ある上司と部下の飲みの席
「ああ新しく入った芹沢くんね。見込みはどうなの?」
「やっぱ陰気臭い感じですよ。目が泳ぎながら『僕はコミュニケーション能力ありますし』とか言ってましたもん。」
「そりゃうちに入ってくる連中でまともな奴なんかいねえしなぁ。一応大学出てるだけマシだろ。この前入ってすぐ辞めた奴、タイムカードすらまともに押せなかったじゃねえか。そういやアイツ義務教育すらまともに出てるかどうかだったじゃねえか。」
「とはいえ、田舎の普通科で田舎の私立大学のカタカナが多い学部を卒論すら書かずに卒業した人間ですからね。一年以上続けた実績もないし、地雷っぽいんですよねぇ。Fラン大ノンサー、ノーゼミなら俳優の養成所を出た人間の方がよっぽどマシですよ。演技ができるし。」
「それでもタイムカードぐらい押せるだろ」
「タイムカードこだわりますね。まぁ去年なんか入ってすぐに刑務所に入ったから首になった奴もいましたね。」
「ただでさえも評判の悪い介護業界だからね。大体つぶしが聞かなくなった定年間近か大した能力もないくせに一丁前にプライドだけが高い若手だけで構成させれている。中間管理職になれる人材が不足しているのよ」
「下手に若手に管理職任せれば、結局うまく管理できないんですよねぇ。大体若手抜擢なんか介護業界でおかしいでしょ。自分の息子ぐらいの年のやつが責任者の施設に親を預けるなんて悪い冗談ですよね。」
「プライド高いから失敗を認められないんだよなぁ。それでドツボにはまってパワハラで訴えられるんだよ。わが社のことだけど。」
「今回の芹沢くんも似たような感じですかね。ああいうタイプって意外に自分が仕事できるって思うんですよ。実際は人並み以上のこともあんまりできないんだけど」
「きさらぎに行くんだよな。あそこも荒れてるからなぁ。年間2、3人は入れ替わるよな」
「仕事よりも人間関係の方がよっぽど難しいですよ。グループホームはパートのおばちゃん多いし。
「まぁこんな会社で人事やってる俺らもそうだけど、三十歳でそういった会社しか入れない奴が贅沢言える立場はないと思うがね。割り切って続けるしかないんだが。」
「そんなこと考えているわけないと思いますよ。嫌なら辞めればいいと」
「でも案外長く続くやつは続くんだけどな。この業界。」
「ぶっちゃけノルマとかあるわけじゃないし、数多の肉体労働に比べれば楽なんですよね。薄給だけど裏を返せば、不景気でも同じ年収を手にできるし、こういうご時世ならお国から金も貰える」
「介護業界で働いているって言えば、お世辞でも立派なお仕事ですねとか言われるからな。まぁ裏じゃ馬鹿にしていると思うが」
「とりあえず物事を深く考えない奴が続けるには最適なんだけどな。皮肉でもなんでもなく」
「出世争いとかそんなもんもないですしね。ぶっちゃけ管理職と平社員の給料なんかそう変わらんから劣等感持つこともないし」
「ただ命を預かってるからちょっとしたミスで重大事故に繋がることも多いからな。すぐ訴訟になったりするし、クレームが多い家族も割といるからね」
「施設に預ける奴って超金持ちってわけではなく、それなりに裕福だけど月に二十万払うぐらいが精いっぱいっていう中途半端な小金持ちが多いんですよね」
「なんか俺たち説明口調になってるよな」
「どうですかね。でも介護業界って割とネットの意見が当てにならないのは確かですよ。」