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半魔族の軌跡  作者: 未唯
1章
6/8

1-3

 

 あのあと、どのように戻って来たかは記憶にない。

 フと気付けば、無事に家に着いていて、ソファに腰を下ろしていた。


 出来ないことが分からない、って何なのだろうか?


 そんなことが頭をグルグルと回るが、答えは出ない。



「先生でも分からないことってあるんだなー……」



 いつも聞けば教えてくれる先生から、お手上げだと言われたことに、地味に傷付いていた。



「そんなに、おかしいことなのかな……」



 声に出したところで、一人しかいないので、当然返答はない。

 けれど、沸々と疑問が浮かんできた。



「ってか、そうだよ。やり方を教えて貰わないで出来る人ばっかじゃないよな。うん、だって、教えて貰わないのに出来るって、それは才能があるとか、何かそんな感じの人だけだよね、普通……」



 半ば自身に言い聞かせるようにブツブツと独り言を呟く。



「ーーよしっ!」



 ガバッと勢い良く立ち上がって、バタバタと部屋を出て行った。




 …………。




 ちらりと窓を覗けば、顔見知りの人達がいた。ポケットに手を入れると、チャリンと音がしたので、迷うことなくそこに入って行った。


 レオンの家は、父親がギルマスを担っていることもあり、ニュートリアムと併設している。緊急時に対応できるために、という理由でそういう造りになっている。


 なので、ニュートリアムが一番近い聞き込み場所ではあったが、少し遠いこの食事処までやってきた。

 何故かと問われれば、何となく、としか言えないが……。


 ここはイヴァンの家とは違い、宿泊することは出来ないが、その分お酒や食事の種類が豊富で、人気の店の一つである。


 カウンターの方まで歩いて行き、テーブルに銅貨を3枚置くと、口ひげを生やしたマスターに声を掛けた。



「おじさん、オレンジジュースちょうだい」

「レオン一人か? 珍しいな」

「まぁ……父さんまだ仕事だし」

「そりゃそうか、ちょっと待ってな」



 ゴソゴソと後ろを向いて、オレンジジュースの瓶とコップを出してくれた。



「注ぐか?」

「ううん、大丈夫、ありがとう」



 そのまま瓶とコップを持って、辺りを見回し、一番話しやすそうなところへ歩き始めた。

 近付くと、何やら楽しそうに話をしているのが、聞こえてきた。

 彼らは、皆既に顔が赤く、酒を飲み始めてから大分時間が経っていることがわかった。

 けれど、レオンは気にすることなくテーブルへと寄っていった。



「こんにちはー、座ってもいい?」



 声を掛けられた3人は、一斉に顔を上げた。

 そして、レオンを見ると、皆が笑みを浮かべた。



「何だ、坊じゃねぇか」

「おぅ、座れよ」



 椅子を引いてくれたので、テーブルに瓶とコップを置き、そのままそこに座った。



「皆楽しそうだったけど、何か良いことあったの?」



 首を傾げて問えば、3人のリーダー格であるロメオが笑った。



「良いことっちゃあ良いことだな! 魔獣の討伐依頼もうまく行ったしな」

「おまけとばかりに、薬草も見付かって採取の依頼もこなせたしよ」

「取っといて損はねぇだろうとは思ったが、ちょうど依頼があって良かったよな」



 どんな魔獣と戦ったかや、どうやって倒したか、など……身振りを交えて話し始めた。

 彼らが話すことを、うんうん、と頷いて聞いていた。


 そんなレオンを暫く眺めてから、ロメオはニヤリと笑った。



「……で? 坊はそんなこと聞きてぇわけじゃねぇんだろ? 聞いてやるから話してみろって」

「……あー、バレた?」

「あたぼうよ。お前、ここに皺寄ってんぞ」



 トンと眉間をつつかれ、レオンは唇を尖らせた。

 そして、何でもないかのように、話始めた。



「ちょっと気になったことがあってさ……ロメオさんって確か魔法使えたよね?」

「お? ついにレオンも魔法に興味持ち始めたか?」

「まぁね、使えたら良いな、って思うし……」

「だよなー。俺も色々と魔法使ってみたかったぜ……」



 そう溜め息を吐いた仲間をチラッと見てから、ロメオは首を傾げた。



「まぁ、俺もそこそこ使えはするけどよ……カイルさん、坊の親父さんの方が魔法使えんだろ?」

「あー……周りからはそんな話聞くけどさ、あまり父さんからはそういの聞かないんだよね。だから、何か聞きづらくってさ」

「ふーん? そんなもんか……」



 それは嘘ではない。

 カイルはあまり自身のことを話さない。周りから色々と父親の話を聞くことはあるものの、いまいちピンと来ていない。



「まぁ、魔法使えるかは努力も必要だが、ありゃ才能があるかどうかだからなぁ……出来なかったとしても、気に病むこたねぇよ」



 ヒラヒラと手を振るロメオに、レオンは殊更口調を平淡にしようと努めた。



「やっぱりそうなんだ? ……じゃあ、魔力を込めるっていうのも? 」



 3人は一瞬呆気に取られたような顔をして、そして一斉に笑った。



「ははっ! 馬鹿言うなよ! ンなもん、ガキでも出来らぁ!」

「魔法じゃねぇんだから、努力も何もねーって」

「おいおい……。魔法を使うってーのと、魔力を込めるってーのは言葉は似てるかもしんねーが、意味は全然違うぜ? つーか、坊はまだやってみたことねーのか?」



 その言葉に、レオンは視線をさ迷わせた。



「うん、まぁ、まだ……あー、今度やってみることになったんだけど、どんな感じかなー、って。コツとかあるのかなー、って……あー、思ったり、してみたり……」



 しどろもどろになるレオンに、魔法を使いたかったと呟いていた男が、ケラケラと笑った。



「大丈夫だって! あんなの魔法が使えない俺だって出来る、つーか、出来ないヤツなんて赤ん坊くれーなもんよ。カイルさんも勿体つけてないで、さっさとやらせてやれば良いのにな」

「だなー、つーか、やろうと思えば簡単に出来ちまうだろ? 気になって、属性とか調べてみたりもしてねーのか?」



 本当に不思議そうに言われ、レオンはテーブルの下で拳をギュッと握った。

 そして、無理に笑みを作る。



「うん、まぁ、まだ……あー、そのさ。……俺の知り合いがさ、魔力の込め方が分かんないって言ってたから、それもちょっとーー」

「はー? 分かんないって、んな馬鹿なことあるかよ?」

「馬鹿、おめぇ、そりゃからかわれたんだろ」

「……からかわれた?」

「そらそうよ。分かんないやつだなんて見たことも聞いたこともねーよ。つーか、力集めりゃ良いだけだしな」

「そうそう、んなのに分かんないも何もあるかってんだ」



 仲間の言葉を聞くたびに、レオンの顔色がどんどんと曇っていった。

 それを見て、ロメオは内心で首を傾げた。


 それはまるで、()()()()()()()()()()()()、そう言っているように思えたからだ。


 だが、そんなことはあり得ないだろう、と直ぐにその疑問を捨てた。


 魔族である以上ーーそれは例えるなら、呼吸の仕方であったり、歩くことであったりーー誰に教わるまでもなく理解している本能のようなものだからだ。


 だから、ここにいる誰もが、レオンが正しくそのことで悩んでいるだなんて思いもしなかった。

 その先の魔法について悩んでいるのだと、そう思ってしまった。



「まぁ、親父さんが優秀だと期待されちまって大変かもしれねーが、そんなに気負うなよ? なるようにしかならねーんだからよ」

「…………うん。ありがとう」



 レオンは何とか笑みを作って、礼を言った。




 ーー今の会話で、分かってしまった。


 いや、正確に言えば、分かっていた。ただ、それを認めたくなかったただけで。




 レオンは一気にオレンジジュースを飲み干した。喉はカラカラに渇いていたが、一気に流し込んだせいか、胃がグルグルと回っているような気持ち悪さがあった。

 しかも、喉の渇きが潤されることはなかった。


 適当な理由を付けて、この場を足早に立ち去った。


 そんなレオンを不思議そうに見るも、3人は再び酒を飲み始め、また談笑をし出した。



 それは誰もが出来て当たり前で、悩むどころか、考える必要もないくらいあっさり出来ることで…………なのに、自分はそれが出来ない。




 ーー自分が皆とは違う、ってことに。




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