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29.傷口


「これは……これはどういうこと!?」

「ぐぎぎっ……」


 激昂した様子で中年男ゾルフの首を絞めるロクリア。


「お、落ち着いてくださいぃ、ロクリア!」

「落ち着くんだ、ロクリア!」

「これが落ち着いていられる!? 本当に元に戻せるなんて聞いてない――」

「――バブー……」

「はっ……」


 ロクリアは自分を見上げるアレクの円らな瞳を見て、我に返ったのかはっとした顔になる。その傍ら、ゾルフは泡を吹いて気絶していた。


「ごめんね、アレク様。怖いところを見せちゃって……。私、あなたのためならなんでも……」

「しーしー……」


 アレクの股間が見る見る濡れていく。


「ママァー。バーブゥ……」

「……い……いい加減にしてっ!」


 アレクに強烈なビンタをかますロクリア。


「びっ……びえええんっ!」


 アレクが野太い声で泣き叫び、集められていた野次馬たちがなんだなんだと興味深げに近付いてきて、ロクリアたちが必死に臭いを我慢しながら勇者を隠そうとするのだった。


「……エスティル、なんかわたくし、アレク様に対して冷めてきちゃいましたぁ……」

「……マゼッタ、正直自分もだ。これならまだあの男のほうが――」

「――しー、声が大きいですぅ……」

「マゼッタ、エスティル、あなたたちは死ぬのが怖くないんですか?」

「「うっ……」」


 ロクリアに冷たい微笑を向けられ、青い顔で黙り込むマゼッタとエスティル。


「バブー……」

「「「はっ……」」」


 ロクリアたちが気付いたときには、既にアレクが這い這いでかなり移動しており、群衆の注目を引いてしまっていた。


「お、おい見ろよ、こいつアレクだぜ!」

「マジだ! 有名な奇人アレクじゃねえか!」

「赤ちゃんかよ!」

「うわ、漏らしてやがる!」

「くっせえ!」

「「「ゲラゲラッ!」」」

「み、見ないでえっ! ヒーリング! ヒーリングウウゥッ!」


 気が動転したロクリアがアレクを庇いつつ、回復力が格段に増すスキル【聖痕】を用いた最高クラスの魔法を使うも、勇者パーティーの傷口は深くなるばかりであった……。




 ◇ ◇ ◇




「いやー、オルドよ、いい見世物であったな……」

「面白かったですー」


 俺たちは一旦帰った振りをしてあいつらの様子を見ていたわけだが、大いに楽しむことができた。しかもアレクの無様な様子を見てまた新しい遊びまで思いつく始末。これもいずれ試す予定だ。


 それと、あの混乱の最中で別人に変装した俺たちはゾルフを誘拐し、拷問を加えてからマチをああいう風にするように依頼したやつを吐かしてやった。それがなんとマチの友人だったということで、俺たちはそれを伝えるべきではないという結論に達した。今は一緒に暮らしているわけではないし、彼女自身も以前のことはなるべく忘れたいと言っている。知らないほうがいいこともあるだろう……。


「しかしオルドよ、いいのか?」

「オルド様、いいのですか?」

「ん? フェリル、クオン。なんの話だ?」

「決まっているであろう。魔法力半減のことだ」

「半減したらさすがにまずいです」

「……」


 まあ、二人が心配するのも無理はない。おそらくロクリアたちは次回、魔法力を【半減化】させるスキルの持ち主を連れて来るつもりだろう。それに対して【逆転】スキルでそもそも使用不可にすることはできるが、それはできない。


 スキルには使ってみてわかったことだが、明確に使用感というものがあるわけで、こちらの力を悟られないようにするには使わせるしかないのだ。ただ、俺の考えが確かなら少し工夫するだけで何もかも乗り越えることができるだろう。


「大丈夫だ。既に手は打ってある」


 この【逆転】スキルでできないことなどない。明日以降もそのことを証明してやるつもりだ。


「……それでオルドよ、この格好そろそろやめてもいいだろうか……?」

「クオンもやめてもいいですか?」

「あぁ、さすがに窮屈だろうしな。これからは別の場所から様子を見るだけでいい。正直そういう格好も似合ってるけど……」

「グルルゥ……」

「ウミュゥ……」


 フェリルもクオンも照れちゃって可愛らしいもんだな。


「まあペットとしては獣耳や尻尾が見えてる格好のほうがいい。この首輪をつけたら尚更」

「ふむふむ」

「興味深いです」

「これはペットの必需品ってやつでな」

「おおっ、ならば是非つけたいぞ」

「クオンもつけたいです」

「……」


 なんだか罪悪感に包まれて心が痛むが、かなり似合いそうだからよしとしよう……。

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