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芹沢伴太くんの憂鬱

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ だぁだぁだぁ ばぁばぁばぁ」これは一体なんだ。

「まさこはええ子やけんなぁ ええ子やけん ええ子やけん くぅさぁつ、よいこと一度はおいでぇ」

ここは一体何なんだ。

「やかましいぞ!お前ら!俺をおちょくってるんかー!」

だから何なんだここは


ここは認知症の人が助け合って生活するグループホームじゃないのか!


 ここで嘆いている今年で30歳。彼女もなければ家族も学校を卒業してからほぼ音信不通の新人介護職員、芹沢伴太君である。伴太くんは、人口二十万人ほどの地方中小都市で生まれ、地元の小学校、中学校、そして高等学校を卒業し、何となく同級生がみんな大学に進学してる。別に特に何かしたいわけでじゃないから専門学校より大学の方がなんかよさそうという薄い理論で進学した。当然こんな奴まともに勉強するわけがなく、サークルとかも入らず、一応講義には出ているが勉強熱心というよりただ単に決まりがあるから守ってるだけだった。大学で資格を取得することもなく普通に卒業。文学部なんで就職なんかまともになかった。

 

 多分俺は勉強を人に教えることが好きとかいうこれまた薄い理由で地元で従業員5、6人ぐらいの学習塾に就職。社長は元大手学習塾のエリアマネージャーまで務めた人間である程度有能であるが、やたらとマウントを取りたがる奴でTwitterとかでは雄弁であるが実世界では、コンビニ店員相手でも委縮する伴太くんはそりが合わなかった。

 

こんなことがあった。社長はいきなり模擬授業してみてよと言ってきたのだ。入社三日目である。子供に教えるって言っても家庭教師っぽいことがやりたかった伴太くんは困惑した。5、6人の大人の前で特に何も準備とかやってこなかった(こういう会社だから研修とかもない 見て覚えろ方式)伴太くんはおよそ授業と言うより、裁判で有罪にならんがために必死に口を動かしたが誰が見たって不審者だった。別に社長は特に何も言わなかったが「大丈夫、数をこなせばできるようになるから」と言われた。努力もせず金を稼ぎたかった伴太くんは青くなった。「あと何回いや何十、何百回こんな思いをしないといけないんだ。こんな恥を感じるならもう辞める!」会社に対して不満があった。まず社会保険に入ってない。なんかネットで調べたら社会保険に加入してないのはブラック企業だと書いてあった。(もちろん社保に入ってないは違法だけど、そもそも零細企業にそんなところはごまんとある)入社面接も軽かった。履歴書見て、「じゃあいつから来れる?」という軽い感じで採用が決まったのだ(零細なんてそんなもんである。)あと社長が微妙に陽キャなのでやりにくい。平気で定時より早く出勤させるし、飲み会とかあるし、嫌いなポスティングさせるし、こんなクソ会社辞めてやる!と思い立ったが吉日。伴太くんは2週間で学習塾を退社した。

 

やっぱ俺のスキルを活かせるなら事務だな。事務作業なら得意だぜと思った伴太くんは運よく地元の司法書士事務所に就職できた。この会社は夫婦二人が国家資格もちであり旦那は土地家屋調査士、嫁は司法書士という地元じゃ割と知られた会社であるが、社長は二世である。調査士としてはあまり優秀とは言えず、代わりに雇った別の調査士が主に仕事をこなしている。司法書士の嫁は一応自分の仕事はするが、なにに関しても我関せず、社長が社員をパワハラしようが、土下座させようが近くで化粧を直している鋼のメンタルの持ち主だった。また厄介なことに社長には弟がいて、そいつが総務部長兼会社のナンバー2なのだが普段はまぁ明るいおじちゃんを装っているくせに、少し自分の仕事が立て込むと怒鳴り散らす有様だ。なまじネットサーフィンぐらいしかやったことのない伴太くんのPCスキルじゃ司法書士や土地家屋調査士の補助業務なんかとてもやれるわけがなかった。普通はこれも研修させるんだと思うが、一日弟の勉強になるのかどうかわからん世間話みたいな座学があり、いきなり現場である。一応教育係の総務部長様の仕事の負担が大きくなり(言うほど仕事ができるわけじゃない)、怒鳴る、二時間は立たせる、ありとあらゆる暴言を吐く等、マスコミに売ればセンセーショナルになるハラスメントを受けまくったのだが、電〇ならまだしも個人事業に近い田舎の司法書士事務所なんか、自称第四の権力者たちが取り上げるわけもなかった。三か月ぐらいで辞めた。社長も他の社員も割とパワハラ気質だったし。

 

次に入社したのは民間の学童サービス運営会社だった。伴太くんは子供が好きだったのだ。だから新卒で学習塾に入社した。しかし社長がウザかったから辞めたんだ。俺は子供が好きなんだと思った伴太くんは割と簡単に学童の先生になれた。資格とか特にいらんしね。いる場合もあるけど。入社して3日目、伴太くんは別に大して子供が好きじゃないことに気がついた。子供相手なら俺もマウント取れるだろという気持ちが彼の本心だったのだ。そもそも子供が好きと言うよりも子供が好きそうなカードゲームだのアニメが好きってだけであって、別に子供自身には全く興味がなかった。そんな人間だから子供にすら見透かされた。他の職員の言うことは黙って聞くのに、自分の時だけ子供はやりたい放題である。「伴太、気持ち悪い」と小学三年生の女の子に言われた。

 

 こうして伴太くんは仕事を転々とし、実家にも居づらくなり県庁所在地で安い賃貸を借りてそこで住むようになった。出会いがあるかもとか思っていたが、基本休日は家にいたんで彼女なんかできなかった。こんな根暗野郎だがTwitterでは一丁前に「今の日本は老害優遇」「若者が搾取されている」とか言ってしまう。かといって世の若者の大半みたいに努力しているわけじゃないので、余計に現実世界の立場が悪くなり、余計にSNSと言うお手軽異世界に逃げこみたくなるのだ。まさに悪循環。SNSは人類が生み出した最高の発明であり最低の駄作であるのだ。

 

 とまぁ伴太くんも様々な経験を経て対したことをやらないまま遂に三十路になってしまった。二十代の思い出作りに遊びまわったわけではない、そもそも人混みが苦手な伴太くんはネットで渋谷ハロウィンの騒ぎを囃し立てることはするが、カラオケすら誰かを誘っていけない人間だ。歌っても誰も知らんようなアニソンだし。こうなればどこかで腹を括ってなにか努力しないといけないが、本人は意外にやる気がないし続ける根性がなかった。俺はアフィブログで稼ぐぜ!と息巻いて何冊か本を買ったが、一か月後には愚痴吐きブログと化し、二か月後には開店休業状態だった。


さぁこれが芹沢伴太くんの半生である。伴太くんは純度100%のダメ人間だが君もどこかで心の中に伴太くんを飼っているんじゃなかろうか。俺はこんな人間じゃないやい。大丈夫だい!と思っているあなたにもお見せします。介護業界の中身とやらを。あなたも伴太くんもようやく登りばかりだからな、この果てしなく遠い介護坂をよ・・・


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