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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
17th Bout ~Intense summer Ⅰ~
427/955

05 百花繚乱、再び(下)

 個人とグループ別の撮影を終えた後は、七名を一列に並べての全体写真である。

 人気投票の順位に従って瓜子たちが整列すると、トシ先生は銀縁眼鏡の向こう側で目を輝かせた。


「これはなかなか、気の利いた順番ねぇ。きっと撮影の神様も、アンタたちを応援してくれてるのよ」


 瓜子は小首を傾げつつ、その順番を確認してみた。

 ユーリ、瓜子、赤星弥生子、沙羅選手、灰原選手、鞠山選手、犬飼京菜――ベストテンにランクインした選手の三名が欠席しているため、この場の順番は以上となる。瓜子には、何がトシ先生を満足させているのかも判然としなかった。


「右側の三人はもっとくっついて、あとの四人は隣のコとペアになるイメージよ。そうねぇ……いっそのこと、ペアの二人はおたがいをにらみつけてみたらどうかしら? 向かい合うんじゃなく、横目でにらむ感じにしてみてちょうだい」


 右側の三人とは、ユーリと瓜子と赤星弥生子のことだ。よって、にらみ合うように指示されたのは沙羅選手と灰原選手、鞠山選手と犬飼京菜のペアであった。


「沙羅ちゃんと久子ちゃんは、二人とも腕を組んでみてくれる? ……んー、沙羅ちゃんは横目じゃなく、ちょっと首をひねって久子ちゃんを見下ろしてみて。……ああ、いいわね。久子ちゃんはちょっぴり首をのけぞらせて、沙羅ちゃんに対抗する感じで。……久子ちゃん、身体を少しだけ逆の側に傾けて、顔だけを沙羅ちゃんに向けてちょうだい。……ああ、それでオッケーよ」


 トシ先生がこうまで細かくポーズを指定するのは、珍しいことだ。何かよっぽど理想的な構図がイメージできているようであった。


「花子ちゃんは、浮き輪を追加してみましょうか。で、横目で京菜ちゃんをにらむ感じね。京菜ちゃんは腰に両手を置いて、もうちょっとだけ胸を張ってちょうだい。……オッケーオッケー。みんな、かわゆいわよ」


 沙羅選手と灰原選手は指示もないままにふてぶてしく笑っており、鞠山選手はいつもの感じでにんまりと微笑んでいる。仏頂面をさらしているのは、犬飼京菜ただひとりだ。


「さて。あとはそっちの三人だけど……ユーリちゃん、ななめ後ろから瓜子ちゃんのことを抱きしめてみてくれる?」


 ユーリは嬉しそうに「はぁい」と応じつつ、瓜子の胴体を抱きしめてきた。

 その白い腕に鳥肌を立たせつつ、ユーリは「にゅふふ」と幸せそうな笑い声をこぼす。


「うん、いいわね。それじゃあ、弥生子ちゃんは……王子様みたいに、瓜子ちゃんの右手を取ってくれる?」


「私は王子というものを見たことがないので、ご期待に沿えるかはわかりません」


 そんな生真面目な言葉を返しつつ、赤いビキニを纏った赤星弥生子は瓜子の右手をそっと持ち上げてきた。


「うんうん。それで、瓜子ちゃんと弥生子ちゃんはおたがいを見つめ合って。王子様とお姫様の気分でね」


「じ、自分がお姫様っすか? なんか、むちゃくちゃ恥ずかしいんすけど」


「恥ずかしそうなお顔で、けっこうよ。ほら、ちゃんと見つめ合いなさい。弥生子ちゃんは少しだけ身を屈めて、瓜子ちゃんのお顔を覗き込む感じでね」


 赤星弥生子の切れ長の目が、瓜子の顔をじっと見つめてくる。

 そして、その口もとにも気恥ずかしそうな微笑みがたたえられた。


「確かにこれは、少々……いや、かなり恥ずかしいかもしれないね」


「ほ、ほんとっすよ。トシ先生、早く撮影してくれないっすか?」


「だったらきちんと、弥生子ちゃんを見つめ返しなさい。弥生子ちゃんは、クールな表情をキープしてね。で、ユーリちゃんは……そうそう、そのすねたお顔がバッチリよ。さすがユーリちゃんは、本職ねぇ」


「いえいえ! ユーリは体内に生じた感情をあらわにしているだけであるのです!」


 そんな風にわめきながら、ユーリが瓜子の身をぎゅっと抱きすくめてくる。その怪力に、瓜子は「ぐえ」とうめくことになった。


「じゃ、撮るわよ。みんな、カメラは意識しないで、相手のことだけを見つめなさい」


 そうして瓜子は赤星弥生子と見つめ合いながら、カメラのシャッター音を拝聴することになった。

 何十回とシャッターを切ったのち、トシ先生は「うーん」と悩ましげな声をもらす。


「とりあえず、コレはコレでいいとして……ねぇ、表紙はユーリちゃんたちの試合用の衣装なんでしょ? だったらその対比で、三人の水着ショットを載せてみたらどうかしら?」


 トシ先生に呼びかけられたのは、スタジオ撮影を見学していた格闘技マガジンの副編集長である。


「表紙をめくったら、最初のページにユーリちゃんたち三人の水着姿が待ちかまえてるって寸法ね。これはかなり効果的だと思うわよ」


「いえ、ですが、水着のピンナップはセンターカラーのページに配置されますので……」


「あっそう。とにかく撮影はしておくから、何がベストかは自分で判断なさい。まともなセンスを持ってたら、答えはひとつでしょうけどね」


 ということで、表紙を飾る三名は急遽、別なる写真も撮られることになってしまった。

 その他のメンバーは、試合衣装にお召し替えだ。言うまでもなく、瓜子は心からそれを羨むことになった。


「表紙では、ちっちゃい瓜子ちゃんを真ん中にするのよね? うんうん、ちょうどいいわ。じゃ、今度はユーリちゃんと弥生子ちゃんが左右から瓜子ちゃんの腕を抱きしめてあげてちょうだい。瓜子ちゃんを取り合う感じじゃなく、三人仲良くベッドインするような気持ちでね」


「トシ先生! そのたとえは不適切だと思うんすけど!」


「あくまで、心構えの話よ。三人仲良しって画が撮れれば、それでいいの」


 すると、ユーリが「にゅー」とうなりながら、自分の頬をぺしぺし叩き始めた。


「トシ先生! ちょっとお時間をいただきたいのです! この身に渦巻く嫉妬心を浄化して、弥生子殿に対する敬愛の気持ちを取り戻しますので!」


「はいはい。どうぞお好きなように」


 ユーリは十秒ぐらいうんうんとうなってから、いきなりにぱっと笑顔になった。


「敬愛の気持ち、復活なのです! 弥生子殿、さきほどは罪もなき弥生子殿に嫉妬心を燃えたたせてしまい、申し訳ありませんでしたっ!」


「あ、いや……桃園さんは本当に気分を害しているように見えたから、そうでなかったのなら嬉しく思うよ」


 と、赤星弥生子は困ったような微笑をこぼす。

 そんな両名のやりとりに、トシ先生は肩をすくめた。


「アンタたちって、ユニークねぇ。じゃ、三人仲良く絡み合ってちょうだい」


 そうは言っても、絡まれるのは瓜子ひとりである。ユーリはまだしも、赤星弥生子に腕を抱きしめられるというのは、相当に気分が落ち着かないものであった。


「うーん……なんだかちょっと、イメージが違うわねぇ。ユーリちゃんの無邪気さと弥生子ちゃんのクールさが、今ひとつ嚙み合わないみたい。やっぱり二人が瓜子ちゃんを取り合う図のほうがしっくり来るのかしら」


「えーっ! 弥生子殿に嫉妬心を向けるのは、ユーリとしても気が進まないのですが!」


「うん。それじゃあちょっと、ワンパターンよねぇ。だったら……瓜子ちゃんは自分のものだっていう、余裕しゃくしゃくのお顔を作ってみてくれる?」


「よゆーしゃくしゃくでありますか」


 ユーリはしばし思案してから、鳥肌の浮いた手で瓜子の手を握りしめてきた。おたがいの手の平が合わさる、いわゆる恋人つなぎというやつである。

 そして、逆の腕を瓜子の上腕にからめて、こめかみのあたりに顔を近づけてくる。それと同時に、トシ先生が「あら」と声をあげつつシャッターを切った。


「ユーリちゃん、そんな妖艶なお顔をできるようになったのねぇ。いつもと正反対の色気がたっぷりで、とても素敵よ」


「にゅっふっふ。名付けて、『アルファロメオの悪女』なのです」


「いいわね。弥生子ちゃんはカメラ目線で、クールなお顔をキープしてね。あと、ユーリちゃんと同じぐらい、瓜子ちゃんに顔を近づけてくれる? ……ああ、ばっちりよ」


 かくして、撮影は終了した。

 赤星弥生子はくたびれ果てたように溜息をつき、ユーリは鳥肌の浮いた全身を両手で撫でさする。そんな中、瓜子は「あの」と声をあげることにした。


「今のはいったい、どんな写真になったんすか? ちょっと確認させてほしいんすけど……」


「あら、珍しい。そっちのモニターで確認できるわよ」


 後付けの加工は決して許さないトシ先生であるが、カメラそのものはデジタルであるのだ。そのカメラとケーブルで繋げられたモニターからは、リアルタイムですべての画像を確認できるのだった。


 そうしてそちらのモニターを拝見してみると――ユーリはまさしく『アルファロメオ』でも歌っているような表情で、妖艶に微笑んでいた。しかも、カメラに流し目を送りつつ、瓜子の髪に舌をのばそうとしている構図なのである。

 いっぽう赤星弥生子は普段通りの凛々しさで、瓜子のこめかみに頬を寄せている。そしてどちらも、瓜子の腕を左右からしっかりと抱きすくめているのである。それで全員が露出の多い水着姿であるのだから、何というか――瓜子としては、得も言われぬほどに気恥ずかしかった。


「あ、あの、これ、大丈夫っすかね? 世間に誤解を招きそうな気がするんすけど……」


「大丈夫よ。みんな色気たっぷりだけど、不思議と肉欲は感じさせないもの。本当に、みんなモデルとして逸材ねぇ」


 トシ先生は、心からご満悦の様子であった。

 そうして瓜子たちも、試合衣装への着替えを急き立てられる。その道中で、赤星弥生子が曖昧な面持ちで瓜子に微笑みかけてきた。


「まさかこうまで、猪狩さんと肌を密着させることになるとは思っていなかった。猪狩さんが不快に思っていなければいいのだが……」


「ふ、不快なことはないっすけど、なんだかおかしな気分っすね。あと……赤星道場のお人たちにどう思われるのか、ちょっぴり心配です」


「私こそ、立松さんに叱られてしまうんじゃないかと、胃が痛くなりそうだよ」


 そんな感慨をこぼし合いながら、瓜子たちは試合衣装に着替えることになった。

 瓜子とユーリは《アトミック・ガールズ》公式の試合衣装、赤星弥生子は《レッド・キング》で使用している試合衣装だ。


 三人が着替えを済ませて撮影スタジオに舞い戻ると、残りの四名が先に撮影を始めている。そちらは灰原選手と鞠山選手だけが、特別仕立てなれども公式の試合衣装を纏っていた。


「ふふん。アトミックを大事に思ってるかどうかで、くっきり衣装が分かれたみたいだねー! ……まあ、あたしは自前の衣装だと去年とかぶっちゃうから、コレにせざるを得なかったんだけどさ!」


 灰原選手がそのように言いたてると、沙羅選手が負けじと鼻を鳴らした。


「バニーはんは、二着しか試合衣装を持っとらんのかいな? コスプレファイターのわりには、美意識が低いんやねぇ」


「あたしは階級を上げたから、デビュー当時の衣装はもうサイズが合わないんだよ! あんたこそ、ウェイトを上げたからパッツンパッツンなんじゃないのー?」


「ははん。きつうなったのは、せいぜい胸もとぐらいやな」


 相性がいいのか悪いのか、何かと言い争う機会の多い両名である。しかしまあ、険悪なムードでないのは幸いな話であった。

 そんな中、カメラの前で得意技を披露しているのは、黒い試合衣装を纏った犬飼京菜である。そのダイナミックなバックスピンハイキックに、トシ先生は瞳を輝かせていた。


「水着姿も悪くなかったけど、アンタの本領が発揮されるのはコッチみたいね。いい画が撮れてるわよ、京菜ちゃん」


「う、うるさいな! ファイターなんだから、当たり前でしょ!」


 そのようにわめく犬飼京菜は、頭もツインテールからいつもの三つ編みに戻されていた。ただメイクはそのままであるので、普段よりもいっそう華やかであるようだ。


 その後には、鞠山選手のチョークスリーパーが披露される。パートナーに指名されたのは、昨年と同じく瓜子である。鞠山選手のむっちりとした腕に首を抱えられると息苦しいことこの上なかったが、もちろん気管や頸動脈を圧迫されることはなかった。


「それじゃあ次は、瓜子ちゃんね。ファイティングポーズと、去年とは違う得意技をお披露目してちょうだい」


「はあ。去年ってたしか、バックハンドブローが採用されたんすよね。それじゃあ、ボディアッパーでお願いします」


 トシ先生は納得がいくまで同じ技の繰り返しを要求してくるので、動きの少ないボディアッパーでお許しをいただけたのは何よりであった。

 その後のユーリは、去年の撮影で採用されなかったハイキックを披露する。すでに撮影を終えている灰原選手は右ストレート、沙羅選手は三ヶ月蹴りを披露したのだそうだ。


 そうして最後に残されたのは、赤星弥生子である。

 得意技を要求された赤星弥生子は、申し訳なさそうに目礼することになった。


「私はすべての技術を等しく鍛えるべきであるという考えでトレーニングに取り組んでいますので、得意技というものが存在しません。そちらで指定していただくことは可能でしょうか?」


「アタシはシロウトなんだから、技の指定なんてできないわよ。それじゃあ、今までのコたちとかぶらない技を披露してちょうだい」


「今までと異なる技、ですか……では、前蹴りにしようかと思います」


 赤星弥生子は棒立ちの姿勢から、ふいにふわりと右足を持ち上げた。

 その空気も乱さないなめらかな動きに、瓜子は思わず背筋を震わせてしまう。正面にはカメラを構えたトシ先生しかいないのに、カウンターで下顎を蹴られた相手選手の姿が幻視できそうなほどであった。


「アンタ……やっぱり、凄まじく画になるわねぇ」


 トシ先生は嘆息をこぼしつつ、広い額に浮かんだ汗をぬぐった。


「なんだか、孔雀が羽を広げる瞬間でも撮影してるような心地よ。ベストの角度を探すから、弥生子ちゃんはその調子で同じ動きを繰り返してちょうだい」


「承知しました」


 赤星弥生子は一定のリズムで前蹴りを繰り返し、カメラを構えたトシ先生がその周囲を一周する。それで角度を決定したトシ先生は、赤星弥生子に立ち位置を調整させてから、最高の一枚を撮影できたようであった。


「完璧ね。……それじゃあお次は、グループごとに分かれての撮影よ」


 そちらのグループは、おおよそ階級によって分けられていた。バンタム級とフライ級はひとくくりで、ユーリ、赤星弥生子、沙羅選手のトリオである。雑誌では、そこに小笠原選手の画像も並べられるのだ。

 瓜子は灰原選手や鞠山選手とご一緒し、犬飼京菜は単独の撮影となる。しかしそちらもサキや雅選手と並べられるはずなので、そう考えれば各階級の選手が均等にランクインしているようであった。


「それでお次は、ユーリちゃんと沙羅ちゃんのペアね。……この二人だけ、どうして余分に撮影するのかしら?」


「そちらのお二人は『アクセル・ロード』という北米のイベントに参加するため、インタビュー記事のほうで画像を使わせていただく予定です」


 副編集長の言葉に、トシ先生は「北米?」と目を丸くする。


「ユーリちゃん、アンタ、北米にお出かけするの? 北米って、どの辺りのことなのかしら?」


「はぁい。どうやらラスベガスのようですねぇ」


「ラスベガス! だったら、スキンケアにお気をつけなさい! あっちは信じられないぐらい、空気が乾燥してるからね!」


 トシ先生にとっては、それが一番の重要事項であるのだろう。瓜子は何だか、笑いたいような泣きたいような気分になってしまった。

 そして沙羅選手は、不敵に笑いながら赤星弥生子のほうを振り返る。


「弥生子はんは、ほんまに参加せんのやな。ま、告知動画まで公開されてもうたから、もう取り返しはつかへんのやろうけど……せめて、補欠要員でエントリーさせてもろたらどないやねん?」


「私は、日本を出る気はない。と、更衣室でもそのようにお答えしたはずだが」


 赤星弥生子が凛然とした眼差しを返すと、沙羅選手はおどけた調子で肩をすくめた。


「弥生子はんは白ブタはんに後れを取ってもうたけど、この階級では事実上のナンバーワン選手やろ。それでも《レッド・キング》いうちっぽけな存在にすがりついて、北米進出のチャンスをフイにしてまうんかいな?」


「何を重要に思うかは、人それぞれだろう。北米進出にこだわるなら、そもそも私は積極的に外部の興行に出場していた。今さら自分の信念を曲げる気はない」


 赤星弥生子は決して昂ることもなく、淡々と言葉を返している。

 沙羅選手は、そんな赤星弥生子の態度がちょっぴり不満げな様子であった。


「んー、ウチもあくまで個人主義やから、弥生子はんの決断にケチをつける気はないんやけど……そないに道場の名を上げたいんやったら、《アクセル・ファイト》で実力を示すのが一番なんちゃう? 憎たらしい兄貴はんよりも先に王座をつかめたら、それこそ痛快やろ」


「男子選手と女子選手では選手層の厚さがまったく異なるので、そのような競い合いには意味を見いだせない。私は私なりのやり方で、自分の実力を示すつもりだ」


「せやったら、日本の女子MMA界の発展やらいうもんはどうやろ? 弥生子はんは、業界の未来なんざ眼中にないっちゅうスタンスやのん?」


 沙羅選手は、明らかに赤星弥生子を挑発していた。

 しかし、赤星弥生子は――そこでふっと、やわらかい微笑をこぼしたのだった。


「私などが出しゃばらずとも、君たちの活躍によって女子MMA界は大きく賑わうことだろう。今回の『アクセル・ロード』は日本人選手が優勝するものと、私はそのように信じているからね」


「ははん。自分に勝った白ブタはんなら、優勝まちがいなしっちゅうことかい」


「うん。そして、ナナや君などがこの期間内で桃園さんよりも大きく成長することができれば、それらの誰かが優勝することだろう。シンガポールにも桃園さんほどの実力者はいないはずだから、それは確実だ」


「なんや、弥生子はんも意外に口が回るんやな。挑発するつもりが、やり返されてもうたわ」


 沙羅選手は苦笑して、金と黒に分かれた前髪をかきあげた。

 すると、灰原選手も意気揚々と声をあげる。


「言っとくけど、マコっちゃんだって調子を上げてるんだからね! 油断してると、足をすくわれるよ!」


「そうだわね。トーナメントなら組み合わせ次第で、どんな風に転ぶかわからないんだわよ。二ヶ月ちょいで四戦もするなら負傷欠場する選手だって出てくるし、マコトにも美香ちゃんにもチャンスはあるんだわよ」


 鞠山選手もふてぶてしい面持ちで、そのように言いたてた。

 沙羅選手はそれに負けない不敵な眼差しで、この場に集まった面々を見回していく。


「ま、そういうこっちゃな。そこでシンガポールの連中に油揚げをかっさらわれたらたまらんから、まずは日本人選手の全勝を目指すべきやろなぁ」


「……なんの話をしてるのかわからないけど、雑談は撮影の後にしてもらえるかしら?」


 と、トシ先生が仏頂面で口をはさんだ。


「それに、たいそうな熱気じゃない。そういう熱気は、撮影中に出しなさいよ。何だったら、水着の撮影からやりなおしてやろうかしら」


「せ、先生! それはさすがに、時間的に厳しいのですが……」


「冗談よ。この熱気はかわゆい水着姿にマッチしないでしょうしね。だから、試合衣装の写真だけ撮りなおさせていただくわ」


 トシ先生は断固たる口調で、そのように宣言した。


「さあ、また久子ちゃんからやりなおしよ! その熱気をキープしたまま、被写体になりなさい! 出し惜しみしたら、いつまでも終わらないからね!」


 そうして本日の撮影は、思わぬハプニングで長引くことになってしまった。

 しかしそれが試合衣装の撮影であるなら、瓜子も望むところである。また、瓜子の胸にもこれまでと異なる熱が宿されていたのだった。


(ユーリさんたちの活躍次第で、日本の女子MMAは活性化するはずだって、色んな人がそう言ってるけど……現段階で、活性化は始まってるんじゃないのかな)


 瓜子がユーリを応援しているように、灰原選手は多賀崎選手を、犬飼京菜は沙羅選手を、赤星弥生子は青田ナナを応援している。しかしその前に、まずは全員がすべての日本人選手を応援しているのだ。日本から選抜された八名がシンガポールの選手陣に後れを取らないようにと、強く強く願っているのである。


 そして同時にそれらの人々は、残された自分たちが大事な相手の留守を埋めるのだと、そんな意欲を燃えさからせている。そうだからこそ、灰原選手や鞠山選手たちもユーリや沙羅選手に負けない熱意をあらわにしているのだろうと思われた。


 ユーリたちはこれだけの思いを背負って、北米へと乗り込むのだ。

 そんな風に考えると、瓜子の胸にもこれまで以上に熱いものがたぎってならなかったのだった。

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