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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
17th Bout ~Intense summer Ⅰ~
421/955

04 ファーストステージ

『トライ・アングル』のメンバーが花道に姿を現すと、客席からは凄まじいまでの歓声が爆発した。

 瓜子は千駄ヶ谷や他のマネージャーたちとともに入場口の裏にひそんで、そのさまをこっそり見守っている。去年は瓜子もユーリ個人の誘導と警護を引き受けていたものであるが、今回はその必要もなかったのだ。瓜子としては一抹の寂しさを覚えなくもなかったが、ユーリがバンドのゲストではなくユニットの正式メンバーに格上げされたのだと思えば、喜びの気持ちが上回ってくれた。


 先頭を進むのは『ベイビー・アピール』の面々で、『ワンド・ペイジ』はしんがりをつとめている。それにはさまれて真ん中に位置するユーリは、ひとりで元気に手を振りながら大歓声に応えていた。


 ユーリはただひとりの女性メンバーであるし、とてつもない色気とオーラを有しているために、やはり入場の際には格段に光り輝いて見える。

 それでもひとたび演奏が始まれば、他のメンバーもユーリに負けない輝きを放つものであるのだが――常になく疲弊しきっている今日の彼らでも、そのように振る舞うことができるのかどうか。瓜子はユーリやサキの試合と同じぐらいの強い気持ちで祈りながら、その姿を見守るしかなかった。


 やがてステージに到着したならば、演奏陣の七名はそれぞれの楽器のセッティングを開始する。その間に、マイクをスタンドから外したユーリがにこにこと笑いながら『こんばんはぁ』と挨拶の声をあげた。


『みなさん、楽しんでますかぁ? オリビア選手の秒殺KO、すごかったですねぇ』


 歓声が、怒号のような勢いでユーリに応える。

 ユーリはライブ前の緊張感とも無縁な笑顔で、『ありがとうございまぁす』と手を振った。


 最初のステージは『ベイビー・アピール』を基調とした編成であるため、ドラムセットにはダイが陣取っている。西岡桔平は色々な打楽器が寄せ集められたパーカッションのセットの裏に待機しており、その足もとには四角いカホンも準備されていた。

 あとのメンバーはいつも通りで、山寺博人のみエレキギターとエレアコギターが準備されている。八名のメンバーに五台のアンプセットというのはなかなかの質量であるため、ステージはずいぶん狭苦しそうであった。


 それにやっぱり何と言っても目を引くのは、試合を行うためのケージである。

 瓜子から見てライブ用のステージの背後に、八角形の巨大なケージが鎮座ましましている。瓜子にとっても一年ぶりの光景であるため、なかなか見慣れるものではなかった。


 また、本日は客席も試合観戦用の配置にされているので、ステージの四方がぐるりとお客に取り囲まれているのだ。演奏のさまを真横や背後からも観賞されるというのは、やはり普段のライブではなかなかありえない事態であろう。話によると、ステージの正面に位置する客席のほうが、チケット代も割増になるのだということであった。


『あ、そろそろ準備ができたみたいですねぇ。ではでは、「トライ・アングル」、いざ開幕でぇす』


 ダイの合図で、すべての楽器がいっぺんにかき鳴らされた。

 客席の大歓声をかき消すような、爆音の渦である。そしてそこには、自分たちの疲れや眠気を跳ね返そうという思いも込められているのではないかと、瓜子にはそのように思えてならなかった。


 ユーリは心地好さそうに天を仰ぎつつ、その爆音に身をひたらせている。

 そして爆音の波がゆっくり遠ざかっていくと、マイクを握りなおして逆の手を振り上げた。


『では一曲目! 「ハッピー☆ウェーブ」でぇす!』


 ダイが荒っぽくシンバルでカウントを鳴らし、『ハッピー☆ウェーブ』のイントロが奏でられた。

 ユーリの持ち曲の中でも、とりわけアップテンポでノリのいいナンバーだ。

 ただ――瓜子はその中に、どこか小さな揺らぎを感じた。

 素人の瓜子では言語化することのできない、ごくささやかな違和感である。躍動感にあふれかえった演奏の中に、常とは異なる澱みのようなものがまぎれ込んでいるような――視界の端を飛び交う小虫のような違和感であった。


 ユーリは演奏の開始とともにステップを踏み始め、歌に入る直前で、頭にのせていたキャップを客席に放り投げる。

 そして、ユーリが歌い始めた瞬間――瓜子の心を騒がせていた違和感が、消失した。まるでユーリの苛烈なる歌声に、小虫が叩き潰されたような心地であった。


 他のメンバーは、いつも通りの様相でそれぞれの楽器を鳴らしている。

 ユーリも、心から楽しそうだ。

 それで瓜子も、ほっと息をついたのだが――最初のサビが終了し、長めの間奏に入ったところで、また違和感の小虫がどこかから羽ばたいてきた。


 限られたスペースで元気いっぱいにステップを踏んでいたユーリが、ふっと小首を傾げる。

 そしてユーリは、くるりとターンを切って、タツヤのほうを振り返った。

 タツヤは何も気づかずに、一心不乱に黒いベースをかき鳴らしている。


 ユーリはぴょんっと跳びはねて、タツヤの目の前に着地した。

 タツヤがいぶかしげに顔を上げると、ユーリは演奏にあわせて身を揺らしつつ、タツヤに向かって小さく手を振る。

 瓜子の位置からは距離が遠くて判然としなかったが、タツヤはユーリの仕草に笑顔を返したようだった。

 そして――ユーリが二番の歌に入る前に、小虫のごとき違和感はまたどこへともなく消え失せたのだった。


(……今のは何だったんだろう?)


 瓜子は不思議に思ったが、客席は大いに盛り上がっていた。

 升席のお客は立ち上がることを禁じられているため、それぞれ手やタオルを振り回している。これまでの単独ライブに負けないぐらいの盛り上がりようだ。


 それで瓜子も気を取りなおして、ステージのほうに集中したのだが――二曲目の『境界線』にて、また同じような現象が勃発した。

『境界線』は『トライ・アングル』の持ち曲の中で屈指の激しいアップテンポの曲であるのだが、その演奏がいかにも危うかったのだ。曲の勢いはそのままに、車輪がひとつ外れかけているのではないかという、不安定な揺らぎが感じられたのである。


 するとユーリは背後に向きなおり、今度はダイに向かって手を振った。

 ダイは演奏の隙間でスティックを振り返し――そうすると、演奏の揺らぎが消失して、いつも通りの疾走感と爆発力が蘇ったのだった。


『あらためまして、「トライ・アングル」でぇす。もういっぺん聞いちゃいますけど、みなさん楽しんでますかぁ?』


 二曲目が終わったところで、中継ぎのMCである。楽器のチューニングや調整のために、こういう時間は必須であるのだ。


『今日は時間厳守のイベントですので、一回のステージで五曲しかお届けできないのですぅ。ファーストステージは残り三曲になっちゃいましたけど、最後まで楽しんでいってくださいねぇ』


 そうして始められたのは、ダークで妖艶なる楽曲、『アルファロメオ』だ。

 これまでの躍動感を塗り潰すように、重々しくて粘ついたギターの音色が会場の隅々にまで広がっていく。

 こちらは普段通りの様相で、何事もなく終わりを迎えるかと思われたが――最後のサビに入ったあたりで、ユーリがしゃなりしゃなりと漆原のほうに近づいた。

 そして、漆原の肩を色っぽく撫でるような仕草を見せてから、その後ろを通りすぎて、リュウのもとにまで到達する。それでユーリはねっとりと心にからみつくような歌声を振り絞りながら、リュウの肩を撫でるような素振りを見せた。


 ユーリは接触嫌悪症であるし、演奏陣の邪魔をしてはならないという強迫観念にも似た思いを抱いているため、きっと実際には手を触れていないのだろう。

 しかし何にせよ、ユーリは漆原とリュウの肩を撫でるふりをして、両名もその仕草に気づいていた。

 そして――最後のサビが進むにつれて、ぐんぐん演奏の迫力が増していったのである。


 今回はべつだん、瓜子も違和感などは覚えていなかった。

 しかし、演奏の迫力が増したことにより、こちらこそが正しい姿であったのだと思い知ることがかなったのだった。


(でも、これはどういうことなんだろう。まるで……ユーリさんが魔法でもかけてるみたいだ)


 瓜子がひそかに思い悩む中、『アルファロメオ』も終了する。

 お次は漆原とのデュエット曲、『fly around』だ。


 こちらもミドルテンポで、ややダークな雰囲気を有する楽曲である。

 ユーリと漆原の対照的な声音でAメロとBメロを交互に歌いあげ、サビではそれが絡み合う。激しい楽曲を持ち味とする『ベイビー・アピール』であるが、こういった妖しい雰囲気の楽曲もまた、彼らの大きな魅力であるのだろう。そこにユーリの甘ったるくて透明感のある歌声と『ワンド・ペイジ』の生々しい演奏が加わることで、さらなる魅力が生じるのだった。


 それに――今日はどこか、前回のライブには感じられなかった凄みのようなものが加えられていた。

 今にも均衡を崩してしまいそうな危うさで、音が揺れているようなのである。それでいて、決して均衡を崩すことはなく――その揺れ幅が、いっそうの緊迫感や迫力を生み出しているように思えてならなかった。


 そうして会場が重い空気にどっぷりと浸かったところで、荒々しいイントロが奏でられる。

 ファーストステージの最後の楽曲、『ハダカノメガミ』である。

 素晴らしいセールスを叩き出したシングル曲のお披露目に、客席は大いにわきかえった。『アルファロメオ』と『fly around』で構築した空気感を自ら叩き壊そうというセットリストである。


 そしてこちらの楽曲にも、これまで以上の迫力が満ちていた。

 すべての音色が鋭く尖り、それが複雑に絡み合った上で、新たな調和を為す。そうして演奏のダイナミズムが上昇したことにより、ユーリの歌声もまた凄まじい迫力と熱気でもって、瓜子の心に食い入ってきたのだった。


 ユーリはダメージデニムのジャケットの裾をひるがえしながら、力強く躍動している。

 他のメンバーたちも髪を振り乱し、飛び散る汗をきらめかせながら、ユーリとともに光り輝いていた。

 そうしてさまざまな思いにとらわれていた瓜子は、この段に至って心を翻弄され、本日初めての涙をこぼすことになってしまったのだった。


『どうもありがとうございましたぁ。続きは、次のステージでぇ』


 ユーリのあっけらかんとした挨拶の言葉で、ファーストステージは終了した。

 ライブ前からさらに熱量を増した歓声と拍手に包まれながら、八名のメンバーが花道を舞い戻ってくる。

 そして入場口の裏手に到着するなり、『ベイビー・アピール』の面々がユーリを取り囲んだのだった。


「ユーリちゃん! すっげぇシビアなダメ出しをしてくれたな!」

「そうだよ! いつの間に、そんなことができるようになったんだ?」


 ユーリは「ほえ?」と小首を傾げた。


「ダメ出しとは、なんのお話でありましょう? ずぶずぶの素人であるユーリがみなさんにダメ出しだなんて、そんな恐れ多いことはできないですよぉ」


「でも、俺がリズムにノリきれなくて苦労してたら、合図してくれたじゃん!」

「俺だって、ユーリちゃんが合図をくれたから、ハシってることに気づいたんだよ!

「俺とウルも、微妙にノリがズレたところだったよな。あそこで合図をくれたのは、偶然じゃないんだろう?」


 ユーリは困り果てた顔になって、「うにゅう」と頭を抱え込んでしまった。


「専門的なことを言われても、ユーリにはちんぷんかんぷんなのですぅ。ユーリはただ、お疲れオーラを感じた方々にエールを送っていただけなのですけれど……やはり余計なお世話であったでしょうか?」


「余計なお世話どころか、大助かりだったよ。……やっぱりユーリちゃんはすげえなぁ」


 と、最初に笑顔を取り戻したのは、リュウである。

 なおかつ、漆原はユーリに詰め寄りつつ、最初からへらへらと笑っていた。


「実は俺、サビに入ってもフランジャーを切るのを忘れてたんだよなぁ。それでリュウとのハモりがズレちまったんだけど、ユーリちゃんには原因がわからなかったから、俺とリュウの両方にツッコんだってことかぁ。ほんっとユーリちゃんって、天才的な天然なんだなぁ」


「あうう。余計なお世話をしてしまったようで、心苦しい限りなのですぅ」


「だから、余計なお世話じゃねえってば。ウルがトチってたなんて、俺だって気づいてなかったんだからよ。……タツヤとダイがハシってたのは、さすがに気づいたけどさ」


「俺、ハシってたのか? ユーリちゃんのにこにこ笑う顔を見たら力が抜けて、それでノレるようになったんだよな」


 そう言って、タツヤは照れくさそうにユーリへと笑いかけた。


「とにかく、ユーリちゃんのおかげで助かったよ。次のステージではヘマをしないように気をつけるけど、これからもよろしくな!」


「はぁい、こちらこそですぅ」


 ユーリもまた、ほっとした様子で笑みをこぼした。

 瓜子が胸を撫でおろしていると、西岡桔平が笑顔で近づいてくる。


「本当にユーリさんは、バンドを引っ張ってくれましたね。あらためて、こんなに感性だけに特化した人を見るのは初めてです」


「はい。ユーリさんはファイターとしても、バロメーターがしっちゃかめっちゃかですからね。でもきっと、それがユーリさんの強さなんだと思います」


 瓜子がそのように答えると、西岡桔平はいっそう温かい笑みをたたえた。


「猪狩さん、とても嬉しそうですね。どうかその素敵な笑顔で、ユーリさんをねぎらってあげてください」


「や、やだなぁ。そんな風に言われたら、笑えないっすよ」


「それじゃあ、楽屋に戻りましょうか。……おい、立てるか?」


 と、西岡桔平が視線を低い位置に転じる。

 そちらでは、山寺博人が壁にもたれてうずくまってしまっていたのだ。


「だ、大丈夫ですか、ヒロさん? ほら、しっかりしてください!」


「うるせぇなぁ……ぶん殴られたくなかったら、近づくんじゃねぇよ」


 そんな憎まれ口を叩きながら、山寺博人はますます脱力してしまう。


「あー、目が回る……出番まで寝るから、お前は近づくなよ」


「こ、こんなところで寝ちゃ駄目っすよ! 寝るなら、楽屋に戻りましょう!」


 そんな具合に舞台裏は大騒ぎであったものの、ステージの前半戦は無事に終了した。瓜子としては、ユーリを含めた『トライ・アングル』の底力をあらためて見せつけられたような心地であったのだった。

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