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半魔族の軌跡  作者: 未唯
1章
7/8

1-4

 ベッドが二つ、まるで一つの大きなベッドであるかのように、きっちりとくっ付けて並べている。そこの境目の辺りに一つの本を置き、その本を挟むように二人が寝そべっていた。


 チラチラと横の子を見ながら本を読んでいるため、その言葉はとてもたどたどしい。常ならば、それを指摘するだろう子も、何処か気がそぞろのため、特に何も口にはしなかった。


 そんな状態の読み聞かせが暫く続いたが、カイルが意を決したように、パタンと本を閉じた。

 その音に、我に返ったように、レオンが顔を上げた。そして、横を見れば、肘を付いてこちらを向いているカイルと視線が合った。



「レオン、お前どうした? 何か調子でも悪いのか?」



 そう言いながら、額に手をやられ、レオンは瞳を閉じた。



「あー……熱は無さそうだな。何か変なもんでも食ったか?」

「父さんが作ったものしか食べてないよ」

「俺が作ったものなら万一はねーな」



 自信満々に頷く父親に、レオンは笑みを浮かべた。


 しかし、その笑みは何処か弱々しい。そのことに、カイルは僅かに眉を寄せた。



「友達と喧嘩でもしたか?」

「ううん、喧嘩なんてしてないよ。……大丈夫、別に何も無いよ」

「何も無いのに、そんなボーッとしてんのか?」

「……ボーッとなんてしてないし」

「良く言うぜ。本の内容、覚えてねーだろ?」

「あー……ちょっと、眠かったかも?」



 あくまで白を切ろうとするレオンに、再び口を開こうとした瞬間ーー。



「レオーー」


 ーージリリリリッ!



 家中から音がして、レオンは思わず肩を竦めた。

 カイルはその音に眉を寄せ、深い溜め息を吐いた。



「ーーったく。タイミングが悪いったらねーな」



 ブツブツと文句を言いながらも、その動きは素早い。


 ベッドから出ると、すぐ脇の天井にぶら下がっている通信機を手にした。金色の筒状のものを引っ張ると、音が止んだ。その筒状のものを、二つに割り、片方を耳元に、もう片方を口元に当てた。各々、天井から太いパイプで繋がられている。



「はい、こちらステュクス領ギルド、カイル・ガードナー」



 ギルドへの緊急の通信は、通常ならば、そのままギルドの受付に繋がれる。しかし、今みたいな夜更けには、その通信は直接ギルドマスターの自宅へと繋がれる。

 本来は一つのみを置くことが多いが、カイルは左足が不自由なため、一ヶ所にしかないと応答するのに時間が掛かってしまう。そのため、この家にはあちこちに設置している。何処にいてもすぐに取れるようにと、意図してのことである。



「お? 何だ、おやっさんから連絡が来るなんて珍しいじゃねーか」



 父親が話している横顔をチラッと覗き見る。話の相槌を打ちながら、その顔はどんどん真剣味を帯びていく。


 今よりも小さい時、父親との時間を取られる、この通信機が嫌いだった。いつもどんなに話が盛り上がっていたとしても、どんなに話が中途半端なところであったとしても、何よりも優先されてしまうからだ。それが、面白くなかった。


 ガシガシと頭を掻いて、カイルが小さく溜め息を吐いた。



「あー……そりゃ、緊急だな。誰に任せーーあ? あー……アイツなら、仕事でここから離れてるんだよ」



 けれど、今はそんな父親のことを誇りに思っている。


 いつも忙しそうで、大変そうだが、活き活きと仕事をしている父親を。

 そして、そんな父親を、ギルドの職員達やバランサーの皆が信頼している様を見る度に……。



 ……だからーー。



「それ頼むのおやっさんじゃねーだろ!? あ、てめっ、他人事だと思いやがって! ……あん? あー…………くそっ! 分かってるよ! アイツ以上の適任はいねーよ! 実力もあって、且つ、状態保存が出来て? おまけに国の偉いさん達に顔が利くなんてな、むしろ、他にいるなら教えて欲しいくらいだわ!」



 けっ、と吐き捨てるように言い、カイルは捲し立てた。


 相手の声が聞こえないので、どんな会話かはレオンには分からない。


 国の偉いさん、って誰なんだろう、とぼんやりと考えた。偉い人、で真っ先に思い浮かぶのは雷迅の王と呼ばれている魔王陛下その人である。けれど、それは無いな、とレオンは自分の考えに笑った。

 魔王陛下への言葉としては、何だか不似合いだと思ったからだ。偉いさん、なんて呼び方だと何処かの貴族だろうか……そう勝手に結論を出した。



「とりあえず、連絡はしてみるが、状況によっては難しいかもしれねーぞ。念のため他の候補を探しといーーあん? いや、頼みはするが依頼中だったら身動き取れるか分かんねーだろ。アイツ、途中で放棄なんて絶対にしねーぞ」



 それから少しの問答を続け、通信は終わった。深い溜め息を吐いて、二つに割ったものを再び一つに戻し、軽く下へ引っ張ってから手を離すと、シュルルと天井の定位置へと戻った。


 くるりとこちらを向かれ、レオンの胸がドクンと脈打った。



「レオン悪い、もう一、二本通信しなきゃなんなくなった……悪いが、本の続きはまた明日にしてくれ」

「うん、分かった。父さん、お休み」

「おう、お休み」



 そして、部屋を出ていく父親を見送った。ここではなく、別室の通信機を使って、誰かに依頼をするんだろう。



 何の仕事かは分からないが、天の助けのように感じられた。

 父親に心配されているのが分かってはいるが、相談をしたくない。

 父親にがっかりされるのではないかと、そう思うだけで、怖くて堪らない。例え、一時だけであろうと、追及が止んでくれたことにホッとしたのだ。



 父親の仕事振りを間近で見続け、思ったのだ。



 ーー父親の役に立ちたい、と。



 なのに、その想いは、将来への希望は、ガラガラと音を立てて崩れ去った。

 レオンは瞳をギュッと閉じて、カイルのベッドに背を向けるようにして、布団の中で丸くなった。




 …………。




「ーーおう、頼むぜ」



 通信を切って、カイルはがっくりと項垂れた。


 案の定、通信相手からは不満そうな雰囲気を出され、嫌味まで言われた。

 それでも、引き受けてはくれたのだが……。


 まぁ、こんな夜更けに、しかももうすぐこちらに着く予定であったところでの話であるから、そう機嫌が良くなるわけがない。それは容易に予想が出来た。

 とは言え、こちらに文句を言われても困る。こちらだって、何も好き好んでこんな時間に仕事の話をしているのではないのだから。とりわけ、今日この時間は……。


 本当は、レオンの話を聞きたかったのだ。なのに、突然の仕事の話……これが緊急でなかったなら怒っているところだ。



 ソーッと部屋に入り、ベッドの方へ歩いていく。

 こちらに背を向けて丸まっているレオンを見て、後頭部を掻いた。



「レオン?」



 小さく声を掛けて、様子を窺うが、やはり反応はない。


 そのことにがっくりと肩を落とす。寝ててくれ、とは思ってはいたが、話したかった、というのもまた正直な気持ちである。


 赤茶色の髪に沿うように、優しく頭を撫でた。



「……何があっても、俺はお前の味方だからな」



 そう小さく呟くと、同じように布団に入って、目を閉じた。



 その動きを背後に感じ、レオンは詰めていた息をソッと吐いた。

 髪を優しく撫でられ、鼻の奥がツンとした。じわり、と涙腺が緩み、ポロッと涙がこぼれた。

 唇を噛んで、声を漏らさないようにした。


 父親からの愛情を感じ、ますます自分が情けなく思えて、やるせなさを覚えた。


 我慢しようと思えば思うほど、ポロポロと涙がこぼれてくる。グスグスッと鼻をすすり、布団で目元を覆った。


 せめて、泣いていることは父親には知られたくない。



 ……それはレオンの、小さな、小さな意地である。



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