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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
18th Bout ~Intense summe Ⅱ~
442/955

ACT.1 SUMMER SPIN FESTIVAL 01 出番前

 そして、八月がやってきた。

 瓜子がユーリと出会ってから、三度目の――そして、きわめて多忙な八月である。


 まず、八月の第一日曜日、『トライ・アングル』は千葉の幕張にて行われるロックフェスに参戦する。

 その翌日から二日間は、赤星道場の合宿稽古に参加である。

 合宿明けの水曜日には『トライ・アングル』のセカンドシングルが発売され、金曜日には深夜枠の音楽番組の収録、翌週の土曜日には無理やりねじ込んだ単独ライブ、さらに翌週には新潟のロックフェスに参戦だ。


 なおかつ、それ以外の日においては日中に副業の仕事がびっしりと入れられており、夜にはみっちりと稽古を積む予定になっている。まあ、瓜子たちにとってはそれらが普段の日常であり、そこに上記の日常ならぬイベントが詰め込まれた格好であった。


 そしてそれらの仕事をすべて終えたとき、ユーリは北米に旅立つのだ。

 八月に入った時点で、ユーリの出立まで一ヶ月を切っているわけであった。


 人生のかかった大一番を前に、ユーリはこれだけのスケジュールを詰め込まれたという言い方もできる。

 ただそれは、ユーリ自身の選んだ道であった。ユーリが『トライ・アングル』の活動を二の次にしていたならば、セカンドシングルのリリースを二ヶ月も早めることにはならず、それにともなうライブ活動を行うことにもならなかったはずであるのだ。


 よってユーリは、普段以上の意欲でもって、八月の活動に臨もうとしていた。

 ならば瓜子も、一心同体である。ただユーリのマネージャー補佐であるというだけでなく、瓜子は自分の意思で、ユーリと同じ喜びと苦労を背負いたいと、そのように決意していたのだった。


 そうしてやってきた、八月の第一日曜日――

 まずはライブ活動の第一弾、千葉の幕張にて開催されるロックフェスへの出場である。

 大いなる意欲でもってその会場に乗り込んだ瓜子は、そこで本来の業務とは関わりのない煩悶を抱え込むことになったわけであった。


                   ◇


「あの……みなさんは本当に、明日の合宿稽古にいらっしゃるおつもりなんですか?」


『トライ・アングル』にあてがわれた楽屋において、瓜子が力なく問いかけると、ダイが「もちろん!」と元気いっぱいに応じてきた。


「赤星道場のお人からもオッケーをもらえたんだから、今さらキャンセルはできねえさ! 宿のほうだって、もう予約しちまったんだからな!」


「でも……『ベイビー・アピール』のみなさんなんかは、全国ツアーでお忙しいさなかでしょう?」


「来週は平日のライブもないし、そのまま週末も盆休みだから、俺たちは十日ぐらい完全オフなんだよ! これなら体力が有り余るぐらいさ!」


 そうして瓜子が溜息をついていると、リュウが心配げに「どうしたんだい?」と問うてきた。


「ゴールデンウィークの合宿にお邪魔したときは、瓜子ちゃんも喜んで迎えてくれたろ? もしかして……あれでもう、部外者を呼ぶのはこりごりだって気持ちになっちまったのかな?」


「あ、いえ、そういうわけじゃないんすよ。ただ今回は、合宿の内容が内容なんで……」


「合宿の内容って、昼は体験スクールで、夕方からはマジ練だろ? 別に瓜子ちゃんが気に病むようなことは……あ、もしかしたら、朝から昼までのことを気にしてるのかい?」


「はい……午前中は、ビーチでレクリエーションっていう予定になってますんで……」


 リュウは納得した様子で「なるほど」とうなずき、いっぽうダイは喜色満面となった。


「ビーチでレクリエーション! 楽しみだよな! 瓜子ちゃんたちの水着姿はなんべんも拝ませてもらってるけど、海辺で拝見したら格別に決まってるしよ!」


 瓜子は「あああ……」と頭を抱え込み、リュウはダイの坊主頭をぺしんと引っぱたいた。


「よくもまあ、そんな気軽にはしゃげるもんだな。ちっとは瓜子ちゃんの気持ちを察しろよ」


「なんだよー! 楽しみなもんは楽しみだろ! 文句があるなら、お前は宿に引きこもってろよ!」


「瓜子ちゃんがこんなに嫌がるなら、本気で検討するべきかもな。もちろん俺だけじゃなく、野郎連中は全員だぞ?」


「えーっ! 瓜子ちゃんは、俺たちと遊ぶのがそんなに嫌なのかよ?」


 ダイは一転して、悲しげな顔を瓜子に寄せてくる。『ベイビー・アピール』でも一番の強面であるダイにそんな顔をされてしまうと、瓜子は胸が痛んでならなかった。


「嫌なんじゃなくて、ただひたすらに恥ずかしいんすよ。ウェットスーツでも着られるなら、まったく問題はないんすけど……それは灰原選手とかが許してくれそうにないんすよね……」


「つまり去年も瓜子ちゃんは、そうやって泣く泣くレクリエーションに参加したってわけだ。瓜子ちゃんって、根っから優しいんだなぁ」


 しみじみとつぶやくリュウに、瓜子は「そんなことないっすよ」と答えてみせた。


「自分は優しいんじゃなくて、ひたすら要領が悪いだけです。あとは意思が弱いから、ずるずる状況に引きずられちゃうんでしょうね」


「瓜子ちゃんの意思が弱かったら、全人類がそれ以下の軟弱者だろうな。瓜子ちゃんは優しいから、人の期待を裏切るのが嫌なんだよ。でもきっと、本当に嫌なことは何がどうあっても絶対に断るんだろうと思うよ」


「……水着姿をさらすのも、本当に嫌だと思ってるつもりなんすけど」


「あはは。それは嫌がる気持ちより、周囲の期待を裏切るのが心苦しいって気持ちのほうが上回ってるんだろうな」


 リュウがそのように言いたてたとき、楽屋の奥に設置されたモニターから大歓声が響きわたった。トップバッターのバンドがステージに姿を現したのだ。


 ここは年末の『Sunset&Dawn』でもお世話になった、幕張パレットなる会場である。このたび参戦した『サマースピンフェスティバル』なるイベントも、おおよそは『Sunset&Dawn』と同じような形式で進められていた。


 イベントは昼と夜の部に分けられており、広大なる敷地には複数のステージが設置されて、同時進行でさまざまなバンドが演奏を披露する。観客たちはそれらのブースを自由に行き来して、お望みのバンドのライブを観賞するという形式だ。


 ちなみに前回の『トライ・アングル』は、某ラップチームが急遽欠場となったため、代役で出場の座を勝ち取った立場であった。しかし今回は、正式な出場依頼を受けての参戦である。なおかつ前回は比較的小規模なイベントホールという場所でのステージであったが、今回は展示場に設置された中でもっとも立派なメインステージの、昼の部のトリという大抜擢であったのだった。


「ただしサマスピは『Sunset&Dawn』よりも大がかりで、隣のスタジアムまで会場にしてるからよ。本当のメインはそっちのスタジアムで、二日間の動員の合計は十五万人を突破するはずだよ」


 そんな話を聞かされた瓜子は、心から仰天することになった。『Sunset&Dawn』の動員は二日間で八万人ていどで、それでも昨今の格闘技イベントとは比較にもならないなぁと驚嘆していたぐらいであったのだ。


(やっぱり格闘技業界と音楽業界では、市場の規模がけた違いってことだ。……まあ、そんなもんを比べたって、どうしようもないけどさ)


 瓜子がそんな感慨にふけっていると、少し離れたソファでくつろいでいた西岡桔平が「よし」と立ち上がった。


「俺たちは、そろそろ出陣の準備だな。みなさん、またのちほど」


 今回のイベントにおいても『トライ・アングル』と『ワンド・ペイジ』と『ベイビー・アピール』はすべて出場の予定になっていたが、主催者のはからいで三組とも同じステージに設定されていたのだ。さきほど演奏を開始したトップバッターのバンドに続き、『ワンド・ペイジ』、『ベイビー・アピール』、『トライ・アングル』と連続する順番であった。


「こちらでみなさんの勇姿を見守っています。どうか頑張ってください」


「ありがとうございます。猪狩さんにそう言っていただけたら、百人力ですね」


 西岡桔平は穏やかな笑顔で、山寺博人は仏頂面で、陣内征生はきょときょとと目を泳がせながら、楽屋を後にする。前回は異なるステージであったために、『ワンド・ペイジ』の演奏を見届けることもかなわなかったのだ。瓜子は平静を装いながら、『ワンド・ペイジ』のひさびさの演奏を心より楽しみにしていたのだった。


「瓜子ちゃんやユーリちゃんも、客席に行っちゃえばいいんじゃね? 出演者やスタッフだって、客席に潜り込むのはしょっちゅうなんだからさ」


 タツヤがそのように発言したが、千駄ヶ谷がすぐさま「いえ」と封殺した。


「ユーリ選手は人混みを苦手にされているため、客席におもむけば著しく疲弊することになるでしょう。そして、専属スタッフたる猪狩さんは、ユーリ選手のおそばに控えるのが職務であるのです」


「はい、承知しています。モニターを拝見できるだけで、自分は大満足っすよ」


 瓜子は本心からそのように答えたが、かたわらのユーリがしょんぼりとした目を向けてきた。


「ユーリさえいなければ、うり坊ちゃんは思うさまワンド様のライブを堪能できたのにねぇ。なんだか心苦しさでお胸が詰まってしまいますわん」


「何を言ってるんすか。仕事じゃなければ、自分はこの場にいないんすよ? 自主的にライブを観にいったことなんて、これまで一度もないんすからね」


「でもでも、客席には灰原選手たちもいらっしゃるのです。以前にも、灰原選手にライブ観戦をお誘いされていたでせう?」


 瓜子は苦笑を浮かべつつ、ユーリにだけ聞こえるように囁きかけてみせた。


「それはそれ、これはこれです。今はワンドを客席で観るよりユーリさんのそばにいるほうが幸せだとか、そんなこっぱずかしい言葉を吐かせたいんすか?」


「にゅわわ」とおかしな声をあげながら、ユーリは幸せそうに身をよじった。

 そんな瓜子たちの会話は聞こえていないはずであるのに、リュウは「はは」と笑い声をこぼす。


「なんか、甘い空気で虫歯になりそうだ。『アクセル・ロード』が近づくにつれて、二人はますます仲良くなったみたいだな」


「それはまあ、別れを惜しむ気持ちが上乗せされますからね」


 そんな言葉を素直に返せるのも、瓜子がユーリとの別れを痛切に惜しんでいる証であるはずであった。

 八月の第一日曜日を迎えて、ユーリの出立まで四週間を切っている。瓜子とユーリがともに過ごせるのは、あとたったそれだけの期間であるのだ。


(でも、最長で三ヶ月も経てば、ユーリさんは戻ってくる。それだったら、何が何でも乗り越えてみせるさ)


 瓜子はそんな風に考えながら、笑顔でユーリを見つめてみせた。

 ユーリもまた、笑顔で瓜子を見つめてくれている。

 こうして二人はおたがいに笑顔を届けることで、来たるべき別れの時間に備えてエネルギーを蓄えているのだった。

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