ACT.2 多忙なる日常 01 人気投票とカード変更と告知映像
『NEXT・ROCK FESTIVAL』が終了した後も、しばらくは騒がしい日々が続くことになった。
まず、ライブから二日後の火曜日は、『トライ・アングル』のライブDVDの発売日となる。そちらは発売前の予約数だけでとてつもない数字を叩き出しているものと聞かされていたが、発売の後にはその数字に相応しい反響が巻き起こったとのことであった。
ただし、その反響というのは主に電脳世界の話であるため、瓜子やユーリは風聞で耳にするばかりである。しかしまた、『NEXT・ROCK FESTIVAL』の反響とも相まって、それは初めてのテレビ出演をした際にも負けないほどの騒ぎであるようだった。
「うちの娘も、またリビングのテレビを占領してやがるよ。桃園さんの音楽活動ってのは、本当に大したもんだなぁ」
立松などは、そんな風に言っていた。瓜子たちに肉声で反響のさまを伝えてくれる、希少なひとりである。
「娘さんは、東京公演に来てくれたんすよね? それでDVDまで買ってくれるなんて、ありがたい限りっすよ」
「ああ。何回観ても、飽きる様子はないからな。わざわざ値の張る特装版とかいうやつを買ってきたらしいぞ」
「……それじゃあまた、特典映像もリビングで観賞してるんすか?」
「うん、まあ、俺は横目で見てるだけだから、そんな気にすんなよ」
斯様にして、肉声で反響を伝えてくれる人間が少ないのは、瓜子にとって幸いな話であった。
そしてその数日後に待ち受けていたのは、格闘技マガジンの発売日である。
六月末日に発売されたそちらの号では、半年に一度の人気投票の結果が発表されたのだった。
1位 ユーリ・ピーチ=ストーム
2位 猪狩瓜子
3位 赤星弥生子
4位 沙羅
5位 小笠原朱鷺子
6位 バニーQ
7位 まじかる☆まりりん
8位 雅
9位 犬飼京菜
10位 サキ
その結果は、以上となる。
ひさかたぶりにサキの名前を発見した瓜子は、思わず小躍りしたくなるぐらいの喜びを噛みしめることに相成ったのだった。
「まだ復帰してから一試合なのにランクインなんて、さすがサキさんっすね! ファンのみんなもサキさんの復帰を待ち望んでいたっていう、何よりの証拠っすよ!」
「うるせーなー。おめーはこーゆー軟派な企画には興味ねーんじゃなかったのかよ?」
「そ、それはそうですけど……自分だってファンのひとりなんだから、やっぱり嬉しいんすよ」
「そんなユデダコみてーなツラをしてまで、こっ恥ずかしいセリフを吐いてんじゃねーよ」
そうして瓜子は、サキの拳でぐりぐりと頭を圧迫されることになった。
それはともかくとして――今回の結果は瓜子にとっても、なかなかに興味深かった。今回はこれまで以上に、半年間の試合内容が色濃く反映されているように思えたのである。
まず、今回ランクアウトしたのはラウラ選手と小柴選手で、ランクインしたのはサキと犬飼京菜だ。
ラウラ選手は前回初めてランクインしたのであるが、今年は瓜子に二戦連続で秒殺されてしまったため、大きく評判を落とすことになってしまったのだろう。
いっぽう小柴選手は初戦でベテランファイターたる時任選手に勝利したものの、次の試合では奥村選手に呆気なく敗れてしまい、アトム級への転向を表明した。もともと小柴選手は若手選手でありながら、魔法少女のコスチュームで評判を呼んだという立場であったため、その戦績がシビアに評価されたのではないかと思われた。
いっぽうサキは、もともと人気投票の常連であったのに、長らく負傷欠場していたため、ランクアウトしていた立場であったのだ。それが復帰試合で鮮烈な秒殺KOを見せたということで、すぐさま人気が盛り返したのだろう。
そして犬飼京菜はアマプロ通して、いまだ現王者の雅選手にしか敗北していない。なおかつ彼女はきわめて派手なファイトスタイルであるし、キャラクターも十二分に立っているため、チーム・フレアの悪名さえ払拭されれば、この結果も不思議はないところであった。
そして、それ以外の順位の変動についても、瓜子としては納得しやすい内容になっている。
実のところ、前回と今回の連続でランクインしている選手の半数は順位が動いていなかったため、その変動を辿るのが容易であったのだ。
順位が変動したのは、赤星弥生子、小笠原選手、灰原選手、雅選手の四名となる。
赤星弥生子は5位から3位、小笠原選手は6位から5位、灰原選手は9位から6位、雅選手は3位から8位に変動しているのだ。
赤星弥生子がベストスリーにまで食い込んだのは、もちろんユーリとの熱戦が大きな要因であるのだろう。もともと《レッド・キング》にしか出場していなかった赤星弥生子が初めて外部の興行に姿を現し、ユーリと怪獣大決戦を繰り広げてみせたのである。それで評判を呼ばなければ、それこそ納得のいかないところであった。
いっぽう小笠原選手はひとつ順位が上がったのみであるが、これもまた復帰試合でKO勝利を収めた効果であろう。もともとは3位の立場であった小笠原選手がタクミ選手に惨敗することで6位まで順位を落とし、そこから一段階だけ盛り返したという構図であるのだ。
もっとも大きな飛躍を果たしたのは、灰原選手となる。昨年の下半期は《カノン A.G》にまつわる騒動のせいで活躍の場を失っていた灰原選手が、今年になって三連勝を収めて、これだけの人気を獲得することがかなったのだ。もともと美人のコスプレファイターとして人気者であった灰原選手がトップファイターにまで成り上がったのだから、赤星弥生子や小笠原選手よりも大きく伸びしろが残されていたということなのだろう。
そして、ただひとり大きく順位を落とした雅選手は――今年の上半期、いまだ試合を行っていない。昨年末にはチーム・フレアを撃退した立役者として人気を上げたが、負傷欠場で表舞台から姿を消してしまったわけであった。
とりあえず、瓜子にとってはいずれも納得のいく結果である。
順位が変動していないユーリ、瓜子、沙羅選手、鞠山選手の四名は、昨年と変わらぬ結果を残していると見なされたのだろう。まあ、鞠山選手に関しては灰原選手と同じく三連勝をしており、トップファイターであるイリア選手をも打ち破ってみせたのだから、順位が上がってもいいぐらいであるのだが――逆に言うと、鞠山選手は負けが込んでいた時代にも人気投票の常連であったので、良くも悪くも試合結果に左右されない人気をキープしているのかもしれなかった。
まあ何にせよ、瓜子にとっては納得のいく結果であった。
そして、瓜子が常になく人気投票の結果などを気にしてしまったのは――やはり、『アクセル・ロード』の影響であるのかもしれなかった。
いまや《アトミック・ガールズ》の主役と見なされているユーリが、北米に旅立ってしまうのだ。そして、もしもユーリがそちらのトーナメントで優勝し、《アクセル・ファイト》と正式な契約を交わすことになったら、もう《アトミック・ガールズ》の興行には出場できなくなってしまうのである。
そのような事態に至ったならば、残された選手たちで《アトミック・ガールズ》を守っていかなければならない。
そして――人気投票で2位の座をキープし続けている瓜子には、とりわけ大きな期待がかけられるはずであったのだった。
「まあ、そんなに気張ることはない。お前さんはこれまで通り、自分のペースを守りゃあいいんだよ」
立松は、そんな風に言ってくれていた。
が、その直後に仏頂面を浮かべていたものである。
「で、そんなお前さんに伝えないといけない話があるわけなんだが……実はな、七月大会のマッチメイクに変更の知らせが来たんだよ」
「え? もう大会まで二週間ちょいなのに、今さらマッチメイクの変更っすか?」
瓜子はもともと、七月大会で後藤田選手とタイトルマッチを行う予定になっていた。ついに歴戦の日本人トップファイターと対戦できるのだと、大いに奮起していたのである。
「ああ。稽古中に、後藤田選手が怪我をしちまったらしい。タイトルマッチを辞退するぐらいだから、よっぽどの怪我だったんだろう。だったらこっちも休みをもらうか、せめて調整試合にしてもらいたいところなんだが……パラス=アテナの連中は、なかなかに厄介な相手を割り振ってきやがってなぁ」
「厄介な相手って、誰っすか? トップファイターである後藤田選手より厄介な相手なんて、なかなか想像がつかないんすけど」
立松は苦虫を噛み潰しながら、「オリビア選手だよ」と言い捨てる。
その返答に、瓜子はきょとんとしてしまった。
「オ、オリビア選手っすか? それはまあ、オリビア選手もこの前の試合ではダメージらしいダメージもなかったみたいですけど……でも、試合間隔は一ヶ月足らずっすよ?」
「それでもオリビア選手の厄介さに変わりはねえだろう。『日本人キラー』の異名は伊達じゃねえぞ」
もちろん瓜子とて、オリビア選手の実力は嫌というほど思い知らされている。沖選手も魅々香選手もマリア選手も――ついでに言うならユーリも、オリビア選手に一度は敗北しているのだ。まあ、ユーリに関しては連敗記録を樹立していた時代の話であるのでそこに数えるのは不適当かもしれないが、何にせよオリビア選手の実力は本物であった。
「お前さんは、マリア嬢ちゃんとの試合でもでかい怪我を負うことになったからな。一階級上のトップファイターってのは、それぐらい厄介な相手なんだ。ましてやオリビア選手は、玄武館の世界王者なんだから……打撃の破壊力は、フライ級でも指折りだろう。ある意味では、グラップラーの後藤田選手よりも厄介な相手だよ」
「押忍。でも、そのオファーを蹴ったら、自分は出場できないんすよね?」
「ああ。もともとこんな試合の直前に代理出場を引き受ける選手なんて、そうそういないだろうからな」
「それなら自分は、お引き受けしたく思います」
瓜子がそのように答えると、立松は深々と溜息をついた。
「お前さんだったら、そう言うと思ったよ。ったく、たとえ階級が上の相手でも、二冠王の名を汚すんじゃねえぞ?」
「押忍! ご指導お願いします!」
かくして瓜子は急遽、オリビア選手と対戦することに相成ったのだった。
合同の稽古でも何度もお世話になっているオリビア選手だ。ボディプロテクターを装着せず、四オンスのグローブであの重い打撃をくらったら、いったいどれだけのダメージとなるのか。想像しただけで、瓜子は武者震いしてしまいそうであった。
それからさらに日は過ぎて、七月の第一日曜日――ちょうど七月大会の二週間前となる日である。
ついにその日、『アクセル・ロード』の内容が正式に発表されることになった。
事前に連絡をもらっていた瓜子とユーリは、朝からメイの部屋にお邪魔をする。その日は副業の仕事もオフであったし、告知動画は日本時間で午前の十時に公開されるという話であったのだ。
「日本語版と英語版、どっちを観る?」
「あ、日本語版ってのも存在するんすか。両方拝見したいっすけど、よかったら日本語版からお願いします」
「わかった」とメイがノートパソコンを操作すると、テレビのスピーカーから派手なロックサウンドが鳴り響き、スクリーンには「アクセル・ロード~《アクセル・ファイト》への道!~」の文字が映し出された。
それから出場選手のバストショットが次々と映し出されたわけであるが――そのトップバッターは、ユーリであった。
『アクセル・ロード』公式の青い試合衣装を纏った、ユーリの勇姿だ。撮影現場を拝見していた瓜子も、その姿には思わず息を呑んでしまった。
ユーリ、青田ナナ、沙羅選手、多賀崎選手、鬼沢選手、魅々香選手、沖選手、宇留間選手という順番で、せわしなく映像が切り替えられていく。その後にはシンガポールの選手陣も同じようにお披露目され、さらに、ヘッドコーチである卯月選手とジョアン選手、そしてサブコーチという役にあるもう二名の外国人選手の姿も映し出された。
『卯月率いる日本勢と、ジョアン・ジルベルト率いるシンガポール勢! 栄冠をつかめるのは、ただひとり! 《アクセル・ファイト》への道を切り開くのは、誰だ!』
ドスのきいた日本語で、そのようなナレーションがかぶせられる。映像も音声も、きわめて雄々しい演出だ。
そしてその後は、ユーリたちがシャドーをする姿がフラッシュの映像でお披露目される。その迫力も、なかなかのものであった。
「これ……ユーリさんが一番目立ってるように感じられるのは、自分の気のせいじゃないっすよね?」
「うん。ユーリ、一番美人だから、ピックアップされてるんだと思う」
「うにゃあ。クールビューティーなるメイちゃまに美人などと言われると、恐縮の至りでありますにゃあ」
ユーリはふにゃふにゃと笑いながら、ピンク色をした頭をひっかき回した。
その間に、画面は白人男性のインタビュー映像に切り替えられる。字幕にて、それが《アクセル・ファイト》の代表者だということが知れた。スキンヘッドで恰幅のいい壮年の男性だ。英語でまくしたてられる彼の言葉も、字幕で表示されていた。
『「アクセル・ロード」で二ヶ国対抗という形式を取るのも、女子選手を出場させるのも、これが初めての試みだ。きっと今回の「アクセル・ロード」は、これまででもっともエキサイティングな内容になるだろう』
その言葉に、瓜子は首を傾げることになった。
「二ヶ国対抗って、これが初めてだったんすね。今までは、同じ国から十六名の選手を集めてたってことですか?」
「そう。ただし、違う階級の選手を八名ずつ集めて、二つのトーナメント戦を開くのが、定例。十六名でひとつのトーナメント戦だと、合計で四試合になって、疲労が溜まるからだと思う」
「ええ。二ヶ月ちょっとで四試合って、明らかにオーバーワークっすよね。自分もそれは気になってたんすよ。……ユーリさん、くれぐれも気をつけてくださいね?」
「はいはぁい。うり坊ちゃんと離ればなれになるのは悲しみの極致でありますけれど、そんなにたくさん試合をできるのはワクワクの極致でありますねぇ」
ユーリはまったく深刻ぶる様子がない。その分まで、メイは真剣な眼差しになっていた。
「でも、去年の『アクセル・ジャパン』では、八名の選手しか集められていなかったし、放映も日本国内限定だった。今回の『アクセル・ロード』は、本当に力が入れられてると思う」
「はい。女子選手にそれだけの期待がかけられるってのは、嬉しい話っすね」
「うん。ストロー級、早く設立されること、祈ってる」
そんな風に言ってから、メイは鋭い目つきでユーリを見据えた。
「それには、女子選手の活躍と、アジア人選手の活躍、必要。今回の『アクセル・ロード』の結果、重要だと思う。ユーリ、頑張ってほしい」
「はいはぁい。ユーリは死力を尽くす所存でありますよぉ」
そのように答えるユーリは、あくまで無邪気そのものだ。
渡米の日まで、ついに二ヶ月を切ってしまったわけだが――瓜子と離ればなれになる苦しさや悲しさは、上手い具合に意識の外へと追いやれているのだろう。瓜子としても、それを見習うばかりであった。