみると、そちらの部屋には二つのベッドとソファベッドが設えられていた。


「なるほど。三人部屋って、こういう作りになってるんすね。それじゃあ自分は、ソファベッドを拝借します」


「そちらではユーリ選手と隣り合うことができませんが、それでよろしいのですか?」


「え? だって……上司の千駄ヶ谷さんをソファベッドに追いやるなんて、できないっすよ」


「私はユーリ選手の精神的なコンディションを最優先にしたく思います。ユーリ選手は、猪狩さんがどちらでお休みになることを希望しますか?」


「えー? それはもちろん、うり坊ちゃんがお隣にいてくれたら、至福の境地でありますけれどぉ」


 と、ユーリがもじもじしながら遠慮のない主張をしたため、瓜子は敬愛する上司をソファベッドに追いやることになってしまった。

 瓜子としては恐縮することしきりであるが、言いだしっぺは千駄ヶ谷であるのだから文句をつけられる筋合いはないだろう。それでものちのち怖い目に合わないように、瓜子は平身低頭で感謝とお詫びの言葉を伝えておくことにした。


 そうして持参した荷物を広げ、必要なものをまとめてから、ホテルの入り口で他の面々と再集合する。その段階で、気の早いメンバーは昂揚に頬を火照らせていた。


「さー、それじゃあまずは、『ベイビー・アピール』のライブだね! 一曲目から見逃さないように、速攻で移動しよー!」


『ベイビー・アピール』の出演は午後の五時であるため、まだまだ時間にゆとりはある。しかし勝手のわからない環境であるので、とにもかくにも会場を目指すことになった。


 千駄ヶ谷を加えて十三名となった一行は、誰もが小ぶりのナップザックなどで必要な荷物を携帯している。とにかくこのイベントは特殊な様式であったため、千駄ヶ谷が事前に入念なリサーチをしてくれたのだ。


「基本的には、屋外のキャンプ場でライブが行われるようなものだとイメージしてください。よって、こちらのイベントを観戦するには、キャンプと同様の備えが必要となるのです」


 そのように語る千駄ヶ谷から携帯するように言いつけられたのは、帽子、夜用の上着、懐中電灯、タオル、ウェットシート、ドリンクボトル、雨合羽やポンチョなどの雨具、日焼け止め用品、虫よけ用品、レジャーシート、折りたたみ椅子などなどである。なおかつ、衣服もとにかく活動的なスタイルにするようにと厳命されていた。


「現地は八月の末でも最高気温が三十度、最低気温が十五度という環境にあるようです。そして山あいであるために天候が崩れやすく、一日に数回の雨に見舞われる可能性が高いとされています。ですが会場は危険防止のために傘が禁止とされていますので、必ず各自が雨合羽などの雨具を持参してください」


 キャンプやら何やらと無縁な人生を過ごしてきた瓜子には、いずれもありがたい助言であった。ただ、そのような環境でどのようにライブが行われるのかは、さっぱりイメージできていなかった。


「海外ではそういうフェスが主流みたいだけど、日本ではなかなか真似しにくかったんだろうね。でもまあジャパンフェスもけっこう回数を重ねてるから、ずいぶん環境も整ったみたいだよ」


 会場に向かって歩を進めながら、そんな風に語っていたのは音楽好きであるという高橋選手であった。この一行でもともと音楽に関心が強かったのは高橋選手と鞠山選手と小柴選手の三名であり、鞠山選手などは過去にジャパンフェスを観戦した経験も持っていたのだった。


「今日は『ベイビー・アピール』と『ワンド・ペイジ』で、明日は『モンキーワンダー』と『トライ・アングル』ですもんね! それを全部観戦できるなんて、すごく楽しみです!」


 小柴選手などは、尻尾を振りたてる子犬のようにはしゃいでしまっていた。

 そしてその昂揚がマックスに達したのは、会場の入り口に到着したときである。なんとその場には、『ワンド・ペイジ』と『モンキーワンダー』のメンバーがずらりと立ち並んでいたのだった。


「みなさん、お疲れ様です。俺たちも『ベイビー・アピール』のステージを拝見するんで、よかったらご一緒させてください」


 西岡桔平が、いつも通りの柔和な笑顔で挨拶をしてくる。

 まあ、彼らと合流するのは予定通りであったため、驚く人間はいない。ただ、『モンキーワンダー』が同行しているのは不測の事態であったため、彼らのファンである小柴選手は気の毒なぐらい慌てふためいてしまっていた。


「ど、ど、どうしてみなさんが、ワンドの方々とご一緒におられるんですか?」


「えー? あたしらも合流したいって花ちゃんさんに連絡を入れておいたんだけど、あかりちゃんは聞いてなかった?」


 キツネを思わせる容姿をした『モンキーワンダー』のドラマー、ぐっちーこと原口千夏がそのように答えると、鞠山選手は大きな口から舌を出した。


「そういえば、あかりには伝え忘れてただわね。ま、サプライズにすれば喜びも倍増なんだわよ」


「ひ、ひどいですよー! 絶対にわざとですよね!?」


「何がひどいんだか、さっぱり理解不能なんだわよ。とにかく、入場するだわよ」


 会場の入り口は大きなゲートになっており、そこでチケットを提示すると、入場証としてリストバンドを装着される。こちらは明日の観戦を終えるまで、決して外してはならないのだ。

 ただし、ユーリと瓜子と千駄ヶ谷は出演者とその関係者であるため、事前にスタッフ用のリストバンドを受け取っている。一般客とはカラーリングが異なっており、それが『ワンド・ペイジ』の面々とおそろいであるものだから、瓜子はひそかに胸を高鳴らせることになってしまった。


 そうしていざ、会場の内に足を踏み入れてみると――そこはすでに、とてつもない人の海であった。

 そして入り口のすぐそばに巨大なテントが張られており、そこから盛大に音楽が聴こえてくる。バンドの生演奏ではなく、DJブースか何かであるようだ。瓜子にはまったく馴染みのない、デジタルなダンスミュージックであった。


「すごい人混みっすね。……ユーリさん、大丈夫っすか?」


「うみゅ。お肌さえ触れなければ、どうということはないのです」


 ユーリはつばの広いハットとサングラスでピンク色の頭と目もとを隠蔽しており、日焼け対策として夏用のカーディガンにショートパンツとロングのレギンスといういでたちである。それでも卓越したボディラインはあらわとなっているので早くも人目を集めてしまっていたが、それでも正体までは露見していないようであった。


 なおかつ、『ワンド・ペイジ』と『モンキーワンダー』の面々も、おおよそは帽子とサングラスで人相を隠している。この場にあっては、彼らのほうこそ多くの人々に認知されているはずであるのだ。ただ、その場を行き交う人々は誰もが浮かれきっており、出演者がこっそりまぎれこんでいることにもなかなか気づく気配はなかった。


「とりあえず、ベイビーの出演するステージまで近づきますか。ご案内しますので、はぐれないように気をつけてください」


 頼もしき西岡桔平の案内で、一行は会場内を突き進んだ。

 まあ会場といっても完全に屋外であるので、瓜子としては文字通りお祭りの現場に足を踏み入れたような心地である。ただ、聞こえてくるのは盆踊りや和太鼓の演奏ではなく、小洒落たダンスミュージックであるというのが、なかなか不思議な気分であった。


 瓜子は愛音とともにユーリの身をはさみこみ、後方は千駄ヶ谷が固めてくれている。そして気づくと、ユーリのすぐ目の前にはサキが陣取っていた。ユーリの人肌アレルギーを知るサキも、無言のまま壁の役を担ってくれたのだ。サキのこういう優しさに、瓜子はいつも心をつかまれてしまうのだった。


 少し歩くと、さきほどよりも大きなテントが見えてくる。サーカス団が公演を行うような、巨大テントである。その内側からは、バンドの生演奏と思しき重低音が響いていた。


 あまりに人が多いために、そういった巨大テントぐらいしか周囲の様相は見て取れない。

 ただ――それらの背後には、遠く緑の稜線が見えていた。

 ここはもともとスキー場であり、周囲を山に囲まれているのだ。

 そんな大自然の真ん中に、数万人の人々が集まり、ダンスミュージックやロックサウンドを響かせている。この段階で、瓜子の非日常感は最高潮に達していた。


 そうして五分ほど前進すると、ようやく視界が開けてきた。

 人混みと人混みの間に、ささやかな余白ができている格好だ。そして新たな人混みの向こう側には、屋根を張られた屋外ステージがうかがえた。


「あれがベイビーの出演するセカンドステージです。ライブの開始まで、あと一時間弱ってところですね」


「ふーん! 今は誰も演奏してないんだ?」


 灰原選手が弾んだ声で問いかけると、西岡桔平は「ええ」と鷹揚に応じた。


「たいていは、間に一時間ぐらいのインターバルが空けられています。それぐらい猶予があれば、次のバンドもゆっくり準備できますからね。ジャパンフェスでは六つのステージがありますから、インターバルの間は他のステージをお楽しみくださいっていうスタイルなわけです」


「なるほどなるほど! それじゃあ、あたしらはどうしよっか? 一時間もぼけっとしてるのは、時間がもったいないよね!」


 これには、色々な意見が集められた。ざっくり分ければ、休息を求める意見と会場を見回りたいという意見である。むろん、これだけの人数で意見を統一させることは不可能であったため、ここからはグループで分かれることに相成った。


 結果、半数ぐらいのメンバーは一時離脱し、残る半数はこちらでシートを敷いて休息することになった。人混みの苦手なユーリはもちろん休息を願っていたので、瓜子はそちらと一蓮托生である。


 高橋選手は好みのバンドが他のステージでライブを行っている時間帯であったため、鞠山選手や小柴選手とともにそちらへと向かう。灰原選手はとにかくあちこちを見回りたいと主張して、多賀崎選手とオリビア選手がそれに付き添うことになった。

 いっぽう音楽関係者のほうは、懇意にしているバンドの演奏を拝見するために、西岡桔平と『ワンダーモンキー』の男性陣が離脱する。西岡桔平も三時間後にはライブを控えているというのに、元気なものである。なおかつ『ワンド・ペイジ』の三名は、イベント初日である昨日からこの場に参じていたのだった。


 瓜子たちはセカンドステージとやらを遠くに眺めながら、空いているスペースにレジャーシートを敷いて休息の場を整える。周囲にはぽつぽつと同じように休息している人々がいて、楽しそうに歓談していた。

 この一帯は足もとが芝生であるために、本当にキャンプに来たかのような心地である。

 都心に比べれば気温は低いのであろうが、これだけの人混みであるのだから暑苦しさは否めない。ただ、山の稜線と果てしない青空に囲まれているためか、常にはない清々しさを満喫することができた。


「なんか、落ち着く気分と昂る気分がごっちゃになってる感じで、不思議な心地っすね。ユーリさんは、どうっすか?」


「んー、よくわかんにゃいけど、楽しいことだけは確かですにゃあ」


 と、ユーリはサングラスをずらして、やわらかい眼差しを瓜子に向けてくる。


「普通だったらこんな人混みだけでうんざりしそうなところですけれども、隣にうり坊ちゃんがいてくれるし、他のみなさんもいてくれるし、明日は『トライ・アングル』のライブだし、隣にうり坊ちゃんもいてくれるし、とってもハッピーな心地なのです」


「今、言葉が重複してましたよ」


「うみゅ。うり坊ちゃんへの愛を前面に押し出すには、必要な措置であったのです」


 瓜子たちがそんな阿呆な会話を繰り広げていると、原口千夏がひょこひょこと近づいてきた。


「うり坊ちゃん、ユーリさん、あらためまして、おひさしぶりぃ。サマスピのほうも、お疲れ様でしたぁ」


「あ、どうもお疲れ様です。サマスピは日取りが別々で、残念でしたね」


「うん。でも今回は前日からご一緒できて、ラッキーだったなぁ」


 瓜子の隣に腰を下ろしつつ、原口千夏はにこりと微笑んだ。


「あたしらのライブは明日の三時からだから、よかったら観てみてねぇ」


「もちろんです。鞠山選手や小柴選手も、『ワンダーモンキー』のライブを楽しみにしてますよ」


「『トライ・アングル』は、夜の七時からだっけ? ちょっと天気が心配なところだねぇ」


「ああ、台風が近づいてきてるんでしたっけ。でも、進路は外れてるはずっすよね」


「でも、台風ってのはいやーな感じに進路がずれるもんだからさぁ。ジャパンフェスも過去に何回か、台風で公演中止になっちゃってるしねぇ」


「えーっ! そのような事態がありえるのでしょうか?」


 ユーリが慌てて身を乗り出すと、原口千夏はもともと細い目をさらに細めて微笑んだ。


「そりゃまあ屋外のイベントなんだから、台風には太刀打ちできないっしょ。なんとか自分たちの演奏時間に到来しないように、お祈りするしかないねぇ」


 すると、遠からぬ位置から「ぐっちー!」と彼女を呼ぶ声がした。隣のシートでは、彼女の相棒たる定岡美代子が山寺博人や陣内征生と語らっていたのだ。


「なんだよ、もう援軍要請か。オトコ相手だと、みよっぺは弱いなぁ。……じゃ、また後でおしゃべりさせてねぇ」


 そんな言葉を残して、原口千夏は早々に立ち去っていく。

 そしてこちらでは、ユーリが瓜子のTシャツの裾をつかんでいた。


「どうしよう、うり坊ちゃん? 明日のライブが中止になったりしたら、ユーリは悲しみのズンドコだよぅ」


「うーん。こればっかりはぐっちーさんの言う通り、天に祈るしかないっすね。でも、進路は外れる予報ですし、きっと大丈夫っすよ」


「でもでもユーリは、運の悪さに自信があるのです。今年はこれが最後のライブかもしれないのに……中止になったら、いやだなぁ」


 ユーリがあまりに悲しげであるものだから、瓜子まで悲しい気持ちになってきてしまった。


「大丈夫ですってば。みんなで祈れば、どうにかなります。だいたい、ユーリさんに運の悪いイメージなんて、自分はまったく持ってなかったっすよ」


「うみゅ……この広大なる世界でうり坊ちゃんと巡りあえたのだから、そういう意味では幸運の極致なのですけれども……それですべての幸運を使いきってしまった感もありますしにゃあ」


「なんすか、それ。甘えるんだか悲しむんだか、どっちかにしてください」


「にゅふふ。ユーリのお胸に渦巻く不安感が、うり坊ちゃんの温もりを求めてしまうのです」


 と、けっきょく最後にはふにゃんと笑うユーリであった。

 瓜子は苦笑を浮かべつつ、ユーリの鼻を弾くふりをしてみせる。

 そんな瓜子たちの頭上には、台風の到来など微塵も感じさせない青空が広がっていた。

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