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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
インターバル
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01 ミーティング

『アクセル・ロード』に出場する選手たちを激励する壮行会を経て、六月の第一月曜日――瓜子とユーリは副業の業務の合間に、『ベイビー・アピール』の所属事務所に招集されることに相成った。


 ひさびさの、全メンバーが集合してのミーティングである。

 そのさなか、一部のメンバーが驚嘆の声を張り上げることになった。


「ユーリちゃんが『アクセル・ロード』に出場するって、マジかよ!」

「そうしたら、《アクセル・ファイト》との契約も目の前じゃん! うわー、いよいよ世界のユーリちゃんだな!」


 率先して騒いでいたのは、やはりタツヤとダイである。それを「静粛に」とたしなめるのは、千駄ヶ谷の役割であった。


「この一件は七月初旬に発表される予定になっておりますので、それまでは他言無用にてお願いいたします。もしもみなさんの口から秘密が漏洩したならば、ユーリ選手に重い罰金が課せられることになりますので、どうかそのように思し召しください」


「でもこれは、本当に大ごとですよね。もしユーリさんが《アクセル・ファイト》と正式に契約することになったら……さすがにこっちの活動も難しくなるんじゃないですか?」


 西岡桔平の発言にダイたちがまた騒ぎそうになると、千駄ヶ谷は冷徹なる声でそれをさえぎった。


「ユーリ選手はたとえ《アクセル・ファイト》との正式契約がかなおうとも、日本国内に居住するという意向です。それでも音楽活動がどれだけ可能であるかは、まったくの未知数となりますが……それを取り沙汰するのは、『アクセル・ロード』の結果を待ってからでも遅くはないでしょう。まずは、年内の活動においてご確認をさせていただきたく思います」


「その前にさぁ、俺たちにももうちょっと事情を説明してくれない? アクセルなんちゃらがどうこう言われても、さっぱり意味がわかんないんだよねぇ」


 不健康そうな顔に無邪気な笑みをたたえつつ、漆原がそのように言いたてた。格闘技に興味のない彼はもちろん、ここ最近で格闘技に興味を持ってくれた山寺博人や陣内征生にもさっぱり事情が伝わっていないようであるのだ。それらの面々を見回しながら、千駄ヶ谷は説明を開始した。


「端的に申しあげますと、ユーリ選手は最大で九月から十一月までの三ヶ月間を北米で過ごすことになります。そちらで開催されるトーナメント戦にて敗退すれば、即時帰国ということになるそうですが……何にせよ、その期間はいかなる業務の予定も立てることがかないません。また、トーナメント戦にて優勝したあかつきには、《アクセル・ファイト》という団体と正式に契約を交わすことになり、来年からは年に三度から五度という頻度で北米を始めとする海外の試合に出場する見込みとなります」


「ああ、そういうことかぁ。そいつは確かに大ごとだねぇ。……でも別に、忙しいのはおたがいさまなんだからさぁ。頑張れる範囲で頑張るしかないんじゃねぇのぉ?」


 そのように語る漆原たち『ベイビー・アピール』の面々は先月にニューアルバムを発売し、現在は全国ツアーの真っ只中なのである。昨日の日曜日とて、瓜子たちが酒宴を開いている間に、彼らは神奈川でライブを行っていたのだった。


「ユーリちゃんは格闘技が本業で、俺たちはそれぞれのバンドが本業なんだからさぁ。誰にとっても、『トライ・アングル』の活動は副業ってこったろぉ? おたがいのスケジュールが合わなくなったら、休止でも何でもすりゃいいじゃん」


「おい。軽々しく休止とか言うなよ。お前だって、『トライ・アングル』の活動に熱を入れてたろ」


 リュウが慌てて口をはさむと、漆原は「そりゃそうさぁ」と屈託なく笑った。


「でも、本業を犠牲にしてたら、楽しい話も楽しくなくなっちまうだろぉ? 『トライ・アングル』は、全員が楽しむことで成立してるんだからさぁ」


「いや、それはその通りだけど――」


「何をそんなに焦った顔をしてんだよぉ? 千駄ヶ谷さんは『トライ・アングル』の活動を続けられるかどうか、これからスケジュールの折り合いをつけようとしてるんだろぉ。焦るのは、そいつを確認してからでいいんじゃねぇのぉ?」


「その通りです」と、千駄ヶ谷がすかさず口をはさんだ。


「こちらとしましても、可能な限りは『トライ・アングル』の活動を継続したいと願っております。差し当たっては、九月から十一月までの活動が困難になることをお伝えしたかったのですが――」


「三ヶ月ぐらいは、どうってことねぇさぁ。でも、俺たちは九月の頭まで全国ツアーだから、なかなか身動きが取れなそうだよなぁ」


 それが、厳然たる事実であった。よって『トライ・アングル』は六月終盤に『NEXT・ROCK FESTIVAL』への出場を予定しているだけで、あとは空いている平日にセカンドシングルの制作を進めていこうというスケジュールであったのだった。


「それで本当は十月にセカンドシングルをリリースして、また何本かライブをするつもりだったんだよなぁ。その計画が、見事にぶっ潰れちまったわけかぁ」


「はいぃ。せっかくの予定をユーリのせいで台無しにしてしまい、申し訳ない限りですぅ」


 極限まで身を縮こまらせたユーリが初めて声をあげると、漆原はにんまりと笑いながらそちらを振り返った。


「今月の終わりにライブをやったら、次の活動は十二月以降かぁ。半年まるまる期間が空いちまうんだなぁ」


「そうですねぇ……ユーリとしても、残念な限りですぅ」


「でもユーリちゃんは、九月から大勝負なんだろぉ? たとえ俺たちのスケジュールが空いてても、歌なんて歌ってる場合じゃないんじゃねぇのぉ?」


「いえいえ。それまではがっぽりスケジュールが空いているので、それなら『トライ・アングル』の活動をできたら嬉しいなぁと思っていたのですけれど……ユーリひとりじゃ、無力の塊でありますからねぇ」


 そうしてユーリがしゅんとしてしまうと、漆原は「そっかぁ」と頭の後ろで手を組んだ。


「だったらさぁ、セカンドシングルを八月の頭にでもリリースして、八月中に可能な限りのライブを突っ込めばいいんじゃねぇのぉ?」


「八月の頭? いくら何でも、そいつは無茶だろ! 俺たちはツアーの真っ最中だし、新曲だってまだ作りかけなのに、たった二ヶ月で何ができるってんだよ?」


 ダイが仰天した様子で声をあげたが、漆原はのんびり笑ったままであった。


「今週から週一でワンドと音合わせする予定だったんだから、二ヶ月もありゃあ十分だろぉ。レコーディングやらジャケット撮影やらの段取りをどうにかしてもらえりゃあ、何とかなるんじゃねぇのぉ?」


「いや、八月頭にリリースするなら、練習期間はひと月ていどだろ! それに、今からライブ会場を押さえることなんてできねえし、そもそも俺たちのスケジュールが埋まってるんだから――」


「俺たちも、平日や土曜日なんかは空いてる日があるだろぉ? それに夏なら、あちこちでフェスが開かれるしさぁ。そっちに売り込みをかけりゃあ、出られる場所もあるんじゃねぇかなぁ」


 すると、常識人たる西岡桔平が発言した。


「俺たちはぽつぽつライブをやりながら新譜の構想を練ろうっていう時期だったから、比較的スケジュールにゆとりはあります。でも、そちらはあまりに強行軍ですよね。それこそ、本業の『ベイビー・アピール』に負担がかかってしまうんじゃないですか?」


「俺は別に、負担とは思わねぇけどなぁ。それよりも、自慢の新曲のリリースが年末やら来年やらに延期されるほうがガッカリだよぉ」


 すると、真剣な面持ちをしたリュウも身を乗り出した。


「そういうことなら、俺もウルに賛成だな。そもそも『トライ・アングル』では一発録りが定番なんだから、レコーディングもミキシングも一日ありゃあ十分だろ。しっかり段取りさえ組んでもらえりゃあ、何とかなるはずだ」


「……まあ確かに、本当にしんどいのはそんな段取りをつけなきゃならないスタッフのほうなのかもな」


 と、ダイは身を乗り出すのではなく、逆にソファの上でふんぞりかえった。


「だけどさ、今回の新曲はこれまでで一番小難しい構成だよな。たったひと月で、形になるのかねぇ」


「俺らはライブリハのドサクサで練習できるし、問題ねえだろうさぁ。あとは、ワンドの諸君のやる気しだいかなぁ」


 漆原は屈託なく笑いながら、『ワンド・ペイジ』の面々を見回していく。そして最後に視線が固定されたのは、山寺博人の仏頂面であった。


「それに、肝心の歌詞も完成してないしよぉ。たとえ演奏がバッチリでも、ユーリちゃんが本気で歌えるような歌詞ができあがらねぇとお話にならねえよなぁ」


「……人に仕事を丸投げしておいて、偉そうな口を叩くんじゃねえよ」


 山寺博人は無精にのばした髪を片手でかき回してから、ソファの肘掛けを平手で叩いた。


「わかった。あとひと月で、どうにかしてやるよ。でも本当に、ライブやレコーディングの段取りをつけられるのか?」


「そ、それは実際に取り組んでみないと……」と、『ワンド・ペイジ』のマネージャーは目を泳がせていたが、その代わりに千駄ヶ谷が「ええ」と力強く応じた。


「私の担当であるジャケット撮影や特典グッズに関しては、問題ないかと思われます。また、八月のフェス出場に関しては、現時点でもいくつかのオファーがあったはずですね?」


「は、はい。そちらに出場するかどうかも、今日の議題のひとつであったわけですが……」


「なんだ、こっちから売り込みをかけるまでもなく、オファーがあったのかよぉ。だったら問題ないじゃねぇかぁ」


「で、でも、レコーディングまで敢行するとなると、いよいよライブに向けたスタジオリハを行うことも難しくなってしまうのでは……?」


「『トライ・アングル』は、出たとこ勝負が持ち味だろぉ? ロクにリハもできなかったら、またユーリちゃんの初期衝動が爆発するんじゃねえかなぁ」


 瓜子の見る限り、『トライ・アングル』のメンバーたちは誰もがセカンドシングルを前倒しでリリースすることに意欲的であるように感じられた。

 あとはもう、段取りを組むスタッフたち次第であろう。生真面目そうな顔をした『ワンド・ペイジ』のマネージャーは冷や汗をかいているようであったが、もっとも苦労が大きそうな『ベイビー・アピール』のマネージャーはのほほんとしていたし、千駄ヶ谷は過酷な戦いに挑まんとする指揮官の眼光になっていた。


 とりあえず、この場で決定できるような議題ではないため、また数日後にスタッフ陣で打ち合わせをすることが取り決められる。

 それで本日のミーティングが終了すると、ダイやタツヤの目を盗んだ山寺博人が「おい」と瓜子の腕を引いてきた。


「……お前、大丈夫なのか?」


 瓜子を壁際まで引っ張った山寺博人が、至近距離からそのように囁きかけてくる。彼の言わんとすることを察した瓜子は、「ええ」と笑顔を返してみせた。


「それって、ユーリさんと三ヶ月も離ればなれで大丈夫かって意味っすよね? ……それなら、自分は大丈夫です」


「本当か? お前らは、二十四時間べったり一緒にいる関係だってんだろ?」


「はい。もちろん寂しいことは寂しいっすけど……でもこれは、ファイターにとってかけがえのない大チャンスなんすよ。だから自分も、全力でユーリさんを応援するって決めたんです」


「……そうか」と、山寺博人は溜息をつく。それで瓜子の前髪が揺れるほどの至近距離である。しかし瓜子は心臓を騒がせることなく、彼の気づかいに感謝することができた。


「自分なんかを心配してくれて、どうもありがとうございます。……あの、リマさんはお元気っすか?」


「……なんでそこで、あいつの名前が出てくるんだよ?」


「だって、ヒロさんとお会いするのはあの日以来でしたから……ちゃんと仲直りできたかなって、ずっと心配だったんすよ」


 ただでさえ近かった山寺博人の顔が、さらにぐっと近づいてきた。

 が、おたがいの前髪が触れる寸前で、急停止がかけられる。


「……反射的に、頭突きしそうになっちまった。お前、滅多なことを言うんじゃねえよ」


「だって、本当に心配だったんすよ。お二人には、仲良くしてもらいたいですから……」


「だから――!」と怒声をあげかけた山寺博人の身が、急速に瓜子から遠ざかっていった。こちらの様子に気づいたダイとタツヤが、二人がかりで山寺博人を羽交い絞めにしたのだ。


「お前! 瓜子ちゃんを壁際に追い詰めて、何やってんだよ!」

「セクハラの現行犯だぞ! 瓜子ちゃん、かまわねえからぶん殴っちまえ!」


「あ、いや、違うんすよ。ヒロさんは、ただ自分を心配してくれただけっすから――」


 瓜子の弁明など聞かばこそ、ダイとタツヤが山寺博人をもみくちゃにしてしまう。それを止めようとする西岡桔平とリュウも入り乱れて、大変な騒ぎになってしまった。

 そうして瓜子がなすすべもなく立ち尽くしていると、ユーリがにゅるんと接近してくる。


「ユーリの目にも、お二人はベーゼを交わそうとしているかのように見えたのです。ついに、その時に至ったのでありましょうか?」


「至っておりません」と、瓜子はユーリの頭を小突いてみせた。

 ユーリは背筋を震わせつつ、小突かれた場所をさすりながら「にゅふふ」と幸福そうに笑う。


 かくして、ミーティングは終了し――その数日後には、『トライ・アングル』のセカンドシングルが八月頭にリリースされることが正式に決定されたのだった。

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