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ギャルとボーズと白球と  作者: 野村里志
5/20

「何一つ意味の無いことなんて無いからな」

 カキーン


 金属バットの高い音がグラウンドで響く。


 平日の放課後、部活のなかった堀岡芽衣は空き教室で勉強していた。

 三年生の春。受験も迫っているなかではあるが、芽衣はどうもエンジンがかからない様子でいた。


(はあ、勉強もかったるいなぁ)


 とりあえず開いた問題集のページは数十分前から変わっていなかった。


「坂本―!レフト来いや!」


 知った名前が聞こえてふと窓に近づく。グラウンドでは野球部がバッティング練習を行っており、一番右側に知った顔が見えた。


(あ、アイツだ)


 芽衣は何の気なしに見た野球部の練習に坂本誠二を見つけた。


 彼は遠くから見てもその大きいシルエットで一発で分かり、意識して探さなくても判別できた。縦にも横にも大きい坂本誠二という男は、屈強な野球部員の中でもさらに一回り大きかった。


 バァキィィィン


 他とは違う打球音が響く。誠二が放った打球はフェンスを軽々オーバーし、校舎を守っている防球ネットに突き刺さった。


「坂本さんやっぱ半端ないな」

「いくらなんでも飛ばしすぎでしょ」


 新しく入ってきた一年生なのか、まだ初々しい様子の野球部員が外野で驚いている。そしてそれを見た先輩の部員に注意され、また声を出し、守備を続ける。


(あいつ、やっぱすごい奴なんだ)


 芽衣はふとそんなことを実感させられる。芽衣は野球については簡単なルールぐらいしか知らないし、どこの高校が強いかなんてことはまるで知らない。しかしそんな芽衣でも桐国高校が甲子園にも行くような強い高校であることは知っていた。そしてそのチームでレギュラーをとり、活躍することの難しさも。


 誠二の野球への想いは普段の学校生活や食事、勉強態度からでも垣間見ることはできた。グラウンドに向うとき廊下は走るし、当たり前のように早弁もする。宿題も家ではやらないため、休み時間だろうが暇を見つけて勉強している。褒められる態度とは言えないが、それができるだけ野球に時間を割くためであることは想像に難くなかった。


 何より恥や外聞とか気にせず野球のために費やしている行動はクラスのみんなも理解を示していた。


(あたしに……あんな夢中になれるもの……あったかな)


 結局その日、堀岡芽衣の勉強は遅々として進まなかった。








(あれ?トモだ。何してるんだろ)


 芽衣が勉強を切り上げて学校から帰ろうと下駄箱まで来ると、少し前に桑原智が見えた。今日は部活もなく、そう言った日は三人ともそれぞれ別々に帰ることが多い。智の場合だいたいこういう日は彼氏が部活を終わるのを待って帰っている。


 少し距離のある駅までの道は一人で帰るとどこか味気なく、芽衣にとって智と偶然帰る時間がかぶったことはラッキーであった。


「トモ~」


 芽衣が声かける。しかし距離があったのか智は気づいた素振りもなく歩いて行ってしまう。

 芽衣は少し急ぎ気味で靴を履き替え智の元まで走って行く。


「トーモ!」

「っ!……なんだメイか。びっくりさせないでよ」


 智はすぐさまいつもの明るい笑顔に戻り、返事をする。


「どうかしたの?ちょっと怖い顔してたよ?」


 芽衣が心配そうに質問する。


「ひどーい!怖い顔だなんて。どーもしないよ。いつも通りですよ」

 

 智は怒ったような振りをして冗談めかす。その明るく人なつっこい笑顔は同性の芽衣からみても超がつくほど可愛らしかった。


「それなら良かった。……でも何かあったらいつでも言ってね。話聞くぐらいできるからさ」

「ありがとう。芽衣」

 

 智はにこっと笑い、答える。


 二人が校門近くでそんなやりとりをしていると丁度帰るところだった誠二が走りながら通りがかった。


「お、堀岡と桑原」

「げっ」

「あ、坂本君。お疲れ~」

 

 芽衣はあからさまに嫌そうな顔で、智は男子をその気にさせる可愛らしい笑顔で、それぞれ誠二を迎える。


「坂本君、今日は早いんだね」

「ああ。肩を怪我しちまってな。だから当面リハビリのため早退してるんだ」

「ええ!大丈夫?」

「まあ。別に生活に支障が出るほどじゃねえよ」

「でもすごいね。怪我してても休まずちゃんと練習して。私だったらモチベーション下がってできないかも」

「まあ、好きでやってるからな」

「それに勉強もできるしホントすごいね~」


(うっわ~。トモのトーク力すごいな~)


 芽衣は智のとっさのコミュ力に圧倒され、喋る言葉を失っていた。


「でもさ坂本君はそれだけ野球に打ち込んでるのに、勉強とかよくちゃんと頑張れるよね。疲れて眠くなったりしない?野球だけに集中したいって思ったりとか」


(あ、それは私もそう思う)

 

 芽衣が心の中で同意する。


 誠二は普通科であるためスポーツ科と違いテストに優遇措置はない。そのため練習がきつい野球部では両立が難しいように思われる。しかしそんな状況でも彼はいつも中間やや上ぐらいの成績をキープしている。


「まあ確かに面倒だけどな」

 

 誠二はそう言いながら続ける。



「何一つ意味の無いことなんて無いからな」



「何々?どういうこと?」


 智が興味ありげに聞く。こういうときの智は本当に話を聞くのがうまい。


 芽衣は智がモテる理由を見せつけられた気がした。


「勉強とか将来の不安とかあったら野球に集中できないだろ?それに勉強の考え方が野球に活きてきたりもする。要するに無駄なことなんてないってことだ」

 

 智はその言葉に大げさに「すごーい」と反応してみせる。誠二も悪い気はしていないように芽衣には見えた。


「……おい」

 

 智といくらか話すと誠二が芽衣のほうに話しかけてくる。


「そんなに嫌そうな顔すんなって。傷つくぞ」

「別に、嫌そうにしてませんけど」

 

 誠二のからかったような口ぶりに、芽衣は今まで会話にうまく入れなかったせいか謎のごまかしをしてしまう。


「そうだよメイ。そんな顔ばっかしてると可愛くなくなっちゃうよ」

 

 智が面白がって言ってくる。


「いいですよ。どうせトモみたく可愛くはないし」

 

 芽衣はふてくされたように言ってみせる。 


 智はそれに笑いながらフォローを入れようとする。


「も~冗だ「そうか?」

 

 「へ?」という声が漏れてしまう。思いがけないところで、誠二が智を遮るように話したからだ。


 そしてその言葉はさらに思いがけないものだった。


「俺はけっこういけてると思うぜ」


 誠二の言葉に、一瞬間が空いてしまう。思いのほかストレートな言い方に、芽衣はまたしても喋る言葉を失っていた。


「……ははは。そうだよ~。メイだって可愛いよ」


 流石のトモも誠二の言葉に驚いたのか、少しぎこちなく会話を回す。一方、当の誠二はいつも通りの様子でこちらを見ていた。


「あ、メイ~。トモ~」

 

 後ろから二人にとって聞きなじんだ声が聞こえる。


「あ、ユイ!」

 

 智は大きく手を振って優衣に返事をする。


「じゃあ俺先行くわ。リハビリに遅れちまう」

「あ、うん」

 

 そう言って軽く走り出す誠二に、芽衣は少し落ち着かない様子で答えた。しかし途中で誠二の足が止まり、こちらを振り返った。


「あとな、堀岡」

「えっ?」


 何が続くのか。芽衣は少しだけ強張った様子で続きを聞いてしまう。だがそんな乙女心を余所に誠二の言葉はあっけないものであった。


「今の嘘な」

「へ?」

 

 誠二はニカッと笑い今度こそ走り出し遠ざかっていく。その笑顔はまさに「しめしめ」と言わんばかりであった。


「も~!人を馬鹿にして」

 

 そう言いながら芽衣は校門を出たところまで少し追いかける。しかし言葉は届くことなく、誠二は既に遠くまで離れてしまっていた。


「速すぎでしょ……」


 芽衣はそうこぼしながら息をはく。そうこうしている内に優衣が智の元までやってきていた。


「トモ、どうしたのって……あれ?メイはあんなところでなにしてんの?」


 校門を少し出たところまで走って行った芽衣を不思議がって、優衣は芽衣の方を指さしながら智に尋ねる。


 しかし返事は返ってこない。


「どうしたの、トモ?なんか怖い顔してるよ」


 それを聞いて智は大きくニッと笑い「そんなことないよ」と答える。


 優衣はすこし気にはなったが、途中で戻ってきた芽衣に気を向ける。彼女の方はわかりやすく言いたいことがあるみたいだ。


「今ね、アイツが来て……せっかく少しは見直そうかと……てやば信号青だ。あの信号待つからダッシュして渡っちゃお!」

 

 芽衣は少し前にある信号に向かって走り出す。優衣もついて行くように走り出す。しかし智だけが立ち止まっていた。


「どうしたのトモ?早く行こ。信号変わっちゃうよ」

「あ、ごめんごめん。今行く」


 立ち止まっていて二人に少し遅れたトモは軽く走って二人に合流する。


「……ムカつく」


 智がもらしたその小さな言葉は誰の元にも届かなかった。当人の心を除いては。







読んでいただきありがとうございます。

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