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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
17th Bout ~Intense summer Ⅰ~
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ACT.4 Re:boot #3 ~Final round~ 01 魔法少女とピンクの怪物

 次の試合は、第七試合――ついに、ユーリと鞠山選手によるエキシビションのグラップリング・マッチである。


 まずは青コーナー陣営の花道から、鞠山選手が登場する。すでに小柴選手のセコンドとしてもお披露目していた、白と黄色の魔法少女ウェアだ。本日は素手であるために、ステッキさばきもいっそう軽妙であるようであった。


 それに続いてユーリも登場すると、いっそうの歓声が吹き荒れる。

 が――瓜子はそこに、常と異なる気配を感じ取ることになった。いつも通りの大歓声でありながら、そこにはどこか困惑や悲嘆の思いまでもが込められているように思えてならなかったのだ。


 この会場に参じるぐらいの格闘技ファンであれば、『アクセル・ロード』についての一件は誰もがわきまえていることだろう。そして、ユーリがそちらで優勝したならば、もう《アトミック・ガールズ》の興行に出場できなくなってしまうということも、同じように周知されているはずであった。


 自分が応援していた選手がさらなる躍進を果たすのであれば、誰もが嬉しく思うはずだ。しかし、その活躍の場が海外に移されてしまうとなると――複雑な心境になるのが当然であるはずであった。


(そういう意味では、あたしと似たような気分なんだろうな)


 しかし瓜子は、全力でユーリを応援すると決めていた。

 それをユーリのファンたちに強要することはできないが――しかし、ひとりでも多くの人間が自分と同じ思いを抱いてくれることを、瓜子は痛切に願っていた。


 そんな瓜子たちの気持ちも知らぬげに、ユーリは笑顔で手を振っている。

 本日はグラップリング・マッチであるためにワセリンを顔に塗られることもなく、ただボディチェックだけを受けて、ケージに入場する。その輝かしい笑顔には、やはり一点の曇りもなかった。


『第七試合、グラップリング・ルール、エキシビション・マッチ! フライ級、五十六キロ以下契約、五分二ラウンドを開始いたします!』


 怒涛の歓声を押しのけるようにして、リングアナウンサーがそのように宣言した。


『青コーナー。百四十八センチ。五十五・五キログラム。天覇ZERO所属。……まじかる☆まりりん!』


 魔法のステッキはケージに上がる前に没収されてしまうため、鞠山選手はくるんと横合いに回転してから、スカートのごとき飾り物をつまんで一礼する。鞠山選手は個性的な容姿をしているため、たおやかに振る舞えば振る舞うほどユーモラスに見えるという、なんとも入り組んだ魅力を有していた。


『赤コーナー。百六十七センチ。五十五・九キログラム。新宿プレスマン道場所属。《アトミック・ガールズ》初代バンタム級王者。……ユーリ・ピーチ=ストーム!』


 ユーリは両手を振り上げて、満面の笑みである。

 ピンクとホワイトのハーフトップおよびショートスパッツを纏ったその肢体は、ほんの少しだけ普段よりもシェイプされているように見える。ユーリにとっては、きっちり一年ぶりとなる五十六キロ以下級の試合であるのだ。が、数キロばかりの減量というのはユーリの曲線美をいっそう際立てて、いっそうの色香を生み出すだけのことであった。


(でも、数字の上では鞠山選手とたった四百グラムしか変わらないってことになっちゃうんだな)


 むろん、もともとが五十二キロ以下級である鞠山選手は減量を考えずにベスト・コンディションを保てるように調整しているのだから、さきほどアナウンスされた通りの数値であるのだろう。いっぽうユーリは前日計量の後にリカバリーをして、今朝のウェイトは五十七キロジャストとなる。そう考えると、ユーリはバンタム級で試合を行うときと二キロていどしかウェイトに差はないのだった。


(でも、その二キロていどの差が大きいのかもしれない。鞠山選手に言われて、あたしもようやく実感できたけど……ここ最近のユーリさんは、寝技でも立ち技でも動きにキレが増してたもんな)


 瓜子がそんな想念にひたる中、ユーリと鞠山選手がケージの中央で向かい合う。

 実際の体重差は一・五キロだが、身長差は十九センチだ。ユーリは顔の小さなモデル体形であるため、ほとんど頭ひとつ分の身長差であった。

 しかし、打撃技の禁じられたグラップリング・マッチであれば、身長差はそれほど大きな問題ではない。また、両者の寝技の技術が拮抗していることは、これまでの合宿稽古で証明されていた。


『この試合はエキシビション・マッチであるため、勝敗はつきません! 試合中にどちらかがタップを奪った場合は、スタンド状態から試合が再開されます!』


 リングアナウンサーが、観客たちに向かってルールの説明をしている。

 試合は立った状態で始められるが、打撃技とスープレックスは禁止。グラウンドで膠着状態に陥った際はブレイクとなり、スタンド状態に戻って再開される。どちらかがタップを奪った場合も、また然りだ。


 グラップリング・マッチというのは地味な展開になりがちであるため、《アトミック・ガールズ》においても滅多に行われることはない。瓜子もここ最近では、ベリーニャ選手のからむ試合でしかお目にかかった記憶はなかった。ベリーニャ選手は柔術の強豪選手であったため、グラップリング・マッチでもお客を退屈させることはないと見なされていたのだろう。


 しかし会場には、期待に満ちた歓声がわきたっていた。

 階級の異なるユーリと鞠山選手の対戦というのはそれだけで物珍しいものであるし、ましてや二人は名うてのグラップラーとして知られているのだ。

 連敗記録を樹立していた時代からブラジルの強豪選手と互角の力量を持っていたユーリと、《アトミック・ガールズ》で随一の寝技巧者と評される鞠山選手――瓜子たちは合宿稽古で何度となくその寝技勝負を拝見していたが、観客たちにとってはこれもひとつのドリームマッチであるはずであった。


 運営陣も、そこのところは理解しているのだろう。昨年九月に行われたベリーニャ選手と亜藤選手のグラップリング・マッチは三分二ラウンドであったのに、このたびは五分二ラウンドに設定されていた。ユーリと鞠山選手であれば、きっと観客たちの期待に応えてくれるはずだと信頼しているのだ。


 両者はがっちりと握手を交わしてから、フェンス際まで引き下がる。

 大歓声の中、試合開始のブザーが鳴らされた。


 ユーリも鞠山選手もステップを踏むことなく、前屈の姿勢でじりじりと相手に近づいていく。

 そして、前方にかざしたおたがいの指先が触れ合おうとした瞬間――鞠山選手が、横合いに回り込もうとした。

 ユーリもすかさず向き合おうとしたが、やはり俊敏性では鞠山選手のほうが上だ。ユーリの長い腕をかいくぐって懐に飛び込んだ鞠山選手は、そのまま華麗なる両足タックルを決めた。


 客席には、いっそうの歓声が吹き荒れる。

 しかし、いったんグラウンド状態になったならば、ユーリも水を得た魚である。すかさず相手の右足を両足でからめとったユーリは、相手の腰を押してガードの状態に戻そうという動きを見せた。

 いっぽう鞠山選手は腰を押そうとするユーリの右腕をつかみ、アームロックのプレッシャーをかけながら、自分の右足を引き抜こうと画策する。


 ユーリはエビの動きで腰を切り、なんとか鞠山選手の左足を捕らえようとした。

 そこで鞠山選手が一瞬の隙を突き、ずるりと右足をひっこぬく。鞠山選手は手足が短いために、小さな挙動で相手の拘束から逃げるのが巧みであった。

 が、足を抜かれてマウントポジションを奪われそうになるのと同時に、ユーリは凄まじい爆発力でブリッジをする。その勢いに、さしもの鞠山選手もバランスを崩し――今度はその隙を突いたユーリが、絶妙なタイミングと持ち前の怪力でもってスイープを仕掛けて、上下を逆転してみせた。


 ユーリが劣勢を挽回したことで、客席に歓声があがりかける。

 しかし、鞠山選手は下になるのと同時に身をひねり、ユーリの左腕を取って、腕ひしぎ十字固めを狙おうとしていた。

 ユーリはすかさず体重をあびせながら、首にかけられた鞠山選手の右足を振り払い、その攻撃を解除する。そして今度は自分が鞠山選手の腕を捕らえて、上から腕ひしぎを狙おうとした。


 ユーリが横合いに倒れ込むのと同時に、鞠山選手が起き上がる。そしてユーリの長い足をかいくぐった鞠山選手はぴょんっとユーリの頭をまたぎこし、上四方のポジションを奪取しようとした。

 それと同時にユーリは両足を振り上げて、鞠山選手の頭をはさみこもうとする。

 鞠山選手が身を伏せてその攻撃をやりすごすと、ユーリは足を戻しながら身をねじり、うつ伏せの姿勢で鞠山選手の足を取ろうとした。


 鞠山選手はユーリの肩口に置いた腹を支点にして、横合いに足を逃がす。そしてユーリの咽喉もとに腕を差し込みながら、そのまま背中に乗ろうという動きを見せた。


 鞠山選手に背中を預けるというのは、一本を与えるのとほぼ同義である。

 よってユーリは、すぐさま仰向けのポジションに戻った。

 それと同時に、鞠山選手がユーリの頭を抱え込んだ。

 ユーリの上に乗ろうとしていたはずの下半身が、すでに逆側に移動している。仰向けになったユーリの頭の側からのしかかる、上四方の体勢だ。

 そしてすでに、鞠山選手の両腕はユーリの頭を抱え込んでいる。

 これはユーリが前戦でジーナ・ラフ選手を仕留めた、ノースサウスチョークの体勢であった。


 鞠山選手がユーリの顔に覆いかぶさっているため、その腕がどこまで深く首にかかっているのか、傍目からはうかがえない。

 ただ、ユーリは物凄い勢いで一回だけ腰をはねあげ――それからすぐに、鞠山選手のずんぐりとした背中をタップしたのだった。


 会場に、大歓声が吹き荒れる。

 試合の開始から二分足らずで、鞠山選手が最初のタップを奪ってみせたのだ。

 鞠山選手は汗だくの顔でにんまりと笑いながら立ち上がり、ユーリもきらきらと瞳を輝かせながらそれに続いた。


「……花さん、完全に本気だね。エキシビションの動きじゃないよ、こいつは」


 瓜子たちの背後で本格的なウォームアップを始めていた小笠原選手が、笑いを含んだ声でそのように言いたてた。

 手に汗を握って観戦していた瓜子は、「押忍」と答えてみせる。


「合宿稽古なんかのスパーよりも、二割増しで動きが鋭いように思います。……ユーリさんも、それは同様なんすけどね」


「うん。それでも花さんが先にタップを奪ったのは、もう執念としか言いようがないね」


 モニター上では、スタンド状態から試合が再開されている。

 客席には、本日一番の歓声が渦巻いていた。

 そしてユーリと鞠山選手は、その後も観客たちの期待を裏切らない熱戦を見せつけてくれたのだった。


 やはり両者の力量は、ほぼ互角であるのだろう。

 ただもちろん、純粋なテクニックという意味では、鞠山選手のほうがまさっている。何せ鞠山選手は、柔術のみで言えば二十年近いキャリアを持つ大ベテラン選手であるのだ。ユーリがどれだけ熱心に稽古を積んでいようとも、格闘技のキャリアが四年半ていどでは経験の差が段違いであるのだった。


 しかしユーリには持ち前のフィジカルと、寝技においてのみ発現する人外の反応速度というものが存在する。あの卯月選手が北米に連れ帰りたいと願うほどに、ユーリには大いなる力が秘められているのだった。


 スピードと小回りでまさるのは鞠山選手であるが、ユーリは人並み外れた反応速度で対抗できている。いっぽうユーリのパワーといつまでも動きの落ちないスタミナには、鞠山選手のほうが老練なるテクニックで対抗している。これは、そういう勝負であったのだった。


 そうして五分二ラウンドの時間が過ぎ去るまで、両者はいっさい動きを止めることなく、客席にも歓声が吹き荒れっぱなしであった。

 しかしついに、熱戦の終了を告げるブザーが鳴らされて――同じだけの汗にまみれたユーリと鞠山選手は、同時に大の字にひっくり返ることになった。


 これはエキシビション・マッチであるために、勝敗はつけられない。

 ただし、二ラウンド通しての結果で言えば――ユーリが三回、鞠山選手が二回のタップを奪っていた。最初のタップを奪われたユーリも、最後には勝ち越すことがかなったのだった。


 大歓声の中、ふらふらで立ち上がったユーリと鞠山選手は、それぞれレフェリーに腕を上げられる。ユーリはへろへろの笑顔であり、鞠山選手は溺れたカエルのごとき形相であった。


『エキシビション・マッチとは思えない熱戦を繰り広げてくれたユーリ選手とまりりん選手に、今一度大きな拍手をお願いいたします!』


 リングアナウンサーがそのように要請するまでもなく、客席にはまだ歓声と拍手が渦巻いていた。

 そんな中、リングアナウンサーはさらなる声を張り上げる。


『ではここで、特別にインタビューの場を作らせていただきます! 来たるべき九月、「アクセル・ロード」に出場する選手一同の入場です!』


 客席に、これまでと異なる響きの歓声がわきおこる。

 そして、青コーナー陣営の花道がスポットに照らされた。ユーリを除く一同は、全員そちらの陣営であったのだ。


 先頭を歩くのは、マキ・フレッシャー選手のセコンドを務めた沙羅選手である。

 そして、これから灰原選手のセコンドを務める多賀崎選手と、高橋選手のセコンドを務める魅々香選手がそれに続く。もちろんセコンドでも、全員が《アトミック・ガールズ》の公式ウェアであった。


 鞠山選手はフェンス際まで退き、そこに生じたスペースに沙羅選手たち三名が立ち並ぶ。ひとり汗だくのユーリは、ドリンクボトルでくぴくぴと水分を補給しつつ、笑顔で沙羅選手たちを迎えていた。


『すでにご存じの方々も多いかと思われますが、この九月、北米にて「アクセル・ロード」というイベントが開催されます! この「アクセル・ロード」におけるトーナメント戦で優勝した選手だけが、MMAの最高峰たる《アクセル・ファイト》と正式に契約を結ぶことがかなうのです!』


 リングアナウンサーは、意気揚々とそのように宣言した。

 その間に、パラス=アテナの代表たる駒形氏もこっそりケージに上がりこんでいる。


『そして! 日本からは八名の選手がエントリーされたわけですが……《アトミック・ガールズ》で活躍するこちらの四名の選手と、本日は不在である沖選手にも、出場資格が与えられました! まずは、パラス=アテナの駒形代表より、ご挨拶の言葉を賜りたく思います!』


『ど、どうも。本日はご来場ありがとうございます。パラス=アテナの代表、駒形でございます。……ただいまご紹介に預かりました通り、ユーリ選手、魅々香選手、多賀崎選手、沙羅選手、そして沖選手の五名が、「アクセル・ロード」に出場することに相成りました。《アトミック・ガールズ》を運営するわたくしとしましても、これほど栄誉な話はないものと考えております』


 歓声が引いていき、戸惑いの気配が濃いざわめきがあげられている。

 駒形氏は広い額に浮かぶ汗をふきながら、言葉を重ねた。


『もちろん、《アクセル・ファイト》と契約を結ぶことになった選手は、もう《アトミック・ガールズ》に出場することができなくなってしまうため……そういう意味では、忸怩たる思いでございます。ですが、わたくしはそれ以上に、《アトミック・ガールズ》を主戦場にしていた選手たちが「アクセル・ロード」に選出されたという事実を、誇らしく思っております。また、彼女たちの敗北を願うことなど、できるはずもありません。どうかこちらの四選手と沖選手には、《アトミック・ガールズ》で培ってきた力を全世界に見せつけて……その実力に相応しい栄光をつかみとってほしいと願っております』


 駒形氏は、ユーリたちが反感を招かないように取り計らってくれているのだろう。その誠実さが、瓜子にはありがたくてたまらなかった。

 だがしかし、駒形氏は良くも悪くも善良な人柄で、他者を煽動する資質というものが著しく欠けている。客席に満ちたざわめきは、いっそう不安や戸惑いの色を濃くしているように感じられてならなかった。


『それでは! 「アクセル・ロード」に出場する四人の選手の方々に、それぞれお言葉を頂戴したく思います! まずは、ユーリ選手! 意気込みのほどをお聞かせください!』


 リングアナウンサーからマイクを受け取ったユーリは、ぺこりと一礼した。

 ユーリが何を語るのかと、会場のざわめきが静まっていく。

 しかしユーリはにこにこと笑うばかりで、なかなか語り出そうとせず――そして、汗に濡れた白い頬に、透明の涙を伝わせたのだった。


『ユーリは……ユーリは、《アトミック・ガールズ》が大好きです。だから、本当は……北米なんて行きたくないし、他の団体と契約なんてしたくありません』


 やがて、笑顔で涙をこぼしながら、ユーリはそのように語り始めた。

 一気にざわめきがふくれあがり、それがすぐさま沈静化する。ユーリはいったんマイクをおろし、天を仰いで深く息をついてから、あらためて言葉を重ねた。


『でも、ユーリはベル様……ベリーニャ・ジルベルト選手のおかげで、MMAに出会うことができました。それまでのユーリは空っぽで、いったい何のために生きているのかわかんなくなっちゃうこともしょっちゅうで……ベリーニャ選手とMMAに出会うことで、ようやく心から楽しいと思えるようになったんです。だから、ユーリは……ベリーニャ選手みたいになることが目標です。ベリーニャ選手みたいに、強くてかわゆくて……ユーリみたいに人生の迷子になっちゃってる人に、世の中はこんなに楽しいんだよって……そんな風に伝えられる人間になりたいんです』


 ユーリの目からは、とめどもなく涙がこぼれている。

 だけどその顔には、無邪気であどけない天使のような笑みがたたえられたままであった。


『ユーリなんかに、どれだけのことができるかはわかりませんけど……でも、ユーリはひとりでも多くの人たちに試合を観てもらえるように、頑張ってきます。だから、どうか……みなさんも、ユーリたちの姿を見届けてください。そしてこれからも、《アトミック・ガールズ》を応援してください。ユーリは、《アトミック・ガールズ》が大好きだから……絶対にまた、《アトミック・ガールズ》に戻ってきたいと思います』


 ユーリは再びぺこりとお辞儀をして、リングアナウンサーにマイクを返した。

 会場には、堰を切ったように歓声があふれかえり――そして瓜子も、いつしか涙をこぼしてしまっていた。


 ユーリはこうまで、人前で真っ直ぐな感情を出すことができるようになっていたのだ。

 ユーリの言葉には、『トライ・アングル』で歌われる歌と同じぐらい、心からの感情が乗せられていた。たとえユーリに反感を抱いている人間でも、ユーリが本音で語ったことだけは信じてもらえるはずであった。


『ユーリ選手、ありがとうございました! ユーリ選手の健闘を、心より願っております!』


 そのように言いたてるリングアナウンサーも、滂沱たる涙を流してしまっている。


『では続きまして! 《アトミック・ガールズ》フライ級王者、沙羅選手のお言葉を頂戴したく思います!』


『ウチは外様のつもりやから、白ブタはんみたいに感動的なコメントは吐けへんで。アトミックのお人らにはお世話んなったけど、そこは持ちつ持たれつやしな』


 沙羅選手の不遜な物言いに、今度はブーイングまじりの声が吹き荒れる。

 しかし沙羅選手は、不敵な笑顔とともに言いつのった。


『それでもまあ、ウチはアトミックのチャンピオンや。プロレス団体の《シトラス》と、お世話んなっとるドッグ・ジムと、ついでにアトミックの看板も担いで、世界の連中に目に物を見せたるわ。しばらくこっちは寂しなるやろうけど、あんじょうよろしゅうになぁ』


『沙羅選手、ありがとうございました! では、五月に《フィスト》のフライ級王座を戴冠した多賀崎選手、よろしくお願いいたします!』


『はい。自分も日本人選手の代表として、恥ずかしくない姿をお見せできるように死力を尽くしたく思います。そして……「アクセル・ロード」で優勝するのは、日本人選手の誰かだと信じています。みなさんも、どうか応援をお願いします』


『多賀崎選手、ありがとうございました! それでは最後に、魅々香選手、よろしくお願いいたします!』


『は、はい……わ、わたしが「アクセル・ロード」に出場するなんて、力不足も甚だしいですけれど……でも、選ばれたからには、全力を尽くします。来栖さんや兵藤さんたちが築きあげた《アトミック・ガールズ》が、どれだけの選手を育ててきたか……それを、証明してみせます』


 多賀崎選手や魅々香選手の言葉にも、混じり気のない真情が込められている。そして、皮肉屋である沙羅選手の言葉にも、しっかり真情がにじんでいた。


 インタビューを終えた四名はケージの中央に集められて、記念の写真を撮影され始める。そうして瓜子がタオルで顔をぬぐっていると、立松が「おい」と呼びかけてきた。


「そろそろこっちの出番だが……お前さん、大丈夫か?」


「大丈夫っすよ。大丈夫じゃないわけがありますか?」


「涙声で、そんな風に言われてもな」


 立松は温かな微笑をこぼしながら、瓜子の肩を小突いてきた。


「それじゃあ、ウォームアップを始めるぞ。今日の主役はお前さんだってことを、会場のやつらに見せつけてやれ」


「押忍。……自分は、出場選手の全員が主役だと思ってますけどね」


 そうして瓜子はユーリの涙に濡れた笑顔を目に焼きつけてから、最後のウォームアップを始めることにした。

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