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34.血


 王城の謁見の間に、重装備の兵士に囲まれた一人の少女が現れる。華奢な体の何倍もあろうかという大きな両手斧を背負った、とても眠たげな少女であった。さらにその両手両足には手枷と足枷でつながれていたが、さして気にする様子もなく欠伸していた。


「よくぞ参った、狂戦士の末裔ソムニアよ」

「……ほぇ?」

「ほら、何をしている! 早く王様に頭を下げよ!」

「ふぁい、王様……」

「よいよい、大臣。さっきまで寝ていたそうだからな……。ところでソムニアよ、お前に頼みがある」

「……それを聞けば、お兄ちゃんを返してもらえるの……?」

「もちろんだ。お前の兄は町中で暴れ、人を沢山殺してしまった。だから処刑でもおかしくない。わかるな?」

「……はい、王様。それでどうすればいいの……?」

「賢者オルドを知っているか?」

「……えっと、ええと……あっ、確か、あの賢者様は世界で一番強い人で人格もいいから尊敬できるって、お兄ちゃんが――」

「――そんなことはいいっ!」


 それまでの温和な表情とは一転し、鬼気迫る形相で立ち上がる王。


「ほ、ほぇ……?」

「……お、王様……あまり怒るとお体に障りますぞ……」

「……わ、悪かった。ついやつのことを思い出してしまってな……コホン……ソムニアよ、やつを追うのだ。お前の【透明化】スキルを使ってな」

「……でも、そんなに凄い賢者様なら気付かれてしまう可能性も……」

「大丈夫だ。わけあってやつの魔法力は半分になっているからな。姿が見えなくなるだけでなく、存在感でさえほとんど消してしまうお前の優良なスキルであれば、おそらくバレることなく尾行できるはずだ」

「……尾行して、それからどうするの?」

「やつは今、魔王退治の旅に出ている。ゆえに交戦するまで追尾し、漁夫の利でまとめて殺すのだ」

「……なんで賢者様まで……?」

「やつには力がありすぎて、生かしておくと危険な存在だからだ。いずれこの国を滅ぼすことにもなるだろう。優秀な人材ではあるが、民の為を思えば仕方あるまい……」


 悲し気に首を左右に振る王。


「……んー、だからってまだ悪いこともしてないのに殺しちゃうのは可哀想だよ……」

「こ、これ!」

「よいよい、大臣。ソムニアよ、嫌なら無理して言うことを聞かなくてもよいぞ。ただ、兄は守れんだろうがな……」

「……わかったから……やるからお兄ちゃんを助けて……」

「うんうん、頼むぞ。期待しておるからな、ソムニア?」


 満面の笑みを浮かべる王と沈痛な表情のソムニアは著しく対照的であった。彼女が兵士に連れられて立ち去ったのち、王は心底安堵した様子で深い溜息をつく。


「ふう……久々とはいえ、似たような台詞ばかり繰り返しとるからスムーズに言えたわい。これで何度目だろうか、大臣」

「か、数えてはおりませんが……おそらく三五回ぐらいかと……」

「……そうか。ソムニアはまたいつものように任務を遂行したあと、【記憶消去】スキル持ちに最近の記憶を消されて牢獄に入れられ、もう存在しない兄のために再び命令を実行することになるのだから泣けるものだな……」

「……王様もお人が悪い……」

「はっはっは! う、ごほっ、ごほっ……うごぉっ……」


 王の咳はしばらくの間続いた。


「王様、もう休んだほうがよろしいかと……」

「……い、今のは軽く咳き込んだだけだ。まだこの通りピンピンしとる! ……よいか、人が悪いくらいでなければ王など務まらんよ。人の上に立つ者は誰も信用してはならん。それが偉大なる父の教えだった……。しかし、あの純朴そうな小娘が豹変する姿は想像もつかんな……」

「狂戦士の一族の宿命かと」

「……ふむ、血というやつか。誰もが抗えんものだよ。あの賢者オルドであってもだ……。たとえどれだけ強かろうが人格的に優れていようが、平民という穢れた血には、な……」


 青ざめつつも宙を睨みつける王。その脳裏に浮かぶのは、憎たらしいオルドの誇らしげな顔であった。


「王様、お顔の色が優れません。そろそろお休みになられたほうが……」

「よいのだ、大臣。わしが病で倒れるまでに、少しでも念を送って物事が成就するようにせねばな。必ずや、オルドめを再び地べたに這いつくばらせてみせよう……」

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