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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
17th Bout ~Intense summer Ⅰ~
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ACT.3 Re:boot #3 ~First round~ 01 入場

 七月の第三日曜日――《アトミック・ガールズ》はその日にめでたく七月大会を開催することができた。

 会場は、ずいぶんひさびさの『恵比寿AHED』である。《アトミック・ガールズ》は中規模会場たる『PLGホール』に進出する前から『ミュゼ有明』を常打ち会場にしていたため、こちらの『恵比寿AHED』で試合が行われるのはきっかり二年ぶりなのではないかと思われた。


 二年前の七月大会――何を隠そう、その日は瓜子にとって《アトミック・ガールズ》のデビュー戦となる。プレスマン道場にて半年ばかりも稽古に励み、小柴選手を相手に初めてMMAの試合を行ったのが、この『恵比寿AHED』であったのだった。

 また、瓜子が初めてユーリと出会ったのも、こちらの会場となる。そういう意味では、瓜子にとってずいぶん思い出深い会場であった。


 それぐらいの時期までは、この『恵比寿AHED』が《アトミック・ガールズ》の常打ち会場であったのだ。それが『ミュゼ有明』に切り替えられて、ついには『PLGホール』にまで移行されたのは、ただ単純に収容人数の問題であったのだろう。

『恵比寿AHED』の収容人数はおよそ千二百名、『ミュゼ有明』はおよそ千六百名、『PLGホール』はおよそ二千名であるから、《アトミック・ガールズ》は順当に動員をのばすことができていたわけである。


 それが、前回の五月大会では収容人数三百名ていどの『新木場ロスト』となり、今回は『恵比寿AHED』と相成った。それもこれも、《カノン A.G》の時代の無茶なやり口がたたって、運営会社のパラス=アテナが深刻な財政難に陥ってしまったためである。

 しかしまた、新代表たる駒形氏を筆頭とする運営陣の尽力あって、なんとか隔月の定期開催は維持できているのだ。瓜子としては、その尽力に感謝するばかりであった。


(次回は『ミュゼ有明』での開催にこぎつけたいって話だったけど……その矢先に、ユーリさんたちの『アクセル・ロード』の参戦が決まっちゃったわけだもんな。そりゃあ駒形さんたちも、頭を抱えたくなるだろう)


 しかし瓜子たち出場選手にできるのは、試合内容で観客の心をつかむことのみである。

 瓜子がそんな思いでもって『恵比寿AHED』の建物を見上げていると、隣のユーリが「にゅふふ」と笑い声をあげた。


「今日も物販ブースには、うり坊ちゃんのかわゆいポスターがずらりと並べられるのだろうねぇ。想像しただけで、ユーリはお胸が弾んでしまいますわん」


「……あのですね。自分の集中をさまたげるような発言はご遠慮願えますか?」


「うにゅにゅ? うり坊ちゃんの決意と覚悟はパラス=アテナの財政難を救う確かな一助となっておられるのですから、そのつつましくもかわゆらしいお胸を張るがよろしかろう!」


「セクハラ発言もご勘弁願います」


 瓜子はめいっぱい溜息をつきながら、ユーリやメイとともに控え室を目指すことにした。

 本日も物販ブースにおいては、性懲りもなく瓜子の新作ポスターが売りに出される予定になっているのだ。その名目は、デビュー二周年記念である。このように連続で取りたてられるのは光栄な限りであるのだが、そのたびに水着姿をさらすことになる瓜子としてはたまったものではなかった。


「そういえば、ユーリさんも二周年記念ではものすごい数の新作グッズを作られてましたよね。物販ブースがピンク一色に染めあげられてましたもん」


「うみゅ。パラス=アテナのフトコロに余裕があれば、今回もうり坊ちゃんグッズが山盛りだったろうにねぇ。残念なことだねぇ」


「残念っていうか、唯一のグッズが水着ポスターっていうのが情けない限りっすよ」


「うみゅうみゅ。うり坊ちゃんの水着姿にはそれだけの商品的価値があると見なされている証拠でありますにゃあ。まあ、うり坊ちゃんの超絶的なかわゆらしさを考えれば、それも当然の選択でございましょう」


「……そういえば、自分たちが大ゲンカしたのはユーリさんの二周年記念大会でしたね」


「いやーん。ご自分のトラウマをほじくり返してまで、ユーリを攻撃しないでほしいのです」


 と、ユーリは甘えるような眼差しで瓜子の顔を覗き込んできた。

 瓜子は苦笑しながら、その鼻を弾く真似をしてみせる。

 そうして控え室に到着したならば、いつものメンバーが待ちかまえていた。


「おう、来たな。今日も少数精鋭だから、なるべくバラけずに固まっておけよ」


 立松が、頼もしい笑顔でそのように呼びかけてくる。

 今日の出場選手は瓜子とユーリ、サキと愛音で四名にも及ぶのだが、セコンド陣はいつものメンバー、立松、ジョン、柳原、サイトー、メイの五名しか準備されていないのだ。他の人間に手伝いを頼んでも指揮系統に乱れが出るだけだと判じた立松とジョンは、五人がかりで四人の選手の面倒を見るという独自のチーム編成を確立しようと試みているのだった。


「これでメイさんにまでオファーをかけられたら、さすがに人員の補充を考えなきゃならんがな。……というか、メイさんにはいつまで経ってもオファーがかからねえなぁ。強豪の外国人選手なんて、普通だったら咽喉から手が出るぐらい欲しいところだろうによ」


 メイは今年に入ってから、まだ一度しか試合をしていない。しかもそれは一月大会の話であったため、もう半年間も試合から離れているわけであった。

 察するに、それはメイの実力が飛びぬけている上に、相手選手を壊してしまう恐れがあるゆえであるのだろう。メイは《アトミック・ガールズ》のデビュー戦で、トップファイターたる山垣選手を一年間の負傷欠場に追い込んだ立場であったのだ。その後には同じくトップファイターである亜藤選手やイリア選手をも打ち倒しているものだから、対戦相手を捻出するのがいささかならず難しいのだろうと思われた。


「僕、稽古に集中してるから、気にしていない。……ただ、このまま一年が終わると、養父の怒りを買う可能性あるので、パラス=アテナ、交渉するつもりでいる」


「そうか。そういう要望があるんなら、俺たちがちゃんと窓口になってやるからな。でもまあまずは、セコンドの役目をよろしく頼むよ」


 立松やメイがそのように語らっている間も、控え室で支度をしている人々がこちらに声をかけてくることはなかった。本日もそれなりに見知った人々が出場する予定になっていたが、おおよそは青コーナー陣営に割り振られてしまったのだ。


「小笠原さんやオルガさんなんかは、もう試合場に向かってるよ。俺たちも、そろそろ移動しておくか」


 立松の言葉に従って、プレスマン道場の陣営は一丸となって試合場を目指すことになった。

 そうしてそちらに到着すると、さっそく見慣れた面々が「おーい!」と呼びかけてくる。声をあげたのは灰原選手で、そのそばには多賀崎選手や鞠山選手、小笠原選手や小柴選手の姿もあった。


「今日もプレスマンとは別々の控え室になっちゃったねー! ま、そっちはトッキーやオルガっちと仲良くやってよ! で、打ち上げは一緒に楽しもうねー!」


 いつでも元気いっぱいである灰原選手のかたわらから、多賀崎選手はコーチ陣に「どうも」と一礼する。両名がプレスマン道場での出稽古を取りやめてから、すでにひと月半ていどが経過しているのだ。立松たちと顔をあわせるのも、それ以来であるはずであった。


「みなさん、お元気そうで何よりです。陣営は分かれてしまいましたけど、今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくな。多賀崎さんのほうも、稽古は順調かい?」


「はい。鞠山さんのおかげもあって、いい稽古を積むことができています」


 すると、ユーリがかしこまった面持ちで鞠山選手のほうにお辞儀をした。


「まりりん選手、今日はよろしくお願いしますっ! まりりん選手とグラップリング・マッチで対戦できるなんて、ユーリは光栄の限りであるのですっ!」


「ふん。勝ち負けなしのエキシビションでも、格の違いってやつを見せつけてやるだわよ」


 今日も今日とて、鞠山選手は不敵である。まあ、たとえエキシビションであっても、ユーリと鞠山選手であれば話題性は十分以上であるはずであった。


「小柴選手も、ついにアトム級で再デビューっすね。こっちの控え室で応援してますんで、頑張ってください」


 瓜子がそのように声をかけると、小柴選手はきりりと引き締まった面持ちで「はいっ!」と大きく返事をした。日本人選手の中では小柴選手のみプレスマン道場での出稽古を継続していたので、彼女がウェイトを落としながらベストコンディションを保っていることは瓜子もわきまえている。その実力が発揮できれば、今日の試合にも勝利できるはずであった。


 ただし、本日の試合に勝利したならば、小柴選手も出稽古を取りやめる予定になっている。新たな戦場となるアトム級で、サキや愛音と対戦する可能性が生じるためである。そうしたら、プレスマン道場で出稽古を行う選手も、ついにオルガ選手ただひとりとなってしまうのだった。


 そのオルガ選手は父親のキリル氏とともに、すでにケージの内部である。

 そしてそこには、天覇館東京本部の陣営、来栖舞と魅々香選手と高橋選手の姿もあった。本日は、高橋選手が小笠原選手と対戦するのだ。なおかつ、そのすぐそばでウォームアップしているのは、本日瓜子と対戦するオリビア選手であった。


「……あれ? あの来栖さんやオリビア選手と一緒にいるのって、兵藤選手――いや、兵藤さんじゃないっすか?」


 瓜子がそのように声をあげると、サキが「あー」と面倒くさそうに答えてくれた。


「そういえば、第一試合に出る新人選手が猛牛女と同じ道場だったなー。階級がちげーから、眼中なかったわ」


「第一試合って、たしか無差別級でしたっけ。兵藤さんも、ついにセコンドを務めるようになったんすね」


 すると、小笠原選手が百七十八センチの高みから瓜子に笑いかけてきた。


「アケミさんが面倒を見てる香田ってやつは、かなりの有望株みたいだよ。しかも、しっかり絞ればバンタム級の体格らしいね」


「バンタム級っすか。無差別級にせよバンタム級にせよ選手層が薄くなっちゃうんで、有望な選手だったら楽しみっすね」


「うん。オルガがロシアに戻っちゃったら、なおさらにね。アケミさんはむやみに大口を叩くような人じゃないから、アタシも楽しみにしてたんだよ」


 そのように語る小笠原選手は、心から楽しそうな笑顔である。来栖舞と兵藤アケミが引退した現在、無差別級で小笠原選手の相手が務まりそうなのは、本日対戦する高橋選手とオルガ選手ぐらいであったのだ。


(ユーリさんも、この先はどうなるかわからないし……やっぱり格闘技の花形ってのは重量級だから、無差別級やバンタム級が盛り上がるといいな)


 瓜子がいくぶんしんみりとした気持ちでそんな風に考えたとき、何やら賑やかな一団が近づいてきた。赤星道場とドッグ・ジムの面々である。


「あれ? 今日は沙羅選手も犬飼さんもお休みじゃありませんでしたっけ?」


「せや。今日は助っ人のセコンド役やで」


 にんまりと笑う沙羅選手の背後から、ずんぐりとした人影が進み出る。それは本日オルガ選手と対戦する、マキ・フレッシャー選手であった。


「へえ。余所の選手を、ドッグ・ジムが総出で面倒を見てやるのかい」


 立松も、意外そうに目を丸くした。その場には、沙羅選手と犬飼京菜と大和源五郎という顔ぶれが居揃っていたのだ。生粋のプロレスラーであるマキ・フレッシャー選手は、これまで後輩の選手だけをセコンドにつけていたはずであった。


「最近めっきり不景気で、こっちも興行の数を絞る羽目になっちまってね。これじゃあ身体がなまっちまいそうだから、ちっとばっかり副業に力を入れてみることにしたんだよ」


 金色の頭で力士のような面立ちをしたマキ・フレッシャー選手は、野太い声音でそのように言い放った。副業とは、つまりMMAのことを指しているのだろう。


「べつだん沙羅みたいに、格闘系スタイルに鞍替えするつもりはないけどさ。大和さんは尊敬するレスラーのひとりだし、そっちののっぽ姉ちゃんにもリベンジしたいところだから、プロレスとドッグ・ジムの看板を背負ってひと暴れしてやろうと思いたったわけよ」


 のっぽ姉ちゃん呼ばわりされた小笠原選手は、悠揚せまらず笑顔を返した。


「アンタが本気でMMAに取り組んだら、なかなか面白いことになりそうだね。まずは今日のオルガとの試合を楽しみにさせていただくよ」


「ああ。あんなロシア女は、あたしのプレスで圧し潰してやるさ!」


 マキ・フレッシャー選手は、ガハハと豪快な笑い声をあげる。

 それを横目に、瓜子は赤星道場の面々に挨拶をさせてもらうことにした。


「どうもみなさん、おひさしぶりです。……弥生子さんは、先々週にもお会いしていますけど」


「うん。その節は、お疲れ様」


 表情は凛々しく保ちつつ、赤星弥生子は温かい眼差しでそのように応じてくれる。本日出場するのは大江山すみれで、セコンドとなるのは赤星弥生子と大江山軍造と六丸の三名であった。


「六丸さんは、本当におひさしぶりですね。お元気……ですか?」


 瓜子がつい言いよどんでしまったのは、六丸がフードとマスクで人相を隠しているためであった。実家の道場を出奔した彼は、テレビカメラを警戒しなければならない立場であったのだ。


「はい。僕は元気です。先日は弥生子さんがお世話になったそうで、ありがとうございました」


「なんだ、その挨拶は? 保護者のような口を叩くな」


 赤星弥生子はわずかに頬を赤らめながら、六丸のほっそりとした肩を小突く。彼らのこんなやりとりを目にするのも、ずいぶんひさびさの話であった。


「ナナ坊はセコンドじゃないんだな。『アクセル・ロード』がらみで挨拶を頼まれなかったのかい?」


 立松がそのように声をあげると、大江山軍造が笑顔で「ああ」と応じた。


「ナナはこっちで二回試合をしただけだし、どう考えても外様だからな。頼まれたって、ナナは断ってただろうよ」


「そうか。まあ、桃園さんや多賀崎さんばかりじゃなく、御堂さんや沙羅選手まで居揃ってれば、挨拶には十分か」


 本日はユーリのエキシビション・マッチの後、『アクセル・ロード』について挨拶をする段取りになっているのだ。瓜子としては、心ないファンからブーイングなどがあげられないことを祈るばかりであった。


(でも、たとえそんな事態になったとしても……あたしにできるのは、試合で頑張ることだけだからな)


 瓜子は本日も、メインイベンターに抜擢されている。そして、少なくとも次回の九月大会は、ユーリたち抜きで興行を開くことが決定されているのだった。

 それでも観客たちを失望させないような試合を見せるのが、残された瓜子たちの役割なのである。気心の知れた人々に囲まれて、試合前とも思えぬ和やかな会話を交わしつつ、瓜子の胸には気概の炎が燃えさかっていたのだった。

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