04 おかしな二人
日焼け止めオイルの塗布が完了したならば、出陣の準備が整ってしまった。
ビーチタオルを剥ぎ取られた瓜子も、ビーチパラソルの外に引きずり出されてしまう。そうして満天のもとにさらされた瓜子の水着姿を前に、ユーリと灰原選手が嬌声をあげることになった。
「うひょー! おひさまの下で見ると、やっぱ可愛いなあ! あたしが男だったら、絶対うり坊に求婚してたよ!」
「それはユーリも同感なのです! おたがい殿方に生まれついていたならば、血で血を洗う抗争に発展していたやもしれませんねぇ」
「や、やかましいっすよ! 人目が集まるから、あまり騒がないでください!」
瓜子に準備されていたのは、よりにもよってタイサイド・ビキニであった。サイドの部分を紐で結ぶタイプの、アレである。このタイプはビキニの中でも布面積がきわめて小さく、それと反比例して瓜子の羞恥心は増大してしまうのだった。
「ど、どうしてよりにもよって、こんな露出の多いビキニなんすか? ユーリさんは、自分に何か恨みでもあるんすか?」
「ユーリの中には、抑制しきれない情愛しか存在しないぞよ。やっぱうり坊ちゃんって、白黒のツートンが似合うと思うからさぁ。そうすると、今年の新作ではそれが一番かわゆかったのだよねぇ」
「いいじゃんいいじゃん! いいセンスしてるよ、ピンク頭! あたしら三人が寄り集まってたら、恐れ多くてナンパ野郎も近づいてこれないかもねー!」
「……灰原選手は、意図的に愛音の存在を黙殺しておられるのでしょうか?」
「あー、あんたもいたんだっけか。さすがにこの中にまぎれてると、あんたは存在感が薄いねー。うり坊と違って、胸の薄さが存在感の薄さに直結してるのかなー」
まだ出発前の因縁を引きずっているのか、灰原選手は小憎たらしい顔で舌を出していた。それを見返す愛音は、わなわなと肩を震わせている。
ちなみに灰原選手の本日のお召し物は、肩紐の存在しないバンドゥ・ビキニのトップと、肉感的なおしりがこぼれそうなローライズのボトムであった。ユーリに次ぐほど起伏の激しい肢体をしている上に、布面積はもっとも小さい。金と黒の入り混じったセミロングの髪はポニーテールにしており、下手なグラビアアイドルよりも色気たっぷりに見えた。
「あー、いたいた! みなさん、まだ海に入ってなかったんですかー?」
と、黄褐色の肢体にオレンジ色のフレア・ビキニを着たマリア選手が、ビーチボールを抱えて砂浜を駆けてきた。その姿に、灰原選手は気さくに「よ」と片手をあげる。
「あんたはひとりで何やってんのさ? 赤星の連中はどうしたの?」
「こっちの女子選手は、みんな子供たちの面倒を見てあげてますねー。マリアはみなさんとご一緒させてくださいませんかー?」
「みなさん」と言いながら、マリア選手の明るい瞳は真っ直ぐにユーリを見つめている。彼女はやたらと、ユーリになついてしまっているのだ。
「海に入って、ビーチボールで遊びませんかー? けっこう下半身の強化にも有効なんですよー!」
「海にまで来てトレーニングのことなんて考えたくないけど、ま、一緒に遊びたいってんなら遊んでやってもいいよ」
あくまで上から目線だが、ご機嫌の灰原選手は快く了承していた。
瓜子にしてみても、海に入ったほうが姿を隠せるので異存はない。かくして、マリア選手を加えて五名となった一行は、この人数で遊べる空間を求めて砂浜を進むことになった。
燦々と照る陽光の下、誰もが楽しそうにはしゃいでいる。小笠原選手たちは遠泳にでも興じているのか、どこにも姿が見当たらない。
そうしてしばらく進む内に、赤星道場の子供たちとその面倒を見るレオポン選手および竹原選手と出くわすことになった。
「あー、ハルキさんにタカくん、お疲れ様ですー!」
「よう、マリア――」
と、こちらを振り返ったレオポン選手の目が、驚嘆に見開かれる。
そして、レオポン選手ほどの節度を持ち合わせていない竹原選手が、「うひゃー!」と無遠慮な声をあげた。
「ユーリちゃんと瓜子ちゃんの生水着だあ! すっげー! やっぱ生だと迫力が違うなあ!」
「馬鹿、やめろって。他の人らもいるのに、失礼だろ」
レオポン選手が我に返った様子で、竹原選手の頭を引っぱたいた。
が、竹原選手は懲りた様子もなく瞳を輝かせている。その場には遮蔽物もなかったので、瓜子はひたすらその視線に耐えるしかなかった。
「だって、凄いじゃないッスか! わ、そっちのそのコらも可愛いッスね! プレスマンって、美人が多いんだなあ」
「だから、灰原選手はプレスマンじゃねえっての。自己紹介したばっかだろうが」
埒が明かないと見てか、レオポン選手は竹原選手を海面に突き飛ばした。
子供たちは、無邪気に笑い声をあげている。この班には、女性の水着姿に心を乱される年頃の少年はいないようだった。
「うちのバカが、悪かったね。合宿の期間中はナンパ禁止だから、なんも心配しないでくれ」
「ふふん。別にいいんじゃない? ほめられて悪い気のする人間はいないっしょ。その他大勢扱いは、ちょっとばっかりシャクだけどね」
灰原選手がそのように応じると、レオポン選手は「いやいや」と手を振りながら瓜子のほうに遠慮がちの視線を飛ばしてきた。
「瓜子ちゃんなんかは、そういうの苦手だろ? だけどまあ……すげえ破壊力だよなあ」
「……レオポン選手も、海に沈んだほうがいいんじゃないっすか?」
「そうだなあ。頭を冷やす必要があるかもしれねえや」
たてがみのような頭をかき回しながら、レオポン選手は苦笑した。
どこか子供っぽくも見える仕草と表情である。そんな顔を見せられると、瓜子も苦笑を誘発されてしまうのだった。
「レオポン選手は、ラッシュガードっすか。正直、羨ましいっすよ」
「ああ、これか? いちおう彫りものは、隠す決まりになってるんだよ。いたいけな子供たちに悪い影響が出たら、アレだからな」
レオポン選手は、両腕と背中と左胸に立派なタトゥーを入れているのだ。そういえば、両腕に雷神と風神を住まわせているサイトーも、長袖のラッシュガードを着込んでいたはずであった。
「ま、こっちにはかまわず大いに遊んでくれよ。午後からのトレーニングを楽しみにしてるからな」
「押忍。それじゃあ失礼します」
レオポン選手と子供たちに別れを告げて、さらに砂浜を突き進む。
その道中で、珍しくもユーリがマリア選手に語りかけた。
「ユーリの気のせいかもしれないですけれども、レオポン選手はまた少し肉厚になられたのではないでしょうか?」
「あー、やっぱりわかりましたか! ハルキさんは、階級を上げることになったんですよー。去年から今年にかけて結果を出せずに、北米のプロモーションから契約を切られちゃいましたからねー」
「ほうほう。そういう場合は階級を下げるものと認識しておりましたけれど、階級を上げるパターンもあるのですねぇ」
「はい! ハルキさんはもともと五十六キロ以下級で、メジャーなプロモーションだとそれより下の階級って存在しませんからねー。今のスピードを維持したままパワーを強化するんだって、すっごく頑張ってますよー」
話題が格闘技であるならば、ユーリもマリア選手と問題なくコミュニケーションできるようだった。
そしてそこにも、賑やかな灰原選手が口をはさむ。
「そうそう! 適性体重なんて、あれこれ試行錯誤してみないとわかんないからね! 無理に減量するより、上の階級でやりあったほうがベストなこともあるわけよ!」
「あはは。灰原選手も、そうやって結果を出したんですもんねー」
「うん! もう階級を落とすなんて、考えられないもん! さすがにこれ以上は、階級を上げる気もないけどさあ」
灰原選手のそんな言葉で、瓜子もひとつ思い当たった。以前の水着撮影の際よりも、灰原選手の肢体がシェイプされているように思えたのだ。
さらにさかのぼると、一月に瓜子と対戦したときなどは、もっと無駄肉が目立っていたように思う。臀部や太腿の張り具合はそのままに無駄肉だけが落ちて、アスリートとしてもひとりの女性としても理想のプロポーションに近づいたのかもしれなかった。
「お、ここなら存分に遊べそうじゃない? いい加減に、海に入ろうよ!」
「そうですねー。それじゃあ。準備運動しましょうかー」
入念にストレッチをした上で、ついに海へと突撃する。
さんざん日光で炙られた身体に、冷たい海水が心地好かった。
さまざまな雑念にとらわれていた瓜子の心にも、ようやく浮き立った気持ちがわいてくる。仕事やトレーニングを離れて遊びに没頭することなど、いつ以来であるのかも思い出せないぐらいであった。
「うひー、ちべたい! でも、気持ちよいねぇ」
かたわらのユーリも、楽しそうに笑っている。
すべてを許したくなってしまいそうな、天使のごとき笑顔である。
「……でも、水着の恨みは忘れないっすからね」
「うみゅみゅ? 唐突な恨み節でありますにゃあ」
そうしてしばらく海水の冷たさを満喫した後、浅瀬でビーチボール遊びが始められることになった。
瓜子としてはもっと深い場所で水着姿を隠蔽したいところであるのだが、それでは身動きが取れなくなってしまうのだろう。浅瀬で行うビーチバレーは、確かに下半身にかなりの負荷がかかるようだった。
愛音と灰原選手がムキになったため、勝負は大いに白熱した。
それに飽きたら、今度は思い思いに遊泳する。マリア選手はイルカのように見事な泳ぎっぷりを披露して、ユーリは心地好さそうにぷかぷかと浮かんでいた。
「あー、なんだか平和だねぇ。ここ最近のドタバタから解放された気分だにゃあ」
「ユーリさん、なんだかラッコみたいっすね。自分はそんな風に浮かんでらんないっすよ」
「にっひっひ。うり坊は、浮袋のボリュームが足りてないんじゃない?」
「邑崎さん、この失礼なお人を沈めちゃいましょうか」
「はいなのです! 全面的に協力いたしますです!」
斯様にして、時間は平和に過ぎ去っていった。
自由時間は二時間にも及ぶので、あまりはしゃいでいると午後からのトレーニングに支障が出てしまいそうなほどである。協議の結果、一時間ていどが過ぎた頃合いで、いったん休憩を入れることにした。
「あー、咽喉が渇いた! クーラーボックスにドリンクがあるんだよね? そいつをいただきに行こうよ!」
というわけで、鞠山選手と魅々香選手の待つビーチパラソルに舞い戻る。
するとそこには、サキと見慣れぬ男女の姿があった。
「あ、サキさん。足がどうかしたんすか?」
サキはキャンプシートに座った体勢で、男性のほうに左足をいじられていた。
濡れた身体にビーチタオルを羽織ったサキは、ぶっきらぼうに「いや」と応じる。
「別にどうもしてねーよ。時間外サービスを受けてるだけだから、気にすんな」
「時間外サービス? ……あ、もしかしたら、例の整体師の御方っすか?」
瓜子の言葉に、男性がこちらを振り返った。
ぼさぼさの頭をした、ずいぶん若めの男性である。小柄で、細身で、やたらと無邪気そうな顔つきをしており、下手をしたら高校生ぐらいに見えかねない風貌だ。
「あ、プレスマン道場の方々ですね。どうも、ご無沙汰してます」
「ご無沙汰? ……ああ、そっか。この前の大会で、あなたは大江山さんのセコンドについてたんすよね」
そして彼とはルールミーティングの前や閉会式の後にも対面しているはずであるのだが、パーカーのフードですっぽり顔を覆い隠していたために、風貌はわからなかったのだ。ただ、これぐらい小柄で細身であったことは記憶に留めている。身長も体重も、ユーリよりわずかに下回っているぐらいであろうと見受けられた。
「あのときは、ご挨拶する時間もありませんでしたね。僕は、六丸と申します」
「六丸さんっすか。自分は、猪狩と申します。いつもサキさんがお世話になってます」
「おめーはアタシの保護者かよ。いいから、こっちのことはほっとけや」
サキはそのように言いたてていたが、左膝の診察をしていたのなら、瓜子も気になるところであった。
そしてその場には、もう一名の見慣れぬ女性もいる。そちらも七月大会でマリア選手のセコンドについていた、小柄な女性であった。
「あ、こちらは是々柄さんといって、赤星道場のメディカルトレーナーです」
六丸に是々柄とは、ずいぶん奇妙な苗字が集まったものである。
なおかつ是々柄なる女性のほうは、六丸よりも印象的な風貌をしている。まったく見慣れていないのに、ひと目で忘れられなくなるような風貌だ。
ただその特徴は、顔に比してあまりに巨大な黒縁眼鏡に集約される。なおかつその眼鏡は遠視用のものであるらしく、もともと小さくもなさそうな目をさらに大きく見せてしまっていたのだった。
「どうも、是々柄っす。仲良くしてもらえたら嬉しいっす」
是々柄がぺこりと一礼すると、重そうな黒縁眼鏡がずり下がった。
それをちんまりとした指先で直しつつ、分厚いレンズ越しに瓜子たちを見やってくる。
「みなさん、休憩っすか? よかったら、マッサージしましょうか?」
「いえいえ。どうぞお気遣いなく。邪魔にならないように、引っ込んでますので」
「いえいえ。そちらこそ、お気遣いなく。あたし、マッサージが趣味なんすよ」
そんな風に言いながら、是々柄は両手の指先をわきわき動かした。
こちらの人物も若そうに見えるが、あまり年齢の見当がつかない。赤茶けた髪を首の右側でひとくくりにして、いささか野暮ったいえんじ色のジャージを纏った、瓜子よりも小柄な女性だ。そのジャージもまったくサイズが合っていないようで、裾が膝の近くまでかぶさり、袖を何重も腕まくりしているのが珍妙であった。
「だったら、あたしがお願いしよっかなー。水遊びで、けっこう疲れちゃったし!」
と、傍若無人なる灰原選手が、シートの上に寝そべった。
是々柄は「了解っす」と言いながら、何のためらいもなく濡れた背中の上にまたがる。そうしてその指先が背中を圧迫し始めたとたんに、灰原選手は「ひゃー!」と雄叫びをあげた。
「すっごく気持ちいい! あんた、マッサージの天才だね!」
「おほめにあずかり、恐縮っす」
なんだか、おかしな騒ぎになってきてしまった。
そうして瓜子が茫洋としていると、ユーリが横合いからビーチタオルを差し出しつつ、耳もとに口を寄せてきた。
「ユーリが言うのも何だけれども、うり坊ちゃんが殿方の前で水着姿を恥ずかしがらないのは珍しいのじゃないかしらん?」
瓜子はきょとんとユーリの顔を見返してから、慌てて裸身を隠蔽した。
が、羞恥心というものはいっこうにかきたてられていない。この六丸という人物は、なんだか大人しい犬のように無害な存在に思えてならなかったのだった。
「……あの、サキさん。左膝の具合はどんなもんなんでしょう?」
サキのかたわらに腰を下ろしつつ、瓜子はそのように呼びかけてみた。
サキはしっとりと濡れそぼった前髪の向こう側から、瓜子をにらみつけてくる。
「なんだよ。実現するかもわからねー統一戦に向けて、情報収集か?」
「そんなんじゃないっすよ。ただサキさんの回復を願ってるだけです」
瓜子が口をとがらせてみせると、サキは「ちっ」と舌を鳴らした。
「診察の真っ最中に、患者に聞く話じゃねーだろ。……六の字、アタシの未来の対戦相手が、アタシの足の調子を知りたいとよ」
「あはは。でも僕は、ただの整体師に過ぎませんよ。確かなことが知りたいなら、お医者さんに聞いてくださいね」
のほほんとした笑い声を響かせつつ、六丸はサキの左足をまさぐった。
患部である左膝ばかりでなく、足首や股関節にまで指を這わせる。ずいぶんきわどい部分にまで触診は及んでいたが、やはり瓜子を嫌な気持ちにさせることはなかった。
「うーん……サキさん、稽古を頑張ってますねえ。筋力そのものは、ほとんど回復したように思いますよ」
「筋力が戻っても靭帯がちぎれかかってたら、意味ねーだろ。無責任な私見でいいから、おめーの正直な意見を聞かせやがれ」
「靭帯も、それなりに順調に回復していると思います。ただ、格闘技の試合を行うとなると……あと半年から一年は様子を見たいところですねえ」
サキはひとつ溜息をついてから、「だとよ」と言い捨てた。
瓜子は思わず、呑気に笑う整体師のほうに詰め寄ってしまう。
「あの、半年か一年たてば、選手として確実に復帰できるんすか?」
「あくまで、私見ですけど……僕は、そう思います」
六丸の瞳は、まるで野兎のようにあどけなく輝いていた。
こんな目つきをした人間の言葉ならば、心から信じることができる――そんな風に思った瞬間、瓜子の濡れた頬に涙が流れ落ちてしまった。
「なんだよ。年内の対戦は絶望的で、ガッカリか?」
「そんなガッカリは、アトミックがグダグダになった時点で体験済みです。でも、サキさんが選手として復帰できるなら……それだけで嬉しいっすよ」
「ほんとだよぉ。毎晩お祈りした甲斐があったねぇ」
ユーリのほうは、輝かんばかりの笑顔になっている。
そんなユーリと瓜子の顔を見比べて、サキはまた舌打ちをした。
「こいつはあくまで整体師だって言ってんだろうが。期待を木っ端微塵にされても文句を抜かすなよ、タコスケども」
「六ちゃんの見立ては、そこらの医者より確かっすよ。だからサキちゃんも、六ちゃんのところに通ってるんすよね?」
と、灰原選手の背中にまたがっていた是々柄が、やおら身を起こした。
「それに六ちゃんは空気を読めないから、駄目なら駄目ってあっさり言ってのけるっすよ。だからサキちゃんの左膝も、心配いらないっす」
「やだなあ。空気を読めないのはおたがいさまじゃないですかあ」
「あたしは自分の意思で空気を読まないんすよ。天然の六ちゃんと一緒にされたくないっすね」
そうして是々柄は、レンズで巨大化した瞳を瓜子とユーリに向けてきた。
「さ、お次は誰っすか? できれば、そちらのおふたりのお肉を味わわさせていただきたいっす」
「お、お肉?」
瓜子が思わず身を引くと、魅々香選手に声をかけていたマリア選手が「あはは」と笑い声をあげた。
「ぜーさんは、人の身体にさわるのが生き甲斐なんですよー。でも、マッサージに関しては凄腕です!」
見ると、灰原選手はだらしなく寝そべったまま、すやすやと寝入ってしまっていた。
が、それで余計に瓜子の警戒心はかきたてられてしまう。
「いや、自分たちはあんまり、人にさわられるのが得意じゃないもんで……それに、どうして自分たちに狙いをつけてるんすか?」
「キミはその華奢な体格で、五十二キロ以下級なんすよね? いったいどういう人体の神秘が潜んでいるのか、ずっと気になってたんすよ。それに、そっちのキミは――」
と、是々柄の視線がユーリに固定される。
ユーリは瓜子以上に怯えながら、瓜子の背後に隠れてしまった。
「見るからに、ただごとじゃないお肉をしてるっす。こいつはただの脂肪の塊じゃないって、あたしの指が告げてくるんすよね」
「い、いえいえ。どうぞおかまいなくぅ。ユーリもマッサージは苦手なものでぇ」
「どうしても駄目っすか? 二万までなら、払う準備があるっすけど」
「ユ、ユーリはお金で自分を売ったりしないのです!」
何だかいっそう、おかしな騒ぎになってしまった。
赤星道場のコーチ陣はあれほどまでに質実剛健の雰囲気であるのに、この落差はいったい何なのだろう。この六丸や是々柄がいったいどのような顔で赤星弥生子らとつきあっているのか、瓜子にはまったく想像がつかなかった。