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ギャルとボーズと白球と  作者: 野村里志
13/20

「俺、好きな奴がいるんだ」




 試合後の喧噪の中、桑原智はスタジアムの日陰で涼みながら、先程買ってきたレモンティーを飲んでいた。


 見れば向こうでは桐国高校の生徒及び保護者が集まって、選手達が球場から出てくるのを待っている。その人数は勝利を重ねる毎に増えていき、後ろの方の人達はもはや選手の顔が見えるのかすら怪しかった。


(ミーハーな連中……)


 智はそんなことを考えながら集団を見ていた。既に試合も終わっており、ここにいる義務はないが、智は何故か帰る気がしなかった。


 そのとき集団とは別に一人自分の方に近づいてくる生徒がいた。




「あ、トモ!ここにいたんだ!」


 芽衣は智を見つけるとうれしそうに走ってくる。それはまるで昨日の出来事が嘘のような様子だった。


「……何?」


 智は少し脅しがかった声で芽衣に反応する。芽衣は智の態度に「うっ……」と気押されるがすぐに立ち直って智の横に立つ。


「ありがとね」

「え?」


 智は芽衣の思いがけない言葉に理解が追いつかなかった。そんな智の様子を見て芽衣は「ニシシ」と笑ってみせる。


「告白、待ってくれたんでしょ?」


 芽衣はお見通しだよと言わんばかりに智をのぞき込む。


(なんて脳天気な子なのかしら)


 智は呆れたように芽衣を見る。芽衣は何も言わずにうれしそうにしている。見れば選手達が球場から出てきており、観客の輪はさらにヒートアップしていた。


「私ね」


 芽衣が話しだす。


「トモのこと、ずっと羨ましかったんだ」

「へっ?」

「可愛くて、優しくて、すっごくモテて。私の憧れ。こんな子になりたいって思ってたんだ」


 芽衣はしゃがみこんで話を続ける。


「だから、アイツがトモと一緒に帰っているの見たとき、心のどこかでしょうがないって思う自分がいたの。だってそうだもん。私が男だったら間違いなくトモを選ぶ」


(あのときの見られてたんだ……)


 智は芽衣に知らされる新しい事実にすこし驚く。しかし今となっては些細なことであった。


「だから、別にトモのこと告白自体を止めようとかは思ってなかったんだ。ただちょっと待ってもらえればよくて。ちょっと辛いけど、トモが楽しそうにしているのは、それ以上にうれしいから」


 芽衣は照れくさそうに「アハハ」と笑っている。


「それにね、トモが私のこと嫌いって言ったとき、その時は辛かったけど、どっかうれしかったんだ。わたしのこと、トモがどこか認めてくれてるんだって思って。トモのこと、ずっと遠い憧れみたいに思えたのがちょっとだけ近づけた気がして」


 そして言いたいことをいえたのか満足げに帰ろうとしていた。


「じゃあね。トモ」


 芽衣が帰ろうとしたとき、不意に手を引っ張られた。

「何?トモ」

「待ちなさいよ」


 智は静かにそう言い芽衣はその場で立ち止まった。よく見ると少しうつむきながら芽衣の手をつかんでいる智の目には涙が浮かんでいた。


 芽衣は何も言わずもう一度先程の日陰にもどり智の横に立った。そして壁によっかかりながら選手達のほうを眺めていた。


 どれほどの時間が経っただろうか、選手達もバスに乗り込み、応援に来ていた生徒が減り始めた頃、智は話し始めた。


「わたしね……」

「うん」

「ちょっと前に振られたの。彼氏に」

「………うん」

「浮気してたんだ、そいつ。それを問い詰めたら、逆にキレてきて。最後には『調子に乗るなよ!お前なんてよく見たら大して可愛くもないくせに』って言ってきたの」

「………………」


 芽衣は怒りを抑えながらじっと智の話を聞き続ける。また少しして智が話し始める。


「別に別れたことはいいの。つらいけど、それは耐えられた。問題は言われたことの方」

「……」

「私さ、高校デビューなんだよね。中学の頃は全然可愛くもなかったし、告白されたこともなかった。クラスでも端っこの方にいる地味でつまらない子だったの。だから頑張って勉強して、頭の良い桐国高校に入った。そこならデビューできるんじゃないかって。そしておしゃれとか話し方とか一生懸命勉強して、なんとか自分の位置を見つけられたの」


 智は続ける。


「だからね、一年生の秋に告白されたときはうれしかったし、付き合ってた一年半もすごく楽しかった」


 芽衣は黙って聞き続ける。


「でも、所詮は張りぼてだった。だから彼氏には振られたし、部活の皆も芽衣の方に集まってた。私には、やっぱりなにもなかったの」

「そんなこと……」

「そんなことあるよ。自分じゃ見えないだけ。芽衣は素のままで周りに影響を与えられてる。周りの皆も自然と芽衣に惹かれてる。私にはとてもできなかった。だから普段から怖かったの。私に確固たるものがないのがいつかバレるんじゃないかって」


 芽衣は何も言えなかった。自分がいつも一緒にいた親友のことをまるで分かっていなかった現実に心が揺さぶられていた。


「だから坂本君に告白しようとしたの。坂本君と付き合えば芽衣に勝ったことになる気がして。今に思えば凄く馬鹿な話だけど………」


 そのとき智は体にふんわりとして温かみを感じた。見ると芽衣が智を泣きながら抱きしめていた。


「ちょっ、メイ……」

「ごめん」


 芽衣は泣きながら謝る。


「別に芽衣が謝ることじゃないよ」

「でも、何言っていいか……どうしていいか分からないよ」


 芽衣は泣きじゃくりながら智をさらに抱きしめる。智は芽衣の泣く様子をみてかすっかり涙が引いてしまった。


 気温は30度を超えており、芽衣が抱きしめる時間に応じて、徐々に汗がにじんできた。しかし芽衣は一向に離す気配はない。


「ちょっ、メイ、暑苦しい。ちょっと離れて」

「トモ~!ごめん~。気付いてなくて」

「わかったから早くはなれ……」

「うええええぇぇん」



 智と芽衣のやりとりはしばらく続き、芽衣が離れる頃には両者とも息を切らし、すっかり汗だくになっていた。


「もう、メイが放さないから服が汗でベトベトじゃない」

「だってぇ……」


 芽衣はまだ半分涙目で目元の涙を手でぬぐっていた。智はすっかり毒気をぬかれてしまい、すでに怒りや憤りといった感情はどこかへ置き忘れてしまったようであった。


 二人はお互いの顔を見る。お互い汗で髪が顔周りにくっついてとても人には見せられないような恰好だった。


 二人は同時に笑い出した。はじめは小さく控えめに、そして徐々にその笑い声は大きくなっていった。


「何やってんだろ。私たち」


 智の言葉に芽衣は「ホント」と頷いた。


「ああ、もう。芽衣のせいで汗かいちゃったじゃん」

「ええ~、泣かせたのはトモでしょ」


 二人はそれぞれ勝手な言い分をぶつけ合う。それはかつて一緒に話していたとき同様、いやそれ以上に楽しく感じられた。


「私飲み物買ってくるよ。汗かいちゃった。トモもいる?」

「私はまだあるから大丈夫」

「わかった。ここで待っててよ!」


 芽衣は念押しして、自動販売機のところまで走って行く。




「で、あなたは?」


 智は振り返って柱の陰を見る。するとそこから優衣が歩み出てきた。


「見てたんでしょ?何か言いたそうな顔してるけど」


 智が優衣に質問する。優衣はいつもと変わらぬ様子で話し始める。


「私ね。あなたのこと、ちょっと嫌いだったんだ」

「……ずいぶん、はっきり言うわね」


 智はいつもと変わらない様子から本音を吐き出してくる優衣に苦笑いする。しかしもう既に隠すものも肩肘はることもなくなってしまっている。優衣のその言葉もそういった自分と隠し事なしに話そうとした結果であることは十分わかった。


「何かとマウントとってくるっていうか、そのつもりはなくてもこっちを惨めにしてくるっていうか」

「あー、そうね」


 智には十分心当たりがあった。それはまさに自分が中学のこと経験してきたこととまったく同じであったからだ。


「その……ごめん」

「いいよ、謝らなくて。悪いことしてるわけじゃないし、謝られても気持ちは消えないし」

「ユイ、今日は随分厳しいね」


 智は「しょうがないか」とあきらめる。すると優衣が近くまでくる。


「でもね」

「ん?」

「今のトモは……私、けっこう好きだよ」

「……っ」

「どこか親近感わくしね。特に昔のトモの方に」


 優衣はにっこりと笑って智を見つめる。智は「敵わないな」と目をそらした。


「ところでさ、トモ」

「ん、何?」

「坂本君に告白しようとしたって本当?」

「……うん。本当よ」

「好き……だったの?」

「どうだろう。多分違う」

「告白……結局しなかったの?」

「しなかった……ていうのかな?あれは」


 智は歯切れの悪い返事をする。


「実際、告白しようとして練習終わりに会いにはいったのよ。……ただ」

「ただ?」

「告白する前に、振られちゃった。というよりなんかすべて分かってるみたいな口ぶりだった」

「……どういうこと?」


「私が自暴自棄になってるとか、そんなようなこと。きっと私が本気で好きじゃないこと、分かってたんだと思う。最初はてっきり遠回しに変な理由をつけて振られたのかと思ったんだけど、そんなんじゃなさそうだった。もし振るとしたら、彼はそんな回りくどいことせず、真っ正面から振るだろうし。でも随分と正確に当てられたわ。心でも読まれたのかと思った」


「…………」


「きっと……彼も同じ気持ちをもったことがあったんでしょうね。だからすぐに気付いたんだと思う。丁度ユイが私のこと、少しだけよく分かってたみたいに」


「……一緒に帰ったっていうのは?」


「ああ、それね。本当といえば本当よ。ただそんなんじゃないわ。きっと試合勝って、つい気が緩んだんでしょ。人通りが多い時間帯だったから一緒に帰っても不思議じゃないし。何より私と一緒にいれば誰かさんに会えると思ったんでしょ」


 智がそう言うと優衣はそれ以上何も聞いては来なかった。そして少しして芽衣が遠くから走ってくるのが見えた。


「あれー。ユイ来てたんだ!お疲れ。一緒に帰ろ!」

「うん」

「あ、勿論トモもだよ。てか暑すぎ!帰りにファミレス寄ってこ」


 芽衣の先程とはうってかわった明るい様子に智と優衣は二人そろって笑い出す。両者とも何故芽衣に惹かれているのか再確認していた。


「何?二人して、急に笑い出して」

「いいの、いいの」

「気にしない、気にしない」

「変なの」


 芽衣はすこし不思議そうに二人を見ていたが、「まあいいか」とそれほど深くは考えず、バス停の方向へ駆けだした。


「ほら、そうと決まったら早く行こ!バス来ちゃうよ」


 芽衣は二人に急ぐよう促す。二人はどこかうれしそうに芽衣を追いかける。


「ねえ、トモ」


 芽衣を追いかけるなか優衣が智に話しかける。


「まだ何か話してないことあるでしょ?」


 智は優衣の鋭さに舌を巻く。しかしこれ以上話す気にはなれなかった。


「別に何も~」

「そう。じゃあ気が向いたら教えて」

「二人とも早くー!バス来ちゃうよ~」


 芽衣が少し前で振り向いて待っている。二人は少し足を急がせる。


「私が告白する前に、」

「ん?」


 智が優衣に話しかける。


「坂本君。こう言ったの」


『だから変に自暴自棄になる必要も無い。桑原に何があったかはわからないけど、きっとそれは、視野が狭くなってるだけだ。案外たいしたことない。無力感に襲われる必要も、自分も責める必要もありはしない。それに……』




『俺、好きな奴がいるんだ』




「てね」


 智は優衣にそう言うと前で待っている芽衣の方をみる。


 優衣も同様に芽衣の方をみた。


「羨ましいわね」

「うん。だから今日言ったことはメイには内緒。メイへのせめてもの抵抗」


 そう言って二人は芽衣に追いつく。


 智と優衣が何を語り、坂本誠二がなぜ迷いを払い結果を残すことができたのか、それを芽衣が知ることになるのは少し後の話である。しかし今、芽衣にそんなことは関係なかった。



 ただ燃えさかるような夏の空の下で、三人はいつものように一緒に笑いながら帰り道を歩いていた。








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