芹沢伴太くんの憂鬱リターンズ
グループホームきさらぎの管理者、羽田佐恵子は完璧主義者である。朝食は7:30、昼食は12:00、夕食は17:30から5分もずれると、指導が入る。食事介助が下手すりゃ1ユニットで4人いて、職員が日勤、夜勤の2人しかいなくても17:30に夕食である。早ければ早いほうがいいというわけではないが、2人介助の利用者が複数人いる現状、夜勤一人で排せつ介助、パジャマ更衣、口腔ケアをこなさないといけない。それでも5分たりとも食事の時間を早めてはいけない。
利用者の尿量が多く、パットを大きいものに変えてほしいとの職員の訴えは「職員が面倒くさがらず、なんども排せつ介助を行えばいい」ということで退けられた。下手すりゃ1時間に1回はトイレに連れていっているのに関わらず、リハパンはおろかズボンも汚染するのだ。パット代はもちろん洗濯代も馬鹿にならないんじゃと思っても、お構いなしである。
公休日も出勤し、事務所でパソコン作業をしている。きさらぎは管理者もシフトに組み込まれているので、出勤日は現場、時には入浴も飯も作ってさらに管理者業務は普通はできないので休みの日に管理者業務をやる。職場に来ない日はない。当然旦那どころか彼氏の「か」の字もなく、人の悪口大好きな介護職員たちからは「仕事と結婚した女」と言われている。まごうことなき上司と言えどもバレればセクハラで処分される案件だが、大過なく過ごしている。セクハラ、パワハラで問題になるのは大企業だけ。中小企業なんかそんなもん考えているわけがない。
根が雑で、詰が甘い伴太くんはこの羽田さんが苦手だった。色々と細かいところ(ベテランでも口うるさく思うのに、陰キャオタクならなおさら)指摘され、完全に疲れ切っていた。メモを取るんだが、それを書いたメモがどっかいってしまう。もしくはメモの文字が汚すぎて見えないのだ。それで似たような失敗を何度も繰り返す。
そして伴太くんの失敗も結構豪快だ。エアコンの温度を下げてって言ったら、18度まで下げる。すこしこの人居室で休ませてあげてって言ったら、1日中寝かしておく。二人介助中ボケっとしていて、排便を床に落とす。皿を全部割る、洗剤でなくトイレハイターを洗濯機にぶち込むなどなど想像を絶する失敗ばかりである。実際伴太くんはどこの職場でもそういうミスが多い。分からんなら分からんなりに人に聞くということができないのだ。社会人として最も大事なもの報、連、相ができとらん。まぁ羽田さんの雰囲気もピリピリしているから、こうなるのも分からんではないが。こうして1カ月、他のきさらぎ職員の評価は「使えん奴」となった。利用者からも「ちゃんとやらないといかんぞ!」と言われるようになった。伴太くんが異世界物の主人公のように立場が逆転することはこの物語ではありえない。