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アトミック・ガールズ!  作者: EDA
2nd Bout ~Birth Of The Pretty Monster~
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02 秘策は女史にあり

 帰り道に寄ったファミレスにて、ユーリは地獄のように落ちこんでしまっていた。


 せまいテーブルにつっぷして、さきほどからピクリとも動かない。深くかぶったキャップとサングラスで人相を隠しつつも、その表情がこの世の終わりみたいに悲嘆しきっていることがありありと見てとれた。


「もうダメだぁ……生きる希望を、失ったぁ……ユーリの人生は、もはやこれまでかもしれぬ……」


「情けない声を出さないでください。生きてりゃいいこともあるっすよ」


「ううう……ベル様との対戦以上にハッピーな出来事なんて、この世に存在するはずがないよぉ……悲しいよぉ、切ないよぉ……」


「こればっかりは、しかたないじゃないっすか。さすがに無差別級のトップスリーにゴネられたら、アトミックのおエラいさんたちも従わないわけにはいかないっすよ。なんだかんだ言ったって、やっぱり無差別級は格闘技の花形なんすから」


 体重の重い者は、強い。それが世間の定説である以上、この世で一番強いのは、やはり重量級を制した者、ということになる。

 だから、世界最強の座は《スラッシュ》無差別級の王者であったベリーニャ選手のものであり、《アトミック・ガールズ》最強の座は、無差別級のエース、来栖選手のものなのだ。


 その来栖選手みずからが、ユーリの存在を認めていない、というのならば、今回の処置もいたしかたがない。それはもちろん横暴な言い分であり、道理もへったくれもなかったが、《アトミック・ガールズ》としても無差別級のトップスリーを失うわけにはいかないだろう。下手をしたら、彼女たちが所属するジムや道場の選手たちも、こぞって離脱してしまうかもしれない。そんなことになれば、《アトミック・ガールズ》崩壊の危機だ。


 実のところ、選手の造反劇が生じるのは、これが初めての話ではない。およそ三年ほど前にも、当時のミドル級王者であった秋代選手を筆頭に、主力選手の複数名がフロント陣と衝突し、《アトミック・ガールズ》を大量離脱するという大事件が勃発したことがあるのだ。


 それで一時は《アトミック・ガールズ》も運営中止の憂き目にあいかけたが、何とかかんとか生きのびて――その末に、ユーリ・ピーチ=ストームという絶好の客寄せパンダを得て再生した、というのが現状なのである。


「そんな《アトミック・ガールズ》をここまで引っ張ってきたのは、来栖選手を始めとする創立期からの選手たちっすからね。いま現在においてだって、表の主役がユーリさんだとしたら、裏の主役は彼女たちっす。来栖選手たちが離脱して、新団体を設立する、なんてぶちあげたら……天覇館や武魂会だけじゃなく、そこと仲の良いフィスト・ジムや四ツ谷ライオットまで出ていっちゃうかもしんないすもんね」


「…………」


「それで《アトミック・ガールズ》並の新団体が作れるとは思えないっすけど。ま、分裂して共倒れになるのがオチっすよ。現に、秋代選手たちが三年前に立ち上げた新団体も、鳴かず飛ばずで消えちゃったわけですし。……そんなことになったら大変だから、あの駒形って人も困り果ててるんじゃないっすか?」


「ううう。わかってるよぉ。何もうり坊ちゃんまで、そんな追い打ちかけなくても……」


 と、水分不足のナメクジみたいにのろのろとユーリが瓜子を振り返り……そして、「あり?」とサングラスをズラす。


「うり坊ちゃん、眉毛がとっても吊り上がってるよぉ? 何か怒ってるにょ?」


「怒ってますよ。当たり前じゃないっすか。……そんな無茶なやり方で自分らの要求を通そうとするなんて、根性がねじ曲がってるとしか思えないっす。来栖選手たちを見損ないました」


 ユーリはゆらりと身体を起こし、そうして瓜子にまとわりついてきた。


「うわぁん。うり坊ちゃんありがとぉ! ユーリの味方はうり坊ちゃんだけだよぉ」


「別にユーリさんの味方をしてるわけじゃないっすよ。自分はそういう、派閥とか勢力争いとかってやつが性に合わないだけっすから」


「勢力争い……とは違うのでしょうね。彼女たちが目の敵にしているのは、ライバル道場やジムなどではなく、ユーリ選手ただひとりであるのでしょうから」


 と、ユーリにテーブルを占領されていたために皿ごとカップを持ち上げていた千駄ヶ谷女史が、無表情にカプチーノをすすりながら、そう言った。


「安い豆を使っていますね。……さて、それではユーリ選手、最後にもう一度だけ貴女のご意向を確認しておきたいのですけれども」


「にゅ? ご意向でしゅか?」


「はい、ご意向です。……貴女は、ミドル級に留まってタイトル戦を目指す道と、あくまで無差別級トーナメントへのエントリーを目指す道と、どちらをご希望なさりますか?」


「そ、そりゃあもちろん、ユーリはトーナメントに出場したいですけどぉ……《アトミック・ガールズ》がムチャクチャになっちゃうのは困りましゅ……」


「それはもちろんです。しかし、改革に流血はつきものですよ」


 ユーリは瓜子の身体をぎゅうっと抱きすくめながら、さも恐ろしげに千駄ヶ谷女史の顔を見つめやった。

 気持ちはわかるが、アバラがきしみそうだ。


「来栖選手が《アトミック・ガールズ》をここまで牽引してきた。それは猪狩さんのおっしゃる通りですが、しかし、経営不振に陥っていた《アトミック・ガールズ》の興行成績を現在のレベルまで引き戻したのは、まぎれもなくユーリ選手です。それは数字が証明しています。来栖選手なくして現在の《アトミック・ガールズ》はなかったのでしょうが、それと同時に、来栖選手たちだけでは現在の繁栄を成し得ることはできなかった、というのもまた歴然たる事実なのですよ」


「はあ……」


「プロファイターらしからぬ容貌で人気を得たアイドル選手が気に食わない。そう思うのは個々の自由ですが、その恩恵にあずかっていながら、ユーリ選手の存在をないがしろにするような真似は、決して許されることではありません。ましてや、自分の進退を人質にして、興行主の意向をねじ曲げる、などというのは……言語道断の所業と言えましょう」


「せ、千さん、怖いでしゅ……」


「ユーリ選手が無差別級王座決定トーナメントへのエントリーを希望されるのでしたら、弊社はその方向で話を進めていきたいと考えています」


 カチャリと静かにカップをおろし、千駄ヶ谷女史はふちなしメガネの角度をなおす。


「もちろん《アトミック・ガールズ》が今後も安定した興行を継続できるように取り計らいながら、ですよ。それがユーリ選手の選手活動においてはもっとも望ましい環境だと思うのですけれども、いかがでしょうか?」


「そ、そりゃあ、それができればベストだと思いますけどぉ……でも、来栖選手ってすっごくおっかない人らしいですよぉ? あの人を説得するなんて、人喰いクマさんに食べないでってお願いするのと同じぐらい難しいんじゃあ……?」


「そんなことはありません。情理を尽くせば、わかっていただけるはずです」


 口調とセリフが合っていない。もしくは、情理の概念が瓜子たちとは違っているのかもしれない。

 千駄ヶ谷女史の無表情は、来栖選手と同じぐらいおっかなかった。


「それでは。ユーリ選手のご意向にそって、明日もう一度駒形氏にお話をうかがってみます。近日中には納得のいただけるオファーを取りつけてみせますので、どうぞご安心してお待ちください、ユーリ・ピーチ=ストーム選手」


                ◇


「……ユーリね、千さんが味方で良かったなぁって、心の底から思うときがあるの」


 新宿駅からプレスマン道場へと歩を進ませながら、ユーリは感慨深げにそう言った。


「千さんが、もしも敵だったら……ああ、考えるだに、おそろしい! うり坊ちゃんも、千さんが上司で良かったねぇ?」


 良かったんだか悪かったんだか。ただ、死んでも敵に回したくないという意見には賛成であった。


「千駄ヶ谷さん、本当に来栖選手を説得できるんすかね? ユーリさんだって、《アトミック・ガールズ》が分裂しちゃったり解散しちゃったりするのは本意じゃないっすよね?」


「そりゃあそうだよぉ。ベル様と闘えても、《アトミック・ガールズ》がなくなっちゃったら、元も子もないもん。……あああ、もういいよ! あとはとにかく、千さんにおまかせしよう! ユーリはお稽古したい! いっぱい汗かいてモヤモヤを吹き飛ばしたいっ!」


 それも同感だ。

 ただし、瓜子の心配は他にもある。


「ところで、ユーリさん。けっきょくサキさんとは、試合の日もまともに喋れなかったっすよね? これでもう二週間以上もマンションには帰ってないんすから、いいかげん自分も不安になってきたんすけど……」


「うにゅ? そんじゃあ、お電話してみよかい」


 あっさりと言って、ユーリはメタリックピンクの携帯端末を取り出した。

 が、すぐにあきらめて、またしまってしまう。


「ダメだぁ。出ないやぁ。妹ちゃんの具合はまだ良くならないのかねぇ」


「ちょ、ちょっと、あきらめが早くないっすか? 迷惑がられるかもしんないっすけど、もうちょい粘ってみましょうよ」


「うにゅにゅ……だけどさぁ、ここ一週間ぐらい、ユーリは毎日お電話もおメールもしてるんだよねぃ。それでいっぺんもお返事がないってことは、何か、めちゃめちゃに忙しいんじゃないのかなぁ?」


 そうなのか。

 瓜子は、ますます心配になってきてしまった。


「けっきょく道場にも、まったく姿を見せないままだしねぇ。いいかげんにユーリも禁断症状が出てきそうだよぉ」


 と、ユーリはピンク色の唇をおかしな感じにむにょむにょと動かす。


「でも……ユーリにはうり坊ちゃんがいるし、うり坊ちゃんにはユーリがいるもんね?」


「は? な、何すか?」


「何すかじゃないよぉ。サキたんは、ひとりぼっちでさびしい思いをしてないかなぁ。ユーリはそれが、とっても心配なの」


 ああ、そういう心配をしているのか、と瓜子は息をつく。

 ユーリはともかく、サキにとって瓜子がそれほど大きな存在だとは思えない。

 しかし――サキは二週間前に姿を消す直前、ぽん、と瓜子たちの頭を叩いていった。

 そのときの何気ない手の感触が、いまだに瓜子には忘れられずにいるのだ。


(会いたい、な……)


 瓜子はユーリほど、サキと行動をともにしてきたわけではない。

 しかし、これでもう半年近くもひとつ屋根の下で暮らしてきた相手なのだ。

 長年の憧れだった選手、というだけでなく、いまやサキは、瓜子にとって欠かせない生活の一部分だった。


 ユーリと暮らしていれば退屈するヒマなどひとかけらもありはしないのだが、それでも、ふとしたときにサキの不在は思いがけぬほど強く瓜子の心を揺さぶってしまう。


 サキとの交流が途絶えた後に、瓜子は《G・フォース》の大会に出場した。《アトミック・ガールズ》でのデビューも果たした。その御礼さえ言えていないし、感想さえ聞けていない。


 瓜子は痛烈に、サキと会いたかった。

 しかしその日も、サキは道場に姿を現さなかった。

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