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小屋の中に、男が3人と女が1人いた。
一人が通信機に向かって話をしている間、他の者は耳をそば立てている。しかし、相手の声は聞こえないので、男の声音から想像をするしかない。
暫くすると、通信が終わった。それと同時に男は深い溜め息を吐いた。
「本部は何ですって?」
すかさず、女が問い掛ける。
ウサギのような長い耳が辺りを警戒するかのようにピクピクと動いている。
「とりあえず、近くの支部から腕利きを寄越すってよ。とは言え、いつになるのやら……とにかく、それまではこの集落にヤツを近付けない。それが俺たちの任務だ」
そう一人一人の顔を見回しながら言えば、女は真面目な顔して頷いた。他の二人は不安そうな顔をしながらも、そろそろと頷いた。そんな二人に、男は苦笑をした。
「ホセ、ビセ。心配すんな。追い払うくらいなら何とでもなるさ」
男は努めて明るく話し、不安を軽減させようとした。
二人は微かな笑みを浮かべて頷いたが、女は内心で溜め息を吐いた。
ーーよく言うわ。痩せ我慢しちゃって。
男の腕は一本、先の戦いで折れてしまっている。今は応急措置として、添え木と一緒に包帯でグルグルと巻いて、首から適当な布で吊るしている。
4人ともバランサーであり、ここへは魔獣の討伐依頼でやってきた。しかし、対象を前に歯が立たず、応援を呼んだ。
一切の感情を抜きにして、現状を報告すれば、これが全てである。
4人はここで順次交代しながら、休息を取ることにした。
そして、二日後の、朝日が昇ってから暫く経った頃、ホセとビセの二人は集落の中を歩いていた。
二人は幼馴染であり、気心が知れている。そのため、ビセはポソリと本音を話した。
「ニックさん、腕大丈夫かな?」
「んー……まぁ、モネさんが治療してたし、大丈夫じゃん?」
初めて遭遇した際、攻撃を防ごうとして、腕が折られた。それも、たったの一撃で……。いつも力強い彼を知っているだけに、それはとても衝撃的だった。
その時の光景を思い浮かべ、ビセはぶるりと震えた。
そんな相方を見て、ホセはニカッと笑ってから、背中をバシリと叩いた。
「ニックさんも言ってたし、追い払うだけなら何とかなるって! それに凄腕の人たちが応援に来てくれるって言うしさ!」
そんな話をしていると目的地に着いた。
集落はグルリと木の杭で囲われており、一つの杭の高さは大人3人分くらいある。それよりもさらに高い所に、簡易的な足場がある。この集落の見張り台である。他にも何ヵ所か設置されているが、こちら方面の森での目撃情報が多いため、重点的に見張ることとなった。
二人が見張り台に付き、ビセは犬笛をしっかりと握った。万一現れたら、すぐに知らせるためである。
見張り始めて、暫く経った頃、ホセが声を漏らした。
その声に、ビセは犬笛を持ち直した。そんな相方を見て、首を横に振った。
「悪い、魔獣じゃない。何か、女の子が来た」
「女の子? 一人?」
「みたい。ちょっと、行ってくる」
「あ! おいっ!?」
言うが早いが、ホセはピョンと見張り台から降りて、集落の外へ出た。ビセは迷ったが、その間に魔獣が出たら困ると思い、下へ降りることはしなかった。
……後に、この判断を悔やむことになるが、この時はこれが最善だと思っていた。
ホセは下に降りると、目の前の少女と向き直った。片手は武器に触れながら、相手を見る。
「商人、じゃないな。積み荷が無さそうだ。何の用だ?」
「バランサーだ。依頼でここへやってきた」
「……依頼? たった一人で?」
バランサーは一人で行動することもあるが、何人かで組んで任務に当たることの方が圧倒的に多い。特に、今回のような魔獣討伐には……。
その他の依頼に関しても、この集落からは出ていないことは既に知っている。今ここにやってくるバランサーは、本部からくる筈の凄腕の人達だけである。
ホセは疑わしそうにしながら、少女に向かって手を差し出した。
「バランサーって言うなら、証拠を見せろ」
「……やれやれ。これで、良いかい?」
少女は面倒そうにしながら、首にぶら下がっているものを取り出した。そして、ホセの眼前に突き出した。警戒をしながら、近付き、それをジッと目にした。
金色の長方形のプレートに、紫色の石が填められている……それを見て、彼は一つ頷いた。
そして、ふんっとふんぞり返った。
「よく出来ているが詰めが甘いな!」
「……は?」
「バランサーにはそんな色の証は無い!」
「……君、それ本気で言ってる?」
「ったく! 今は色々と緊急時なんだ! そんな時に詐欺師がやってくるな!」
シッシッと追い払うように手を払った後、少女を視界にやりながら後退り、距離を開けたところでクルリと背を向けた。そして、軽く助走を付けて、再び見張り台までジャンプをした。
その一連の流れを、呆気に取られたか、会話をする気が失せたのか……少女はゆっくりと瞬きをしながら眺めていた。
そして、少し考え込むように顎に手をやり……一つ溜め息を吐いた。そのまま踵を返して、元来た道を戻って行った。
その様子を見張り台から見ていて、ビセは首を傾げた。
ごねることも、言いくるめる様子も見えなかったことに、何だか違和感を覚えたからだ。
「ねぇ、ホセ……証、偽者だったの?」
「おう。見たこともない色だったし。ああいう詐欺師もいるって他の人たちも言ってたからな、ビセも気を付けろよ!」
「うん。でも、こんなとこまで一人で……何が目的だったんだろうね?」
「さぁ?」
考えれば考えるほど、少女の目的が分からない。
一応、報告しておこうと犬笛を取り出したビセに、ホセは怪訝そうな顔をした。
「こんなの報告するまでも無いだろ。魔獣じゃないんだし」
「そうだけど……でも、バランサーの偽者って、それはそれで問題じゃない? もしかしたら、捕らえた方が良いかもしれないし」
「……あ」
初めてそのことに思い当たりポカンとするホセに、思わず苦笑した。
そして、そわそわとし始めた相方をフォローする。
「まぁ、今は魔獣への警戒が必要だから、その優先順位は低いけどさ。他の支部にも警戒は促した方が良いと思う」
「それもそうだな! えっと、薄い紫の短い髪の女の子で、証は生意気にも金色にして、紫色の石だった!」
【ーービヒョワっ!?】
犬笛に口を付けていたため、暗号にすらならない音が辺りに響いた。その音に、ホセは耳がキーンとして、瞳をギュッと閉じた。それに、同じく暗号で犬笛が飛んでくるが、それに対する返信は出来ない。衝撃が過ぎ去り、ジトリと相方を睨めば、向こうは口を開けたままフルフルと震えていた。
その様子に、はて、と首を傾げた。
「お前、どうした?」
「ど、どうしたって……いや、待って、待って、嘘でしょ? 嘘に決まってるよな? ……今、証について、な、何て言った?」
「え、だから生意気にも金色のプレート使って、紫色の石だっーーー」
「ーーあああっ!? 聞き間違いじゃなかった!! ってか、馬鹿ぁあああっ!?」
言葉を遮られ、頭を抱え込んで叫ばれてしまい、ホセは目を丸くした。
「お前ら、どうした!?」
その言葉に下を見れば、ニックとモネが息を切らして、走って来てくれていた。
犬笛の返信が来ないことに、慌てて来てくれたのだろう……そう察することは出来ても、よく事情が分かっていないホセは、ただ視線をさ迷わせるしかない。
出来れば、早くビセに現実に帰って来て貰いたい。
そんな思いが通じたのか、それともニックの声に我に返っただけかは分からないが、ビセが涙目になって下へ向かって叫んだ。
「ニックさーん! モネさーん! ホセが、ホセが……!! ……と、とと特S級の方を追い払っちゃいましたーー!!」
「……はぁ!?」
「「……何だ(です)って!?」」
一斉に叫んだ。
そして、ホセは勢い良く首を横に振った。
「何の話!? ってか、俺、追い払ったの偽者!」
「偽者じゃないってこの馬鹿! 本物どころか伝説級の人だったんだよ! ってか、ホセは階級の色全部言える!?」
「あぁ!? 馬鹿にすんなよ! 俺ら見習いが黒で、次が白・黄色・赤・青!」
「もう一個は!?」
「はぁ!? もう一個!?」
「階級と色、もう1回同時に言ってみろ! この馬鹿!」
馬鹿馬鹿と繰り返され、口をへの字に曲げた。ちらりと下に視線をやれば、魔獣のことは何処へやら、顔を青ざめさせて、何やら話している二人が目に入り、渋々、涙目になりながらも怒っている器用な相方へと向き直る。
そして、指折り数えてもう一度声にする。
「えっと、見習いが黒、C級が白、B級が黄色で、A級が赤だろ? そんで、S級が青……で、ん? あ、あれ?」
もう1回繰り返し呟いてみるが、結果は変わらない。
一つ、大きなものが足りない……その事実に、ホセはさぁっと血の気が引いた。
そして、フルフルと震えながら、ビセを見る。
「ビッ、ビセさん? ま、まさかではありますが、その……特S級の方の色って……?」
「ホセさんのお察しの通りですよ。……紫です」
「「………………」」
「ぎゃああぁあああっ!? や、やばい、これ、やばいやつじゃない!?」
「だから、初めからそう言ってるじゃんか!!」
「で、でも! だって! あんな女の子が!?」
「馬鹿! 見た目で判断出来るか! 人間じゃあるまいし! ってか、何のために証を確認したのさ!?」
「あああっ! 俺の馬鹿!」
「何で覚えてないんだよ!? そんな基礎的なこと!」
ホセは地面に突っ伏して、頭を抱え込んだ。ぎゃあぎゃあ騒いでいる上に、モネが一喝した。
それに二人は耳をペタンと下げた。
「あんたら、うるさい! そんなこと言っている暇があったら、さっさと探してきなさい!! お馬鹿共!!」
「……まぁ、気持ちは分かる。というか、俺もどうしたら良いのか……そんな方と会ったことないぞ」
「私だってないわよ! でも、もう今更仕方ないじゃない! 一刻も早く探して、ホセは許しを請いなさい!」
「あ、謝れば大丈夫ですかね!?」
「知らないわよ! どんな人かも分からないんだから! でも、きっと命までは取られないでしょ!?」
「命っ!?」
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、他の集落の人たちが何事かとちらちらと彼らを窺い始めた。しかし、彼らにはそんな周りに気を配る余裕は欠片もなかった。
ーー皆が慌てているのを見ると、気持ちが逆に落ち着くのは何故だろうか。
この中でまとめ役を行っているニックは、そんなふうに思った。
しかし、それが冷静になったのか、はたまた、単なる現実逃避なのか……それを知る者はいない。
ただ、指示を出し始めたニックの目が、何処か虚ろになっており、皆が恐々とその指示に従うのであった。




