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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
18th Bout ~Intense summe Ⅱ~
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05 夏の夜の饗宴(上)

 大江山すみれとの真剣勝負を終えた瓜子とユーリは、他の面々と合流して地獄の猛稽古をやりとげることに相成った。


 残り二時間と数十分をかけて、三パターンのトレーニングである。その時間内で、瓜子はすべての女子選手と手合わせをすることができた。

 一年ぶりに肌を合わせることになった赤星弥生子は、相変わらずの強さである。ただし古武術スタイルは封印されているので、立ち技でも寝技でもごく純粋なMMAの技術交流だ。赤星弥生子が凄いのは、あれだけ特異な古武術スタイルをメインにしながら、基本の技術をまったくおろそかにしていないことであった。


 古武術スタイルを使わずとも、彼女はれっきとしたトップファイターである。立ち技の技術は小笠原選手と同格であるし、寝技で彼女の上をいけるのはユーリと鞠山選手の二名のみだ。インターバルの考察の時間で疑問の声をあげたのは、灰原選手であった。


「あんたって、試合で使わない技術をどうしてそんなに磨き込んでるの? その時間を古武術スタイルに割いたほうが、効率的じゃない?」


「いや、私は――」と赤星弥生子が答えようとすると、青田ナナが「ちょっと!」とその腕を引っ張った。


「そんな、自分の不利になるようなことを馬鹿正直に答える必要はないはずですよ。もうちょっと、警戒心ってもんを持ってくださいよ」


「そうか。でもきっと、プレスマンの方々にはもう察しがついているのじゃないかな。私の過去の試合を検分すれば、おのずと答えは明らかになるからね」


「そんなもん、あんたの試合を何回か目にするだけで察しはつくだわよ。気づかないのは、残念な知能をした低能ウサ公ばかりだわね」


「なんだよー! だったら、あんたが説明してみなよ!」


「簡単な話だわよ。たぶん古武術スタイルってのは、大怪獣タイムの発動時には使えないんだわよ。だからそのときに備えて、通常のスタイルも磨き抜く必要があるってわけだわね」


 赤星弥生子は明言を避けていたが、それが正解であったのだろう。赤星弥生子のファイトスタイルを検分し尽くしたプレスマン道場のコーチ陣も、同じ答えに行き着いていたのである。


「たぶん大怪獣タイムってやつを使ってる間は、馬鹿みてえに血圧が上がってるんだろうからな。そんな状態で冷静にカウンターを狙うってのは、普通に考えても難儀だろうよ」


 かつて立松コーチは、そのように語っていたものであった。

 人間離れした身体能力を発揮する大怪獣タイムの発動時に古武術スタイルでカウンターを狙えれば、それこそ天下無双であろう。しかし赤星弥生子は過去の試合で、一度としてそのような真似に及んだことはない。であればそれが、唯一の答えを示しているはずであった。


(つまり弥生子さんは、二つのスタイルをこれだけの練度で磨き抜いてるってことだ。本当に、物凄い人だよなぁ)


 瓜子としては、そんな思いを新たにするばかりであった。


 そうして合計五時間に及ぶ本稽古も終了し、夜の到来である。

 明日はビーチで遊んで帰るだけなので、合宿における稽古もこれで終了だ。瓜子たちは今日からの合流であったが、今日一日だけでも数々の得難い経験を手にすることができたのだった。


「さー! あとはお待ちかねの、打ち上げだー! 昨日セーブしたぶん、今日は楽しむぞー!」


 稽古後にシャワーを浴びながら、灰原選手はそのように声をあげていた。これだけハードな稽古を終えても、余力は十分なようである。疲労の色を隠しきれずにいたのは、初日から参加していた四名のみであるようであった。


「でも、本当にいい経験をさせてもらったよ。こんなことなら、ゴールデンウィークの合同稽古にも参加させてもらうべきだったね」


 そんな風に語っていたのは、初日組のひとりである高橋選手であった。


「あたしはやっぱり、天覇のメンツってやつにこだわってたんだろうと思う。来栖さんや御堂さんがそっちに合流しても、どうしても便乗しようって気持ちになれなかったんだ。……それであんなしょっぱい試合をしてたら、メンツもへったくれもないのにね」


「そんなことはないっすよ。自分だって小笠原選手にお誘いされるまでは、出稽古なんて考えたこともありませんでしたからね。よその力を借りて強くなるなんて潔くないって気持ちが、自分にもあったんだと思います」


 シャワーの後、更衣室で着替えながら、瓜子はそのように答えてみせた。

 新しいTシャツに首を通してから、高橋選手は「ふうん」と瓜子を見つめてくる。


「それじゃあ小笠原さんに誘われたとき、どうしてオッケーする気になれたんだい?」


「それはたぶん……その前に、小笠原選手を出稽古でお迎えしてたからだと思います。それできっと、小笠原選手のことを選手としても人間としても尊敬できるようになったから、もっと一緒に稽古をしたいなって気持ちが生まれたんじゃないっすかね」


 瓜子がそのように答えると、高橋選手は厳つい顔にはにかむような微笑をたたえた。


「それじゃあさ……もしもあたしがプレスマンで出稽古をしたいって言ったら、受け入れてくれるかい?」


「それはもう、自分としては大歓迎っすよ。もちろんコーチ陣のお許しが必要な話ですけど、断る理由は何もないと思います。……でもそういえば、これまで天覇系の選手をお迎えしたことはなかったっすね。こっちから天覇館や天覇ZEROにお邪魔することはありましたけど」


「うん。やっぱり天覇は、自分たちのやりかたにこだわりが強いんだと思う。でも……来月になったら御堂さんは北米だし、来栖さんもスパーができる状態じゃないから、そうなるとあたしは男連中しかやりあう相手がいなくなっちゃうんだよ。もちろんそれだって、身になる稽古だってことに変わりはないけど……猪狩たちに稽古をつけてもらえたら、あたしはもっと強くなれると思うんだ」


「そんな風に言っていただけるのは、光栄です。こっちも来月にはユーリさんがいなくなっちゃうから、手薄になるところでしたし……って、なんでユーリさんがいじけたお顔をしてるんすか?」


「いいのですいいのです。うり坊ちゃんは何も気にせず、ユーリのいない時間をエンジョイしてほしいのです」


「もう、しかたのないお人っすね」


 瓜子は温かい気持ちを苦笑で隠しつつ、まだドライヤーをかけていないユーリの湿った髪を引っ張ることになった。いっぽう高橋選手も、困った顔で笑っている。


「あんたたちは『アクセル・ロード』で稽古と試合の毎日なんだから、こっちを羨ましがる筋合いじゃないでしょうよ。シンガポールの連中に全勝する姿を期待してるよ」


 そんな感じに交流を深めつつ、瓜子たちは打ち上げの会場たる中庭を目指すことになった。

 そちらではすでに山ほどの料理が積み上げられて、人々の熱気がたちこめている。キッズクラスの門下生とその保護者たちは、このひとときを分かち合うために三時間も空きっ腹で待ってくれていたのだ。そうして瓜子たちがその場に乗り込んでいくと、まるでライブ会場のように歓声が張り上げられたのだった。


「はいはい、静粛に! 今年も最後まで怪我人を出すことなく、無事に稽古を終えることができたな! 家に帰るまでが遠足だが、今はこの時間を楽しんでくれ!」


 大江山軍造がそのように言いたてると、新たな歓声が巻き起こった。

 そして締めくくりは、赤星弥生子の挨拶である。


「今回も外部から大勢の方々を招いて、非常に充実した稽古を積めたように思う。今日の経験を活かせるように、道場に戻ってからも各々研鑽に取り組んでもらいたい。……あと、『トライ・アングル』の方々も今は打ち上げを楽しんでいただきたいので、サインや写真撮影などは会の終わり際に時間を作っていただく予定になっている。それまでは節度のある交流に励んでもらいたい」


 そんな言葉を聞かされて、人々はさらなる歓声を張り上げる。

 赤星弥生子はあくまでも厳粛なる面持ちで、テーブルからミネラルウォーターのプラコップを取り上げた。


「それではみなさん、お疲れ様でした。……乾杯」


 とてつもない勢いで「かんぱーい!」という声が唱和され、合宿稽古の打ち上げが開始された。

 瓜子の周囲には、女子選手と『トライ・アングル』の面々が入り乱れている。その中で、長袖姿のタツヤが缶ビールを振り上げた。


「いやー、四時間も稽古して身体はガタガタだけど、最高の気分だな! 瓜子ちゃんも、お疲れ様!」


「はい、お疲れ様でした。キッズクラスとの稽古は如何でしたか?」


「そりゃあもう、コテンパンだよ! 寝技でも立ち技でも、中学生にボロ負けでさ! まあ、あっちは何年も真面目に稽古を積んできたんだから、それが当然なんだけどよ!」


「ああ。ああいう子たちが、ゆくゆくはプロ選手になったりするんだろうからな。そうしたら、今日のボロ負けだって自慢の種さ」


 そのように語るリュウは、へろへろの顔で笑っている。体験スクールの終了時にはまだまだ元気であったものの、その後の二時間の稽古でくたびれ果ててしまったのだろう。それでも笑顔であるだけ、大したものであった。


 少し離れた場所では、西岡桔平が赤星道場の門下生と酒杯を交わしている。山寺博人や陣内征生も灰原選手やオリビア選手といった社交的な相手に囲まれて、孤立はしていないようだ。そして瓜子のかたわらでは、ユーリがもりもりと食欲を満たしていた。


「ユーリちゃんは、すげえなぁ。ライブの後もすげえけど、その倍ぐらい食ってそうだ」


「にゃはは。消費したカロリーを摂取しないと、大事なお肉が落ちてしまいますのでぇ」


「ああ。胃腸が強くないと、ファイターなんて務まらないんだろうな。胃弱の俺には、絶対無理だよ」


 そんな風に言ってから、リュウはふいに真剣な眼差しになった。


「でも……本当にユーリちゃんたちは、同じ階級の相手にも全力全開だったみたいだな。前にも聞いたけど、『アクセル・ロード』に参加する選手同士でも手の内を隠す気はないんだな」


「はぁい。どうせアメリカンな合宿所でも、合同稽古をする身ですのでぇ。手の内を隠しながらお稽古に励むなんて、おばかなユーリには荷が重いのですよねぇ」


「うん、まあ、ユーリちゃんはたとえ手の内をさらしても、規格外の強さだもんな。シンガポールの連中はよくわからねえけど、でもやっぱり優勝候補はユーリちゃんなんだろうと思うよ」


 そう言って、リュウは和やかな眼差しを取り戻した。


「そうしたら、ユーリちゃんもいよいよ《アクセル・ファイト》と正式契約か。あれこれ忙しくなるだろうけど、『トライ・アングル』のほうもよろしくな」


「こちらこそですぅ。もちろん『アクセル・ロード』の結果がどうなるかは、神のみぞ知るですけれども……『トライ・アングル』のみなさんが、いきなり北米に行くなどと言い出したユーリを見捨てずにいてくれて、ユーリは心から嬉しかったんですよぉ」


 ユーリが無邪気な笑顔を返すと、リュウは「はは」と笑って立ち上がった。


「こんなくたびれ果てた状態でユーリちゃんの笑顔を拝んでたら、よこしまな気持ちがぶり返しちまいそうだ。俺もちょっくら、むさ苦しい連中の相手をしてこようかな」


 そうしてリュウが立ち去ると、空いた席に赤星弥生子がやってきた。


「猪狩さん、桃園さん、お疲れ様でした。それに、今日は本当にありがとう。ナナにとってもマリアにとっても、かけがえのない経験を得られたように思う」


「こちらこそ、ありがとうございました。……大江山さんは、大丈夫っすか?」


「うん。わたしが想定していたよりも、すみれは君たちを意識していたようだね。しかし、すみれが君たちに挑むのは……短く見積もっても、三年は早かっただろう。大事な稽古のさなかに面倒をかけてしまって、心から申し訳なく思っているよ」


「いえ。自分にとっても、貴重な体験でした。……やっぱり古武術スタイルって、おっかないっすね」


「うん。すみれもまだまだ私ほどではないけどね」


 瓜子がきょとんと目を丸くすると、赤星弥生子はたちまち顔を赤くしてしまった。


「すまない。冗談口を叩いてみたんだ。慣れないことは、するものじゃないね」


「いえいえ! これも貴重な体験でした! ……いつかは弥生子さんとも本気でやりあってみたいものです」


 瓜子がそのように答えると、赤星弥生子は赤くなった頬をさすりながら「そうだね」と微笑んだ。


「ただ、私と猪狩さんは二階級も離れている。申し訳ないけれど、私にとってリスクが大きすぎるかな」


「え? 自分じゃなくって、弥生子さんにとってですか?」


「うん。私は赤星道場の看板を背負う立場だからね。二階級も下の選手に負けることは許されないんだよ。……その可能性は、きっと小さくはないのだろうしね」


「あはは。それはさすがに、ありえませんよ。……あれ? 弥生子さんは、本気で言ってるんすか?」


「うん。私は自分よりも小柄な相手と戦い慣れていないからね。ナナやマリアは誤差の範囲だし、すみれはまだまだ修行中の身だ。猪狩さんほど小柄で、しかもそれだけ練度の高い技術を持った相手とやりあった経験が、私にはない。ある意味では、桃園さんよりも厄介な相手だよ」


 そう言って、赤星弥生子は切れ長の目に澄みわたった輝きをたたえた。


「だから私は赤星道場の面目を保つために、猪狩さんと対戦してはならないと考えている。それでも、気持ちが疼いてしまうのは……やはり、ファイターとしての性というものなのかな」


「……弥生子さんほどのお人にそこまで言っていただけるのは、光栄の極みですよ」


 瓜子は精一杯の思いを込めて、赤星弥生子に笑顔を返してみせた。

 すると、隣の席からユーリがくいくいと袖を引っ張ってくる。


「えーと、ユーリさんが嫉妬してしまうので、この話題はここまでとしましょうか」


「うん。これではいつぞやの撮影が現実化してしまいそうだからね」


「うわー、嫌な記憶がよみがえっちゃいました。あの雑誌、そろそろ発売されるんすよね」


「うん。みずからの決断で臨んだことなのに、私も憂鬱な心地だよ」


 合宿稽古を無事に終えられたためか、赤星弥生子はびっくりするほど和やかな空気を纏っていた。もちろんここ最近の彼女は、ずっと友好的な態度で瓜子たちに接してくれていたのだが――それとも比較にならないほど、くつろいだ姿を見せているように思えたのだ。


 瓜子はそれが嬉しくて、また涙ぐんでしまいそうだった。朝方の挨拶回りのときのように、感傷的な気持ちがぶり返してしまったのだ。

 しかしこのように楽しい場でそんな気持ちにひたるなど、もったいなくてならない話である。

 そのように考えた瓜子が力ずくで笑顔を作ってみせると、赤星弥生子もまたそれを包み込んでくれるような表情で微笑んでくれたのだった。

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